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第18話
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「バスルームも綺麗ですっごく広いよ」
「そいつはいいが、タマのメシはどうなってんだ?」
「テラ標準時じゃ真っ昼間だし、十九時半まで保つんじゃないかな?」
「そういやそうか、竹輪も食ったしな」
納得したタマがベッドの上で丸くなったのに安堵して、シドは重たい対衝撃ジャケットを脱ぐと、ずっと我慢していた煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。
紫煙を吐き出してクリスタルの灰皿片手に窓際まで行き、素っ気ない遮光ブラインドではなく精緻に編まれたレースと重厚なビロードに刺繍を施したカーテンを開けてみた。
「うーん、まさかこれが全部、宙に浮いて飛んでるとは思えないよね」
「確かにな。金とプラチナか、メタルクレジット恐るべしだぜ」
都市は多数の窓明かりが灯り、上空には少し歪な赤い月のエスカが輝いている。
風のためかシンチレーションは激しかったが、意外なまでに都市の光害の影響がなく、星々はくっきりと美しかった。テュールの速度を考えると、その星々も地上から見るよりは速く移動している筈だが、こうして眺める分にはハッキリとした差異は感じられない。
夜空を一緒に鑑賞していたハイファがふいにシドの煙草を取り上げてキスを奪う。
ソフトキスのつもりでハイファはすぐに離れようとしたがシドはもっと深く求めた。
明るい金髪の後頭部を引き寄せ、細い腰に腕を回して、唇を捩るように貪る。歯列を割って舌を侵入させ、温かなハイファの舌を絡め取った。何度も唾液を要求し、存分に吸い上げる。
「んんっ……ん、んんぅ……はぁん、シド」
「くそう、色っぽいな。押し倒して目茶苦茶にねじ込んでやりたいぜ」
「そんな嬉しいこと、言わないで。ほら、煙草」
「煙草よりお前がいい……今晩、いいだろ?」
「みんなの前ではあんなに照れるクセに、もうこれなんだから」
目許を染めたハイファはシドの指に煙草を戻した。余程色っぽい切れ長の目をした愛し人にもう一度ソフトキス、僅かな時間をリモータ操作に費やすことにする。ソファに腰掛けて十四インチホロスクリーンを起動させた。
向かいに腰を下ろしたシドは備え付けられていた飲料ディスペンサーの衛生管理システムがオールグリーンなのを確かめてから、陶器のカップふたつにホットコーヒーを淹れる。
「ん、ありがと。まずはこのフリッグホテルからだね。最上階の三十二階にレストラン二軒とカフェテリアにバーラウンジが入ってるよ。あとは三十一階に大浴場があるから、これでゴーダ主任の希望してた温泉は達成だね」
「お手軽だな」
「それとマップ上ではもう少し先の、アンテナ地区の手前に小ぶりだけど歓楽街もある。カジノとか合法ドラッグ店にバーやクラブやゲームセンターが揃ってるよ」
「そこでケヴィン警部の目的もクリアか」
「二泊三日の旅にしてはヤマサキさんも結構いい線いったんじゃない?」
「かも知れねぇな」
と頷いてからシドは思い出し、
「ところでフリッグってどういう意味だ?」
「愛と結婚と豊穣の女神だよ」
「ふうん、相変わらず変なことを知ってるよな」
「じゃあ訊かないでよ」
そこで何となく喉に引っ掛かったような気がしてシドは記憶を探る。
「すまん。もうひとつ訊くが、ヨルズの民のヨルズって何なんだ?」
「そのまんま、大地のこと」
「へえ、大地に生きる民はまんまヨルズか。それにしてもあれでテラフォーミング済みを謳うテラ連邦議会も酷くねぇか?」
「うーん、確かにそうかも。でも最低限ヨルズの民は生きてる訳だし、『人が住める環境を造った』って言えなくもないんだよね」
「ふん。テラ連邦は金とプラチナさえ採れれば、残りはどうだっていいんだろ」
「否定できないなあ。異星系に取られる前にツバをつけたかったんじゃないかな」
あとはリモータの十四インチホロスクリーンにマップを投影し、3Dで描画させて施設の位置関係の把握に努める。それぞれの施設ごとにポップアップが出て、簡単な解説付きだ。シドもロウテーブルに身を乗り出してマップを眺める。
そうして地下工場地区では様々な生活物資を成型しているとか、成型不能なモノに関しては全て他星からの輸入で賄っているとか、故に食糧自給率は殆どゼロパーセントだとか、もっと地下では反重力装置とバッテリの階層があるのは勿論、生成したり買い付けたりした水を溜め込むタンクでいっぱいだとかいうテュールの都市の概要について、二人は知識を仕入れた。
「でもさ、慰安旅行なのに何で俺たちは勉強なんかしてるんだ?」
「あ、そっか。別室任務じゃないんだっけ」
笑い合うともう十九時二十分だ。二人は慌てて上着を着るとタマの赤い首輪に赤いリードを着け、丸くなった毛玉をそのままキャリーバッグに放り込んでシドが担ぐ。
廊下に出てリモータでロックすると、同じく皆が部屋から出てきたところだった。何れも官品なので時間はキッチリ五分前という律儀さだ。
「そいつはいいが、タマのメシはどうなってんだ?」
「テラ標準時じゃ真っ昼間だし、十九時半まで保つんじゃないかな?」
「そういやそうか、竹輪も食ったしな」
納得したタマがベッドの上で丸くなったのに安堵して、シドは重たい対衝撃ジャケットを脱ぐと、ずっと我慢していた煙草を咥えてオイルライターで火を点ける。
紫煙を吐き出してクリスタルの灰皿片手に窓際まで行き、素っ気ない遮光ブラインドではなく精緻に編まれたレースと重厚なビロードに刺繍を施したカーテンを開けてみた。
「うーん、まさかこれが全部、宙に浮いて飛んでるとは思えないよね」
「確かにな。金とプラチナか、メタルクレジット恐るべしだぜ」
都市は多数の窓明かりが灯り、上空には少し歪な赤い月のエスカが輝いている。
風のためかシンチレーションは激しかったが、意外なまでに都市の光害の影響がなく、星々はくっきりと美しかった。テュールの速度を考えると、その星々も地上から見るよりは速く移動している筈だが、こうして眺める分にはハッキリとした差異は感じられない。
夜空を一緒に鑑賞していたハイファがふいにシドの煙草を取り上げてキスを奪う。
ソフトキスのつもりでハイファはすぐに離れようとしたがシドはもっと深く求めた。
明るい金髪の後頭部を引き寄せ、細い腰に腕を回して、唇を捩るように貪る。歯列を割って舌を侵入させ、温かなハイファの舌を絡め取った。何度も唾液を要求し、存分に吸い上げる。
「んんっ……ん、んんぅ……はぁん、シド」
「くそう、色っぽいな。押し倒して目茶苦茶にねじ込んでやりたいぜ」
「そんな嬉しいこと、言わないで。ほら、煙草」
「煙草よりお前がいい……今晩、いいだろ?」
「みんなの前ではあんなに照れるクセに、もうこれなんだから」
目許を染めたハイファはシドの指に煙草を戻した。余程色っぽい切れ長の目をした愛し人にもう一度ソフトキス、僅かな時間をリモータ操作に費やすことにする。ソファに腰掛けて十四インチホロスクリーンを起動させた。
向かいに腰を下ろしたシドは備え付けられていた飲料ディスペンサーの衛生管理システムがオールグリーンなのを確かめてから、陶器のカップふたつにホットコーヒーを淹れる。
「ん、ありがと。まずはこのフリッグホテルからだね。最上階の三十二階にレストラン二軒とカフェテリアにバーラウンジが入ってるよ。あとは三十一階に大浴場があるから、これでゴーダ主任の希望してた温泉は達成だね」
「お手軽だな」
「それとマップ上ではもう少し先の、アンテナ地区の手前に小ぶりだけど歓楽街もある。カジノとか合法ドラッグ店にバーやクラブやゲームセンターが揃ってるよ」
「そこでケヴィン警部の目的もクリアか」
「二泊三日の旅にしてはヤマサキさんも結構いい線いったんじゃない?」
「かも知れねぇな」
と頷いてからシドは思い出し、
「ところでフリッグってどういう意味だ?」
「愛と結婚と豊穣の女神だよ」
「ふうん、相変わらず変なことを知ってるよな」
「じゃあ訊かないでよ」
そこで何となく喉に引っ掛かったような気がしてシドは記憶を探る。
「すまん。もうひとつ訊くが、ヨルズの民のヨルズって何なんだ?」
「そのまんま、大地のこと」
「へえ、大地に生きる民はまんまヨルズか。それにしてもあれでテラフォーミング済みを謳うテラ連邦議会も酷くねぇか?」
「うーん、確かにそうかも。でも最低限ヨルズの民は生きてる訳だし、『人が住める環境を造った』って言えなくもないんだよね」
「ふん。テラ連邦は金とプラチナさえ採れれば、残りはどうだっていいんだろ」
「否定できないなあ。異星系に取られる前にツバをつけたかったんじゃないかな」
あとはリモータの十四インチホロスクリーンにマップを投影し、3Dで描画させて施設の位置関係の把握に努める。それぞれの施設ごとにポップアップが出て、簡単な解説付きだ。シドもロウテーブルに身を乗り出してマップを眺める。
そうして地下工場地区では様々な生活物資を成型しているとか、成型不能なモノに関しては全て他星からの輸入で賄っているとか、故に食糧自給率は殆どゼロパーセントだとか、もっと地下では反重力装置とバッテリの階層があるのは勿論、生成したり買い付けたりした水を溜め込むタンクでいっぱいだとかいうテュールの都市の概要について、二人は知識を仕入れた。
「でもさ、慰安旅行なのに何で俺たちは勉強なんかしてるんだ?」
「あ、そっか。別室任務じゃないんだっけ」
笑い合うともう十九時二十分だ。二人は慌てて上着を着るとタマの赤い首輪に赤いリードを着け、丸くなった毛玉をそのままキャリーバッグに放り込んでシドが担ぐ。
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