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第15話
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「これの、何処が、特異点が、ねぇってか!」
「えっ、シド、何か言った?」
「だから、この……ゲホゲホ、ゴホッ!」
貨物艦のエアロックを抜けるなり、もの凄い風に吹きつけられて皆、息も絶え絶えとなっていた。それも貨物艦から宙港施設までリムジンコイルなど運航しておらず、自らの足で凹凸の石畳を歩かねばならなかったのだ。
その石畳もあちこち割れて地面が見えている。だが草一本生えていない。乾燥しきって痩せた地が広がっていた。
風は暑いというより熱かった。砂混じりの風は熱くて痛い。
肌に砂塵がぶつかり、切られるような痛みが走る中、皆はあまりの強風に走ることすらできずに一歩一歩を踏み締めて歩いた。もう慰安どころか修羅場を超えて責め苦である。
可哀相なのはミュリアルちゃんで、皆が見て見ぬフリをする中、ヨシノ警部に半ば抱きかかえられて宙港施設まで辿り着いた。
だが随分と風に混じった砂を食わされ、皆が唾を吐いて目を擦りつつ到着した宙港施設もテラ連邦規格のユニット建築を積み上げただけのシロモノで、中に人間がいないと風の唸りに負けて転がっていきそうな具合である。
重石になった皆が予想していた通関すらなかった。
そこにいたのは男が二人きりで、彼らが身振りだけで案内してくれたのはユニット建築をトンネルの如く通り抜けた外である。そこには中型BELが待機していた。
しかしすっかり酔いの醒めた顔でヴィンティス課長が懐疑的な言葉を吐く。
「本当にこれに乗って行っても大丈夫なのかね?」
けれど残念ながら答えをくれる者は誰もいなかった。
男二人はBELにさっさと乗り込んでパイロット席とコ・パイ席に収まる。そしてまたも身振りだけで皆を急かした。この二人がいなくなると宙港施設は空になるのだが、男たちは何ら気にした様子はない。さっきまでの住処が転がって行こうが構わないように見える。
こうしていても仕方ない。シドはハイファと顔を見合わせたのちユニット建築から出た。息を詰めてBELの後部スライドドアを開け、中に乗り込む。
ゴーダ警部とヘイワード警部補にケヴィン警部が続き、ヴィンティス課長にマイヤー警部補とヤマサキにナカムラが飛び乗る。最後は気の毒なミュリアルちゃんをヨシノ警部がエスコートし、何とか全員が乗り込んだ。
スライドドアを閉めると皆が溜息を洩らす。
BELは意外にもグレードの高いもので、シートの座り心地は悪くなかった。
「ようし、乗り遅れはねぇな?」
「ヤマサキ、点呼取れ、点呼!」
ゴーダ警部とヨシノ警部が口々に言い、十一名プラス猫一匹を確認すると、振り向いたパイロットにマイヤー警部補が頷いて合図した。
寡黙なパイロットたちはオートではなく手動でBELを飛ばすらしい。この強風の中でBELすら紙クズのように吹き飛ばされてしまうのではないかと、皆が息を呑んで見守る。
それこそ風に煽られるように中型BELはテイクオフした。
姿勢制御装置が働いている筈だが、かなりの揺れでシドは自分よりも他の人員を心配する。一人が酔えば連鎖的にくるのは確実、貰いゲロなど見たくないので頼むからテュールの都市とやらに早く着いてくれと願った。
だがBELは数百メートルを一気に上昇したかと思うと、あとは浮いているだけである。遥か目下にゴマ粒の如く見えているのは、さっきのユニット建築だ。
風に逆らって浮くのが精一杯なのかと訝しく思ったとき、パイロットたちの操作に依らず、BELがふわりと更に上昇した。それは丁度、宙港管制にコントロールを渡したときと同じ機動のようにシドは感じた。
「どうなってんだ?」
「さあ?」
ハイファと首を捻り合う間も上昇を続け、ふと気付くと空が翳っている。シドとハイファだけでなく全員が両サイドの窓に身を寄せて窓外を見た。そして思わず驚嘆の声を上げる。
「うっわ、何だあれは?」
「軍艦、ううん、それより大きいよ!」
「桁違いだぞ、ありゃあ。何なんだ?」
「島よ、島が浮いてるんだわ!」
皆が口々に叫んだがミュリアルちゃんの言葉が一番的確なようにシドは思う。途轍もない大質量、まさに島が宙に浮いているのだ。そこに向かって真っ直ぐ誘導され、まもなく島の腹の中に吸い込まれて、中型BELはスキッドを接地させる。
そこは狭いながらもBEL格納庫で、僅かなオイル臭が漂っていた。全員が化かされたような気分で降りる。辺りを見回す皆に、パイロットとコ・パイの二人が笑って言った。
「ようこそ、テュールの都市へ」
「ここが……都市だというのかね?」
「そうです。十一名様と一匹様、まずはホテルにご案内致します」
コ・パイが勿体をつけて言い、パイロットと二人して芝居がかった礼をしてみせる。
「どうしましょうか、先にこのテュールのマップをリモータにコピーしますか?」
ハイファが頷いた。見知らぬ土地で不用意な出来事にストライクしては堪らない。格納庫の隅にあった三台の端末ブースで真っ先にシドとハイファがリモータにマップをダウンロードする。
だがチラリとマップを眺めただけでは分からないほど、テュールの都市という島は巨大だった。それも幾階層にも分かれていて位置関係が掴みづらい。
「何せ、高さ一キロ、幅四キロ、長さに至っては九キロもありますからね」
「こんなデカい島を浮かせる反重力装置って、いったいどんなだよ?」
「ってゆうか、テラにこんな物体があったなんて、ちょっと信じがたいかも」
別室任務で大概のモノを見てきたシドとハイファだが、このスケールには驚きを隠せない。却って他のメンバーの方が素直に受け止めているようだった。
「えっ、シド、何か言った?」
「だから、この……ゲホゲホ、ゴホッ!」
貨物艦のエアロックを抜けるなり、もの凄い風に吹きつけられて皆、息も絶え絶えとなっていた。それも貨物艦から宙港施設までリムジンコイルなど運航しておらず、自らの足で凹凸の石畳を歩かねばならなかったのだ。
その石畳もあちこち割れて地面が見えている。だが草一本生えていない。乾燥しきって痩せた地が広がっていた。
風は暑いというより熱かった。砂混じりの風は熱くて痛い。
肌に砂塵がぶつかり、切られるような痛みが走る中、皆はあまりの強風に走ることすらできずに一歩一歩を踏み締めて歩いた。もう慰安どころか修羅場を超えて責め苦である。
可哀相なのはミュリアルちゃんで、皆が見て見ぬフリをする中、ヨシノ警部に半ば抱きかかえられて宙港施設まで辿り着いた。
だが随分と風に混じった砂を食わされ、皆が唾を吐いて目を擦りつつ到着した宙港施設もテラ連邦規格のユニット建築を積み上げただけのシロモノで、中に人間がいないと風の唸りに負けて転がっていきそうな具合である。
重石になった皆が予想していた通関すらなかった。
そこにいたのは男が二人きりで、彼らが身振りだけで案内してくれたのはユニット建築をトンネルの如く通り抜けた外である。そこには中型BELが待機していた。
しかしすっかり酔いの醒めた顔でヴィンティス課長が懐疑的な言葉を吐く。
「本当にこれに乗って行っても大丈夫なのかね?」
けれど残念ながら答えをくれる者は誰もいなかった。
男二人はBELにさっさと乗り込んでパイロット席とコ・パイ席に収まる。そしてまたも身振りだけで皆を急かした。この二人がいなくなると宙港施設は空になるのだが、男たちは何ら気にした様子はない。さっきまでの住処が転がって行こうが構わないように見える。
こうしていても仕方ない。シドはハイファと顔を見合わせたのちユニット建築から出た。息を詰めてBELの後部スライドドアを開け、中に乗り込む。
ゴーダ警部とヘイワード警部補にケヴィン警部が続き、ヴィンティス課長にマイヤー警部補とヤマサキにナカムラが飛び乗る。最後は気の毒なミュリアルちゃんをヨシノ警部がエスコートし、何とか全員が乗り込んだ。
スライドドアを閉めると皆が溜息を洩らす。
BELは意外にもグレードの高いもので、シートの座り心地は悪くなかった。
「ようし、乗り遅れはねぇな?」
「ヤマサキ、点呼取れ、点呼!」
ゴーダ警部とヨシノ警部が口々に言い、十一名プラス猫一匹を確認すると、振り向いたパイロットにマイヤー警部補が頷いて合図した。
寡黙なパイロットたちはオートではなく手動でBELを飛ばすらしい。この強風の中でBELすら紙クズのように吹き飛ばされてしまうのではないかと、皆が息を呑んで見守る。
それこそ風に煽られるように中型BELはテイクオフした。
姿勢制御装置が働いている筈だが、かなりの揺れでシドは自分よりも他の人員を心配する。一人が酔えば連鎖的にくるのは確実、貰いゲロなど見たくないので頼むからテュールの都市とやらに早く着いてくれと願った。
だがBELは数百メートルを一気に上昇したかと思うと、あとは浮いているだけである。遥か目下にゴマ粒の如く見えているのは、さっきのユニット建築だ。
風に逆らって浮くのが精一杯なのかと訝しく思ったとき、パイロットたちの操作に依らず、BELがふわりと更に上昇した。それは丁度、宙港管制にコントロールを渡したときと同じ機動のようにシドは感じた。
「どうなってんだ?」
「さあ?」
ハイファと首を捻り合う間も上昇を続け、ふと気付くと空が翳っている。シドとハイファだけでなく全員が両サイドの窓に身を寄せて窓外を見た。そして思わず驚嘆の声を上げる。
「うっわ、何だあれは?」
「軍艦、ううん、それより大きいよ!」
「桁違いだぞ、ありゃあ。何なんだ?」
「島よ、島が浮いてるんだわ!」
皆が口々に叫んだがミュリアルちゃんの言葉が一番的確なようにシドは思う。途轍もない大質量、まさに島が宙に浮いているのだ。そこに向かって真っ直ぐ誘導され、まもなく島の腹の中に吸い込まれて、中型BELはスキッドを接地させる。
そこは狭いながらもBEL格納庫で、僅かなオイル臭が漂っていた。全員が化かされたような気分で降りる。辺りを見回す皆に、パイロットとコ・パイの二人が笑って言った。
「ようこそ、テュールの都市へ」
「ここが……都市だというのかね?」
「そうです。十一名様と一匹様、まずはホテルにご案内致します」
コ・パイが勿体をつけて言い、パイロットと二人して芝居がかった礼をしてみせる。
「どうしましょうか、先にこのテュールのマップをリモータにコピーしますか?」
ハイファが頷いた。見知らぬ土地で不用意な出来事にストライクしては堪らない。格納庫の隅にあった三台の端末ブースで真っ先にシドとハイファがリモータにマップをダウンロードする。
だがチラリとマップを眺めただけでは分からないほど、テュールの都市という島は巨大だった。それも幾階層にも分かれていて位置関係が掴みづらい。
「何せ、高さ一キロ、幅四キロ、長さに至っては九キロもありますからね」
「こんなデカい島を浮かせる反重力装置って、いったいどんなだよ?」
「ってゆうか、テラにこんな物体があったなんて、ちょっと信じがたいかも」
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