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第12話
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まもなくアナウンスが入り、シャトル便はテラ本星の地を蹴って出航した。
「うおお、ワープなんて久しぶりっスよ!」
「騒ぐなよ、ヤマサキ。まだショートワープだぞ」
シャトル便は二十分の通常航行ののちに一回のショートワープ、更に二十分の通常航行でタイタン第一宙港に着く。皆が口々に喋る中、シドは黙って窓外を注視した。
空がまさに空色から群青色へ、群青色から紺色へと変わり、やがてクリアな漆黒になるとシンチレーションをやめた瞬かぬ星々が美しく煌めきだす。月並みな表現だがビロードの上にダイアモンドの粒をバラ撒いたようだ。この光景見たさにいつも窓際に座るのである。
上下もない宇宙空間を眺めるのはある種の高所恐怖症の者にとって非常な恐怖らしいが、幼い頃を民間交易艦で暮らしていたシドにとって、この光景は郷愁を感じさせるものなのだ。
生まれ育った交易艦は六歳で降りた。事故で家族全員を亡くし、独りシドだけが救命ポッドに移乗して助かったのだった。
それ以来、天涯孤独の身だったが、今ではハイファがいる。それだけでない、わいわい騒ぐ同僚たちまでいた。振り向くと後ろの座席ではゴーダ警部とヴィンティス課長が、もうビールの保冷ボトルを傾けている。左隣がハイファ、その向こうではヘイワード警部補が睡眠中だ。
前の座席ではヤマサキにつられて普段静かなナカムラまでがはしゃいだ声を出し、その前ではヨシノ警部とミュリアルちゃんが何事かを言い争い、隣からケヴィン警部が茶々を入れてはマイヤー警部補にたしなめられている。
何とも騒がしいが、シドもそれなりに愉しい気分になっていた。だが忘れてはいない、ハイファが思わせぶりに言った『あとで』を。
「おい、もう種明かしをしてもいいんじゃねぇか?」
「うーん、大したことじゃないよ?」
「いいから言えって」
「じゃあユミル星系について、ちょっとだけお勉強しようか」
と、ハイファはリモータ操作してアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げ、別室基礎資料から引っ張り出したユミル星系のファイルを映し出した。
「ユミル星系は約二十五世紀前に第二惑星マーニだけをテラフォーミング、第二次主権闘争で当時の星系政府がテラ連邦議会の植民地委員会から独立して今に至る」
「何処と言って変じゃねぇな」
「ここからが問題。その星系政府は現在、確固たる形では存在していないんだって」
「無政府状態って、おい、内戦でもやってるのか?」
「内戦はやってない。でも地上の民は生きていくことだけで精一杯、やむにやまれずカルチャーダウンしてる状態らしいよ」
「カルチャーダウンって、マジかよ?」
高度文明圏にありながら、例えば王政の維持や他星文化の流入を拒むなどの理由で自ら文明レヴェルを下げていることをカルチャーダウンというのだ。そんな所にカジノや温泉があるとは思えず、シドは胸に湧いたイヤな予感を膨らませる。
「でもさ、金やプラチナが採れるのに生きてくだけで精一杯ってのは何なんだよ?」
「元・星系政府の役人たちの子孫を始めとする人たちだけが、全ての利権を手にしてるんだってサ。何処にでも転がってるような話だけどね」
「それで俺たちはまさか、カルチャーダウンした星で温泉掘りから始めるのか?」
「旅行代理店もそこまで悪辣じゃないと思うよ」
「ならいいけどな」
そのときシドは五体が砂のように四散してゆくような、不可思議な感覚を味わう。ショートワープだ。キャリーバッグの中でタマが僅かに唸る。あと二十分だ。
「んで、ユミル星系第二惑星マーニには他に特異点はあるのか?」
「戦略的に重要拠点でもないし、他には特に載ってないよ」
「そうか、行ってからのお楽しみって訳だな。何だ、身構えて損したぜ」
そうしているうちに幹事代理が何処からか出してきたスナック菓子などが回ってきて、シドとハイファも有難く頂いた。ポテトチップスを摘んでいるとシャトル便は無事にタイタン第一宙港に接地する。皆がショルダーバッグなどの手荷物を担いで立ち上がった。
「ここで一旦警務課がくるのを待つっスよ」
「はーい」
ここでもシャトル便は宙港メインビルの二階ロビーにエアロックを接続する。皆は他の乗客らと共にロビーに吐き出された。待ち合わせ場所は喫煙者には有難い、D3喫煙ルームである。シドたちにとってもペットトイレのブースが近くて安心だ。
まだタマが大丈夫なのを見取り、シドも煙草を咥える。そこにヤマサキが仕切りに入った。
「このあと第四宙港、ユミル星系便が十二時に出航っス。だから、ええと……」
「第四まではここの屋上停機場から定期BELが出る。所要時間は約二十分だ。今度は星系外便だから通関も経る。ということは一時間前にはここを出た方がいい」
「わあ、シド先輩、すごいっスね!」
「ダテに『出張』ばかりしてねぇんだよ」
と、ヴィンティス課長に聞こえるようにシドは言ったが、課長は耳がキクラゲにでもなったような顔でヨシノ警部やゴーダ警部とビールを飲んでばかりいた。既に顔が赤い。
時間を見計らってシドはタマをトイレにつれて行く。戻ってみるとまだ状況に変化なしで、警務課の女性陣は姿を現さない。現在時、十時四十五分だ。
またテンパった顔をしてヤマサキがそわそわしている。
「おかしいっスね、もうとっくにきてもいい頃なんスが」
「まあ、次のシャトル便は十一時着だしな」
「そうなんスけど……」
後輩の肩を叩いておいて、シドはここでも透明な壁の向こうの宙港面を眺めた。
タイタンはテラ標準時で動いているが自転周期は約十六日だ。土星の影に入ることもあるので一概には云えないが、通常なら昼が約八日、夜が約八日続く。だが太陽から遠いので、昼でも夕闇の暗さである。今は夜のフェイズでなお暗い。
しかし発電衛星からアンテナで取り放題の電力で宙港面はギラギラとライトに照らされ、夜が追い出されているようだ。
そんなものを眺めているうちに十一時となり、ロビーフロアはシャトル便から降りてきた客で溢れ、そしていつしかその客たちもそれぞれの目的地に向かうべく散っていった。
けれどいつまで経っても警務課の女性陣は現れなかった。
「うおお、ワープなんて久しぶりっスよ!」
「騒ぐなよ、ヤマサキ。まだショートワープだぞ」
シャトル便は二十分の通常航行ののちに一回のショートワープ、更に二十分の通常航行でタイタン第一宙港に着く。皆が口々に喋る中、シドは黙って窓外を注視した。
空がまさに空色から群青色へ、群青色から紺色へと変わり、やがてクリアな漆黒になるとシンチレーションをやめた瞬かぬ星々が美しく煌めきだす。月並みな表現だがビロードの上にダイアモンドの粒をバラ撒いたようだ。この光景見たさにいつも窓際に座るのである。
上下もない宇宙空間を眺めるのはある種の高所恐怖症の者にとって非常な恐怖らしいが、幼い頃を民間交易艦で暮らしていたシドにとって、この光景は郷愁を感じさせるものなのだ。
生まれ育った交易艦は六歳で降りた。事故で家族全員を亡くし、独りシドだけが救命ポッドに移乗して助かったのだった。
それ以来、天涯孤独の身だったが、今ではハイファがいる。それだけでない、わいわい騒ぐ同僚たちまでいた。振り向くと後ろの座席ではゴーダ警部とヴィンティス課長が、もうビールの保冷ボトルを傾けている。左隣がハイファ、その向こうではヘイワード警部補が睡眠中だ。
前の座席ではヤマサキにつられて普段静かなナカムラまでがはしゃいだ声を出し、その前ではヨシノ警部とミュリアルちゃんが何事かを言い争い、隣からケヴィン警部が茶々を入れてはマイヤー警部補にたしなめられている。
何とも騒がしいが、シドもそれなりに愉しい気分になっていた。だが忘れてはいない、ハイファが思わせぶりに言った『あとで』を。
「おい、もう種明かしをしてもいいんじゃねぇか?」
「うーん、大したことじゃないよ?」
「いいから言えって」
「じゃあユミル星系について、ちょっとだけお勉強しようか」
と、ハイファはリモータ操作してアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げ、別室基礎資料から引っ張り出したユミル星系のファイルを映し出した。
「ユミル星系は約二十五世紀前に第二惑星マーニだけをテラフォーミング、第二次主権闘争で当時の星系政府がテラ連邦議会の植民地委員会から独立して今に至る」
「何処と言って変じゃねぇな」
「ここからが問題。その星系政府は現在、確固たる形では存在していないんだって」
「無政府状態って、おい、内戦でもやってるのか?」
「内戦はやってない。でも地上の民は生きていくことだけで精一杯、やむにやまれずカルチャーダウンしてる状態らしいよ」
「カルチャーダウンって、マジかよ?」
高度文明圏にありながら、例えば王政の維持や他星文化の流入を拒むなどの理由で自ら文明レヴェルを下げていることをカルチャーダウンというのだ。そんな所にカジノや温泉があるとは思えず、シドは胸に湧いたイヤな予感を膨らませる。
「でもさ、金やプラチナが採れるのに生きてくだけで精一杯ってのは何なんだよ?」
「元・星系政府の役人たちの子孫を始めとする人たちだけが、全ての利権を手にしてるんだってサ。何処にでも転がってるような話だけどね」
「それで俺たちはまさか、カルチャーダウンした星で温泉掘りから始めるのか?」
「旅行代理店もそこまで悪辣じゃないと思うよ」
「ならいいけどな」
そのときシドは五体が砂のように四散してゆくような、不可思議な感覚を味わう。ショートワープだ。キャリーバッグの中でタマが僅かに唸る。あと二十分だ。
「んで、ユミル星系第二惑星マーニには他に特異点はあるのか?」
「戦略的に重要拠点でもないし、他には特に載ってないよ」
「そうか、行ってからのお楽しみって訳だな。何だ、身構えて損したぜ」
そうしているうちに幹事代理が何処からか出してきたスナック菓子などが回ってきて、シドとハイファも有難く頂いた。ポテトチップスを摘んでいるとシャトル便は無事にタイタン第一宙港に接地する。皆がショルダーバッグなどの手荷物を担いで立ち上がった。
「ここで一旦警務課がくるのを待つっスよ」
「はーい」
ここでもシャトル便は宙港メインビルの二階ロビーにエアロックを接続する。皆は他の乗客らと共にロビーに吐き出された。待ち合わせ場所は喫煙者には有難い、D3喫煙ルームである。シドたちにとってもペットトイレのブースが近くて安心だ。
まだタマが大丈夫なのを見取り、シドも煙草を咥える。そこにヤマサキが仕切りに入った。
「このあと第四宙港、ユミル星系便が十二時に出航っス。だから、ええと……」
「第四まではここの屋上停機場から定期BELが出る。所要時間は約二十分だ。今度は星系外便だから通関も経る。ということは一時間前にはここを出た方がいい」
「わあ、シド先輩、すごいっスね!」
「ダテに『出張』ばかりしてねぇんだよ」
と、ヴィンティス課長に聞こえるようにシドは言ったが、課長は耳がキクラゲにでもなったような顔でヨシノ警部やゴーダ警部とビールを飲んでばかりいた。既に顔が赤い。
時間を見計らってシドはタマをトイレにつれて行く。戻ってみるとまだ状況に変化なしで、警務課の女性陣は姿を現さない。現在時、十時四十五分だ。
またテンパった顔をしてヤマサキがそわそわしている。
「おかしいっスね、もうとっくにきてもいい頃なんスが」
「まあ、次のシャトル便は十一時着だしな」
「そうなんスけど……」
後輩の肩を叩いておいて、シドはここでも透明な壁の向こうの宙港面を眺めた。
タイタンはテラ標準時で動いているが自転周期は約十六日だ。土星の影に入ることもあるので一概には云えないが、通常なら昼が約八日、夜が約八日続く。だが太陽から遠いので、昼でも夕闇の暗さである。今は夜のフェイズでなお暗い。
しかし発電衛星からアンテナで取り放題の電力で宙港面はギラギラとライトに照らされ、夜が追い出されているようだ。
そんなものを眺めているうちに十一時となり、ロビーフロアはシャトル便から降りてきた客で溢れ、そしていつしかその客たちもそれぞれの目的地に向かうべく散っていった。
けれどいつまで経っても警務課の女性陣は現れなかった。
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