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第8話

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 いつもと同じくシドがタマに足を囓られ、二人は不健康なまでの早起きをした。

 あれから五日目、合コン慰安旅行の当日である。

 ハイファ謹製の冷蔵庫総ざらえピザトーストとトマトグリーンサラダにコーヒーの朝食をしっかりと摂ったのち、シドは綿のシャツとコットンパンツに着替えて執銃した。
 一時帰宅していたハイファも戻ってきて、シドがリビングのソファに置いていた簡単な着替えと煙草一カートンを担いでいたショルダーバッグの中に詰め込む。

 ショルダーバッグは見た目より遙かに重い。
 二人分の着替えや煙草だけでなく九ミリパラの予備弾も入っているからだ。

 その他にもハイファはベルトにパウチをふたつ着け、二本のスペアマガジンを入れている。銃本体と合わせて五十二発の重装備は、イヴェントストライカとアウェイに出掛けるときのたしなみだった。
 あとはシドと同様にいつもと同じ刑事ルックだ。タイを締めないドレスシャツにソフトスーツ、革紐で縛った明るい金髪のしっぽである。

「シド、もう行ける?」
「ああ、今出る」

 キッチンの椅子の背に掛けていた対衝撃ジャケットを羽織り、こちらはキャリーバッグを担いだ。キャリーバッグの中ではタマがカリカリの袋に数個の猫缶と同居している。二人して玄関で靴を履き、どちらからともなく腰に腕を回してソフトキス。

「じゃあ行くか」
「うん」

 玄関を出てリモータでロックすると丁度隣人の出勤に出くわした。ドアから出てきた男にシドは振り向くなりこぶしを突き出す。右ストレートは寸止め、その手首の腱には銀色のメスの刃が突き付けられていた。皮膚まで五ミリという距離だ。

「危ねぇから止めてくれって、先生」
「仕掛けたのは同時だろうが」

 シドがこぶしを収めると同時もメスも白衣の袖口にするりと仕舞われる。

「おはよう、マルチェロ先生」
「おう、お前さんたちは仲が良くて結構だあね」

 ボサボサの茶髪に剃り残しのヒゲが目立つ中年独身男はマルチェロ=オルフィーノといい、おやつのイモムシとカタツムリ(生食)をこよなく愛する変人だった。羽織った白衣の下は濃緑色の制服で職業は軍医、それも別室の専属医務官である。階級は三等陸佐だ。

 シドとハイファにとっては何かと頼りになる好人物だが、病的サドという一面も持ち、軍においては拷問専門官という噂で怖れられているらしい。事実やりすぎによって様々な星系からペルソナ・ノン・グラータとされている御仁である。

 養殖中のおやつの水槽を小脇に抱えてマルチェロ医師は怪訝な顔をした。

「何だ、タマまでつれて。出勤じゃねぇのかい?」
「出勤だが、職場の慰安旅行ってヤツだ」
「何ならタマはまた預かるぞ。三毛猫の煮込みのレシピを仕入れたところでな」
「いや、煮込むのは次の機会にしてくれ。今回は遊びだからな、つれて行く」

 エレベーターホールへと歩き出しながらマルチェロ医師、

「職場の同僚をサシミにしないよう、よく見張っておくんだな」
「分かってるさ、幹事代理にも了解は取ってる」

 エレベーターに三人と一匹の男は乗り込んだ。シドは三十九階のボタンを押す。ここで余計なストライクをしているヒマはない。今朝は信念を枉げてスカイチューブ利用だ。
 三十九階で止まるとシドとハイファはマルチェロ医師に対しラフな敬礼をして別れた。

 ここからは廊下を歩いてスカイチューブのスライドロードに乗っかる。オート通勤で着いた七分署側でリモータチェッカとX‐RAYをクリアし、ビルを移った。
 エレベーターで一階へ。捜一のある五階で丁度ヘイワード警部補も乗ってきた。

「おはようございます、ヘイワード警部補」
「おっ、猫までつれてすっかり新婚カップルみたいだな」

 挨拶代わりの新婚口撃に怯んだシドの仇討ち、にこやかにハイファは言い放つ。

「ヘイワード警部補こそ、常々『零時を過ぎたら帰ってくるな』って仰る奥さんをつれてこれば良かったんじゃないですか?」
「そいつを言わんでくれ……ったく、ムゴいよなあ」

 三人で苦笑しているうちにエレベーターが停止する。機捜課は一階だ。
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