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第5話
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「別室任務じゃない旅行なんて本当に久々だよね」
「ああ、こいつが鳴り出さない他星行きなんか、滅多にあるもんじゃねぇよな」
と、シドはファイバブロックで整地された歩道を歩きつつ、左手首に嵌ったリモータを振った。外出禁止の一日を定時の十七時半で終え、署から右方向に七、八百メートル離れた単身者用官舎ビルまで歩いて帰る途中である。
官庁街の退勤時、左側の大通りには僅かに地から浮いて走るコイルが列を成しているが、殆どが座標指定してのオート走行なので渋滞知らず、流れはいい。
夕暮れの空を見上げれば、超高層ビル群を繋ぐスカイチューブが今まさに衝突防止灯を灯す。色分けされて鈴なりの航空灯はビルの窓明かりも手伝って、けたたましく思えるほどだ。
そのスカイチューブを低空飛行の救急機がくぐり抜けて去った。救急機はBEL、BELはデルタ翼を持つ垂直離着陸機である。これもコイルも反重力装置駆動で、緊急音を度外視すれば騒音も排気もなく静かでクリーンなものだ。雑踏で人は多いが空気は旨い。
「それにしてもヤマサキは本当に大丈夫なんだろうな?」
「さあね。先輩としては心配?」
「先輩も後輩もねぇよ、他星での厄介事は腹一杯だからな」
「慰安旅行でドンパチはないんじゃない?」
「そう願いてぇな」
と、またシドは忌々しそうにリモータを振る。嵌めているガンメタリックのリモータは惑星警察の官品に似せてはあるがそれよりも大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだ。
これは別室からの強制プレゼントで、ハイファと現在のような仲になって間もないある日の深夜にゲリラ的に宅配されてきたブツである。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、嵌めてしまったのが運の尽きだった。
こんなモノはシドには無用の長物、だが気付いて外そうとしたときにはもう遅い。
別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他人に外されるかに関わらず、『別室員一名失探』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているという話で、迂闊に外せなくなってしまったのだ。
まさにハメられたという訳である。
その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った場合にも部品に埋め込まれたナノチップが信号を発するので、テラ系有人惑星の上空には必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知し捜して貰いやすいなどという利点もあった。
更には様々なデータベースとしても使え、手軽なハッキングツールとしても利用できるという、まさにスパイ用便利アイテムなのである。
だが何故に刑事の自分がMIAの心配をせねばならないのか、どうして司法警察員の自分がキィロックコードをクラックしてまで他人のBELを盗んで逃げ回らなければならないのか、シドには未だに激しく疑問なのだ。
そんな思いを読んだようにハイファがシドの横顔に微笑む。
「それでも貴方はそれを外さずにいてくれるんだよね」
ポーカーフェイスで前方に視線を向けたままシドは頷いた。
「ああ。一生、どんなものでも一緒に見ていくって誓ったからな」
本当なら何が鳴り出そうが捨ててしまえばそこまでのリモータをシドは外さない。つまりは惚れた弱み、危険な任務にハイファ独りを送り出すことができなくなってしまったのだ。
「別室時代より危険かも知れねぇ俺のバディをお前も降りずにいてくれるしさ」
「そうだよ。だから職場関係諸氏に対しても僕の立脚点をキチンと明確に――」
「あー、今日は主夫の買い物はするのか?」
雲行きの怪しくなった会話をシドは強引に方向転換した。自室のある単身者用官舎ビルの地下には一般客も利用可能なショッピングモールがあり、何軒か入居したスーパーマーケットで仕事帰りにハイファが食材を買うのが日課となっているのだ。
手先は器用だが料理の知識とセンスが皆無なシドは荷物持ちである。
だがハイファは少し考えて首を横に振った。
「うーん、買い物はやめておこうかな」
「どうしたんだよ、まだ早いぞ」
「だって今日は一日署内で大人しくしてたから、何処かにまだイヴェントが残ってるような気がするんだよね。あーあ、アレに乗って帰れば良かったかも」
ハイファはスカイチューブを見上げる。内部がスライドロードになったアレは署のビルと官舎も結んでいた。ヴィンティス課長が口を酸っぱくして『使え』といつも言っているこれは繋がるビル内に職籍を持っているか住んでいるかしないと使えない。
故に不用意なイヴェントも避けられるという訳である。
だが当然ながらシドはポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めた。
「俺が事件をこさえてる訳じゃねぇぞ。お前まで課長みたいなこと言うなよな」
「言いたくないんだけどねえ、事実としてイヴェントは待ったなしだから」
「俺には帰りに空を眺める権利もねぇのか?」
「そこまでは言ってないじゃない」
「ふん、じゃあ賭けようぜ。部屋に帰るまで何事もなかったら……今晩、な?」
最後のフレーズを耳許で低く甘く囁かれハイファは頬を上気させて小さく頷いた。
「ああ、こいつが鳴り出さない他星行きなんか、滅多にあるもんじゃねぇよな」
と、シドはファイバブロックで整地された歩道を歩きつつ、左手首に嵌ったリモータを振った。外出禁止の一日を定時の十七時半で終え、署から右方向に七、八百メートル離れた単身者用官舎ビルまで歩いて帰る途中である。
官庁街の退勤時、左側の大通りには僅かに地から浮いて走るコイルが列を成しているが、殆どが座標指定してのオート走行なので渋滞知らず、流れはいい。
夕暮れの空を見上げれば、超高層ビル群を繋ぐスカイチューブが今まさに衝突防止灯を灯す。色分けされて鈴なりの航空灯はビルの窓明かりも手伝って、けたたましく思えるほどだ。
そのスカイチューブを低空飛行の救急機がくぐり抜けて去った。救急機はBEL、BELはデルタ翼を持つ垂直離着陸機である。これもコイルも反重力装置駆動で、緊急音を度外視すれば騒音も排気もなく静かでクリーンなものだ。雑踏で人は多いが空気は旨い。
「それにしてもヤマサキは本当に大丈夫なんだろうな?」
「さあね。先輩としては心配?」
「先輩も後輩もねぇよ、他星での厄介事は腹一杯だからな」
「慰安旅行でドンパチはないんじゃない?」
「そう願いてぇな」
と、またシドは忌々しそうにリモータを振る。嵌めているガンメタリックのリモータは惑星警察の官品に似せてはあるがそれよりも大型で、ハイファのシャンパンゴールドと色違いお揃いの、惑星警察と別室とをデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータだ。
これは別室からの強制プレゼントで、ハイファと現在のような仲になって間もないある日の深夜にゲリラ的に宅配されてきたブツである。それを寝惚け頭で惑星警察のヴァージョン更新と勘違いし、嵌めてしまったのが運の尽きだった。
こんなモノはシドには無用の長物、だが気付いて外そうとしたときにはもう遅い。
別室リモータは一度装着者が生体IDを読み込ませてしまうと、自分で外すか他人に外されるかに関わらず、『別室員一名失探』と判定した別室戦術コンがビィビィ鳴り出すようになっているという話で、迂闊に外せなくなってしまったのだ。
まさにハメられたという訳である。
その代わりにあらゆる機能が搭載され、例えば軍隊用語でMIA――ミッシング・イン・アクション――と呼ばれる任務中行方不明に陥った場合にも部品に埋め込まれたナノチップが信号を発するので、テラ系有人惑星の上空には必ず上がっている軍事通信衛星MCSが感知し捜して貰いやすいなどという利点もあった。
更には様々なデータベースとしても使え、手軽なハッキングツールとしても利用できるという、まさにスパイ用便利アイテムなのである。
だが何故に刑事の自分がMIAの心配をせねばならないのか、どうして司法警察員の自分がキィロックコードをクラックしてまで他人のBELを盗んで逃げ回らなければならないのか、シドには未だに激しく疑問なのだ。
そんな思いを読んだようにハイファがシドの横顔に微笑む。
「それでも貴方はそれを外さずにいてくれるんだよね」
ポーカーフェイスで前方に視線を向けたままシドは頷いた。
「ああ。一生、どんなものでも一緒に見ていくって誓ったからな」
本当なら何が鳴り出そうが捨ててしまえばそこまでのリモータをシドは外さない。つまりは惚れた弱み、危険な任務にハイファ独りを送り出すことができなくなってしまったのだ。
「別室時代より危険かも知れねぇ俺のバディをお前も降りずにいてくれるしさ」
「そうだよ。だから職場関係諸氏に対しても僕の立脚点をキチンと明確に――」
「あー、今日は主夫の買い物はするのか?」
雲行きの怪しくなった会話をシドは強引に方向転換した。自室のある単身者用官舎ビルの地下には一般客も利用可能なショッピングモールがあり、何軒か入居したスーパーマーケットで仕事帰りにハイファが食材を買うのが日課となっているのだ。
手先は器用だが料理の知識とセンスが皆無なシドは荷物持ちである。
だがハイファは少し考えて首を横に振った。
「うーん、買い物はやめておこうかな」
「どうしたんだよ、まだ早いぞ」
「だって今日は一日署内で大人しくしてたから、何処かにまだイヴェントが残ってるような気がするんだよね。あーあ、アレに乗って帰れば良かったかも」
ハイファはスカイチューブを見上げる。内部がスライドロードになったアレは署のビルと官舎も結んでいた。ヴィンティス課長が口を酸っぱくして『使え』といつも言っているこれは繋がるビル内に職籍を持っているか住んでいるかしないと使えない。
故に不用意なイヴェントも避けられるという訳である。
だが当然ながらシドはポーカーフェイスの眉間に不機嫌を溜めた。
「俺が事件をこさえてる訳じゃねぇぞ。お前まで課長みたいなこと言うなよな」
「言いたくないんだけどねえ、事実としてイヴェントは待ったなしだから」
「俺には帰りに空を眺める権利もねぇのか?」
「そこまでは言ってないじゃない」
「ふん、じゃあ賭けようぜ。部屋に帰るまで何事もなかったら……今晩、な?」
最後のフレーズを耳許で低く甘く囁かれハイファは頬を上気させて小さく頷いた。
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