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第34話
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皆がなだれ込むも、コンソールの前に腰掛けた白衣の背は動かなかった。その背にフレドが語りかける。
「ギル、もういい。艦隊を元に戻せ」
「……何故、フレドの犠牲だけは誰もが容認するのですか?」
椅子を回転させてこちらを向いたギルは、無表情ながらふちを赤くした目でフレドを仰ぎ、次にはシドとハイファを交互に見上げた。
「ハイファス、貴方はエウロパで私を撃ってでもシドを助けようとしました。そのとき人々は皆、貴方を止めようとはしなかった。積極的であれ、消極的であれ、誰もがシドを助けようとしていたんです。なのに……何故、フレドの犠牲だけには皆が諦めて頷くのですか?」
「……」
ハイファは答えられず、代わりにフレドが一歩前に出る。
「三百二年も生きてきて、やっと与えられる最期に俺は満足しているよ」
「私たちは犠牲になるために生み出された人形なんですか?」
「人形として生きたことなんか俺にはこれっぽっちもない。お前もそういう風に生きればいいだけだ」
「人形でない生き方……フレド、貴方は死ぬことが怖くないのですか?」
「怖くない訳、あるか。お前が俺の全てを受け継いでくれる、そう思うからこそできるんじゃないか。さあ、早く艦隊を戻すんだ」
じっとフレドを見つめていたギルはゆっくりと椅子を回転させてまた背を向けた。哀しげな言葉とは裏腹に平坦な口調できっぱりと拒否をする。
「嫌です。戻さない。フレド、貴方の『あと一日』のメモリが私は欲しい」
「ギル、お前……それなら少々手荒になるが恨んでくれるなよ」
言うなりフレドは白衣のポケットから取り出した注射器をギルの腕に突き立てる。抵抗するヒマもなく、ギルは数秒で椅子にぐったりと体を凭れさせた。
「殺してねぇよな?」
「当たり前、特製のこいつは睡眠薬だ。三十分くらいで目は覚めるだろう」
コンソールに向かったフレドは端末を操作し、舌打ちする。
「ご丁寧にプロテクト掛けてやがる」
「艦隊は戻せねぇのか?」
「いや」
と、リモータのリードを引き出しながらフレドは落ち着いて言った。
「こいつのメモリからパスワードを抜き出せば、すぐだ」
リモータ同士を繋ぎ、得た一連の文字列をフレドは端末で打ち込んだ。
「軍も議会も泡食っただろうな。ここからの操作でタイタンに跳ぶ。スチュアート、薬を配って飲ませてくれ」
渡されたワープ宿酔止めの白い錠剤を皆が飲んだのを確認し、フレドはスターゲイザーをタイタン上空にショートワープさせる。軽い眩暈と五体が砂の如く四散するような感覚がシドを襲い、ハイファが伸ばした左手をシドも左手で掴んだ。
「さてと。通常航行五分でウイルス艦とのドッキング座標に到着の予定だが、TF557系は危険がない訳じゃない。皆にはタイタン基地宙軍専用宙港に移動して貰う。私物をまとめて格納庫の宙艦に移ってくれるか?」
急に泣き出したオランジュの肩をクロデルが抱く。スチュアートを始め、ヘイルとパーカーがフレドと固く握手を交わした。
「この七年間、随分と愉しませて貰った」
「たった二年っスけど、局長のことは一生忘れないっすよ」
「六年、世話になった」
涙を浮かべたオランジュとクロデルが交互にフレドに抱きついた。言葉にならず、フレドの頬に両側からキスをして身を翻す。
残ったシドとハイファにフレドが茶色い髪をがしがしと掻きながら向き直った。
「シド、ハイファス。あんたらには悪いがTF557系までご同行願えるか?」
「ギルのことだよね?」
「そう、こいつのことを頼みたい。帰りの航行プランはインプットさせておく」
もうシドも悟っていた、このために自分たちに別室任務が下ったということを。
「分かった、引き受ける」
「俺の部屋でも操艦はできる、食い損なったミカンでも食うとしよう」
「それとシロを忘れてるぜ」
「おっと、ショートワープは気の毒なことをした。ワープ薬を飲まさにゃならん」
力の抜けたギルはシドが担ぎ上げ、星空の半分以上を覆ったタイタンの巨体を眺めながら四人はゆっくりとA棟の一〇一号室に移動した。コタツの一辺にシドがギルを寝かせている間にフレドが自室から端末を持ってきてリモータのリードを繋ぐ。
ハイファが淹れなおした玄米茶を啜りながら、フレドは麻雀牌の転がるコタツの天板にホロ映像でタイタンを映し出した。
「時間通りにウイルス艦のご登場だぞ。我らがスターゲイザーがこの緑のブリップで赤がウイルス艦。あいつらの宙艦が……早いな、今、出た。じゃあドッキングさせるとするか」
ホロ映像が切り替わりスターゲイザーの巨大マニピュレータが映し出された。フレドが直接AIで操っているらしいメカの手は難なくウイルス艦の巨体の側面を掴む。
「酔い止めが効いているうちにワープするぞ」
軽い眩暈にシドとハイファが目を瞑り開いたときにはホロ映像が他星系の宇宙空間に変わっていた。眩く輝く恒星TF557へと緑のブリップは赤いブリップを抱いて近づいていたが距離的にまだ時間があるようだ。
「うわっ、報告通りにスターダストが多いな。この巨体で避けるのは……ふう、危ない危ない。こんなことをするのは二百八十年ぶりだぞ」
「スターダスト、夢見心地って訳だね」
「夢見てないでちゃんと避けてくれよな」
「またきた。この分じゃミカンが食べられないな」
「仕方ないなあ」
と、ハイファはミカンを剥いて房をフレドの口に押し込み、
「こんなことするのはシドにだけ、特別サーヴィスなんだからね」
「有難い。甘いな、これ。……わっ、デカいのがきた!」
「スターゲイザーの主砲、大口径レーザーでも使えばどうだ?」
「それ採用。全開で蹴散らしてやる」
見ている分にはゲームのようだが、ウイルス艦に僅かでも傷がつけばシドとハイファも太陽系に帰還する訳にはいかなくなるのだ。結構、心臓に悪い。
「ギル、もういい。艦隊を元に戻せ」
「……何故、フレドの犠牲だけは誰もが容認するのですか?」
椅子を回転させてこちらを向いたギルは、無表情ながらふちを赤くした目でフレドを仰ぎ、次にはシドとハイファを交互に見上げた。
「ハイファス、貴方はエウロパで私を撃ってでもシドを助けようとしました。そのとき人々は皆、貴方を止めようとはしなかった。積極的であれ、消極的であれ、誰もがシドを助けようとしていたんです。なのに……何故、フレドの犠牲だけには皆が諦めて頷くのですか?」
「……」
ハイファは答えられず、代わりにフレドが一歩前に出る。
「三百二年も生きてきて、やっと与えられる最期に俺は満足しているよ」
「私たちは犠牲になるために生み出された人形なんですか?」
「人形として生きたことなんか俺にはこれっぽっちもない。お前もそういう風に生きればいいだけだ」
「人形でない生き方……フレド、貴方は死ぬことが怖くないのですか?」
「怖くない訳、あるか。お前が俺の全てを受け継いでくれる、そう思うからこそできるんじゃないか。さあ、早く艦隊を戻すんだ」
じっとフレドを見つめていたギルはゆっくりと椅子を回転させてまた背を向けた。哀しげな言葉とは裏腹に平坦な口調できっぱりと拒否をする。
「嫌です。戻さない。フレド、貴方の『あと一日』のメモリが私は欲しい」
「ギル、お前……それなら少々手荒になるが恨んでくれるなよ」
言うなりフレドは白衣のポケットから取り出した注射器をギルの腕に突き立てる。抵抗するヒマもなく、ギルは数秒で椅子にぐったりと体を凭れさせた。
「殺してねぇよな?」
「当たり前、特製のこいつは睡眠薬だ。三十分くらいで目は覚めるだろう」
コンソールに向かったフレドは端末を操作し、舌打ちする。
「ご丁寧にプロテクト掛けてやがる」
「艦隊は戻せねぇのか?」
「いや」
と、リモータのリードを引き出しながらフレドは落ち着いて言った。
「こいつのメモリからパスワードを抜き出せば、すぐだ」
リモータ同士を繋ぎ、得た一連の文字列をフレドは端末で打ち込んだ。
「軍も議会も泡食っただろうな。ここからの操作でタイタンに跳ぶ。スチュアート、薬を配って飲ませてくれ」
渡されたワープ宿酔止めの白い錠剤を皆が飲んだのを確認し、フレドはスターゲイザーをタイタン上空にショートワープさせる。軽い眩暈と五体が砂の如く四散するような感覚がシドを襲い、ハイファが伸ばした左手をシドも左手で掴んだ。
「さてと。通常航行五分でウイルス艦とのドッキング座標に到着の予定だが、TF557系は危険がない訳じゃない。皆にはタイタン基地宙軍専用宙港に移動して貰う。私物をまとめて格納庫の宙艦に移ってくれるか?」
急に泣き出したオランジュの肩をクロデルが抱く。スチュアートを始め、ヘイルとパーカーがフレドと固く握手を交わした。
「この七年間、随分と愉しませて貰った」
「たった二年っスけど、局長のことは一生忘れないっすよ」
「六年、世話になった」
涙を浮かべたオランジュとクロデルが交互にフレドに抱きついた。言葉にならず、フレドの頬に両側からキスをして身を翻す。
残ったシドとハイファにフレドが茶色い髪をがしがしと掻きながら向き直った。
「シド、ハイファス。あんたらには悪いがTF557系までご同行願えるか?」
「ギルのことだよね?」
「そう、こいつのことを頼みたい。帰りの航行プランはインプットさせておく」
もうシドも悟っていた、このために自分たちに別室任務が下ったということを。
「分かった、引き受ける」
「俺の部屋でも操艦はできる、食い損なったミカンでも食うとしよう」
「それとシロを忘れてるぜ」
「おっと、ショートワープは気の毒なことをした。ワープ薬を飲まさにゃならん」
力の抜けたギルはシドが担ぎ上げ、星空の半分以上を覆ったタイタンの巨体を眺めながら四人はゆっくりとA棟の一〇一号室に移動した。コタツの一辺にシドがギルを寝かせている間にフレドが自室から端末を持ってきてリモータのリードを繋ぐ。
ハイファが淹れなおした玄米茶を啜りながら、フレドは麻雀牌の転がるコタツの天板にホロ映像でタイタンを映し出した。
「時間通りにウイルス艦のご登場だぞ。我らがスターゲイザーがこの緑のブリップで赤がウイルス艦。あいつらの宙艦が……早いな、今、出た。じゃあドッキングさせるとするか」
ホロ映像が切り替わりスターゲイザーの巨大マニピュレータが映し出された。フレドが直接AIで操っているらしいメカの手は難なくウイルス艦の巨体の側面を掴む。
「酔い止めが効いているうちにワープするぞ」
軽い眩暈にシドとハイファが目を瞑り開いたときにはホロ映像が他星系の宇宙空間に変わっていた。眩く輝く恒星TF557へと緑のブリップは赤いブリップを抱いて近づいていたが距離的にまだ時間があるようだ。
「うわっ、報告通りにスターダストが多いな。この巨体で避けるのは……ふう、危ない危ない。こんなことをするのは二百八十年ぶりだぞ」
「スターダスト、夢見心地って訳だね」
「夢見てないでちゃんと避けてくれよな」
「またきた。この分じゃミカンが食べられないな」
「仕方ないなあ」
と、ハイファはミカンを剥いて房をフレドの口に押し込み、
「こんなことするのはシドにだけ、特別サーヴィスなんだからね」
「有難い。甘いな、これ。……わっ、デカいのがきた!」
「スターゲイザーの主砲、大口径レーザーでも使えばどうだ?」
「それ採用。全開で蹴散らしてやる」
見ている分にはゲームのようだが、ウイルス艦に僅かでも傷がつけばシドとハイファも太陽系に帰還する訳にはいかなくなるのだ。結構、心臓に悪い。
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