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第32話

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「おはようございまーす」

 少し早めの八時前に一〇七号室に降りてゆくと、フレドとスチュアートが白衣の上にベージュのエプロンをしてキッチンに立っていた。

「ハイファス、無駄にしたくないんで卵だけ頼んでいいか?」
「構わないけど……わあ、ちゃんとご飯も炊けてお味噌汁まで。偉い偉い!」
「だろう? 全員、目玉焼きでいいから頼むわ」

 フレドにエプロンを渡されたハイファはフライパンをヒータにかけた。冷蔵庫の中に大量の卵の他、ウィンナーを発見し、手早く包丁で切れ目を入れ炒め始める。
 シドは皿出し係、そうしているうちにクロデルとオランジュの女性陣と、ヘイルとパーカーの金髪コンビがシロと一緒に現れた。

 次の間の座卓に食事の準備が整うと、全員が手を合わせて食べ始める。シロはカリカリを舌ですくい食べていた。

「誰か足らねぇな。ギルは何処に行ったんだ?」
「あいつは俺の部屋。あれから端末とにらめっこで動きそうにないんだ、これが」
「ふうん。じゃあフレドもやっぱり寝てないんだね」
「あんたら以外の野郎どもは、みんな寝てないぞ」

 寝る間も惜しんで遊んだ男性陣は皆、目を赤くしていた。

「で、本日の予定はどうなってんだ?」
「久しぶりのワープを控えてるからな、ショートワープでタイタン上空まで跳ぶ。十二時十分前に機動開始、五分後にショートワープ。更に五分でウイルス艦に着ける」

 事の次第を知らない者たちから質問攻めに遭ったフレドは、味噌汁かけご飯とおかずをさらえてしまうと、テラ連邦議会が承認した作戦を穏やかに話して聞かせる。

 聞いても意外に皆は冷静だった。

「そうっすか。局長の、本当の本気の最期の花道って訳っすね」

 と、パーカーが呟くと、クロデルとオランジュも静かに頷いた。

「淋しくなるけど仕方ないわよね」

 そう言ったオランジュにフレドは首を横に振る。

「ギルがいるだろうが。俺と同じくあいつの面倒もみてやってくれ。アンドロイドの秘密を知ってる奴以外には、そうそう頼めないことだからな」

 皆が頷くのを見て、フレドは満足そうに微笑んだ。

「さあて、早く食ってくれよ。十二時前までの三時間あれば、半荘ハンチャン三回は固い。シド、今度こそは負けないからな」
「おう、受けて立ってやるぜ」

 後片付けは全員参加、勝手に面子にされたシドも食器運びを手伝う。その間にハイファは残ったご飯と冷蔵庫に眠っていた鮭フレークでギル用におにぎりを作った。

 片づけ終わると、これも全員で一〇一号室に移動だ。皆、時間が惜しいのである。

「あれ? ギルがいないんだけど」

 隣の部屋を覗いたハイファにフレドが応えた。

「計算が遅いとか喚いてたからな、観測センターにでも行ったんじゃないのか?」

 フレドに配置図をリモータへ流して貰い、ハイファは独り観測センターに向かう。

 外は相変わらず満天の星空、天然の岩石質の道を踏みしめてドームへと歩く。右側の観測センターに入り、セントラルコンピュータがある一階の管理室のドアをセンサ感知した。

 室内ではギルが椅子に腰掛け、リモータのリードをコンに直接繋いでいた。白衣の背中にそっと声を掛ける。

「ギル。これ、朝ご飯。貴方もちゃんと食べなきゃだめだよ」

 シールした皿と一緒に持参した緑茶の保冷ボトルをコンソールに置くと、眠り人形の如く瞑目していたギルが目を開けた。眠りを必要とするその目はふちが赤かった。

「どう、何かいい案でも浮かんだ?」
「ウイルス艦の外側に反物質機関を取り付ける案が先程、蹴られました。全長三キロもの物体をワープさせるだけの反物質機関は、今、集められないと。それに工事の際にウイルスが洩れ出す可能性も約四パーセントと試算されました」

 ハイファの方が溜息を堪える。

「そっか。他には?」
「オートで太陽に突っ込ませると、燃え尽きる前にプラズマ流に乗ってウイルスが流れ出す恐れがあり、TF557の重力圏からスターゲイザーを離脱させても、同様にウイルスを持ち帰ってしまう可能性があります」
「でも、まだ諦めないんだね」
「今、私にできることをやるだけです」

 再び目を瞑って集中するギルを数秒見つめ、ハイファは足音を忍ばせて管理室を出る。観測センターのドームから外に出ると、降るような星空をひととき眺めてから、A棟に戻った。

 一〇一号室ではフレドとシド、スチュアートとヘイルが麻雀の真っ最中、パーカーとクロデルとオランジュは観戦だ。
 シドの手牌を見てぎゃあぎゃあ騒いでいる。
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