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第27話
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そう言って振り返ったのはギルと似たような造作をした茶色い髪の若い男、手元は他の三人の男たちと同様に麻雀牌を掻き回している。そして彼らが囲んで座っているのはラグの上にしつらえられたコタツだった。傍にはミカンの入ったカゴもある。
訊かずとも悟っていたがハイファが一応訊ねた。
「あのう、航空宇宙監視局・現局長のフレデリック=エリスさんは……?」
「俺だ、俺」
と、茶髪の若い男は吸いかけの煙草を灰皿に置いて、
「南場に入ったばかりだからな、これでも食って待っててくれ」
差し出されたミカンのカゴをハイファは半ば呆然として受け取る。呆然としたまませいぜい八畳間くらいの室内で隅に積んであったザブトンを三枚ラグの傍に敷いた。三人は大人しくザブトンの上に着地する。
正座したハイファとあぐらをかいたシドは心配になり、ギルの方を窺った。ギルは呼吸も止めたように固まっていた。機能停止といった顔つきだ。
ハイファがミカンを握らせる。
「ギル、しっかり。少し糖分でも摂ってサ」
「こういうときの人間は、一段落つくまで放っとくしかねぇんだ。待とうぜ」
無言ながらギルがミカンを剥き始めたのにホッとし、シドとハイファもミカンを食す。二個ずつ食べてハイファが立ちコタツの傍の盆に置かれていた急須を手にした。
フタを開けてまた顔をしかめ、キッチンへと茶殻を捨てに行く。戻ってくると新しい湯飲みを三つ抱えていて、男たちの背後にあったポットで玄米茶を淹れた。
亡国の遊戯に耽る男たちが差し出した湯飲みにも茶を淹れて配る。
「うーん、十六時半かあ。おやつも食べたしねえ」
「局長の八連荘だ、まだ終わりそうにねぇぞ」
「今日中に帰れるのかなあ、僕ら」
「さあな。徹マンやられたらアウトだが、そういや人間はあと二人いなかったか?」
「これ飲んだら捜しに行こうか?」
と、ミカンを食べ続けるギルを見て、
「一人、黄色くなっちゃう前に」
「まともに話せる人間が半径三十万キロ以内にいればいいけどな」
二人は対々和狙いのフレデリック=エリスの、薄汚れた白衣の背を見て溜息をつく。これが明日にはウイルス艦がタイタン上空に来るという大問題を抱え、更には明後日までのいつシステムが狂ってしまうかも知れぬアンドロイドの在り方だろうか。
湯飲みが空になると二人は腰を上げた。ギルが無表情ながら、そこはかとなく自信を失くしたような風情でついてくる。三人は玄関で靴を履いた。
「一〇七号室だったよね」
一〇一号室と同じ並びに一〇七号室もあった。ハイファがチャイムを鳴らす。
《はあい、誰?》
「あのう、今日やってきた者なんですけど……」
《開いてるわよ、入って!》
女性の声だったがここは随分とラフな土地らしい。センサ感知してドアを開けた。すぐに二人の女性が姿を見せる。二人ともシドやハイファよりも年上、テラ標準歴で三十歳前後に見えた。Tシャツとジーンズの上に白衣を着ている。
「ようこそ、いらっしゃい。わあ、何このホスト集団!」
「本当、すっごい色男が三人も!」
挨拶としてはどうかと思われたが取り敢えずコミュニケーション可能な連邦標準語が聴けた安堵でシドとハイファは曖昧に頭を下げた。ギルはまた固まっている。
金髪をポニーテールにした女性が挙手した。
「はい、はーい。わたし、クロデル。宜しく」
「わたしはオランジュよ。宜しくね」
こちらは栗色の髪を三つ編みにして背に垂らしていた。
「あ、ハイファスです」
「俺はシドでいい」
「私はギルバート=オーエン、今後はどうぞギルとお呼び下さい」
女性二人は顔を見合わせた。向き直りクロデルが首を傾げつつギルを見て微笑む。
「へえ、次の局長か。先は長いんだから、そう肩肘張らずにのんびりやんなさいよ」
「じゃあクロデルとオランジュもフレデリック=エリス氏のことは知ってるの?」
ハイファの問いに二人は頷いた。クロデルが口を開く。
「プログラム・バグのこともアンドロイドとしての寿命がもうないことも知ってる」
「ふうん。貴女たちはここ、長いのかな?」
「わたしは五年、オランジュは――」
「四年になるわ。玄関先で落ち着かないわよね。上がって行かない?」
行かないも何も不案内で何処にも行きようのないシドとハイファは、遠慮なく上がらせて貰う。ギルも倣った。ここも土足禁止だった。
造りは一〇一号室と同じ、上がればそこはダイニングキッチンである。そしてその床には見覚えのある灰色猫がいて顔を洗っていた。三者の視線を辿ってクロデルが説明する。
「最後にここを出てった……って言っても随分前だけど、猫連れで勤務に来た子が退去する時に置いて行ったのよ。名前はシロよ。宜しくね」
「シロなあ。そいつも人恋しくなって辞めたとかいうんじゃねぇだろうな?」
「あら、よく分かったわね」
「でも飼い猫置いてくのは酷くねぇか?」
「置いて行ってくれたのよ、わたしたちが淋しくないように。だって彼女は番いで猫飼ってて、二回の出産で十四匹も生まれちゃったんですもの。とにかく玄関先に立ってないでもう少し入って。落ち着かないから」
捲し立てられて男たちは素直に上がることにする。
「じゃあお邪魔しまーす」
「なあ、ところで何か焦げ臭くねぇか?」
「あっ、しまった!」
クロデルとオランジュが壁際のオーブンに飛びついた。フタを開けると更に焦げ臭さが強烈になる。ミトンでオランジュが取り出した天板では、ナニかが小さく炎を上げて燃えていた。
「ああ、もう! 何で検索した通りにやっても上手くいかないのかな?」
クロデルがガシガシと金髪を掻きむしる。炭色のナニかをハイファは眺めた。
「何を作ってるのか訊いてもいいかな?」
「ベイクドチーズケーキ。あんたたち客がくるっていうんで昨日から二人でトライしてるんだけど、五回目のこれも失敗」
「僕たちはチーズケーキよりも帰りの宙艦が欲しいんだけど」
「それなら今朝、局長のフレドがタイタンに連絡済み。でもここから何かを要請してもブツが届くまで普通、一日二日は掛かるのが当たり前」
「何でだよ、タイタンは近いんだろ?」
「ここからの要請なんて重要視されてないから。いつも後回しでクリームチーズも一昨日頼んだものがまだ届かないのよ。あと一回しかトライできないってのに」
シドとハイファは顔を見合わせて溜息をついた。話をまともに捉えるなら、クリームチーズを載せて迎えの宙艦がくるのは明日以降ということになる。
「レシピ見せて貰ってもいいかな?」
顔を輝かせる女性二人の前でハイファは上着を脱いで袖を捲った。
訊かずとも悟っていたがハイファが一応訊ねた。
「あのう、航空宇宙監視局・現局長のフレデリック=エリスさんは……?」
「俺だ、俺」
と、茶髪の若い男は吸いかけの煙草を灰皿に置いて、
「南場に入ったばかりだからな、これでも食って待っててくれ」
差し出されたミカンのカゴをハイファは半ば呆然として受け取る。呆然としたまませいぜい八畳間くらいの室内で隅に積んであったザブトンを三枚ラグの傍に敷いた。三人は大人しくザブトンの上に着地する。
正座したハイファとあぐらをかいたシドは心配になり、ギルの方を窺った。ギルは呼吸も止めたように固まっていた。機能停止といった顔つきだ。
ハイファがミカンを握らせる。
「ギル、しっかり。少し糖分でも摂ってサ」
「こういうときの人間は、一段落つくまで放っとくしかねぇんだ。待とうぜ」
無言ながらギルがミカンを剥き始めたのにホッとし、シドとハイファもミカンを食す。二個ずつ食べてハイファが立ちコタツの傍の盆に置かれていた急須を手にした。
フタを開けてまた顔をしかめ、キッチンへと茶殻を捨てに行く。戻ってくると新しい湯飲みを三つ抱えていて、男たちの背後にあったポットで玄米茶を淹れた。
亡国の遊戯に耽る男たちが差し出した湯飲みにも茶を淹れて配る。
「うーん、十六時半かあ。おやつも食べたしねえ」
「局長の八連荘だ、まだ終わりそうにねぇぞ」
「今日中に帰れるのかなあ、僕ら」
「さあな。徹マンやられたらアウトだが、そういや人間はあと二人いなかったか?」
「これ飲んだら捜しに行こうか?」
と、ミカンを食べ続けるギルを見て、
「一人、黄色くなっちゃう前に」
「まともに話せる人間が半径三十万キロ以内にいればいいけどな」
二人は対々和狙いのフレデリック=エリスの、薄汚れた白衣の背を見て溜息をつく。これが明日にはウイルス艦がタイタン上空に来るという大問題を抱え、更には明後日までのいつシステムが狂ってしまうかも知れぬアンドロイドの在り方だろうか。
湯飲みが空になると二人は腰を上げた。ギルが無表情ながら、そこはかとなく自信を失くしたような風情でついてくる。三人は玄関で靴を履いた。
「一〇七号室だったよね」
一〇一号室と同じ並びに一〇七号室もあった。ハイファがチャイムを鳴らす。
《はあい、誰?》
「あのう、今日やってきた者なんですけど……」
《開いてるわよ、入って!》
女性の声だったがここは随分とラフな土地らしい。センサ感知してドアを開けた。すぐに二人の女性が姿を見せる。二人ともシドやハイファよりも年上、テラ標準歴で三十歳前後に見えた。Tシャツとジーンズの上に白衣を着ている。
「ようこそ、いらっしゃい。わあ、何このホスト集団!」
「本当、すっごい色男が三人も!」
挨拶としてはどうかと思われたが取り敢えずコミュニケーション可能な連邦標準語が聴けた安堵でシドとハイファは曖昧に頭を下げた。ギルはまた固まっている。
金髪をポニーテールにした女性が挙手した。
「はい、はーい。わたし、クロデル。宜しく」
「わたしはオランジュよ。宜しくね」
こちらは栗色の髪を三つ編みにして背に垂らしていた。
「あ、ハイファスです」
「俺はシドでいい」
「私はギルバート=オーエン、今後はどうぞギルとお呼び下さい」
女性二人は顔を見合わせた。向き直りクロデルが首を傾げつつギルを見て微笑む。
「へえ、次の局長か。先は長いんだから、そう肩肘張らずにのんびりやんなさいよ」
「じゃあクロデルとオランジュもフレデリック=エリス氏のことは知ってるの?」
ハイファの問いに二人は頷いた。クロデルが口を開く。
「プログラム・バグのこともアンドロイドとしての寿命がもうないことも知ってる」
「ふうん。貴女たちはここ、長いのかな?」
「わたしは五年、オランジュは――」
「四年になるわ。玄関先で落ち着かないわよね。上がって行かない?」
行かないも何も不案内で何処にも行きようのないシドとハイファは、遠慮なく上がらせて貰う。ギルも倣った。ここも土足禁止だった。
造りは一〇一号室と同じ、上がればそこはダイニングキッチンである。そしてその床には見覚えのある灰色猫がいて顔を洗っていた。三者の視線を辿ってクロデルが説明する。
「最後にここを出てった……って言っても随分前だけど、猫連れで勤務に来た子が退去する時に置いて行ったのよ。名前はシロよ。宜しくね」
「シロなあ。そいつも人恋しくなって辞めたとかいうんじゃねぇだろうな?」
「あら、よく分かったわね」
「でも飼い猫置いてくのは酷くねぇか?」
「置いて行ってくれたのよ、わたしたちが淋しくないように。だって彼女は番いで猫飼ってて、二回の出産で十四匹も生まれちゃったんですもの。とにかく玄関先に立ってないでもう少し入って。落ち着かないから」
捲し立てられて男たちは素直に上がることにする。
「じゃあお邪魔しまーす」
「なあ、ところで何か焦げ臭くねぇか?」
「あっ、しまった!」
クロデルとオランジュが壁際のオーブンに飛びついた。フタを開けると更に焦げ臭さが強烈になる。ミトンでオランジュが取り出した天板では、ナニかが小さく炎を上げて燃えていた。
「ああ、もう! 何で検索した通りにやっても上手くいかないのかな?」
クロデルがガシガシと金髪を掻きむしる。炭色のナニかをハイファは眺めた。
「何を作ってるのか訊いてもいいかな?」
「ベイクドチーズケーキ。あんたたち客がくるっていうんで昨日から二人でトライしてるんだけど、五回目のこれも失敗」
「僕たちはチーズケーキよりも帰りの宙艦が欲しいんだけど」
「それなら今朝、局長のフレドがタイタンに連絡済み。でもここから何かを要請してもブツが届くまで普通、一日二日は掛かるのが当たり前」
「何でだよ、タイタンは近いんだろ?」
「ここからの要請なんて重要視されてないから。いつも後回しでクリームチーズも一昨日頼んだものがまだ届かないのよ。あと一回しかトライできないってのに」
シドとハイファは顔を見合わせて溜息をついた。話をまともに捉えるなら、クリームチーズを載せて迎えの宙艦がくるのは明日以降ということになる。
「レシピ見せて貰ってもいいかな?」
顔を輝かせる女性二人の前でハイファは上着を脱いで袖を捲った。
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