スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基

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第21話

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「離してよ、今ならまだ――」
「落ち着きなさい、ハイファス。気圧が戻らなければ食堂側の扉は外から開きません。安全設計上、そういう仕組みになっているのです」

「って、中からは?」
「まだこれだけの圧が掛かっていますから、人間の力で開けることは無理でしょう。それだけではありません。地震の影響だと思われますが食堂の地下に埋められた大気発生装置が致命的なダメージを負っています」

 ギルが見ているものを覗き込む。
 ギルの操作で管理システム用に切り替えられたドア脇のパネルモニタには、食堂の地下に当たる部分に赤くコーションランプが灯っていた。

 そこが大気発生装置の埋設場所らしく《Air- generator :Damage》とある。

「つまりエクメーネドームの破損を修理しない限り、食堂からエアは抜け続ける。そして食堂の気圧が相当下がらないと出口も開かないんだね?」
「そういうことになりますね」
「でも普通、事故のときのために酸素ボンベくらいは装備してる筈じゃない?」
「勿論です。こちらからの操作で即、オキシジェン供給がなされます」

 それを聞いて胸をなで下ろし、思わず座り込みたいくらいに力が抜けた。そんなハイファにギルは涼しくさえ見える無表情で新たに告げる。

「反対側、右の食堂にも生命体の存在がモニタされています」
「右側……エンダースじゃないかな、あの厨房員だよ」
「オキシジェン供給にもダメージがあり、フェイルセーフは完全に壊れていますね」

 もう一度ハイファはモニタを見た。

 自分たちがいた左の食堂には輝点が十五、右の食堂には輝点が一。殆どの輝点が緑色の中、左の四つが赤、二つが黄色で示されている。赤はシドとハイファがヘッドショットで殺った四人、黄色はシドがダブルタップを食らわせた二人というのは理解できた。

 気付くといつの間にか周囲に人々が集まって輪を成している。汗を拭く副局長のジェフ=アシュレイの姿もあった。

「で、オキシジェン供給にダメージって、どういうこと?」
「二系統あるべき酸素供給システムが一系統しか作動しません。この状態で両方に酸素供給すると約十六分間しか保ちません」
「十六分あればエクメーネドームの修理くらい……まさかできないの!?」

 その問いには苦渋の表情を浮かべた副局長が答えた。

「現在、作業班を急行させておりますが、修理完了予想時刻は十時十八分です」
「あと三十三分も掛かる……?」 

 思い切り殴られたかのようにハイファは自分の思考能力が低下していくのを自覚していた。スクリーン上の輝点に動きはない。食堂の人間は既に動けない状態にある。

 冷たく呼吸をしないシドを抱く想像が頭をよぎりハイファは恐怖に総毛立つ。自分こそが呼吸困難に襲われていた。

「……ねえ、まさかシドを見殺しになんかしないよね?」

 伺った横顔はまさに作り物の人形のように冷たく、非情な言葉を予期させた。

「この表示では左側には十一名もの生きた人間がいます。私の計算では大気流出量と消費量から、喩え左側だけに酸素供給しても二十二分四十八秒しか保ちません。その点、右側だけに供給した場合は、三十二分二十二秒の呼吸可能な酸素濃度の持続が見込まれます」

「じゃあ右側だけに酸素供給するつもりなの!?」

「いいえ。酸素供給をした場合の三十二分後の左側の酸素濃度は六パーセント強、内部の人間は全滅を免れるかも知れません。それにヴィクトル星系発祥のテロリスト集団・アラギ人民解放旅団のメンバーを一人でも生きて捕獲できれば、余罪と共に貴重な証言が取れると予想されます。ほぼ全員が酸素欠乏で脳に障害を負うことは予測されますが催眠暗示下ならば多少の情報が引き出せるでしょう。それに犯罪者の人権も声高に叫ばれる今、十一名を助けようとした事実はテラ連邦内のメディアへの受けも良く、こちらに益があると私は判断します」

「益がある……なら、左側だけ?」
「はい。酸素濃度が十パーセントを切りました。オキシジェン、左側に流します」

 だからといって安心してはいられない。左側の食堂にはシドだけでなく、八人もの無傷のテロリストも封じ込められているのだ。奴らも同時に蘇生する。シドは独りで戦わなければならないのだ……再びの酸欠で脳障害を負うまで。

「シドは、シドはどうなるの!?」

 白皙の顔を振り向けて、何の逡巡もなくギルは言った。

「私の計算では射殺される可能性は約八十二パーセント、エンダース厨房員と同じくコラテラルダメージと考える他ありませんね」
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