20 / 36
第20話
しおりを挟む
ギルの叫びは殆どシドには聞こえなかった。破れたエクメーネドームから勢いよく吸い出されるエアで強風が巻き起こり、気圧の急激な変化で鼓膜がバリバリと音を立てて、耳が激しく痛んでいたからだ。
それだけではない、白いモヤが風で吹き払われたあとには迷彩服を着て銃を構えた男たちが十人以上も現れていた。彼らの背後でバシンとドアが閉まる。
「ハイファ!」
風が収まると同時に男たちは無造作に発砲していた。自分の声もサブマシンガンの唸りも、共に遠くに聞きながら対衝撃ジャケットの腹から胸に一連射を浴びる。
吹き飛ばされそうになるのを二歩後退して耐えたシド、応射。男二人が腹にダブルタップを食らって壁に背を打ち付けた。
更にフレシェット弾を撃ち込みながら、背後にハイファを庇いつつ地震で移動していたテーブルを蹴り上げて盾にする。
しかしファイバのテーブルごときが掩蔽物になりえるとは、端から思っていない。瞬間的な目眩ましだ。敵もこちらが銃を持っているとは予想外、そこを狙ってシドは速射で二人にヘッドショット。ハイファも二人に九ミリパラを叩き込んでいる。
ファイバの破片を飛び散らせ、テーブルに幾つもの穴が開いた。
「火力が違いすぎる、後退するぞ!」
レールガンを連射モードにしてシドが弾幕を張った。だがここにきてまた食堂内に白いモヤが立ち込め始めていた。聴覚もほぼ奪われたままで気配を読み取ることも難しく、精確な狙いがつけられない。二歩、三歩と退く。
「ハイファ、ギルを任せる! 先に出口へ走れ!」
返答がなく、ここで初めて互いに聞こえていないことに気付く。しかしハンドサインで告げるまでもなく、身を翻してまともに背を向けたギルを護りハイファも駆け出していた。
大事な荷物のギルがいなければ構うことはない、単発モードに戻したレールガンで真っ白なモヤにフレシェット弾をバラ撒く。ドームが破れた今、気密性のある建物に損傷を与えては何を呼吸していいか分からなくなるため、パワーは落としてあった。
腹にまた着弾し、吐き戻しそうになるのを堪えて応射を続ける。僅かずつ後退してようやく出口まで辿り着く。チラリと振り返るといつの間にかシャッターが下りていて、それも当然かと思う。
シャッターにも人がやっと出入りできるくらいの小さな扉がついていた。狭隘な場所に誘い込んで少人数を相手にする戦法を採ろうと、撃ちながら後ろ手に取っ手を掴んで扉を引き開ける。開かない。押しても引いてもびくともしなかった。
内開きの中から空気圧が掛かっているためだと思い至り、どうするべきか考えていると耳許を銃弾が掠める。衝撃波で眩暈を起こすに及んで、右側のカウンターを飛び越え、厨房内へ滑り込んで束の間息をついた。眩暈はまだ治まらない。
自分までが完全後退すればメインドームに敵がなだれ込む。非戦闘員が三百人もいては果てしなく厄介なことになるのは必至、ここで食い止めるつもりだった。
「くそう、大地震にアラギ人民解放旅団とストライクか――」
思わず呟いてしまって頭を振る。ステンレス張りのカウンターに跳弾。厭世的になっているヒマはない。身を起こして撃ち返す。眩暈が酷い。
三発、四発と撃つうちに慣れきった筈のレールガンの反動を妙に激しく感じだす。自分が何故か眠いのだと気付いたときには、敵からの銃撃も散発的になっていた。
何度も肩で息をする。急激に視界が狭くなる。膝をついたが最後、異様に軽く思える躰とは裏腹に、立ち上がれなくなっていた。冷たい汗をかきながら必死で嘔吐を堪える。
だが抵抗もそこまで、ぐらりと傾ぐ身を他人のもののように感じながら、シドはハイファの幻影を脳裏によぎらせたのを最後に意識を暗闇に溶かしていった。
◇◇◇◇
ハイファが走るギルに追い付いたのは、通路のYの字を抜けてトンネルチューブが一本になった辺りだった。背後に注意を向けながらメインの建物へと駆け込む。
「ギルはここで待ってて」
言い置いてシドの許へ戻ろうと踵を返した。だがソフトスーツの裾をギルが掴む。
「何するのサ?」
「だめです、行ってはなりません」
「どうして、シドが独りで――」
目の前でメイン構造物のシャッターがガシャンと下りる。センサ感知し続けているオートドアまでもが閉ざされた。胸に湧き上がる不安を抑えて、ハイファはドア脇のパネルに向かい、手動開閉のスイッチを入れようとした。
その手をギルが押さえて止める。
「いけません。二つの食堂の小ドームは気密が破られています」
「二つとも……でも建物は大気発生装置で内部から加圧されて気密は保たれて――」
「いいえ。このパネルモニタによると食堂の建物にも損傷有りとなっています。どうやらテロリストがエクメーネドームを爆破した、その影響のようですね」
「えっ? じゃあ食堂にも穴が開いてるの?」
「その通りです。現在、両側の食堂の気圧は通常の八十二パーセント、大気濃度も同様で、なお加速度的に低下中です」
「そんな、シドがまだ中に……早く連れ出さなきゃ!」
手動開閉スイッチを作動させようとするも、ギルは手首を掴んで離さなかった。
それだけではない、白いモヤが風で吹き払われたあとには迷彩服を着て銃を構えた男たちが十人以上も現れていた。彼らの背後でバシンとドアが閉まる。
「ハイファ!」
風が収まると同時に男たちは無造作に発砲していた。自分の声もサブマシンガンの唸りも、共に遠くに聞きながら対衝撃ジャケットの腹から胸に一連射を浴びる。
吹き飛ばされそうになるのを二歩後退して耐えたシド、応射。男二人が腹にダブルタップを食らって壁に背を打ち付けた。
更にフレシェット弾を撃ち込みながら、背後にハイファを庇いつつ地震で移動していたテーブルを蹴り上げて盾にする。
しかしファイバのテーブルごときが掩蔽物になりえるとは、端から思っていない。瞬間的な目眩ましだ。敵もこちらが銃を持っているとは予想外、そこを狙ってシドは速射で二人にヘッドショット。ハイファも二人に九ミリパラを叩き込んでいる。
ファイバの破片を飛び散らせ、テーブルに幾つもの穴が開いた。
「火力が違いすぎる、後退するぞ!」
レールガンを連射モードにしてシドが弾幕を張った。だがここにきてまた食堂内に白いモヤが立ち込め始めていた。聴覚もほぼ奪われたままで気配を読み取ることも難しく、精確な狙いがつけられない。二歩、三歩と退く。
「ハイファ、ギルを任せる! 先に出口へ走れ!」
返答がなく、ここで初めて互いに聞こえていないことに気付く。しかしハンドサインで告げるまでもなく、身を翻してまともに背を向けたギルを護りハイファも駆け出していた。
大事な荷物のギルがいなければ構うことはない、単発モードに戻したレールガンで真っ白なモヤにフレシェット弾をバラ撒く。ドームが破れた今、気密性のある建物に損傷を与えては何を呼吸していいか分からなくなるため、パワーは落としてあった。
腹にまた着弾し、吐き戻しそうになるのを堪えて応射を続ける。僅かずつ後退してようやく出口まで辿り着く。チラリと振り返るといつの間にかシャッターが下りていて、それも当然かと思う。
シャッターにも人がやっと出入りできるくらいの小さな扉がついていた。狭隘な場所に誘い込んで少人数を相手にする戦法を採ろうと、撃ちながら後ろ手に取っ手を掴んで扉を引き開ける。開かない。押しても引いてもびくともしなかった。
内開きの中から空気圧が掛かっているためだと思い至り、どうするべきか考えていると耳許を銃弾が掠める。衝撃波で眩暈を起こすに及んで、右側のカウンターを飛び越え、厨房内へ滑り込んで束の間息をついた。眩暈はまだ治まらない。
自分までが完全後退すればメインドームに敵がなだれ込む。非戦闘員が三百人もいては果てしなく厄介なことになるのは必至、ここで食い止めるつもりだった。
「くそう、大地震にアラギ人民解放旅団とストライクか――」
思わず呟いてしまって頭を振る。ステンレス張りのカウンターに跳弾。厭世的になっているヒマはない。身を起こして撃ち返す。眩暈が酷い。
三発、四発と撃つうちに慣れきった筈のレールガンの反動を妙に激しく感じだす。自分が何故か眠いのだと気付いたときには、敵からの銃撃も散発的になっていた。
何度も肩で息をする。急激に視界が狭くなる。膝をついたが最後、異様に軽く思える躰とは裏腹に、立ち上がれなくなっていた。冷たい汗をかきながら必死で嘔吐を堪える。
だが抵抗もそこまで、ぐらりと傾ぐ身を他人のもののように感じながら、シドはハイファの幻影を脳裏によぎらせたのを最後に意識を暗闇に溶かしていった。
◇◇◇◇
ハイファが走るギルに追い付いたのは、通路のYの字を抜けてトンネルチューブが一本になった辺りだった。背後に注意を向けながらメインの建物へと駆け込む。
「ギルはここで待ってて」
言い置いてシドの許へ戻ろうと踵を返した。だがソフトスーツの裾をギルが掴む。
「何するのサ?」
「だめです、行ってはなりません」
「どうして、シドが独りで――」
目の前でメイン構造物のシャッターがガシャンと下りる。センサ感知し続けているオートドアまでもが閉ざされた。胸に湧き上がる不安を抑えて、ハイファはドア脇のパネルに向かい、手動開閉のスイッチを入れようとした。
その手をギルが押さえて止める。
「いけません。二つの食堂の小ドームは気密が破られています」
「二つとも……でも建物は大気発生装置で内部から加圧されて気密は保たれて――」
「いいえ。このパネルモニタによると食堂の建物にも損傷有りとなっています。どうやらテロリストがエクメーネドームを爆破した、その影響のようですね」
「えっ? じゃあ食堂にも穴が開いてるの?」
「その通りです。現在、両側の食堂の気圧は通常の八十二パーセント、大気濃度も同様で、なお加速度的に低下中です」
「そんな、シドがまだ中に……早く連れ出さなきゃ!」
手動開閉スイッチを作動させようとするも、ギルは手首を掴んで離さなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる