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第18話

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「……ギルバート=オーエン博士?」

 恐る恐るハイファが訊くと、男はにこりともせずに頷いた。

「はい。私はギルバート=オーエンです。光を与えて起こして下さったことは感謝しますが、テラ標準時で二時七分という夜中に、貴方がたは何をしていらっしゃるのですか? シド=ワカミヤ、ハイファス=ファサルート」
「何って、あんたを捜してたんだがな」
「普通のテラ人は眠る時間でしょう、シド=ワカミヤ」
「眠りてぇのを我慢してあんたを捜してたんだって、ギルバート=オーエン、あああ、鬱陶しい、俺はシドでこっちがハイファス。あんたはギルでいいな?」

 白衣の男は無表情で立ったまま、白皙の額に指を当てて数秒黙り込む。

「ふうむ……ギル、ですか。愛称という訳ですね。いいでしょう、許可します」

 何様だよテメェはとシドは思ったが、アホみたいに知識は詰め込まれていようと相手は製造されたばかり、いわば生まれたての赤ん坊だ。文句を言うだけ労力の無駄である。

「ギル。俺たちはあんたをスターゲイザーまで連れて行く」
「分かっています。そのためのプログラムも私には組み込まれていますから」
「って、宙艦の操縦もできるのか?」
「勿論です。貴方たちの情報と共にインプットされました」

 二人は顔を見合わせて安堵の溜息をついた。シドは火を点けない煙草を咥える。

「じゃあすぐに出られるか?」
「いいえ」
「そうか、なら宙港ドームに……ああ?」

「シド、ハイファス。今の貴方たちには睡眠が必要だと思われます。睡眠不足で事に当たった場合、思考は鈍りミスを誘発する確率は最大で約六パーセント、行動においては最大約二パーセントの遅滞を生ずるでしょう。その結果、計算上では今後のミッション成功率は最大約七パーセントものダウンを示します。そのような人間と共に宇宙空間を航行するというリスクを私は冒したくはありません」

 無表情ながら傲然と言い放ったギルをシドは睨んだ。

「一日二日寝てないくらいでガタガタ言うんじゃ――」
「いけませんね、二日も寝ていないのですか。その場合のミス誘発は最大……」
「分かった、分かったから黙れ! 寝る、眠ればいいんだろ!」

 シドはもううんざりしていた。うんざりして、とっととこんな状況とはオサラバしたかったが一抜けたと宣言したところで誰も本星の自室まで送り届けてはくれない。

「ハイファ、寝ようぜ」
「それはいいけど、ギルはどうするの?」
「私も朝まで眠ろうと思います。このままではワープラグになってしまいますから」

 ワープラグ、星系間を渡る際の時差ぼけである。

「へーへー、さっきまで寝てたクセに高級なお躰をお持ちで」
「私の身体は約八十九パーセントが人間と同じ有機物で出来ています。細胞の新陳代謝と活性化及び疲労物質の除去に睡眠は不可欠なシークエンス、更に睡眠を取ることで有機メモリの――」
「いいから部屋、行くぞ」

 廊下に出るとシドとハイファは隣の三一一ルーム、ギルは三一二ルームのキィロックを解いた。ギルはこの航空宇宙監視局本部の各部屋のキィロックコードを局長として最初から全て与えられているらしかった。

 部屋に収まるとシドは煙草を咥えて火を点け、紫煙混じりの溜息を深々とつく。

「アレに太陽系の命運を決めさせるっつーのかよ、テラ連邦議会は」
「色々と問題はありそうだけど、まあ、ギル一人が決めることでもないから。……リフレッシャ、先に使っていい?」
「ああ、行ってこい」

 ソフトスーツの上着を脱ぎ、執銃を解いたハイファの背後に回って、シドは髪を縛った革紐を丁寧に解いてやる。クローゼットのハンガーにスーツを掛けたハイファはバスルームへと消えた。

 ハイファが出てくると交代、シドは綿のシャツやコットンパンツ、靴下や下着までダートレスに押し込んで、ハイファの分と一緒にスイッチを入れてからリフレッシャを浴びる。
 熱い洗浄液で躰を洗って湯で流し、バスルームのドライモードで全身を乾かすと、肉体労働の疲れも少しは薄らいだような気がした。

 置いてあった薄いガウンを着て出て行くと、ハイファは同じくガウン姿でデスクに付属の椅子に腰掛けたまま、頬杖をついて眠ってしまっていた。

 足音を忍ばせてキャビネットをベッドサイドの手が届く位置に移動し、上にレールガンとテミスコピーを置く。そうしてからハイファをそっと抱き上げた。背こそあまり低くないハイファだが、細く薄い躰は至極軽い。

 ベッドに運んで横にさせると、さすがにハイファも気が付いて目を開ける。

「ん……ごめん、寝てた?」
「いいから寝てろ。俺も寝るから」

 隣に横になるとリモータでライトパネルを常夜灯モードにし、毛布を引っ張り上げた。左腕を差し出すと、ハイファは微笑んで腕枕に明るい金髪の頭を落とす。

「おやすみ、シド」
「ああ、おやすみ」

 細い躰を抱き締めて目を瞑ると、シドも墜落するように眠りに落ちていった。
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