スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基

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第16話

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「じゃあ行こっか」
「場所は?」
「メイン施設の二階だよ」

 エンダースに改めて礼を言い、二人は厨房から出る。食堂からYの字トンネルチューブを抜け、メイン施設へと戻った。

「で、何処だって?」
「この先に階段がある筈。それを上ったら、あとは少し複雑だから構造図を見る」

 階段は三階までの吹き抜けになっていた。幾ら二次元的な監視局でも通常の個人宅よりは天井が高い。高所恐怖症にはつらそうな階段を二人は上る。二階で廊下に出ると、今度は窓を右側にして歩き始めた。

「アンテナエリア側はともかく、この建物は半分以上を居住区に使ってるんだね」

 シドも自分もリモータに構造図を表示させ、ようやくここの全容を知る。

「このメインと宙港と整備棟がそれぞれ大ドーム、食堂二つずつ四つが小ドームか」
「幾ら空き部屋が多くても、軍を投入できるほどのスケールじゃないもんね」
「爆破予告のテロリスト集団、アラギ人民解放旅団のことか?」
「そう。でもみんな何も知らないみたいだね」

「こんな狭いシャボン玉の中で、恐慌状態は拙いだろ」
「だから僕たちにご指名が掛かったのかな?」
「そうかもな。しかしナンバがついてるだけで全部同じ、分かりにくいな」
「三階とここの居住区は、廊下が碁盤の目みたいになってる。次の階段で左、ワンブロックで右。そしたらあとは真っ直ぐで副局長室だよ」

 夕食を終えて帰ってきたらしい男女と何度もすれ違い早足で追い抜いた。都合百メートルほども歩いて副局長室の前に辿り着く。ここにはネームプレートがあった。

「ここの実質の長、ジェフ=アシュレイか」

 ネームプレートの横には『在室』と入力されていた。ドア脇のリモータチェッカに二人は交互に左手首を翳す。部屋の主にはそれで充分だったらしく、ロックの外れる音がした。ここはオートではないドアのノブを掴みシドが押し開ける。ハイファが声を掛けた。

「すみません、お邪魔します」

 中に入るとすぐパーテーション、避けて進んだシドが見回すと室内は思ったより広かった。小綺麗な応接セットと奥にどっしりした多機能デスクがある。壁際にオフィス仕様で飾り気のないロッカーとキャビネット、奥の左右のドアは私室か秘書室か。

 床にはクリーム色のカーペットが敷かれ、フリースペースがかなりあった。

 それらを見取ってから、多機能デスクに就いてこちらを見つめる壮年の男と目を合わせた。航空宇宙監視局本部・副局長のジェフ=アシュレイが立ち上がる。

 代表してハイファが再び遠慮がちに声を掛けた。

「お仕事中にすみません」
「いやいや、待っておりましたぞ。ささ、こちらにどうぞ」

 応接セットのソファを勧められ二人は並んで着地した。副局長はリモータ発信で秘書に茶を申しつけながら向かいにどっかりと座った。シドは目前の男を観察する。

 身長は二人よりも低いが、重量は二人を合わせたくらいありそうだ。淋しくなった白髪頭を櫛目もクッキリと撫でつけている。身に着けたスーツの生地は高級そうだが、前のボタンは弾け飛ぶ寸前だった。

 秘書の女性が右のドアから現れ三人の前に紅茶のカップを置いてゆく。
 
 気の毒に、こんな時間まで勤務かとシドは思ったが、食事と喫煙にのんびりと時間を掛けたのは自分なのであった。自分たちの来訪を副局長が知っていたのは、『待っていた』という科白で分かっている。

「で、貴方がたが中央情報局員で、対テロ専門課のお二人ですな?」
「えっ……?」

 思わずシドとハイファは顔を見合わせた。自分たちのことがどのように伝わっているのかなど考えてもみなかったのだ。何処まで目前の男に話していいのかも突然にして分からなくなっていた。

 そんな二人の様子にも気付かぬ風に副局長は言葉を継いだ。

「『アステロイドベルトでテロリストをロスト、航空宇宙監視局を狙う可能性高し』との報を聞いてから、わたしは心配で夜も眠れず……しかしテラ連邦議会は貴方がたを差し向けてくれた。お若いようだが凄腕のテロリストハンターだそうですな」

 賞金稼ぎか何かと勘違いしているらしい。控えめにハイファが発言する。

「あのう、僕らはアレを――」
「そうそう、その件についてはお詫びを申し上げなくてはならない。先に送ってこられた筈の『アレ』です『アレ』。じつは職員の荷物に紛れてしまいましてな」
「職員の荷物、ですか?」

 テカテカと光る汗をポケットから出したハンカチで拭い、副局長は丸い躰を縮めた。

「誠に申し訳ない。対テロリスト用の『アレ』が何なのか、わたしも知らない以上、無闇にX‐RAYにかけることもできず、かといってテロリストのことを告げていない職員に探させるのも難がありまして。いやはや……」

 錯綜した情報を脳内で咀嚼するためにハイファは紅茶に口をつけ、シドは灰皿を前に煙草を咥えて火を点ける。深々と吸い込んで紫煙を吐いたシドは低い声を押し出した。

「『アレ』は荷物に紛れて行方不明、そういうことで間違いないんだな?」
「本当に何とお詫びしていいやら……テロ対策に影響は?」
「悪いが大ありだ」
「ええっ、そんな――」

「その荷物とやらは何処にある?」
「本当のところを申し上げますと、テラ本星からの『アレ』が昨日の便か一昨日の便かも分からず……三階の三〇一から三一〇ルームの十部屋の空き部屋に積んでありまして」
「分かった、最優先で捜す。……チクショウ、そこからかよ」

 毒づいたシドに、副局長は更に身を小さくした。

「三一一と三一二ルームを好きにお使い下さい。部屋のキィロックコードとわたしのリモータIDを流しますので、他に要り用なモノでも人でもありましたら、いつでも何なりとお申し付け下さいますよう――」

 この副局長にもう用はなかった。さっさと『アレ』を捜し出し、スターゲイザーに運んでこんな馬鹿げた状況から脱するべきだった。任務はテロリスト殲滅などではないのだ。

 煙草を灰にし紅茶を飲み干すと二人は副局長に一瞥もくれずに部屋を辞す。廊下に出て同時に溜息をついた。

「何で副局長までがアンドロイド局長のことを知らねぇんだよ?」
「僕に言われても知らないってば」
「大体、『紛失』せずに開けられたら、どうするつもりだったんだ?」

「うーん、ちょっと変わった来訪者?」
「変わり過ぎだろ。そんなサプライズが何になるってんだよ」
「分かったから早く三階、行こ」
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