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第11話

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 エレベーターは使わずに階段で上がった捜一のデカ部屋は、かなり騒々しかった。
 
 マンションエリアの向こうに一大歓楽街を抱えるここでは、他星からの乗り継ぎやワープ中継地としても栄え、異星系人の流入も多い。文化の違いによる暴力沙汰などには事欠かないのだ。

 お蔭で異星系発祥の妙な新興宗教にかぶれた絞殺魔・フランソワ=ジプレの件も起こったという訳である。

 だが騒々しかったデカ部屋も、二人が顔を出すとやや静かになった。

「本星セントラルのシド=ワカミヤ巡査部長とハイファス=ファサルート巡査長ですが、連続絞殺の帳場は何処ですかね?」

 誰にともなくシドが訊くと、デスクの地平の向こうでトグロを巻いていた一団が立ち上がった。いかつい顔をした四人の私服が近づいてくる。背の低いスチルロッカーを並べたカウンター越しに二人をジロジロと見た。

「ほう、ジプレをぶち殺したのが、こんな美人二人とはな」
「マル害の家族に『銃弾一発でハイ終わり』を報告する身にもなって欲しいもんだ」

 上の思惑はどうあろうと、文字通り寝食を忘れてずっとホシを追い続けてきた捜査員が、端から喧嘩腰になるのも心情的には仕方がないといえた。一通りの愚痴を言わせておいてから若い捜一課長の声が飛ぶ。

「リオ、ヨハン、そこまでだ。モリッツ、ビクター、そちらに通して茶くらい出せ」

 若いながらも捜一課長はやり手らしい。それなりに信頼されてもいるようで、中年刑事四人が言葉ひとつに従った。シドとハイファはデカ部屋の隅の応接セットに促され並んでソファに腰掛ける。

 四人に囲まれ睨まれたが、シドは筋金入りのポーカーフェイスで事の次第を根気よく説明した。その過程でハイファは台襟の三つのボタンを外して索状痕を晒し、違うアザまで発見されないかとヒヤヒヤした。
 付けたのは自分じゃないのに、いつも何かあるたびに冷や汗をかくのは自分である。ハイファはそのアンフェアについて考えていたので殆ど説明はシドに任せていた。

 必要なことを喋るだけ喋ってしまうと、シドは遠慮せず冷めたコーヒーに口をつけ煙草を咥えて火を点ける。若さの割に胆の据わった態度に捜一の面々も毒気を抜かれたようだった。

「……まあパクっても宗教絡みは『心神喪失または心神耗弱』が殆どだからなあ」
「できれば俺たちが撃ち殺したいくらいだったが……」

 口々にそう言い、ハイファの体調に気遣いまでみせる彼らも悪い人間ではないようだった。それに安堵してハイファもコーヒーを飲む。味はいずこも同じ泥水だ。

 悠々と煙草を吸い、コーヒーを飲み干すとシドは腰を上げた。

「では、のちほど出た事実に関しては、全て本星セントラル六分署の帳場を通して、そちらに回ると思いますんで」

 言い置いて今度はハイファと共に捜一課長のデスクの前に立つ。

「このたびは申し訳ありませんでした」
「状況を鑑みて適切な処置だったとセントラルエリア統括本部長からの達しも来ている。足労願ってすまなかった。七分署のヴィンティス氏にも宜しく伝えて欲しい」

 二人揃って敬礼をしデカ部屋をあとにした。廊下に出るとハイファは襟元のボタンを留めながら深く溜息をつく。

「これで終わり?」
「ああ。日帰りコースだ」
「貴方も結構、我慢できるんだね。いつ暴れるかドキドキしちゃったよ」

「このくらいできなきゃ今の俺はねぇよ。殴られて鼻血出したこともある」
「そのときは暴れたでしょ?」
「当たり前だろ。キッチリ三倍返しだぜ」
「何処で褒めていいのか分かんないよ、ヴィンティス課長が鬱っぽかった訳だね」

 階段を下りて一分署から出るとタクシーはまだ停まっていた。さっさと乗り込んで宙港に向かう。

 宙港に辿り着くと十四時二十分のシャトル便が出たばかりで、仕方なく喫煙ルームで時間潰しだ。シドは煙草を咥え、ハイファはオートドリンカで買ったレモンティーを飲みながらベンチで緩む。

 透明樹脂の壁越しに広大なフロアを眺めていると、様々な人々が行き交っているのが見えて結構面白い。

「ねえ、あの人の髪、すんごい長いよ」
「人類より麺類に近いな。あそこに菌類もいるぜ」
「本当だ、ひょろ長くてエノキ茸みたい。何星人だろうね」
「テラ本星基準であのセンスは毒キノコみてぇだが、集団のあれは慰安旅行かもな」

 他に水槽を抱えた身長二メートルを越す女性や(水槽の中身が主人らしい)、三本足で泳ぐように歩くタキシードの男(三本目についてシドは直截的表現をしてハイファに睨まれた)などがテラ系人種に混ざってフロアを闊歩していた。

「十四時五十分。そろそろチケット、押さえるとするか」

 二人は弾みを付けて立ち上がる。
 衛星時間で一日が十六日でも、タイタンはテラ標準時で動いているので分かりやすい。この分なら充分、定時の十七時半には帰宅できそうだと、二人は暢気に構えて喫煙ルームを出てチケットの自販機に向かった。

「何のストライクもなく帰れるなんて奇跡的かもね」
「お前、嫌な予感がしてくるから、それを言うなって」
「う、ごめん。つい……」

 並んで順番を待ち、さてクレジットを移そうかと思ったときハイファのリモータが震えだす。二秒と経たずシドのリモータも同じ調子で振動を始めた。

「げーっ! お前が要らんことを言うから!」
「僕のせいじゃないよ!」
「いいや、お前のせいだ。くそう……」
「……うーん、ここでそうきたかあ」

 忘れようにも忘れられないリモータ発振の振動パターンは別室からのもの、この通信から始まったとんでもない狂騒の日々が二人の脳裏をよぎる。
 暫し呆然としていたが、列を成す背後の人々の視線が圧力を増し、二人はしぶしぶ自販機の前から退いた。とぼとぼとフロアを縦断する。

「定時帰りの夢が……」
「やっぱり見なかったことにして帰っちまおうぜ」
「貴方はそれでいいかも知れないけどね、僕は言い逃れできないから」

 そう言われて自分だけ帰るなどは論外、シドは不機嫌のオーラを引きずりながら喫煙ルームに戻って気を落ち着けるためにまたも煙草を咥えた。

「別室長の野郎は最近調子に乗りすぎじゃねぇか?」
「文句は僕じゃなくて十三億キロ向こうの室長に直接どうぞ」
「あのサイキ野郎とは話しづらくて敵わねぇよ」

 サイキ持ちである別室長のユアン=ガードナーはテレパス故に、ツンデレ男にとっては話しづらいどころか、近づくのも嫌がって、勝手に流してくる別室任務と共にシドは蛇蝎の如く嫌っている。

 約千年前に出現したサイキ持ちは、過去に長命系星人との混血がなされた者に時折現れるらしい。髪の毛一本持ち上げるのが精一杯という者も含めて、汎銀河でも予測存在数がたったの五桁という貴重で稀少な人種である。

 別室には別室長以外にも強力なサイキ持ちを複数擁しているらしい。全ては巨大テラ連邦の利のためならば、只人には出来ないイリーガルな工作もやってのけると宣言しているようなものだ。

「室長と貴方ねえ。充分、対等に渡り合ってるようにみえるけどね」
「ふん。妖怪並みのジジイに掌で踊らされてる気分になるのは俺だけか?」
「妖怪かあ。長命系の血が濃く出てるからねえ、あの人も何歳だかナゾだよねえ。……で、落ち着いたなら、そろそろいいですかー?」

 ポーカーフェイスながらもムッとした様子のシドに、ハイファは肩を竦めた。

「じゃあ見るよ。三、二、一、ポチッと」

 仕方なくシドもリモータ操作、小さな画面に現れた文字を読み取る。


【中央情報局発:航空宇宙監視局からスターゲイザーへ次期所長として赴任するギルバート=オーエン博士の護衛任務に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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