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第6話
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大通りを右に見ながら二人はぐいぐいと歩を進める。ファイバの道は足を載せれば発光する素子入り、ビルの窓の明かりと街灯が煌々と辺りを照らし出して、足元に不自由はない。
七分署を通り過ぎ、官庁街を抜けてショッピング街へと差し掛かった。一時間近く歩いて大通りの向こうに公園を眺める頃にはアパレル関係の店舗ばかりが目立つようになってくる。その店と店の間の裂け目のような細い小径を左に入った。
小径を抜けると裏通り、夜遊び専門の歓楽街である。バーにスナック、クラブに合法ドラッグ店などの電子看板が煌めき、ホロが飛び出してきて人々を誘う。
他星系のようにテラ連邦議会が認可していないカジノなどが並ぶ訳でもないが、いつもながら結構な人出があった。
愉しむ人々をしなやかな足取りで抜き去り、シドに続いてハイファはリモータチェッカをクリアしオートドアをくぐる。一軒目はクラブ・ユニコーンだ。レジ裏の控え室で十分ほど待たされ、やってきた支配人から話を聞いた。
いつも会話するのはシド、ハイファは聞いているだけというパターンが多い。
最近は特に変わったことなどないらしく、先日やってきた異星人らしき男がウィスキーを十二本飲んだだの、宴会の二次会で某社の社長が粗末なモノを晒したところ、たまたま他の客と来ていた大手暴露系メルマガ編集者にポラを撮られ、支配人がとりなして事なきを得たなどといった、雑談で終わった。
「いやあ、あそこまで粗末じゃなければねえ。武士の情けですよ」
次が合法ドラッグ店だ。販売する厚生局に認可されたドラッグを売り、店内の指定フロアで愉しませる趣向の店である。売り物には人体に影響のないナノチップがついていて、消費しないと店を出られないシステムになっていた。
だがここでは万引き被害が増えたことを店長が愚痴った。
「自販機の定番モノはいいんですが、店頭売りの目玉を軒並みやられましてね」
などと店長はぼやいたが持ち帰ったブツでトリップした挙げ句に、犯罪に走られたらことである。管理を厳重にするようシドは念を押して店外に出た。
それからスナックや薬屋などを巡ったが、薬屋のオヤジが『最近、見かけない顔の売人がいる噂』を仄めかせただけで、脅し上げても吐かなかった。あれは本当に未だ情報が入っていないのだろう。他には何もない。いいことだ。
二人はまた小径を通り抜けて表通りに出ると暫く歩いて大通りを渡る。休憩がてら公園へと足を踏み入れ、灰皿が傍にあるベンチにシドは腰掛けた。
「何、飲みたい?」
「お前に任せる」
そう遠くない街灯の下にハイファは走ると省電力モードのオートドリンカにリモータを翳して息を吹き返させる。クレジットを移しホットコーヒーを一本手に入れた。
ベンチに戻ってみるとシドは薬屋を営む情報屋から没収した厚生局ノーマーク品、いわゆる違法ドラッグのシートをオイルライターで炙っていた。
こういったものをシドが見逃していることを初めて知ったとき、ハイファは混乱したものだった。何故厚生局の麻取に通報しないのか、そんなものを手にして発覚したらシドの立場も危うくなるのではないかと。
だが今は何も言わない。
誰よりもシド自身が自分の胸に問い続けてきたことだと悟ったからだ。清濁併せ呑んで、シドはシドなりに足での捜査を確立してきたのだ。
綺麗すぎる川に魚は棲まないという。
溶けたシートが砂の上で冷めるのを見計らいシドは燃えかすを掌でかき集めると、ダストシュートに捨てた。ダストシュートの下には縦横無尽にパイプが通り、圧搾空気で処理場まで運ばれる仕組みだ。
噴水で手を洗ってきたシドにハイファはハンカチを手渡す。シドは手を拭いてベンチに座り直し、煙草を咥えて火を点けた。空を見上げる。中天に半月がぶら下がっていた。
「冷えると月も綺麗だな」
「なべて世は事もなし、案件がないと余計にね」
紫煙を吐き出して渡されたコーヒーを飲んだ。
「星は殆ど見えねぇな」
「仕方ないよ、本星セントラルだよ? これだけ明るいと光害で消されちゃう」
「星を見つめる者、天文学者、スターゲイザーか」
「スターゲイザーには他に『夢想する人』って意味もあるんだよ」
「ふうん。星ばっかり見てるのも、夢想と変わらねぇってか」
木星付近に今も浮かんでいるという、元・航空宇宙監視局本部でもあった主力機動艦のスターゲイザーは、直径八キロの木星の衛星テミストを改造したものだ。
古来、彼らの任務は宇宙を眺め、太陽系の天体にスペースデブリや小惑星などが衝突する前に予見し、それを撃破することにある。
リモータを操作して情報検索したハイファが面白い記事を見つけたようだ。
「ええと……今でこそ衛星エウロパの新本部が主力だけど、未だに代々の局長は機動艦に乗るのが習わしなんだってサ」
「へえ、閑職ってヤツだな。そこで星を眺めて夢想してるっつー訳だ」
「夢想するのも桁違い、局長はそのノウハウを維持するために長命系星人の血を濃く持つ人が選ばれるんだって。今の局長も在籍して約三百年」
「三百年? マジかよ。飼い殺しでそれは気が狂いそうだな」
反物質機関と反重力装置の発明にワープ航法の発見で、テラ人は様々な異星系人種とも出会った。テラ人は自分たちが孤独ではないことを知ったのだ。
今では多種人類共通の最高立法府である汎銀河条約機構などというものまで出来てショートサイクルながらバイタリティを持つテラ人は、寿命が二百年から五百年と云われる長命系星人と双璧を成している。
シドがリモータを見ると二時前だった。
「どうする、帰るの?」
「いや、案外早く終わったからな。もう一件、いいか?」
「構わないけど、何処?」
「マンション地区のスーパーマーケットだ」
「ああ、あの魚屋さん。久しぶりだよね」
「たまには遠く海の話もいいかも知れん」
コーヒーを二人で飲み干し、シドは煙草を消す。揃って立ち上がると公園の奥に向かって歩き出した。公園の向こう側がコイル駐車場、その向こうにマンションが林立している。
「薬屋さんがチョウセンニンジンとノーマーク品を交換して稼いでるみたいに、あの魚屋さんも深海魚のナントカとノーマーク品を交換して売ってるんだよね?」
「ケチな小金稼ぎを挙げるよりあいつらの情報はときに有効、あなどれねぇからな」
「そっか。でもこんなに夜中に歩いて、幾ら単独時代から遊撃的扱いで深夜番を逃れてても、翌日は通常勤務なんだから自主的夜勤の貴方はキツいんじゃない?」
「慣れたし、まだキツい歳じゃねぇよ。お前、明日眠かったら俺の巣で寝ていいぞ」
シドの巣とは単独時代に署の地下留置場の一室にこさえた仮眠所である。ハイファとこのような仲になるまでは、散歩のあとは自室に帰らず、そこで寝泊まりしていたのだ。
今でこそ泊まることはなくなったが巣はそのまま存続し、ストライクが重なり課長から外出禁止令を食らったときなどに不貞寝をしたり、趣味のプラモ製作にいそしんだりしている。
多数並んだコイル群の隙間をすり抜けながら、ハイファはシドの微妙な口調に変化を捉えていた。
「そんなこと言って、また巣が汚部屋になったから掃除して欲しいんじゃないの?」
「う……まあ、多少のゴミは落ちてるかもな」
「ほぼ二十四時間一緒に行動してるのに、何であそこがあれだけ荒れるのか、心の底から謎なんですけど」
「それは俺の中から取り出した悪い部分が小人さんになってだな……ハイファ!」
「えっ、何が……あうっ!」
二人ともに油断していたといっていいだろう。気配を感じて咄嗟に振り向こうとしたときには、ハイファの首に細く冷たいものが絡まっていた。
コイルの陰に潜んでいた男が、容赦なく握った紐を締め上げる。
七分署を通り過ぎ、官庁街を抜けてショッピング街へと差し掛かった。一時間近く歩いて大通りの向こうに公園を眺める頃にはアパレル関係の店舗ばかりが目立つようになってくる。その店と店の間の裂け目のような細い小径を左に入った。
小径を抜けると裏通り、夜遊び専門の歓楽街である。バーにスナック、クラブに合法ドラッグ店などの電子看板が煌めき、ホロが飛び出してきて人々を誘う。
他星系のようにテラ連邦議会が認可していないカジノなどが並ぶ訳でもないが、いつもながら結構な人出があった。
愉しむ人々をしなやかな足取りで抜き去り、シドに続いてハイファはリモータチェッカをクリアしオートドアをくぐる。一軒目はクラブ・ユニコーンだ。レジ裏の控え室で十分ほど待たされ、やってきた支配人から話を聞いた。
いつも会話するのはシド、ハイファは聞いているだけというパターンが多い。
最近は特に変わったことなどないらしく、先日やってきた異星人らしき男がウィスキーを十二本飲んだだの、宴会の二次会で某社の社長が粗末なモノを晒したところ、たまたま他の客と来ていた大手暴露系メルマガ編集者にポラを撮られ、支配人がとりなして事なきを得たなどといった、雑談で終わった。
「いやあ、あそこまで粗末じゃなければねえ。武士の情けですよ」
次が合法ドラッグ店だ。販売する厚生局に認可されたドラッグを売り、店内の指定フロアで愉しませる趣向の店である。売り物には人体に影響のないナノチップがついていて、消費しないと店を出られないシステムになっていた。
だがここでは万引き被害が増えたことを店長が愚痴った。
「自販機の定番モノはいいんですが、店頭売りの目玉を軒並みやられましてね」
などと店長はぼやいたが持ち帰ったブツでトリップした挙げ句に、犯罪に走られたらことである。管理を厳重にするようシドは念を押して店外に出た。
それからスナックや薬屋などを巡ったが、薬屋のオヤジが『最近、見かけない顔の売人がいる噂』を仄めかせただけで、脅し上げても吐かなかった。あれは本当に未だ情報が入っていないのだろう。他には何もない。いいことだ。
二人はまた小径を通り抜けて表通りに出ると暫く歩いて大通りを渡る。休憩がてら公園へと足を踏み入れ、灰皿が傍にあるベンチにシドは腰掛けた。
「何、飲みたい?」
「お前に任せる」
そう遠くない街灯の下にハイファは走ると省電力モードのオートドリンカにリモータを翳して息を吹き返させる。クレジットを移しホットコーヒーを一本手に入れた。
ベンチに戻ってみるとシドは薬屋を営む情報屋から没収した厚生局ノーマーク品、いわゆる違法ドラッグのシートをオイルライターで炙っていた。
こういったものをシドが見逃していることを初めて知ったとき、ハイファは混乱したものだった。何故厚生局の麻取に通報しないのか、そんなものを手にして発覚したらシドの立場も危うくなるのではないかと。
だが今は何も言わない。
誰よりもシド自身が自分の胸に問い続けてきたことだと悟ったからだ。清濁併せ呑んで、シドはシドなりに足での捜査を確立してきたのだ。
綺麗すぎる川に魚は棲まないという。
溶けたシートが砂の上で冷めるのを見計らいシドは燃えかすを掌でかき集めると、ダストシュートに捨てた。ダストシュートの下には縦横無尽にパイプが通り、圧搾空気で処理場まで運ばれる仕組みだ。
噴水で手を洗ってきたシドにハイファはハンカチを手渡す。シドは手を拭いてベンチに座り直し、煙草を咥えて火を点けた。空を見上げる。中天に半月がぶら下がっていた。
「冷えると月も綺麗だな」
「なべて世は事もなし、案件がないと余計にね」
紫煙を吐き出して渡されたコーヒーを飲んだ。
「星は殆ど見えねぇな」
「仕方ないよ、本星セントラルだよ? これだけ明るいと光害で消されちゃう」
「星を見つめる者、天文学者、スターゲイザーか」
「スターゲイザーには他に『夢想する人』って意味もあるんだよ」
「ふうん。星ばっかり見てるのも、夢想と変わらねぇってか」
木星付近に今も浮かんでいるという、元・航空宇宙監視局本部でもあった主力機動艦のスターゲイザーは、直径八キロの木星の衛星テミストを改造したものだ。
古来、彼らの任務は宇宙を眺め、太陽系の天体にスペースデブリや小惑星などが衝突する前に予見し、それを撃破することにある。
リモータを操作して情報検索したハイファが面白い記事を見つけたようだ。
「ええと……今でこそ衛星エウロパの新本部が主力だけど、未だに代々の局長は機動艦に乗るのが習わしなんだってサ」
「へえ、閑職ってヤツだな。そこで星を眺めて夢想してるっつー訳だ」
「夢想するのも桁違い、局長はそのノウハウを維持するために長命系星人の血を濃く持つ人が選ばれるんだって。今の局長も在籍して約三百年」
「三百年? マジかよ。飼い殺しでそれは気が狂いそうだな」
反物質機関と反重力装置の発明にワープ航法の発見で、テラ人は様々な異星系人種とも出会った。テラ人は自分たちが孤独ではないことを知ったのだ。
今では多種人類共通の最高立法府である汎銀河条約機構などというものまで出来てショートサイクルながらバイタリティを持つテラ人は、寿命が二百年から五百年と云われる長命系星人と双璧を成している。
シドがリモータを見ると二時前だった。
「どうする、帰るの?」
「いや、案外早く終わったからな。もう一件、いいか?」
「構わないけど、何処?」
「マンション地区のスーパーマーケットだ」
「ああ、あの魚屋さん。久しぶりだよね」
「たまには遠く海の話もいいかも知れん」
コーヒーを二人で飲み干し、シドは煙草を消す。揃って立ち上がると公園の奥に向かって歩き出した。公園の向こう側がコイル駐車場、その向こうにマンションが林立している。
「薬屋さんがチョウセンニンジンとノーマーク品を交換して稼いでるみたいに、あの魚屋さんも深海魚のナントカとノーマーク品を交換して売ってるんだよね?」
「ケチな小金稼ぎを挙げるよりあいつらの情報はときに有効、あなどれねぇからな」
「そっか。でもこんなに夜中に歩いて、幾ら単独時代から遊撃的扱いで深夜番を逃れてても、翌日は通常勤務なんだから自主的夜勤の貴方はキツいんじゃない?」
「慣れたし、まだキツい歳じゃねぇよ。お前、明日眠かったら俺の巣で寝ていいぞ」
シドの巣とは単独時代に署の地下留置場の一室にこさえた仮眠所である。ハイファとこのような仲になるまでは、散歩のあとは自室に帰らず、そこで寝泊まりしていたのだ。
今でこそ泊まることはなくなったが巣はそのまま存続し、ストライクが重なり課長から外出禁止令を食らったときなどに不貞寝をしたり、趣味のプラモ製作にいそしんだりしている。
多数並んだコイル群の隙間をすり抜けながら、ハイファはシドの微妙な口調に変化を捉えていた。
「そんなこと言って、また巣が汚部屋になったから掃除して欲しいんじゃないの?」
「う……まあ、多少のゴミは落ちてるかもな」
「ほぼ二十四時間一緒に行動してるのに、何であそこがあれだけ荒れるのか、心の底から謎なんですけど」
「それは俺の中から取り出した悪い部分が小人さんになってだな……ハイファ!」
「えっ、何が……あうっ!」
二人ともに油断していたといっていいだろう。気配を感じて咄嗟に振り向こうとしたときには、ハイファの首に細く冷たいものが絡まっていた。
コイルの陰に潜んでいた男が、容赦なく握った紐を締め上げる。
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