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第37話
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夕闇に近い暗さにも既に目が慣れたのを自覚しながら、シドが第一宙港へと向かう基地付属軍港発のシャトル便に乗り込んだのは二日後の昼だった。
勿論ハイファとマックス、キャスも一緒だ。
男性陣は手ぶらだがキャスは小さめの鞄を提げていた。身ひとつで逃げ出さなければならなかった状況から長期間の缶詰生活で、女性としてはさぞかし不自由であったろうと思われる。鞄には病院の売店で購入した衣服類が入っているとのことだった。
前回と同じく宙艦での移動は十五分、第一宙港を出る際に相変わらずニューズペーパーを広げている別室のサイキ持ちと会釈を交わして、エントランス傍の無人コイルタクシーに四人は乗り込んだ。
目的地は、これも十五分程度の広域惑星警察タイタン地方一分署だ。
それぞれが既に仮の署長と課長にリモータで連絡を入れていたが、元々仲間意識が芽生える前に行方をくらました自分たちへの応対は至極冷ややかだった。
聴取があるのは当然の上、司法警察職員としての自覚に欠けたマックスらの行動は本来であれば懲戒免職ものである。仮だからこそ今は何の沙汰も降りないだろうが、テラ本星に帰ってから、なにがしかのペナルティがあるかも知れないと全員が覚悟はしていた。
だが取り敢えずの覚悟は同輩による事情聴取だ。
まもなく着いたユニット建築の一階、機動捜査課のフロアに四人が入ると、既に分担が決められていたらしく、シドたち一人一人に対し捜査員が二人つき、両側から腕を取らんばかりにして取調室に連れ込まれた。
前もって別室に関しては触れないようマックスとキャスには頼んである。逃避行の間に軍部と接触を持ち、そちらで身柄の保護をされていたという風な筋書きだ。
上手く躱してくれればいいがと願うしかないが、別室の名を出す方が話がややこしくなる上、軍を前面に出されてその裏が取れたら、聴取する側は突っ込み処がほぼ無くなる。
正式に傷病休暇を出して入院先に『タイタン基地病院』と明記していたシドとハイファは元より、マックスに関しても宙港側から爆弾処理への謝辞さえ入電されていたので思ったより短時間で釈放されることとなった。
惑星警察上層部は軍などに関わり合いたくなかったのだろう。正式に全てを受け入れるとお偉いさん同士で会談を設けて礼のひとつも言わねばならない。
それくらいなら仮というのを掲げて『個人の判断』による『プライヴェートでの行動』だと渋い顔をして決め込む方がマシということだ。
消えていた間の行動を手短に話して記録を取られたのち、そういった内容の訓示を非常に遠回しに課長から受けてしまうと、もう四人はタイタン一分署の仮補填要員ではなくなった。
予想通りに仮補填の追加がなされていたこともあり、そのままテラ本星の本職へ戻れとの辞令を受けて一分署の積み木のような建屋から追い出される。
だが、するすると流れるような事態進行にシドは、幾日か前に感じた違和感のようなものを再び味わっていた。嘘に嘘を塗り重ねたような別室の細かな網、それをあのニュースひとつで別室は、本当に取り払い拭い去ったのか。
自分が感じたパズルのピースが足りないような落ち着かなさはいったい何だったのか。それもこれも終わったのか。ならば何故まだフォッカーはあそこにいた?
惑星警察の辞令は下り、自分たちは今日中にテラ本星へと帰る。なのに『チーム』としての任解きは未だ、なされていない。
これはどういう――。
「――シド、シド?」
官舎とホテルとに置きっ放しの荷物を取りにぶらぶらと歩きながら、ハイファの声でふと我に返った。若草色の瞳が気遣わしげに覗き込んでいる。
「大丈夫? 手、痛むの?」
「いや、別に。何だ?」
「みんなでホテルのレストランでランチ、摂ってから帰ろうってサ」
「ああ、そうだな」
「わたしたちは荷物を取ったらそちらに行くわ。ね、マックス」
「部屋の中は、たぶんかき回されているだろうから少し時間は掛かるかも知れんが、レストランに上がって席を取っておいてくれ」
「あー、ガサか。いい、待ってるからゆっくり片付けてこいよ」
ホテルの前でマックスたちと別れて戻った自分たちの部屋は、荒らされてはいなかったが明らかに他者が踏み込んだ形跡がみられた。
「良かったー、スペア二本以外に余計な弾、持ってこなくて」
「幾ら捜査戦術コンのお墨付きでも汎銀河条約機構の交戦規定違反、フルメタルジャケット・九ミリパラベラムは、理解を得るのは難しいってか」
「てゆうか、手に入りづらいから貴重なんだよね」
「なるほど。押収品として没収は痛い、と」
「自分のお金で買ってるんじゃないけど、製造してる星系は遠いから貴重」
僅かな私服と制服一式を鞄に詰めると来たときよりも荷物は大きかった。一番かさばる制服を着てきたので当然である。
「制服、着る? って、そこまで面倒臭そうな顔しなくても」
笑ったハイファと私服のまま、鞄を担いで屋上階のレストランへ上がり、ボックス席に陣取った。もう正午で辞令は発動しているので一般客としての扱いだ。
喫煙席でいそいそと煙草に火を点けるシドを見てハイファは僅かに口を尖らせる。
「キャスの前で吸いたくないって姿勢は立派だけどマックスだって吸ってるよ?」
「そうなのか?」
「入院中、貴方が動けない間にイライラして吸ってるの、何度か見たもん」
「そうか。早々にキャスの妊娠を知らせるべきだな」
「キャスはいつ解禁するつもりなんだろうね? ……あ、来たよ」
見ればこちらは二人とも、潔く制服だった。
「増えた分が入らなくなっちゃって。マックスにも付き合って貰ったの」
メニューを決めボタンを押し料理が運ばれてくるまでずっとキャスが喋っていた。
陥れられて狙われ、逃げ隠れせねばならなかった数日の裏返しと、一分署での聴取までを無事に終えた安心感からか、キャスは軽い興奮状態にあるようだった。
勿論ハイファとマックス、キャスも一緒だ。
男性陣は手ぶらだがキャスは小さめの鞄を提げていた。身ひとつで逃げ出さなければならなかった状況から長期間の缶詰生活で、女性としてはさぞかし不自由であったろうと思われる。鞄には病院の売店で購入した衣服類が入っているとのことだった。
前回と同じく宙艦での移動は十五分、第一宙港を出る際に相変わらずニューズペーパーを広げている別室のサイキ持ちと会釈を交わして、エントランス傍の無人コイルタクシーに四人は乗り込んだ。
目的地は、これも十五分程度の広域惑星警察タイタン地方一分署だ。
それぞれが既に仮の署長と課長にリモータで連絡を入れていたが、元々仲間意識が芽生える前に行方をくらました自分たちへの応対は至極冷ややかだった。
聴取があるのは当然の上、司法警察職員としての自覚に欠けたマックスらの行動は本来であれば懲戒免職ものである。仮だからこそ今は何の沙汰も降りないだろうが、テラ本星に帰ってから、なにがしかのペナルティがあるかも知れないと全員が覚悟はしていた。
だが取り敢えずの覚悟は同輩による事情聴取だ。
まもなく着いたユニット建築の一階、機動捜査課のフロアに四人が入ると、既に分担が決められていたらしく、シドたち一人一人に対し捜査員が二人つき、両側から腕を取らんばかりにして取調室に連れ込まれた。
前もって別室に関しては触れないようマックスとキャスには頼んである。逃避行の間に軍部と接触を持ち、そちらで身柄の保護をされていたという風な筋書きだ。
上手く躱してくれればいいがと願うしかないが、別室の名を出す方が話がややこしくなる上、軍を前面に出されてその裏が取れたら、聴取する側は突っ込み処がほぼ無くなる。
正式に傷病休暇を出して入院先に『タイタン基地病院』と明記していたシドとハイファは元より、マックスに関しても宙港側から爆弾処理への謝辞さえ入電されていたので思ったより短時間で釈放されることとなった。
惑星警察上層部は軍などに関わり合いたくなかったのだろう。正式に全てを受け入れるとお偉いさん同士で会談を設けて礼のひとつも言わねばならない。
それくらいなら仮というのを掲げて『個人の判断』による『プライヴェートでの行動』だと渋い顔をして決め込む方がマシということだ。
消えていた間の行動を手短に話して記録を取られたのち、そういった内容の訓示を非常に遠回しに課長から受けてしまうと、もう四人はタイタン一分署の仮補填要員ではなくなった。
予想通りに仮補填の追加がなされていたこともあり、そのままテラ本星の本職へ戻れとの辞令を受けて一分署の積み木のような建屋から追い出される。
だが、するすると流れるような事態進行にシドは、幾日か前に感じた違和感のようなものを再び味わっていた。嘘に嘘を塗り重ねたような別室の細かな網、それをあのニュースひとつで別室は、本当に取り払い拭い去ったのか。
自分が感じたパズルのピースが足りないような落ち着かなさはいったい何だったのか。それもこれも終わったのか。ならば何故まだフォッカーはあそこにいた?
惑星警察の辞令は下り、自分たちは今日中にテラ本星へと帰る。なのに『チーム』としての任解きは未だ、なされていない。
これはどういう――。
「――シド、シド?」
官舎とホテルとに置きっ放しの荷物を取りにぶらぶらと歩きながら、ハイファの声でふと我に返った。若草色の瞳が気遣わしげに覗き込んでいる。
「大丈夫? 手、痛むの?」
「いや、別に。何だ?」
「みんなでホテルのレストランでランチ、摂ってから帰ろうってサ」
「ああ、そうだな」
「わたしたちは荷物を取ったらそちらに行くわ。ね、マックス」
「部屋の中は、たぶんかき回されているだろうから少し時間は掛かるかも知れんが、レストランに上がって席を取っておいてくれ」
「あー、ガサか。いい、待ってるからゆっくり片付けてこいよ」
ホテルの前でマックスたちと別れて戻った自分たちの部屋は、荒らされてはいなかったが明らかに他者が踏み込んだ形跡がみられた。
「良かったー、スペア二本以外に余計な弾、持ってこなくて」
「幾ら捜査戦術コンのお墨付きでも汎銀河条約機構の交戦規定違反、フルメタルジャケット・九ミリパラベラムは、理解を得るのは難しいってか」
「てゆうか、手に入りづらいから貴重なんだよね」
「なるほど。押収品として没収は痛い、と」
「自分のお金で買ってるんじゃないけど、製造してる星系は遠いから貴重」
僅かな私服と制服一式を鞄に詰めると来たときよりも荷物は大きかった。一番かさばる制服を着てきたので当然である。
「制服、着る? って、そこまで面倒臭そうな顔しなくても」
笑ったハイファと私服のまま、鞄を担いで屋上階のレストランへ上がり、ボックス席に陣取った。もう正午で辞令は発動しているので一般客としての扱いだ。
喫煙席でいそいそと煙草に火を点けるシドを見てハイファは僅かに口を尖らせる。
「キャスの前で吸いたくないって姿勢は立派だけどマックスだって吸ってるよ?」
「そうなのか?」
「入院中、貴方が動けない間にイライラして吸ってるの、何度か見たもん」
「そうか。早々にキャスの妊娠を知らせるべきだな」
「キャスはいつ解禁するつもりなんだろうね? ……あ、来たよ」
見ればこちらは二人とも、潔く制服だった。
「増えた分が入らなくなっちゃって。マックスにも付き合って貰ったの」
メニューを決めボタンを押し料理が運ばれてくるまでずっとキャスが喋っていた。
陥れられて狙われ、逃げ隠れせねばならなかった数日の裏返しと、一分署での聴取までを無事に終えた安心感からか、キャスは軽い興奮状態にあるようだった。
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