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第30話
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ハイファの科白を聞いてシドは第一宙港でフォッカー=リンデマン一等特務技官に初めて会ったときのことを思い出していた。
『動きたいように動いてくれるだけで、獲物は掛かる』
それに対して自分はこう言ったのだ、
『『獲物』とおっしゃる辺り、俺たちに割り当てられた追い詰めるべき者が既に想定されているということじゃないんですか?』と。
怖いとシドを評しつつ笑ったフォッカーの表情は是だったのか否だったのか。
マックスという囮を仕立て上げ、ドラクロワ=メイディーンを釣り上げるという別室のオペレーション自体に、シドたちの予想とは逆にフォッカーは主軸として関わっていた。
だからこそあの時点で『獲物』と云える人物は、自分にはマクシミリアン=ダベンポートその人以外に思いつかない。故に仮に『獲物』はマックスだとする。
すると行動的には綺麗に嵌るが、動機的には何ひとつ当て嵌まらないのだ。
それともヴィクトル星系出身者には『自由主義に対する闘争心』でも植え付けてあるのだろうか。そうとでも考えねば理由が付かないのである。別室がマックスを囮として選んだ理由が。
欺瞞だらけ、嘘だらけで何が本当なのかが分からない。
疑って掛かるべきマックスにしろ、自分の知らない顔を次々と晒してくる。
同じ施設で育った幼馴染みというだけで、すっかり大人になった自分たちが互いに知らない側面を幾つも持っているのは当然といえば当然だが、ここまで別室につけ入る隙を与えられる人物ということは、裏返せばそれだけ危険人物としてずっとマークされていたということでもあるだろう。
今回の爆破テロが起こってから即席で用意した囮にしては嵌りすぎている。
飢饉に内紛、テラ連邦圏でありながらほぼ見捨てられた不毛の星。
自身の年齢も分からず終いで拾われた子供。
男たちの頭に巻いた布を脳裏によぎらせながら黄色い砂礫の大地をなんとなくシドは思い浮かべた。
◇◇◇◇
低く苦しげな呻き声に気付きハイファが目覚めたのは午前二時を過ぎた頃だった。
十数分前に看護師が巡回してきたのは知っていた。それで反射的に手が銃に伸びると同時に目が覚め、再びうとうとし始めた時に気付いたのだ。眠りに就いたのは二十三時過ぎ、三時間と眠ってはいないがもう目は冴えていた。
天井のライトパネルが常夜灯モードで薄暗い中、ベッドから降りて靴をつっかけ、隣のベッドを覗き込む。するとシドは尋常でない汗をかき、うなされていた。
「ねえ、起きて。シド……シド!」
横たわる肩に手を掛けて軽く揺さぶり起こす。ふいに見開かれた黒い瞳はハイファを捉え、浅く不規則な呼吸から大きな溜息ひとつで常態へと戻った。
「起こしてごめんね。でも、すごくうなされてたから」
「ああ、すまん。こっちこそ起こしちまって」
「明かり、もっと点けとこうか?」
「いや、これでいい」
椅子を引き寄せたハイファはシドのベッドに膝が触れるほど傍に座り、手を伸ばした。毛布の上に投げ出された、無事だった指のある右手を両手で包む。
「俺、強くなんかねぇよ」
「ごめん」
「泣き喚いて失禁してさ」
「うん」
「声が嗄れて喉が血の味してもまだ叫んで……」
「……」
「何度もお前のことも呼んだんだ。『約束、早く守ってくれ』って」
「うん……さっきも呼んでたよ」
目覚めてこちらを認識するまでの一瞬、黒い瞳によぎったのが明らかに恐怖だったのをハイファは見取っていた。ナイトメアの残滓を払拭するように思い切り明るく微笑みかける。体温を分けるように三本残った冷たい指を自分の手でしっかり包む。
「でも、もう大丈夫だからね」
そう言いつつもハイファは愛し人の端正な顔をじっと見つめているうちに視界を滲ませてしまう。戦い抜いたシドのシャープな輪郭は少し痩せてしまっていて、どれだけ絶望的な刻を噛み締め味わわせてしまったのかと思い、薄い肩まで震わせた。
つぅっとハイファの頬を涙が一滴零れ落ちる。それ以上零さないよう静かに立ち上がるとシドのしっとりとした額へ、頬の傷痕へ、そして唇へとキスを落とした。
止めたくてもハイファの涙は次から次へと湧いてきて止まらない。若草色の瞳から零れた熱い雫がシドの頬を濡らす。泣きじゃくるハイファからの優しいキスはシドから求められるままに、徐々に激しく深くなっていった。
歯列を割って侵入したシドは舌を差し入れ、柔らかく温かな口内を舐めて舌を絡め取る。
半身を起こしたシドは不自由で歪な左手でハイファの、今は髪を縛っていない後頭部を引き寄せると、より深く荒々しく蹂躙した。何度も唾液をねだっては飲み干してやっと解放する。だが絡めた右手指は離さない。ハイファは困ったようにその手を見下ろした。
「シド、だめだよ。離して」
「だめか?」
「だって昨日の今日だよ。傷に障るから――」
「障っても、欲しい……だめか?」
「……」
「本当にもう大丈夫って言うのなら、この躰にも教えて安心させてくれ」
『動きたいように動いてくれるだけで、獲物は掛かる』
それに対して自分はこう言ったのだ、
『『獲物』とおっしゃる辺り、俺たちに割り当てられた追い詰めるべき者が既に想定されているということじゃないんですか?』と。
怖いとシドを評しつつ笑ったフォッカーの表情は是だったのか否だったのか。
マックスという囮を仕立て上げ、ドラクロワ=メイディーンを釣り上げるという別室のオペレーション自体に、シドたちの予想とは逆にフォッカーは主軸として関わっていた。
だからこそあの時点で『獲物』と云える人物は、自分にはマクシミリアン=ダベンポートその人以外に思いつかない。故に仮に『獲物』はマックスだとする。
すると行動的には綺麗に嵌るが、動機的には何ひとつ当て嵌まらないのだ。
それともヴィクトル星系出身者には『自由主義に対する闘争心』でも植え付けてあるのだろうか。そうとでも考えねば理由が付かないのである。別室がマックスを囮として選んだ理由が。
欺瞞だらけ、嘘だらけで何が本当なのかが分からない。
疑って掛かるべきマックスにしろ、自分の知らない顔を次々と晒してくる。
同じ施設で育った幼馴染みというだけで、すっかり大人になった自分たちが互いに知らない側面を幾つも持っているのは当然といえば当然だが、ここまで別室につけ入る隙を与えられる人物ということは、裏返せばそれだけ危険人物としてずっとマークされていたということでもあるだろう。
今回の爆破テロが起こってから即席で用意した囮にしては嵌りすぎている。
飢饉に内紛、テラ連邦圏でありながらほぼ見捨てられた不毛の星。
自身の年齢も分からず終いで拾われた子供。
男たちの頭に巻いた布を脳裏によぎらせながら黄色い砂礫の大地をなんとなくシドは思い浮かべた。
◇◇◇◇
低く苦しげな呻き声に気付きハイファが目覚めたのは午前二時を過ぎた頃だった。
十数分前に看護師が巡回してきたのは知っていた。それで反射的に手が銃に伸びると同時に目が覚め、再びうとうとし始めた時に気付いたのだ。眠りに就いたのは二十三時過ぎ、三時間と眠ってはいないがもう目は冴えていた。
天井のライトパネルが常夜灯モードで薄暗い中、ベッドから降りて靴をつっかけ、隣のベッドを覗き込む。するとシドは尋常でない汗をかき、うなされていた。
「ねえ、起きて。シド……シド!」
横たわる肩に手を掛けて軽く揺さぶり起こす。ふいに見開かれた黒い瞳はハイファを捉え、浅く不規則な呼吸から大きな溜息ひとつで常態へと戻った。
「起こしてごめんね。でも、すごくうなされてたから」
「ああ、すまん。こっちこそ起こしちまって」
「明かり、もっと点けとこうか?」
「いや、これでいい」
椅子を引き寄せたハイファはシドのベッドに膝が触れるほど傍に座り、手を伸ばした。毛布の上に投げ出された、無事だった指のある右手を両手で包む。
「俺、強くなんかねぇよ」
「ごめん」
「泣き喚いて失禁してさ」
「うん」
「声が嗄れて喉が血の味してもまだ叫んで……」
「……」
「何度もお前のことも呼んだんだ。『約束、早く守ってくれ』って」
「うん……さっきも呼んでたよ」
目覚めてこちらを認識するまでの一瞬、黒い瞳によぎったのが明らかに恐怖だったのをハイファは見取っていた。ナイトメアの残滓を払拭するように思い切り明るく微笑みかける。体温を分けるように三本残った冷たい指を自分の手でしっかり包む。
「でも、もう大丈夫だからね」
そう言いつつもハイファは愛し人の端正な顔をじっと見つめているうちに視界を滲ませてしまう。戦い抜いたシドのシャープな輪郭は少し痩せてしまっていて、どれだけ絶望的な刻を噛み締め味わわせてしまったのかと思い、薄い肩まで震わせた。
つぅっとハイファの頬を涙が一滴零れ落ちる。それ以上零さないよう静かに立ち上がるとシドのしっとりとした額へ、頬の傷痕へ、そして唇へとキスを落とした。
止めたくてもハイファの涙は次から次へと湧いてきて止まらない。若草色の瞳から零れた熱い雫がシドの頬を濡らす。泣きじゃくるハイファからの優しいキスはシドから求められるままに、徐々に激しく深くなっていった。
歯列を割って侵入したシドは舌を差し入れ、柔らかく温かな口内を舐めて舌を絡め取る。
半身を起こしたシドは不自由で歪な左手でハイファの、今は髪を縛っていない後頭部を引き寄せると、より深く荒々しく蹂躙した。何度も唾液をねだっては飲み干してやっと解放する。だが絡めた右手指は離さない。ハイファは困ったようにその手を見下ろした。
「シド、だめだよ。離して」
「だめか?」
「だって昨日の今日だよ。傷に障るから――」
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