マスキロフカ~楽園7~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
30 / 46

第30話

しおりを挟む
 ハイファの科白を聞いてシドは第一宙港でフォッカー=リンデマン一等特務技官に初めて会ったときのことを思い出していた。

『動きたいように動いてくれるだけで、獲物は掛かる』

 それに対して自分はこう言ったのだ、

『『獲物』とおっしゃる辺り、俺たちに割り当てられた追い詰めるべき者が既に想定されているということじゃないんですか?』と。

 怖いとシドを評しつつ笑ったフォッカーの表情は是だったのか否だったのか。

 マックスという囮を仕立て上げ、ドラクロワ=メイディーンを釣り上げるという別室のオペレーション自体に、シドたちの予想とは逆にフォッカーは主軸として関わっていた。
 だからこそあの時点で『獲物』と云える人物は、自分にはマクシミリアン=ダベンポートその人以外に思いつかない。故に仮に『獲物』はマックスだとする。

 すると行動的には綺麗に嵌るが、動機的には何ひとつ当て嵌まらないのだ。
 それともヴィクトル星系出身者には『自由主義に対する闘争心』でも植え付けてあるのだろうか。そうとでも考えねば理由が付かないのである。別室がマックスを囮として選んだ理由が。

 欺瞞だらけ、嘘だらけで何が本当なのかが分からない。
 疑って掛かるべきマックスにしろ、自分の知らない顔を次々と晒してくる。

 同じ施設で育った幼馴染みというだけで、すっかり大人になった自分たちが互いに知らない側面を幾つも持っているのは当然といえば当然だが、ここまで別室につけ入る隙を与えられる人物ということは、裏返せばそれだけ危険人物としてずっとマークされていたということでもあるだろう。

 今回の爆破テロが起こってから即席で用意した囮にしては嵌りすぎている。
 飢饉に内紛、テラ連邦圏でありながらほぼ見捨てられた不毛の星。
 自身の年齢も分からず終いで拾われた子供。

 男たちの頭に巻いた布を脳裏によぎらせながら黄色い砂礫の大地をなんとなくシドは思い浮かべた。

◇◇◇◇

 低く苦しげな呻き声に気付きハイファが目覚めたのは午前二時を過ぎた頃だった。

 十数分前に看護師が巡回してきたのは知っていた。それで反射的に手が銃に伸びると同時に目が覚め、再びうとうとし始めた時に気付いたのだ。眠りに就いたのは二十三時過ぎ、三時間と眠ってはいないがもう目は冴えていた。

 天井のライトパネルが常夜灯モードで薄暗い中、ベッドから降りて靴をつっかけ、隣のベッドを覗き込む。するとシドは尋常でない汗をかき、うなされていた。

「ねえ、起きて。シド……シド!」

 横たわる肩に手を掛けて軽く揺さぶり起こす。ふいに見開かれた黒い瞳はハイファを捉え、浅く不規則な呼吸から大きな溜息ひとつで常態へと戻った。

「起こしてごめんね。でも、すごくうなされてたから」
「ああ、すまん。こっちこそ起こしちまって」
「明かり、もっと点けとこうか?」
「いや、これでいい」

 椅子を引き寄せたハイファはシドのベッドに膝が触れるほど傍に座り、手を伸ばした。毛布の上に投げ出された、無事だった指のある右手を両手で包む。

「俺、強くなんかねぇよ」
「ごめん」
「泣き喚いて失禁してさ」
「うん」
「声が嗄れて喉が血の味してもまだ叫んで……」
「……」
「何度もお前のことも呼んだんだ。『約束、早く守ってくれ』って」
「うん……さっきも呼んでたよ」

 目覚めてこちらを認識するまでの一瞬、黒い瞳によぎったのが明らかに恐怖だったのをハイファは見取っていた。ナイトメアの残滓を払拭するように思い切り明るく微笑みかける。体温を分けるように三本残った冷たい指を自分の手でしっかり包む。

「でも、もう大丈夫だからね」

 そう言いつつもハイファは愛し人の端正な顔をじっと見つめているうちに視界を滲ませてしまう。戦い抜いたシドのシャープな輪郭は少し痩せてしまっていて、どれだけ絶望的な刻を噛み締め味わわせてしまったのかと思い、薄い肩まで震わせた。

 つぅっとハイファの頬を涙が一滴零れ落ちる。それ以上零さないよう静かに立ち上がるとシドのしっとりとした額へ、頬の傷痕へ、そして唇へとキスを落とした。

 止めたくてもハイファの涙は次から次へと湧いてきて止まらない。若草色の瞳から零れた熱い雫がシドの頬を濡らす。泣きじゃくるハイファからの優しいキスはシドから求められるままに、徐々に激しく深くなっていった。
 
 歯列を割って侵入したシドは舌を差し入れ、柔らかく温かな口内を舐めて舌を絡め取る。

 半身を起こしたシドは不自由で歪な左手でハイファの、今は髪を縛っていない後頭部を引き寄せると、より深く荒々しく蹂躙した。何度も唾液をねだっては飲み干してやっと解放する。だが絡めた右手指は離さない。ハイファは困ったようにその手を見下ろした。

「シド、だめだよ。離して」
「だめか?」
「だって昨日の今日だよ。傷に障るから――」
「障っても、欲しい……だめか?」
「……」
「本当にもう大丈夫って言うのなら、この躰にも教えて安心させてくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

切り替えスイッチ~割り箸男2~

志賀雅基
キャラ文芸
◆俺の回路は短絡し/想う権利を行使した/ざけんな動け!/護りたくば動け!◆ 『欲張りな割り箸男の食らった罰は』Part2。 県警本部の第三SIT要員として、ようやくバディを組めて平穏な生活を獲得した二人に特命が下る。海に浮いた複数の密入国者、これも密輸される大量の銃に弾薬。それらの組織犯罪の全容を暴くため、二人は暴力団に潜入するが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【エブリスタ・ノベルアップ+に掲載】

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

不自由ない檻

志賀雅基
青春
◆広さに溺れて窒息する/隣人は与えられすぎ/鉄格子の隙間も見えない◆ クラスの女子の援助交際を真似し始めた男子高校生の日常……と思いきや、タダの日常という作者の目論見は外れました。事件を起こした主人公にとって化学の講師がキィパーソン。初期型ランクルに乗る三十男。特許貸しでカネに困っていない美味しい設定。しかしストーリーはエピグラフ通りのハード進行です。 更新は気の向くままでスミマセン。プロットも無いですし(!)。登場人物は勝手に動くわ、どうなるんでしょうかねえ? まあ、究極にいい加減ですが書く際はハッピーエンドを信じて綴る所存にて。何故なら“彼ら”は俺自身ですから。 【エブリスタ・ノベルアップ+にも掲載】

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基
SF
◆感情付加/不可/負荷/犠牲無き最適解が欲しいか/我は鏡ぞ/貴様が作った◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全36話] 双子惑星の片方に小惑星が衝突し死の星になった。だが本当はもうひとつの惑星にその災厄は訪れる筈だった。命運を分けたのは『巨大テラ連邦の利』を追求した特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスの最適解。家族をコンピュータの言いなりに殺されたと知った男は復讐心を抱き、テラに挑む。――途方もない数の犠牲者が出ると知りながら。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

希望の果実~楽園17~

志賀雅基
キャラ文芸
◆殆どないってことは/まだあるってことよ/夢なんてそんなものじゃない?◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart17[全38話] AD世紀から三千年の現代で千五百年前に軍人で画家だった人物の絵画の贋作が摘発される。そこでシドとハイファに下った別室命令はその画家の真作を一週間護ること。すぐさま持ち主の住む星系に飛ぶと、百億クレジットを超える価値ある絵の持ち主は財閥の夫に死なれた若いデザイナーだった。テラ連邦までが狙う絵には何やら秘密があるようで……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この手を伸ばし掴んだものは/幸も不幸も僕のもの/貴方だけには分けたげる◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart18[全41話] ホシとの銃撃戦でシドが怪我を負い入院中、他星から旅行中のマフィアのドン夫妻が隣室で死んだ。翌日訪れたマフィアの代貸からシドとハイファは死んだドン夫妻の替え玉を演じてくれと頼み込まれる。確かに二人はドン夫妻に似ていたが何やら訳アリらしい。同時に降ってきた別室任務はそのマフィアの星系で議員連続死の真相を探ることだった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...