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第12話
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七分署に出勤してみると、人員の動向を示すデジタルボードの二人の欄には予想通りに『出張』と入力されており、日々事件発生率と始末書をうずたかく積み上げるイヴェントストライカとそのバディに対し、嬉しげかつ晴れやかなブルーアイを向けるヴィンティス課長から今回の出張の趣旨を聞かされた。
内容は昨日マックスとキャスから聞いていたのと同じである。爆破され壊滅した太陽系広域惑星警察・タイタン地方一分署の仮補填人員だ。
「昨夜やられた二分署への仮配属もありうる。詳細は先方で訊いてくれたまえ」
可及的速やかに無事であるタイタン地方三分署に出頭せよとの辞令が流される。
「だから言ったのに……」
とのハイファの文句を聞き流し、無惨にも丸めて枕にされた制服を一旦部屋に持ち帰ってプレスの速配に出す。徽章類を外しダートレス脇の出し入れ口に放り込んでボタンを押すだけだ。これで一時間以内に綺麗になった制服が届く。
出来上がり戻ってくるまでに必要なものを鞄に詰め込んだ。タイタンでの滞在中は官舎の空き部屋か星系政府が借り上げた民間のホテルに寝泊まりできるらしい。故に着替えなどの荷物も最低限のものだけを準備する。
今回、往きは制服だ。連続爆破テロ事件はホシこそ割れているが所在が分からず、捜索も進まない中で更に警察官が狙われる可能性も大だったが、『テラ連邦は屈しない』というスローガンの元に結局制服での仮配属式典開催までが決められた。
椅子を暖めているだけという猫並みの他人に決められ、難儀するのはシドたちだ。
荷物を作り終わったところでハイファが入ってきた。
「ねえねえ、どう? 僕の惑星警察の制服姿は」
上下とも黒のスタンダードなスーツタイプ、タイはブルーグレイだ。左の胸ポケットの上には特級射撃手徽章、その下には総監賞略綬がひとつ輝いている。
「お前の制服っつったら例の緑色の軍服のイメージだからな。でも結構似合っちゃいるか。制服の着慣れ度合いが違うし金髪に黒は映えるしな」
「そう? ふふん、良かった。シドのは?」
「っと、今届いた」
ダートレス脇の出し入れ口から引っ張り出して寝室に向かうとハイファもついてきてシドの手元を覗き込んだ。
「わあ~っ、当たり前だけどお揃い。でも相変わらずすごいよね、この総監賞略綬」
「こいつを付け直すのが面倒なんだ」
「軍みたいに一度に着脱できるプレートってないの?」
「あった。あったんだが、すぐに余った分が嵌らなくなっちまったんだ」
さすがはイヴェントストライカ、始末書も多いが検挙率もハンパではないのだ。本気で面倒臭そうなのでハイファが綺麗に着けてやると、ずらりと並ぶ略綬は圧巻で、そしてこちらも特級射撃手徽章をつけている。ここだけ切り取れば誰も巡査部長とは思うまい。
着替えてみせるとハイファは顔を紅潮させてシドに抱きついた。
「すごいすごい、黒髪に黒の制服がしっとり似合って恰好いい~っ!」
「制服フェチかよ、お前は。懐くな、剥がれろ、行けなくなるぞ」
と言いつつ僅かに潤んだ若草色の瞳に負け、シドは自ら唇を寄せキスを交わす。
「さてと。宙港までヤマサキにでも送らせようぜ」
七分署に戻ると宣言通りにヒマそうな後輩のヤマサキを捕まえ、緊急機に乗り込んだ。ハイファが座標を宙港にセットし、オートパイロットをオンにしてテイクオフ。サイレンを鳴らさない小型BELは、三十分ほどで宙港管制にコントロールを渡す。
緊急機は宙港隅のBEL駐機場にランディングさせられた。
ここからタイタンまではシャトル便で四十分の航行、間に一回のショートワープを経なければならない。シャトル便は毎時間出ている。
緊急機を帰して宙港メインビルに専用コイルで向かった。
何せ宙港施設は広大だ。七、八分かけてメインビルのロータリーに到着し、階段を使って二階ロビーフロアに辿り着く。ロビーフロアで見回すと、もうシャトル便はエアロックを直接ロビーに接続し乗り込みが始まっていた。
シドとハイファは急いでシートのリザーブをし、辞令と共にリモータに流されたチケットをチェックパネルに翳して認識させエアロックをくぐった。
客室のシートに二人並んで収まり、キャビンアテンダントから配られたワープ宿酔止めの白い錠剤を飲み下す。あとは運んで貰うだけなので、唐突にヒマになったシドは窓から見える白い宙港面を眺めた。
様々な色や大きさ・形の宙艦が停泊している。しずしずと降りてくるもの、また糸で吊られたように地から切り放たれるもの、それらは透明な巨人のチェスのようだ。遥か昔のAD世紀のようにジェットの炎は見られず、騒音もない。
そんな光景を目に映しつつ、今回の仮配属はいつまでかかるのだろうと考えた。
課長に依れば早々に正規の配置人員を決めて配属するという話だった。タイタン勤務にはテラ本星にはない高額の手当てもつくので、元々希望人員も少なくはない。
何れにせよ、とっとと編成して貰いたいものだと思う。他人に言われれば腹が立つものの自分の特異体質は心得ている。慣習も地理的にも疎い土地でのストライクは勘弁だ。
まもなくアナウンスが入り、シャトル便は出航した。
窓外がまさに空色一色となり幾らも経たずに群青色に、紺色から漆黒に変わる。やがてシンチレーションなしで星々が煌めき始めるこの瞬間がシドは好きだった。
上も下もない宇宙空間を覗き込むのは、ある種の高所恐怖症の人間には耐えがたい恐怖らしいが、六歳まで民間交易艦で宇宙暮らしだったからだろうか、シドは郷愁のようなものを感じて心が静かに落ち着くのだ。
黙って星々を眺めること二十分、一瞬の眩暈と五体が砂の如く四散するような不思議な感じがした。ショートワープだ。あと二十分で到着予定である。
「シャトル便は全て第一宙港に着くんだよな。タイタン地方三分署はどの辺りだ?」
「三分署は主に第三宙港関係者の居住区の治安維持がメインだから、最寄り宙港は勿論第三宙港。定期BELで二十分ってとこだよ」
「確かタイタンは完全テラフォーミングされてるんだよな?」
「シドは宙港施設から外には出たことがないんだっけ。大丈夫、公転と自転周期は同じで約十六日。いつも土星に同じ面を向けてるのはテラ本星における月と一緒。ルナと違うのは土星に向いてない面に殆どの施設は集中してるっていう点だね」
「何だ、じゃあ主星の土星は見えねぇのか」
「そういうことになるね。今現在は夜のフェイズだけど昼間でも太陽から遠くて薄暗いのには変わりない。でも要所には必ず明かりがあるから」
勿論、本来なら高い表面気圧・表面重力は地下深くに埋設されたG調整装置により調整されテラ本星と同じく一Gが保たれている。夜か夕暮れが続くという以外は何の不便もなさそうだった。時間もテラ標準時と同じ二十四時間制だ。
数かな振動とアナウンスが入り、タイタン第一宙港に接地したことが告げられる。
ここでもシャトル便は二階ロビーに直接エアロックを接続した。
乗客は半数ほどが他星系への乗り継ぎ便ロビーへと散って行き、残る半数がメインビル屋上の定期BEL乗り場へ移動するためエレベーターへと向かう。
シドとハイファは定期BEL組だ。天井が高く広いフロアに人々が行き交う中、鞄を提げてエレベーターへと歩き出した。時間的にギリギリで同輩の制服姿はなく、二人は結構目立った。
そこで数歩も行かぬうちにハイファのリモータに発振が入る。
「何だ、まさか……?」
「ええと、【A区画にて待つ】。この発振パターンは――」
「――別室だな」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。シドは鞄を枕に寝てしまいたい気分になった。ハイファが酷くしょげていて可哀想だったが、思わずひとこと呟いてしまう。
「やっぱりかよ」
「ごめんね」
「ああ、いや、予測はついてたことだし、ここでお前に謝られてもな。けどエージェント自らがお出ましとはこれまでにないパターンじゃねぇか?」
今までは殆ど命令書と資料がリモータに流されるだけだったのだ。
テラ本星のお膝元での連続爆破、別室も焦りの色が濃い証左だろうかとシドは思考を巡らせる。
内容は昨日マックスとキャスから聞いていたのと同じである。爆破され壊滅した太陽系広域惑星警察・タイタン地方一分署の仮補填人員だ。
「昨夜やられた二分署への仮配属もありうる。詳細は先方で訊いてくれたまえ」
可及的速やかに無事であるタイタン地方三分署に出頭せよとの辞令が流される。
「だから言ったのに……」
とのハイファの文句を聞き流し、無惨にも丸めて枕にされた制服を一旦部屋に持ち帰ってプレスの速配に出す。徽章類を外しダートレス脇の出し入れ口に放り込んでボタンを押すだけだ。これで一時間以内に綺麗になった制服が届く。
出来上がり戻ってくるまでに必要なものを鞄に詰め込んだ。タイタンでの滞在中は官舎の空き部屋か星系政府が借り上げた民間のホテルに寝泊まりできるらしい。故に着替えなどの荷物も最低限のものだけを準備する。
今回、往きは制服だ。連続爆破テロ事件はホシこそ割れているが所在が分からず、捜索も進まない中で更に警察官が狙われる可能性も大だったが、『テラ連邦は屈しない』というスローガンの元に結局制服での仮配属式典開催までが決められた。
椅子を暖めているだけという猫並みの他人に決められ、難儀するのはシドたちだ。
荷物を作り終わったところでハイファが入ってきた。
「ねえねえ、どう? 僕の惑星警察の制服姿は」
上下とも黒のスタンダードなスーツタイプ、タイはブルーグレイだ。左の胸ポケットの上には特級射撃手徽章、その下には総監賞略綬がひとつ輝いている。
「お前の制服っつったら例の緑色の軍服のイメージだからな。でも結構似合っちゃいるか。制服の着慣れ度合いが違うし金髪に黒は映えるしな」
「そう? ふふん、良かった。シドのは?」
「っと、今届いた」
ダートレス脇の出し入れ口から引っ張り出して寝室に向かうとハイファもついてきてシドの手元を覗き込んだ。
「わあ~っ、当たり前だけどお揃い。でも相変わらずすごいよね、この総監賞略綬」
「こいつを付け直すのが面倒なんだ」
「軍みたいに一度に着脱できるプレートってないの?」
「あった。あったんだが、すぐに余った分が嵌らなくなっちまったんだ」
さすがはイヴェントストライカ、始末書も多いが検挙率もハンパではないのだ。本気で面倒臭そうなのでハイファが綺麗に着けてやると、ずらりと並ぶ略綬は圧巻で、そしてこちらも特級射撃手徽章をつけている。ここだけ切り取れば誰も巡査部長とは思うまい。
着替えてみせるとハイファは顔を紅潮させてシドに抱きついた。
「すごいすごい、黒髪に黒の制服がしっとり似合って恰好いい~っ!」
「制服フェチかよ、お前は。懐くな、剥がれろ、行けなくなるぞ」
と言いつつ僅かに潤んだ若草色の瞳に負け、シドは自ら唇を寄せキスを交わす。
「さてと。宙港までヤマサキにでも送らせようぜ」
七分署に戻ると宣言通りにヒマそうな後輩のヤマサキを捕まえ、緊急機に乗り込んだ。ハイファが座標を宙港にセットし、オートパイロットをオンにしてテイクオフ。サイレンを鳴らさない小型BELは、三十分ほどで宙港管制にコントロールを渡す。
緊急機は宙港隅のBEL駐機場にランディングさせられた。
ここからタイタンまではシャトル便で四十分の航行、間に一回のショートワープを経なければならない。シャトル便は毎時間出ている。
緊急機を帰して宙港メインビルに専用コイルで向かった。
何せ宙港施設は広大だ。七、八分かけてメインビルのロータリーに到着し、階段を使って二階ロビーフロアに辿り着く。ロビーフロアで見回すと、もうシャトル便はエアロックを直接ロビーに接続し乗り込みが始まっていた。
シドとハイファは急いでシートのリザーブをし、辞令と共にリモータに流されたチケットをチェックパネルに翳して認識させエアロックをくぐった。
客室のシートに二人並んで収まり、キャビンアテンダントから配られたワープ宿酔止めの白い錠剤を飲み下す。あとは運んで貰うだけなので、唐突にヒマになったシドは窓から見える白い宙港面を眺めた。
様々な色や大きさ・形の宙艦が停泊している。しずしずと降りてくるもの、また糸で吊られたように地から切り放たれるもの、それらは透明な巨人のチェスのようだ。遥か昔のAD世紀のようにジェットの炎は見られず、騒音もない。
そんな光景を目に映しつつ、今回の仮配属はいつまでかかるのだろうと考えた。
課長に依れば早々に正規の配置人員を決めて配属するという話だった。タイタン勤務にはテラ本星にはない高額の手当てもつくので、元々希望人員も少なくはない。
何れにせよ、とっとと編成して貰いたいものだと思う。他人に言われれば腹が立つものの自分の特異体質は心得ている。慣習も地理的にも疎い土地でのストライクは勘弁だ。
まもなくアナウンスが入り、シャトル便は出航した。
窓外がまさに空色一色となり幾らも経たずに群青色に、紺色から漆黒に変わる。やがてシンチレーションなしで星々が煌めき始めるこの瞬間がシドは好きだった。
上も下もない宇宙空間を覗き込むのは、ある種の高所恐怖症の人間には耐えがたい恐怖らしいが、六歳まで民間交易艦で宇宙暮らしだったからだろうか、シドは郷愁のようなものを感じて心が静かに落ち着くのだ。
黙って星々を眺めること二十分、一瞬の眩暈と五体が砂の如く四散するような不思議な感じがした。ショートワープだ。あと二十分で到着予定である。
「シャトル便は全て第一宙港に着くんだよな。タイタン地方三分署はどの辺りだ?」
「三分署は主に第三宙港関係者の居住区の治安維持がメインだから、最寄り宙港は勿論第三宙港。定期BELで二十分ってとこだよ」
「確かタイタンは完全テラフォーミングされてるんだよな?」
「シドは宙港施設から外には出たことがないんだっけ。大丈夫、公転と自転周期は同じで約十六日。いつも土星に同じ面を向けてるのはテラ本星における月と一緒。ルナと違うのは土星に向いてない面に殆どの施設は集中してるっていう点だね」
「何だ、じゃあ主星の土星は見えねぇのか」
「そういうことになるね。今現在は夜のフェイズだけど昼間でも太陽から遠くて薄暗いのには変わりない。でも要所には必ず明かりがあるから」
勿論、本来なら高い表面気圧・表面重力は地下深くに埋設されたG調整装置により調整されテラ本星と同じく一Gが保たれている。夜か夕暮れが続くという以外は何の不便もなさそうだった。時間もテラ標準時と同じ二十四時間制だ。
数かな振動とアナウンスが入り、タイタン第一宙港に接地したことが告げられる。
ここでもシャトル便は二階ロビーに直接エアロックを接続した。
乗客は半数ほどが他星系への乗り継ぎ便ロビーへと散って行き、残る半数がメインビル屋上の定期BEL乗り場へ移動するためエレベーターへと向かう。
シドとハイファは定期BEL組だ。天井が高く広いフロアに人々が行き交う中、鞄を提げてエレベーターへと歩き出した。時間的にギリギリで同輩の制服姿はなく、二人は結構目立った。
そこで数歩も行かぬうちにハイファのリモータに発振が入る。
「何だ、まさか……?」
「ええと、【A区画にて待つ】。この発振パターンは――」
「――別室だな」
二人は顔を見合わせ溜息をついた。シドは鞄を枕に寝てしまいたい気分になった。ハイファが酷くしょげていて可哀想だったが、思わずひとこと呟いてしまう。
「やっぱりかよ」
「ごめんね」
「ああ、いや、予測はついてたことだし、ここでお前に謝られてもな。けどエージェント自らがお出ましとはこれまでにないパターンじゃねぇか?」
今までは殆ど命令書と資料がリモータに流されるだけだったのだ。
テラ本星のお膝元での連続爆破、別室も焦りの色が濃い証左だろうかとシドは思考を巡らせる。
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