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第37話
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軍のコネで通関もなく、二人は二階ロビーフロアに上がると遅い昼食を摂りにカフェ・シルバーベルに入った。テラ連邦でも大手チェーンのカフェでクレジットと引き替えにサンドウィッチやホットドッグにサラダ、コーヒーなどを手に入れて喫煙のボックス席に陣取る。
「うーん、高度文明圏の味がするかも」
「この画一感は確かにそんな気がするな。で、パライバ星系行きは何時発だって?」
愛し人の顔色を見たハイファは首を横に振った。
「だからワープ四回は無謀だってば。今日はここに泊まりです」
「そんなダルいこと、やってられっか! こうしてるうちに人魚が密輸されちまうんだぞ!」
「いきなり大声出さないで。無理させたくないの。貴方、鏡も見てないでしょ?」
「鏡なんか見なくても自分の体調くらい分かるさ。大丈夫だって」
「貴方の『大丈夫』くらいアテにならないものはないよ。今日は泊まりで決定ね」
勝手に決められてシドはムッとする。
「本当に大丈夫だって言ってるだろ、上手く行けば明後日から出勤可能なんだぞ!」
「だからそんなに大声出さなくても聞こえてます。でもヴィンティス課長をガッカリさせる、それだけのために僕まで付き合わせるの?」
「別にお前に付き合えとは言わねぇさ」
「でしょうね。貴方は今日明日にでもクリシュナが密輸されるのが怖いだけなんだから」
口に出してしまってからハイファは思い切り後悔していた。それは愛し人の無意識を掘り起こすことに他ならなかったからだ。案の定、切れ長の目はハイファから逸らされた。
哀しい想いで、それでもシドが否定してくれるのを待つ。だが……。
「お前はお前で勝手にすればいい」
怒りを溜めた低い声での宣告は何よりも残酷だった。
「……そう。本当にどうなっても知らないからね。貴方こそ勝手にすればいいよ」
「ああ、勝手にさせて貰うさ。じゃあな」
煙草も吸わずに立ち上がったシドにハイファは半ば唖然とするも、シドはそのままカフェ・シルバーベルを出て行ってしまう。幾ら心配しても甲斐のない愛し人の背を睨みつけ、チャコールグレイのジャケットが人混みに紛れて見えなくなるとリモータ検索した。
パライバ星系便の出航までは、まだ数時間もあった。
売り言葉に買い言葉で『勝手にしろ』と返した自分も自分だが、二人の誓いもバディシステムも、何もかもを破り捨てたシドに腹が立って仕方なかった。
腹立ち紛れにサンドウィッチを綺麗にさらえ、冷めたコーヒーを飲み干す。
大きく溜息をついてシドの残したサラダをつついた。
食してしまうとショルダーバッグを担いでシルバーベルを出る。どうせロビーにいるだろうと思ってそれとなくシドを探した。だが今のレアは真夜中で宙港利用客が少ないのにも関わらずシドの姿を見つけられない。まさかと思ってリモータのトレーサーシステムを起動した。
シドのリモータ位置を表示する。現れた緑の輝点は現在地からさほど遠くなかったものの、ハイファは目を疑った。慌ててインフォメーション端末のブースに駆け込む。
端末にリモータのリードを繋いでインフォメーション画面のコンテンツ管理権限者を装い上階層に上がってゆく。宙港利用者名簿をチカラ技で覗き見した。検索を掛ける。ヒット。
正規のパライバ星系アジュル旅客便は三時間後、だが今から二十分後に出航のアジュル行き貨物艦ビブロス号が旅客も受け付けていて、シドはそのチケットを取っていた。
リードを引っこ抜くなりハイファは自販機に走る。幸いビブロス号のチケットは販売終了直前だった。チケットを買い通関へと急ぐ。X‐RAYや臭気探知機などの機器の森を駆け抜けて、アテにならないリムジンコイルを待てず自ら宙港面へと駆け出した。
きっとシドは直近で出るアジュル行きの艦なら何でもよかったのだろう。だがタイミング良くビブロス号があったために、このような事態になったのだ。偶然が招いたこと、ただそれだけだとハイファも解ってはいた。
けれど本当に置き去りにされた挙げ句に他星系にまで行かれるとは、情けなくも悔しくて、涙が出そうになった。
視界が滲むのを堪えて、幸い近くに停泊しているビブロス号を目指す。
それでも宙港は広大で、ビブロス号の旅客用エアロックに辿り着いたときには出航まであと五分もなかった。エアロックを閉鎖される寸前でチェックパネルをクリア、係の乗組員とともに旅客スペースに足を踏み入れる。
貨物艦の旅客スペースは硬いベンチが並んでいるだけの狭い空間で、この時間はベンチの殆どが空いていた。お蔭でチャコールグレイの上着と黒髪を見つけるのは容易かった。
独りでひとつのベンチに腰掛けた、その隣に腰を下ろす。
「……僕が要らないなら、目の前ではっきり言って」
怒りよりも哀しさで声が震えるのを押さえきれなかった。どうしてこんな想いをしなければならないのか、さっぱり分からない。クリシュナに惹かれたことすら許した自分がこんな風に裏切られるとは思ってもみず、振り回されているのを自覚し、プライドはズタズタだった。
「お願い、もう僕は要らない、そう言ってよ!」
大声に何事かと数人の客が振り返る。構わずハイファはシドに迫った。
「こんな想いはもう沢山、僕なんか要らないって今すぐ言って!」
「ハイファ、お前……」
抱き締められそうになって押し返す。鼻の奥がツンとし、熱い涙が噴き出すのが分かった。だがここで体よく宥められてしまう気は毛頭なく、ハイファは身を捩って暴れる。
「分かった、分かったからハイファ、一時停戦だ」
気付けばワープ薬を配りにきた艦のクルーが困った顔で立っていた。ここで出航を遅らせる訳にはいかない、ハイファは肩で息をして座り直す。
ワープ薬を嚥下するとまもなく出航した。
「うーん、高度文明圏の味がするかも」
「この画一感は確かにそんな気がするな。で、パライバ星系行きは何時発だって?」
愛し人の顔色を見たハイファは首を横に振った。
「だからワープ四回は無謀だってば。今日はここに泊まりです」
「そんなダルいこと、やってられっか! こうしてるうちに人魚が密輸されちまうんだぞ!」
「いきなり大声出さないで。無理させたくないの。貴方、鏡も見てないでしょ?」
「鏡なんか見なくても自分の体調くらい分かるさ。大丈夫だって」
「貴方の『大丈夫』くらいアテにならないものはないよ。今日は泊まりで決定ね」
勝手に決められてシドはムッとする。
「本当に大丈夫だって言ってるだろ、上手く行けば明後日から出勤可能なんだぞ!」
「だからそんなに大声出さなくても聞こえてます。でもヴィンティス課長をガッカリさせる、それだけのために僕まで付き合わせるの?」
「別にお前に付き合えとは言わねぇさ」
「でしょうね。貴方は今日明日にでもクリシュナが密輸されるのが怖いだけなんだから」
口に出してしまってからハイファは思い切り後悔していた。それは愛し人の無意識を掘り起こすことに他ならなかったからだ。案の定、切れ長の目はハイファから逸らされた。
哀しい想いで、それでもシドが否定してくれるのを待つ。だが……。
「お前はお前で勝手にすればいい」
怒りを溜めた低い声での宣告は何よりも残酷だった。
「……そう。本当にどうなっても知らないからね。貴方こそ勝手にすればいいよ」
「ああ、勝手にさせて貰うさ。じゃあな」
煙草も吸わずに立ち上がったシドにハイファは半ば唖然とするも、シドはそのままカフェ・シルバーベルを出て行ってしまう。幾ら心配しても甲斐のない愛し人の背を睨みつけ、チャコールグレイのジャケットが人混みに紛れて見えなくなるとリモータ検索した。
パライバ星系便の出航までは、まだ数時間もあった。
売り言葉に買い言葉で『勝手にしろ』と返した自分も自分だが、二人の誓いもバディシステムも、何もかもを破り捨てたシドに腹が立って仕方なかった。
腹立ち紛れにサンドウィッチを綺麗にさらえ、冷めたコーヒーを飲み干す。
大きく溜息をついてシドの残したサラダをつついた。
食してしまうとショルダーバッグを担いでシルバーベルを出る。どうせロビーにいるだろうと思ってそれとなくシドを探した。だが今のレアは真夜中で宙港利用客が少ないのにも関わらずシドの姿を見つけられない。まさかと思ってリモータのトレーサーシステムを起動した。
シドのリモータ位置を表示する。現れた緑の輝点は現在地からさほど遠くなかったものの、ハイファは目を疑った。慌ててインフォメーション端末のブースに駆け込む。
端末にリモータのリードを繋いでインフォメーション画面のコンテンツ管理権限者を装い上階層に上がってゆく。宙港利用者名簿をチカラ技で覗き見した。検索を掛ける。ヒット。
正規のパライバ星系アジュル旅客便は三時間後、だが今から二十分後に出航のアジュル行き貨物艦ビブロス号が旅客も受け付けていて、シドはそのチケットを取っていた。
リードを引っこ抜くなりハイファは自販機に走る。幸いビブロス号のチケットは販売終了直前だった。チケットを買い通関へと急ぐ。X‐RAYや臭気探知機などの機器の森を駆け抜けて、アテにならないリムジンコイルを待てず自ら宙港面へと駆け出した。
きっとシドは直近で出るアジュル行きの艦なら何でもよかったのだろう。だがタイミング良くビブロス号があったために、このような事態になったのだ。偶然が招いたこと、ただそれだけだとハイファも解ってはいた。
けれど本当に置き去りにされた挙げ句に他星系にまで行かれるとは、情けなくも悔しくて、涙が出そうになった。
視界が滲むのを堪えて、幸い近くに停泊しているビブロス号を目指す。
それでも宙港は広大で、ビブロス号の旅客用エアロックに辿り着いたときには出航まであと五分もなかった。エアロックを閉鎖される寸前でチェックパネルをクリア、係の乗組員とともに旅客スペースに足を踏み入れる。
貨物艦の旅客スペースは硬いベンチが並んでいるだけの狭い空間で、この時間はベンチの殆どが空いていた。お蔭でチャコールグレイの上着と黒髪を見つけるのは容易かった。
独りでひとつのベンチに腰掛けた、その隣に腰を下ろす。
「……僕が要らないなら、目の前ではっきり言って」
怒りよりも哀しさで声が震えるのを押さえきれなかった。どうしてこんな想いをしなければならないのか、さっぱり分からない。クリシュナに惹かれたことすら許した自分がこんな風に裏切られるとは思ってもみず、振り回されているのを自覚し、プライドはズタズタだった。
「お願い、もう僕は要らない、そう言ってよ!」
大声に何事かと数人の客が振り返る。構わずハイファはシドに迫った。
「こんな想いはもう沢山、僕なんか要らないって今すぐ言って!」
「ハイファ、お前……」
抱き締められそうになって押し返す。鼻の奥がツンとし、熱い涙が噴き出すのが分かった。だがここで体よく宥められてしまう気は毛頭なく、ハイファは身を捩って暴れる。
「分かった、分かったからハイファ、一時停戦だ」
気付けばワープ薬を配りにきた艦のクルーが困った顔で立っていた。ここで出航を遅らせる訳にはいかない、ハイファは肩で息をして座り直す。
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