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第31話
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そこは意外にこざっぱりと片付いていた。木製のテーブルと椅子四脚のセットが四つあり、一番奥のテーブルセットに白衣を着た二人の女が座ってお喋りに興じている。
彼女たちは総勢五人の闖入者を見ても何ら驚かなかった。
「いらっしゃい。お久しぶりだと思えば色男を連れてるじゃない」
「本当、人間にしておくのが勿体ないわね……お茶、淹れるわ」
人間でなく人魚だったらどうする気なのか、怖い想像をさせる挨拶をした女たちは簡易ヒータ上のヤカンに沸いていた湯で茶を五つ淹れ、無造作にテーブルに置いた。シンプルな白いマグカップから紅茶のいい香りが漂ったが、シドたちは茶を飲みに来たのではない。
ここからはあんたら次第だという目で業者に見られ、シドが口を開いた。
「このレヴィ島を見学する許可が欲しいんだが」
「却下よ」
少し年嵩の女がにべもなく言い捨てる。だがシドは食い付いた。
「見られて困るモンでもあるのかよ?」
「何が見たいの? ここの存在意義なら見てもいいけれど、卒倒されても困るのよ」
「そいつは遠慮しておく。けど許可が下りなくても俺たちは島内ツアーを敢行するからな」
「サバイバルゲームならよそでやって」
「リアルに余計な人死にを出したくない。そっちが損するぜ?」
「大した自信ね。でも貴方たちが見て得をするモノなんてないわよ」
「それが本当かどうか、この目で探させて貰う。……行くぞ、ハイファ」
踵を返しかけたシドを女二人の巨大な溜息二重奏が留める。
「待って。三人も、それも人間の解体はごめんだわ」
「わたしたちも余計な仕事はしたくないもの。大体、あんたたちは何者なの?」
そこでアーサーがここぞとばかりに進み出た。
「ランディ=デリンジャー伯爵の名代、アーサー=デリンジャーだ。このレヴィ島を査察する許可を貰いたい。許可を下ろさなければ、何らかの不正ありと見なして星系政府に通報する」
堂に入った口上だった。女たちは眉をひそめて顔を見合わせ囁き合い始める。
「別に見て面白いものもないと思うけれど……いいわよ、勝手にして」
「一応、セキュリティには無線連絡する。でも本当に行動は慎んで頂戴」
それを聞いて肩をそびやかしたアーサーはシドに勝ち誇ったような目を向けた。それから称賛を受けるためにハイファをチラ見する。ハイファはお約束の微笑み仮面だ。
「じゃあ行こうぜ、ハイファス、シド」
肩で風を切るアーサーを先頭に、きたときの逆順を足早に辿って外に出る。白い砂利の道まで出ると今度はシドが先頭で居住ドームを回り込み、工場があるドームの周囲を巡った。
「この中で……って思うとちょっと鳥肌かも」
「何人撃ち殺してきたって、ヤなもんはヤだよな」
「他星ってそんなに物騒なんすか?」
「それはね、シドの周りだけが物騒で、イヴェントストライカ……あっ、セキュリティだ」
暑い中で警備員たちは誰に見せる訳でもないのに、警官に似た紺の制服を身に着けていた。右腰のホルスタにはかなり大型の拳銃が収まっている。白衣の女たちから連絡を受けてのことか、三人を見ると挙手敬礼で挨拶した。
「査察ご苦労様です、伯爵」
「よし。今後も励んでくれ」
適当なことをシドが言い、その場を通過する。その調子で円形のドームの周囲には約二十メートル置きに警備員がいた。その様子は水も漏らさぬ厳戒さだったがシドは首を捻る。
「この陸で、いったい何に対しての警戒なんだ?」
「さあ。人魚が陸から逃げる訳はないし、何なんだろ?」
「昔、『人魚を救え』って集団が襲撃したこともあるって親父に聞いた、それでじゃねぇ?」
「へえ、アーサーってば物知り」
「まあな。他にも好きになった人魚を追って漁師がカチコミ掛けたこともあるって聞いたっすよ。そんときも工場側の人間が撃たれて死んで、親父曰く『大事な文化を護るため』って」
「なるほどな。カルチャーダウンした星でここの要員を確保するのも難しそうだしな」
おまけに仕事内容が特殊である。招かざる闖入者を殺す方が後腐れがない。
「でもマジで何もねぇな」
「タグボートは裏からきたんだから、船着き場があるんじゃないのかな?」
「じゃあ、そっちに回ろうぜ」
さっさと歩きながら警備員たちに挨拶しつつ裏手に回ると砂利道を歩いてビーチに出た。見渡すと左側のずっと先に護岸があり、予想通りにタグボートが幾隻も浮いている。そこまでの間も制服警備員が何人も行きつ戻りつしていた。三人は護岸まで足を運んでみる。
近づくとタグボートだけではなくシドたちが乗ってきたような船も二隻並んで停泊していた。ここの人員を運ぶのか、それとも人魚をよそに運ぶのかは眺めていても分からない。
「どう見てもこの島に大型宙艦は着けられそうにないよね」
「やっぱり他の島に船で運んで、そこの宙港から他星に密輸してるんだろうな」
そこでアーサーが二人の士気をへし折った。
「でも離島を虱潰しにはできねぇ、十や二十じゃないんすよ?」
「本当に? それは困ったなあ」
「けどさ、それならここの人間もグルなんだろ?」
「だからって、あの女の人たちを叩くの? ヤダよ、そんなスマートじゃない仕事」
「俺だって嫌だ。でも他に何か手があるか?」
考えた挙げ句、ハイファは憂鬱そうに首を横に振る。
「じゃあ拷問は別室員に任せたからな」
「何それ、勘弁してよね。何だかドンパチの方がマシに思えてきちゃったよ」
「この平和主義者で気の弱い俺様はドンパチなんか……何だ?」
遠くで何かが弾けるような音がした。二度、三度と続く。
「銃声だ、誰かが撃ってやがる。行くぞ!」
「ヤー!」
シドとハイファは勘に従って走り出した。出遅れたアーサーがついてくる。
「向こう、居住エリアの裏手みたいだよ!」
「アーサーは表の堤防に戻れ!」
「そんな訳にいかねぇ、護ってやるって言ったっすから!」
想像通りの展開にシドは内心うんざりしていた。特攻野郎の横顔を見て、ここで気絶させておこうかとも思ったが、それですたった男の回復に掛かる手間も考えると気持ちが萎えた。
何とかハイファの前に出ようとアーサーは必死の形相で走っている。
彼女たちは総勢五人の闖入者を見ても何ら驚かなかった。
「いらっしゃい。お久しぶりだと思えば色男を連れてるじゃない」
「本当、人間にしておくのが勿体ないわね……お茶、淹れるわ」
人間でなく人魚だったらどうする気なのか、怖い想像をさせる挨拶をした女たちは簡易ヒータ上のヤカンに沸いていた湯で茶を五つ淹れ、無造作にテーブルに置いた。シンプルな白いマグカップから紅茶のいい香りが漂ったが、シドたちは茶を飲みに来たのではない。
ここからはあんたら次第だという目で業者に見られ、シドが口を開いた。
「このレヴィ島を見学する許可が欲しいんだが」
「却下よ」
少し年嵩の女がにべもなく言い捨てる。だがシドは食い付いた。
「見られて困るモンでもあるのかよ?」
「何が見たいの? ここの存在意義なら見てもいいけれど、卒倒されても困るのよ」
「そいつは遠慮しておく。けど許可が下りなくても俺たちは島内ツアーを敢行するからな」
「サバイバルゲームならよそでやって」
「リアルに余計な人死にを出したくない。そっちが損するぜ?」
「大した自信ね。でも貴方たちが見て得をするモノなんてないわよ」
「それが本当かどうか、この目で探させて貰う。……行くぞ、ハイファ」
踵を返しかけたシドを女二人の巨大な溜息二重奏が留める。
「待って。三人も、それも人間の解体はごめんだわ」
「わたしたちも余計な仕事はしたくないもの。大体、あんたたちは何者なの?」
そこでアーサーがここぞとばかりに進み出た。
「ランディ=デリンジャー伯爵の名代、アーサー=デリンジャーだ。このレヴィ島を査察する許可を貰いたい。許可を下ろさなければ、何らかの不正ありと見なして星系政府に通報する」
堂に入った口上だった。女たちは眉をひそめて顔を見合わせ囁き合い始める。
「別に見て面白いものもないと思うけれど……いいわよ、勝手にして」
「一応、セキュリティには無線連絡する。でも本当に行動は慎んで頂戴」
それを聞いて肩をそびやかしたアーサーはシドに勝ち誇ったような目を向けた。それから称賛を受けるためにハイファをチラ見する。ハイファはお約束の微笑み仮面だ。
「じゃあ行こうぜ、ハイファス、シド」
肩で風を切るアーサーを先頭に、きたときの逆順を足早に辿って外に出る。白い砂利の道まで出ると今度はシドが先頭で居住ドームを回り込み、工場があるドームの周囲を巡った。
「この中で……って思うとちょっと鳥肌かも」
「何人撃ち殺してきたって、ヤなもんはヤだよな」
「他星ってそんなに物騒なんすか?」
「それはね、シドの周りだけが物騒で、イヴェントストライカ……あっ、セキュリティだ」
暑い中で警備員たちは誰に見せる訳でもないのに、警官に似た紺の制服を身に着けていた。右腰のホルスタにはかなり大型の拳銃が収まっている。白衣の女たちから連絡を受けてのことか、三人を見ると挙手敬礼で挨拶した。
「査察ご苦労様です、伯爵」
「よし。今後も励んでくれ」
適当なことをシドが言い、その場を通過する。その調子で円形のドームの周囲には約二十メートル置きに警備員がいた。その様子は水も漏らさぬ厳戒さだったがシドは首を捻る。
「この陸で、いったい何に対しての警戒なんだ?」
「さあ。人魚が陸から逃げる訳はないし、何なんだろ?」
「昔、『人魚を救え』って集団が襲撃したこともあるって親父に聞いた、それでじゃねぇ?」
「へえ、アーサーってば物知り」
「まあな。他にも好きになった人魚を追って漁師がカチコミ掛けたこともあるって聞いたっすよ。そんときも工場側の人間が撃たれて死んで、親父曰く『大事な文化を護るため』って」
「なるほどな。カルチャーダウンした星でここの要員を確保するのも難しそうだしな」
おまけに仕事内容が特殊である。招かざる闖入者を殺す方が後腐れがない。
「でもマジで何もねぇな」
「タグボートは裏からきたんだから、船着き場があるんじゃないのかな?」
「じゃあ、そっちに回ろうぜ」
さっさと歩きながら警備員たちに挨拶しつつ裏手に回ると砂利道を歩いてビーチに出た。見渡すと左側のずっと先に護岸があり、予想通りにタグボートが幾隻も浮いている。そこまでの間も制服警備員が何人も行きつ戻りつしていた。三人は護岸まで足を運んでみる。
近づくとタグボートだけではなくシドたちが乗ってきたような船も二隻並んで停泊していた。ここの人員を運ぶのか、それとも人魚をよそに運ぶのかは眺めていても分からない。
「どう見てもこの島に大型宙艦は着けられそうにないよね」
「やっぱり他の島に船で運んで、そこの宙港から他星に密輸してるんだろうな」
そこでアーサーが二人の士気をへし折った。
「でも離島を虱潰しにはできねぇ、十や二十じゃないんすよ?」
「本当に? それは困ったなあ」
「けどさ、それならここの人間もグルなんだろ?」
「だからって、あの女の人たちを叩くの? ヤダよ、そんなスマートじゃない仕事」
「俺だって嫌だ。でも他に何か手があるか?」
考えた挙げ句、ハイファは憂鬱そうに首を横に振る。
「じゃあ拷問は別室員に任せたからな」
「何それ、勘弁してよね。何だかドンパチの方がマシに思えてきちゃったよ」
「この平和主義者で気の弱い俺様はドンパチなんか……何だ?」
遠くで何かが弾けるような音がした。二度、三度と続く。
「銃声だ、誰かが撃ってやがる。行くぞ!」
「ヤー!」
シドとハイファは勘に従って走り出した。出遅れたアーサーがついてくる。
「向こう、居住エリアの裏手みたいだよ!」
「アーサーは表の堤防に戻れ!」
「そんな訳にいかねぇ、護ってやるって言ったっすから!」
想像通りの展開にシドは内心うんざりしていた。特攻野郎の横顔を見て、ここで気絶させておこうかとも思ったが、それですたった男の回復に掛かる手間も考えると気持ちが萎えた。
何とかハイファの前に出ようとアーサーは必死の形相で走っている。
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