セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第23話

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 病院は港にほど近い街側にあった。診療所といった方がいいくらいの施設だったが、そこで呉越同舟で治療を受ける。ここでも三人の男が優先され、またもハイファは不満を抱いた。

 だがよそ者が文句を垂れるのは取り敢えず治療のあとだ。

 順番が回ってきてシドは丸椅子に座らされ、右頬をアルコール消毒され、何やらクサい液体を塗りつけられて白いガーゼを貼り付けられる。それで処置は終わりだった。

「こんな治療で大丈夫なのかな?」
「あんまり文句を言ってもいいことはねぇらしいぞ」

 どう捉えても好感触でない雰囲気にシドはハイファと囁き合う。さっさとカネを払って出るべきだと判断し、立ち上がった途端に二人は警官たちに両側から腕を掴まれた。
 何事かと訊ねる前に警官の一人が宣言する。

「お前たちを逮捕する」

◇◇◇◇

「ふあーあ、暑くねぇのは有難いな」
「貴方、暢気すぎるよ。ここじゃ別室に手を回して貰うこともできないんだからね」

 高度文明圏なら最低限の権利であるリモータまで外されたことにハイファは怒り心頭のようである。そうでなくとも正当防衛が認められてしかるべき状況、これは確かに酷すぎた。
 二人は鉄格子の嵌った留置場に放り込まれているのだ。 

 診療所から出るなり警察の自動車に押し込まれて警察署に直行便となった。そしてロクに話すら訊かれず武装解除され、檻の中に放り込まれて三時間ほどが経過していた。

「まあ、落ちつけって。幾らよそ者だからって死刑にはならねぇさ」
「死刑じゃなくても、このまま刑務所送りとか、やだからね」
「刑務所でも一緒の部屋だといいけどな」
「貴方、暢気すぎるってば!」

 またも同じことを口にしたハイファは相当苛立っているようだ。
 片やシドは何故か煙草とライターは取り上げられなかったので余裕なのである。檻の中にはトイレすらないというのに、隅っこに石をくり抜いた灰皿まで置いてあった。床にあぐらをかいたシドはゆっくりと紫煙を味わっている。

 ハイファは硬い寝台に腰掛けて長い足を組み、イライラと揺らしていた。

 手許にリモータはないが、喩えあってもここでは別室に通信して圧力を掛けて貰うこともできない。その上に情報収集したくてもネットシステムもなければTV局もないのだ。
 八方塞がりだった。のんびりと紫煙を吐くバディをハイファは恨めしい思いで睨む。

 檻の外には監視係らしい警官が一人、デスクに就いて書き物をしていた。暫くするとその警官が立って消え、戻ってきたときには木製のトレイを手にしていた。ドアの下、鉄格子の隙間からそれを差し入れる。どうやら昼食らしい。シドが引き寄せたものをハイファも覗いてみると、紙包みに入ったサンドウィッチと水のコップがふたつだけ載っていた。

「食生活は改善の余地があるな」

 シドが立ってトレイを寝台に置くとハイファが食欲をそそらない乾燥しかけた物体を取り出す。だが仕方ない。二人で分け合い、バサバサしたパンを水で流し込んだ。
 食し終えるとトレイを檻の外に押し出してシドは一服し、残りの本数を鑑みたらしく、ふたつある寝台のひとつにゴロリと横になる。

 すぐに寝息が聞こえてきてハイファは羨ましくも呆れて溜息をついた。

◇◇◇◇

「――シド、シド!」
「んあ、何だ?」

 シドが目を開けるとハイファが覗き込んでいた。そのまま視線を巡らせると壁の高い所にある小さな窓からの日差しがやや弱まっている。起きて大欠伸と伸びをしてから檻の外に警官ともう一人の男が立っているのに気付いた。目を向けると男は深々と礼をする。

「ハイファス=ファサルート様と、そちらはシド=ワカミヤ様ですね?」
「ん、ああ……それが?」

 見るからに上品な男は初老で銀髪を綺麗に整えていた。おまけにタキシードなんぞ着込んでいる。慇懃な態度といい、いかにも留置場にそぐわない。

「本日は大変なご迷惑をお掛け致しました。我が主がお詫びをしたいと申しております」
「主って誰だ?」
「ランディ=デリンジャー伯爵だってサ」

 振り向いてハイファを見る。ハイファは任務に直結する絶好の機会と捉えているのだろう、若草色の瞳に力が湧いている。目で頷き合ってから初老男に視線を戻した。

「ふうん。で、どうすればいい?」
「もしご予定に支障がなければ夕食にご招待申し上げたいのですが、宜しいでしょうか?」
「支障はねぇよ、ここから出られたらな」
「では、ご足労を願えますなら二十時半に」

 呼びつける辺りはさすがに貴族かと思ったが否やはない。初老男はまた深く礼をした。
 タキシードが去ると二人は檻から出され釈放パイとなる。取り上げられたモノを全て返され、警官のエスコート付きで丁重に警察署から出された。リモータを見ると十七時過ぎだった。

「あと約三時間、放免祝いに茶でも飲むか」

 警察署は大通りがクロスした広場に面している。道化師が曲芸を披露し、花が売られ、絵描きが似顔絵を描いている向こうにオープンカフェがテーブルを出していた。
 広場を二人は横切ってカフェに入り、気泡の入った大きなグラスになみなみと注がれた冷たいコーヒーを手に入れる。焼き菓子も購入して広場のテーブルに陣取った。

「おっ、この菓子は旨いな」
「パウンドケーキだよ。バターたっぷりだね」

 足りなかった昼食分のカロリーを満たすと、シドはうっすらと眠気を感じ大欠伸する。

「あーた、寝過ぎじゃない?」
「若いと眠いんだ」
「まあ、いつでも貴方は育ち盛りって感じだもんね」
「デカくなるのは一ヶ所だけだがな。……それにしても何で伯爵が『お詫び』なんだ?」
「さあね。悪いことされたのは確かだし、よそ者が珍しいのかも知れないし」

 珍しいだけで得体の知れないよそ者を屋敷に呼ぶとは酔狂な貴族だ。だが久々のストライクを活かす手だとシドは思いながら冷たいコーヒーに口をつけた。
 一時間ほどをカフェで過ごし、腰を上げてハイファと二人、街を見て回る。ヒマに飽かせて海とは反対側の牧草地まで歩き、牛や馬が草を食む様子なども眺めた。

 日暮れとともに海に向かって歩き始める。辿るのは逮捕前に途中まで出向いたコースだ。港まで出て右に曲がり、夜の海を左側に眺めながら二人は散策気分で石畳の道をゆっくりと歩く。星が鈴なりの夜空と穏やかな海の境目が意外とくっきりしていた。

 赤く丸い月のアリエスが何処までも二人についてくる。

「ランディ=デリンジャー伯爵かあ。資料はないし、どんな人だろ?」
「会えば分かるさ。気難しいジジイでなけりゃいいけどな」

 別室任務も背負ってはいるが、取り敢えずメシが食えればいいとシドは思っていた。
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