セイレーン~楽園27~

志賀雅基

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第22話

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 他の客もいない、食事時でもない今がチャンスとハイファが何気なく切り出した。

「ねえ、ジェフ。僕らは海にきたのは初めてなんだけど海には人魚がいるんだって?」
「人魚はおるのう。昔は海を泳いでいたらしいが」
「今は泳いでないのかな?」
「今はそこらにはおらんの。伯爵さまの海に集められておる」

 なるほど、訊いてみれば人魚が伯爵に管理されているというのは秘密でも何でもないようだ。だからといって貴族の管理する海を簡単に覗ける訳でもない、といったところか。
 更にハイファは話を続けてみる。

「へえ。料理人だしジェフは見たことあるんじゃないの?」

 そこでジェフは顔を上げて二人に目を向けた。その表情は苦いものを噛んだようだった。

「見に行ったこともなければ、わしは人の形をしたものを料理する趣味はない」

 ちょっとしたジェフの不機嫌に気付かないフリをしてハイファは更に言った。

「ふうん、そっか。すごくまともだよね。でも人魚が泳ぐのを見られないのは残念かも」
「そりゃあ綺麗だという話だからの。ただ、いい月夜になら見られるかも知れんが」
「どういうことだ、それ?」

 急に乗り気になったシドをジェフは野菜を刻みながら笑う。

「月夜に人魚を見たという話なら幾らでも転がっておる。噂だがの」
「何だ、タダの噂か」
「ガッカリしたかの。まあ、イラドのような内地のお人には海は憧れだろうがね」

 そこで食堂のドアが開き、客の第一陣が入ってきて話は途切れた。ここで朝食を摂ってから仕事に出掛ける常連客らしい。彼らが呼び水となったか客は次々と入ってくる。
 ジェフは卵を焼き、腸詰めをソテーしてパンを温めるのに大忙しとなり、カウンターから差し出されるそれをハイファが手伝ってテーブルに運んだ。

 三十分ほどで一段落つき、ようやくシドとハイファも朝食にありつく。

「今朝はシドとハイファスのお蔭で助かったわい」

 笑顔のジェフに見守られながらシドはバリバリと食し、ハイファは優雅にフォークを操りながらオムレツの焼き加減を観察した。文句なく旨い焼きたてのパンやサラダまで食してしまうと、今度はシドも手伝って捌けた客の食器を運ぶ。

 九時前には客も全ていなくなり、テーブルも綺麗に片付いて、またシドは煙草と紅茶で一服した。ハイファは昼の仕込みをするジェフの手元を眺めている。
 煙草を二本シドが灰にすると一旦ジェフに宿泊料を支払った。

「でも、もしかしたら、また泊まらせて貰うかも」
「予約は入っておらんからの、いつでも来なさるがいい」

 満面の笑みで見送られてシドとハイファは食堂を出る。外は恒星コリスが照りつけて痛いような暑さだが、のんびりしてばかりでは任務が終わらない。

「で、伯爵の屋敷に行くの?」
「他に行くアテもねぇからな」
「そうだよね。でも、あっつーい!」

 だからといって上着を脱ぐと銃が丸見えだ。誰もが銃を持てる土地柄とはいえ、執銃を晒している人間は見かけないので、取り敢えずは隠しておくのが無難だろうと思われる。
 二人は海の方へと歩き始めた。

 乾いた熱気から逃げるように足早に三十分ほども歩くと港に出る。そこから海沿いの道を右に向かって歩き出した。そうして港がまだ背後に見えているときだった。

「――このガキ、離せってんだよ!」

 怒号が湧いてシドとハイファは何事かと前方を注視した。若い男が三人騒いでいて、その足元にテラ標準歴で十歳くらいの男の子と女の子が這いつくばっている。というより子供が男たちの足に縋り付いているのだ。傍には小さな荷車があったが引っ繰り返され、載せられていたと思しき水桶と花が無惨にも石畳にぶちまけられていた。

 通りがかりの大人たちは見て見ぬフリをして足早に去ってゆく。
 シドとハイファは彼らの四、五メートル手前で足を止めた。

「何、見てやがるんだよ!」
「さっさと行け、見せもんじゃねぇぞ、コラ!」
「ぶっ殺されてぇのか、てめぇら!」

 男たちは口々にシドたちに毒を吐く。その間にも男の子と女の子は泣きながら男たちの足にむしゃぶりつき、蹴られて石畳を二メートルほども吹っ飛んで転がった。

「地元のならず者ってところか」
「何処にだってこういうのはいるんだねえ」

 暢気に口にしたシドとハイファに対し、リーダー格らしい男が一人近づいてきて顔を寄せ、まずはハイファのソフトスーツの胸元に手を伸ばす。襟元を掴もうとしたその手をシドが払い除けた。気が短いらしい男はシドを睨みつけると逆上して叫んだ。

「妙な格好しやがって――」

 最後まで叫ばず殴り掛かってきたのをシド、ダッキングで避けて腹に中段蹴りを入れる。躰を折った男を見て仲間の二人が掴みかかってきた。一人の腕をかいくぐって足払いを掛け、二人目の頭を押し下げると同時に腹に膝蹴りをめり込ませる。

 足払いを掛けた男が起き上がり腕を伸ばしてきた。それと胸ぐらとを掴んだシドは腰に体重を載せて身を返し、背負い投げて石畳に男を叩きつける。

「シド、後ろ!」

 リーダー格らしい最初に蹴りを受けた男が背後から忍び寄ってきていた。シドは身を低くするなり回し蹴りを男に見舞う。腰の入った一撃を食らって男は数メートルも吹っ飛んだ。

「はい、ワンラウンド十秒でKO勝ち~、ご苦労様」
「ふん、口ほどにもねぇ奴らだな。……大丈夫か、お前ら?」

 しゃくり上げる男の子と女の子がいうには、いきなり男たちに売り物の花を荷車ごと引っ繰り返されたという。シドとハイファで荷車を戻してやった。それでも花は目茶苦茶だ。

「あーあ、これはちょっと売り物にはならないかもね」
「仕方ねぇな、ちょっと待ってろ」

 と、シドは地面で呻くリーダー格の男のポケットを勝手に探り、束で入っていた剥き出しの紙幣から数枚抜き取ると男の子に渡した。男の子は少し怯えたような目をしたが、頷いてやると嬉しそうな顔になり、女の子と二人で荷車を牽いて街の方に去る。

「仕切り直しだ。行くぞ、ハイファ」
「うん。……って、シドっ!」

 轟音がして振り向きかけたシドの頬を熱いものが擦過、反射的にハイファは引き抜いたテミスコピーを発射。リーダー格の手にした銃を九ミリパラが撃ち砕いた。同時にシドもレールガンを手にしている。速射で二発、残り二人の男の手から銃が吹き飛んだ。

「シド、血が……」
「くそう、やってくれるぜ」

 出血の止まらない右頬にハイファはハンカチを押し当てる。その頃には騒ぎを聞きつけて遠巻きに野次馬の輪が形成されていた。その輪を割って紺色の制服らしいものを身に着けた男が二人、進み出てくる。周囲の囁きからすると現地の警察のようだ。
 警官らはシドたちを一瞥したのち、手を押さえて呻く男三人を見て途端に焦り出す。

「大丈夫か?」
「すぐに病院につれて行くからな」

 ハイファはシドを差し置いて男たちを心配する警官らに非常な不満を感じたが、当のシドが何も言わないので黙っていた。そこに更に警官二人が現れ、三人の男たちは支えられてヨロヨロと立ち上がる。歩き出した集団にシドとハイファもつかず離れずでついて歩いた。

 幾らよそ者に風当たりが強くても彼らについて行けば治療は受けられるだろう。
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