セイレーン~楽園27~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
20 / 43

第20話

しおりを挟む
 肘でそっとハイファを小突いて目で肉を示す。ハイファは何でもないことのように肉にナイフを入れ、ひとくちサイズに切ってから優雅な仕草で口に入れた。

 咀嚼して飲み込むと微笑んでジェフを称える。

「これ、すごくいい牛肉使ってる。お魚も新鮮だし、この宿にして正解かも」
「肉は友人の牧場と契約しておるから。自信作を食べて貰うのが幸せ、宿は半ば趣味で――」

 会話を聞いて安心しシドは肉料理に取り掛かった。文句なく旨い肉とソースだった。

「こいつはハイファ、お前の料理に匹敵するぞ」
「お客さんも料理をするのかね?」
「僕はハイファスで、こっちはシドです。この人、台所では何もできませんから料理は僕が――」

 料理談義にハイファとジェフは花を咲かせ、あっという間に意気投合したようだ。一方シドはあっという間に全てのプレートを空にする。

 この星の慣習なのかも知れないが、食後になってジェフが酒瓶を出してきた。気泡の入った薄緑のグラスにディジェスティフとしてブランデーが注がれ振る舞われる。シドは香りを愉しみ、ハイファが料理を堪能し終えてから、煙草とともに琥珀の液体を味わった。

「これもすごく香りが深い。ジェフ、本当に趣味がいいね」
「そうかね? まあ、好きなだけやりなされ」

 だからといってブランデーだ。ハイファはグラス半分で目許を赤くし、どれだけ飲んでも酔わないシドも二杯で切り上げる。頃合いを見計らったジェフがカウンターから出てきた。

「では、部屋に案内しようかの」

 洗面所の裏手に階段があり、食堂の客もそのままにジェフは上階へと上ってゆく。木製の階段は時折軋んでシドをヒヤリとさせたが、勿論抜け落ちることはない。

 案内されたのは三階の部屋だった。訊けば二階にシングルがふたつ、三階にダブルがひとつしかなく、本当に宿は趣味でやっているらしい。
 部屋に入るとジェフがランプに火を入れる。浮かび上がったのはフローリングに置かれたベッドとデスクにチェア、クローゼットとフリースペースに敷かれたラグだった。

 調度は全て木製で飴色、敷かれたラグは手の込んだパッチワークである。奥に洗面所とトイレにバスルーム付きという、たぶんこの星ではかなり豪華と思われるしつらえだった。

「わあ、宿もここにして正解だったかも」
「ここは新婚旅行用の特別室だからの。空いておってよかった」

 そう言ってジェフは二人のペアリングに目をやり、冷やかすでもなく笑った。

「分からんことがあれば聞きなされ。わしは食堂の奥に寝床があるでの」

 忙しいのにそれと感じさせないジェフが去ると二人揃って欠伸をする。

「さっさと風呂に入って寝るか」

 結構広いバスルームに再び入ってみると、シャワーなどもあったが目に付いたのはバスタブだ。コンクリートか何かに薄い石を組み合わせ、貼り付けて幾何学模様が描かれている。ポンプでシドが水を溜めてみた。湯気の立つ水にハイファが触れる。

「あったかいよ、温泉かな?」
「かもな。今日はこれに浸かって疲れを癒そうぜ」
「一緒に入る?」
「ああ、新婚だそうだからな」

 笑い合って交代でポンプを押し、満々と湯を溜めると部屋に戻って二人は服を脱いだ。
 バスルームの前にかごがあり、中にガウンとバスタオル代わりの布が積み重ねられているのを確認し、二人は思い切りよくバスタブに身を沈める。

「ああー、気持ちいいかも。溶けるよーっ」
「これはいいな、クセになりそうだぜ」

 さすがに男二人で手足を伸ばせるとまではいかないが、向かい合って湯に首まで浸かっていると自然に笑みが零れた。置いてあった固形石けんで交互に全身を洗い、また浸かる。
 存分に湯浴みを堪能して上がると布で躰と髪を拭いガウンを着た。シドがブルーでハイファがピンクというのは本当に新婚みたいで二人は苦笑を洩らす。

「シド、もっとちゃんと髪、拭かなきゃ。また寝ぐせがつくよ」
「濡らせば直るからいい」
「……ごめんね、シド」
「急に何なんだよ?」

「僕は貴方を『棒に当たる犬』なんて考えてなかったんだけど……」

 唐突に何を言い出すかと身構えればそんなことかと、シドは手を伸ばしてハイファの白い額を軽く弾いた。ずっと気にしていたらしい様子が伺えて愛しく、乾きかけた金糸を撫でる。

「いいって、気にするな。実際俺も何かにぶち当たらねぇと、手も足も出ねぇからな」
「そんな……でも人魚を管理してる場所くらいはジェフに訊いたら分かるかも」
「確かに訊いた方が早いのかも知れねぇが――」

 チェアに前後逆に腰掛けたシドは煙草を咥えて火を点けた。灰皿を手にする。

「――誰かが海洋性人種を管理してる。一般人が扱えば一般人に知れるだろ」
「存在は知ってるけど、殆ど見たことがない……秘密裏に管理できる人?」
「そういうことだ。デリンジャー伯爵、屋敷だか城だかは何処だ?」
「ええと、別室資料のこの辺りに……あった。地図がこれ」

 リモータアプリの十四インチホロスクリーンに映し出されたのはこのトキアの街の俯瞰図、港から随分と離れた海沿いにデリンジャー伯爵の屋敷はあった。街からも少々外れている。

「海沿いってのは最重要ポイントだよな」
「でも五千人を収容するのは無理じゃない?」
「他にも海沿いの街くらいあるってお前が言ったんだぞ。貴族も一人じゃねぇだろ」

「あ、そっか。それで貴族自身が人魚を他星に売り捌いてる?」
「そいつはどうだかな。エグい話だが、肉に加工するなら一旦運び出すだろ?」

 自分で言いつつシドは想像した。飼われた人魚が養殖場から出される。彼らは他星へ売り飛ばされるための宙艦行きと、食肉工場とに分けられるのだ。
 胸が悪くなるような想像は、たぶん想像ではない。……黒髪の頭を振った。

「そもそも何で海洋性人種が売買の対象になってんだよ?」
「それはね、昔々のことなんだけど、このコリス星系第四惑星リューラで戦争があったからなんだって――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...