セイレーン~楽園27~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
18 / 43

第18話

しおりを挟む
「それで人魚の『管理された場所』とやらを、お前は知ってるのか?」
「ううん、知らない。当然だけど人魚の肉っていうのもすっかり調理されてたしね」
「手掛かりはナシか。そういや中央情報局員二人は何でられたんだ?」

「あーた、本当に資料読んでないでしょ。彼らは中央情報局第四課員で僕らと同じく、バディで人魚の密輸グループを追ってたんだよ。ただ彼らはテラ本星内で探ってた」
「第四課、組織犯罪対策課だっけか? でもそれってマフィア専門課だろ」

 頷いてハイファは潮風に舞う長い髪を五月蠅そうに払う。それでも吹き乱されるのに閉口して「もう、いいや」と宣言すると銀の留め金を出して髪を束ね、カチンと留めた。

「仮にも人身売買、マフィア絡みだと思って彼らは目を付けたんだよ」

 けれど彼らの予想は的中しなかったようだ。だが第三課のIT・AI課の力を借りてテラ本星に着く宙艦を片端から調べ上げ、このコリス星系から各星系を巡りつつやってきた貨物便を探し当てることに成功した。だがそこまでで運が尽きたらしい。
 宙港から彼らは追ったが結局は七分署の倉庫街で死体発見となったのである。

「本星で網を張った、ってことは人魚が本星に密輸されたのは初めてじゃねぇんだな?」
「うん、そう書いてあった。でも最初に見つけた五体の人魚は軍が押さえたときには状態が悪くて死んじゃってたんだってサ」
「そいつは気の毒だが、人魚なんか密輸してどうするんだ?」

 デカ部屋でも皆が首を捻った問題をシドは再び口にする。いつの間にか資料をきっちり読んだらしいハイファは、嫌悪感を頬に浮かべて答えた。

「調教してよし、本当に食べてよし、そういうことらしいよ」
「金持ちの慰みもの、それで飽きれば食われるってのか。堪んねぇな」
「大体、人工海水で海洋性人種を飼うっていうのが間違いみたい。あんまり保たないんだよ」

 ということは、もう本星では巨大水槽を広間にしつらえた者がいるのだろう。シドは苦々しい思いで胸が悪くなる。楽園の方舟の如き世界で、いったいそいつらは正気なのかと疑った。

「高額クレジットで買って保たないの知ってて飼うんだもん」
「食ってでも元を取りたいってか? 信じられねぇ思考回路だな」
「それこそ八百比丘尼の伝説を信じてるのかもね」
「不老不死か……ふざけてやがるぜ」

 結局、手掛かりはない。先に人魚の死体を押さえた軍も密輸グループを取り逃がしている。今は再生槽に沈んでいる倉庫での銃撃犯たちが復活して吐くのを待つしかないということか。

「でも銃撃犯が復活するのを待ってたら、次の機捜課・警務課合コンに間に合わねぇな」
「えっ、それ重要?」
「少なくともマイナス方向じゃねぇだろ。くそう、見てろ、必ず密輸グループを挙げてやる」
「そうですか。頑張ってストラ……もとい、証拠を掴もうね」

 未だに諦め悪く完全ヘテロ属性を言い張り、『七分署内・抱かれたい男ランキング』でハイファとトップタイを獲得した愛し人を合コンという危険な場に出席させるか否かはともかくとして、やる気になってくれているのは有難いと思うしかない。

 チラリと端正な横顔を見た途端に大欠伸をされ、更には零れかけたヨダレを袖でごしごしと拭う愛し人の自意識のなさに、ハイファは頭を振って溜息をついた。

◇◇◇◇

 思っていたより時間が掛かり、トキアの港に着いたのは現地時間で十八時を過ぎていた。テラ標準時では十時半すぎ、さすがにハイファも欠伸を噛み殺しながら歩み板を渡る。

「お前、トキアは初めてか?」
「ううん、前もここに泊まったし。でも同じ宿じゃアレだから今度は違う宿を探したいな」

 イカモノ料理を出されそうだと言いたいらしい。シドもハイファの意見に同意して、港町を散策しつつ宿を探すことにした。陽はゆっくりと傾き始めていて、軽く吹きつけてくる潮風とともに肌が焦げるような暑さは感じなくなっている。

 港はさほど大きくないが、白を基調とした漁船らしい船が数十隻も並んでいるのは、なかなかに景気のいい風景だ。今は殆ど人の気配がないが朝早くが勝負なのだろう。機会があれば一斉に漁に出て行くのを見てみたいとシドは思いながら港から街へと針路を取った。

「おっ、車があるぞ。タイヤっつーか、車輪がついてやがる」
「本当だ。わあ、五月蠅いね」

 石畳の上をかなりの騒音で以て、まるで人類最初のフォードの如き自動車はガラガラと通過していった。見渡すとそういった自動車は点々と駐められていて、カルチャーダウンといってもテラ本星のAD世紀中世もかくや、といったところまではダウンさせていないようだ。

 そう思っていると二頭立ての馬車が走っていたりして、シドは戸惑う。
 トキアの街に入ると混沌具合はもっと酷くなった。野菜を満載した荷車を女性と子供が牽いているかと思えば、化石燃料のスタンドで男が自動車に燃料補給している。一方で牛が数十頭も通りを横切ったかと思えば、通りが交差した広場で一輪車の道化師が曲芸を披露していた。

 石畳にイーゼルを立てた老画家が真剣に羽根ペンを動かしている。道にまでオープンカフェのテーブルが出され、人々が茶を愉しんでいる。飼い主がいないのか犬だけが走っている。

「何か、こう、平和ではあるよな」
「僕らは何処でも異分子みたいだけどね」

 セイレーナ島の役人がやはりスタンダードだったようで、歩きながら見かける男は吊りズボン、女はロングスカートだった。シドとハイファは彼らから一様に好奇の目を向けられる。

「まあ、誰かに訊かれたら『イラドの町からきた』とでも言えばいいから」
「他にも街があるのか?」
「当然でしょ。大陸はひとつ、海沿い随一の街ってことでこのトキアにきたけど、他に海沿いにも、内陸部にだって沢山村や町があるんだから。化石燃料も採掘してるんだしサ」

「そういやそうだな。『イラドの町』か、了解了解」
「それと特殊な環境をもうひとつ。ここは王政で貴族政治だから」
「へえ、そいつがカルチャーダウンの理由なのか?」

 そこでハイファは立ち止まった。道化師がこちらを向いて芝居がかった礼をする。対してハイファも優雅に礼をしてみせた。どんな貴族より高貴な礼と微笑みに道化師は一瞬固まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

処理中です...