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第18話
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「それで人魚の『管理された場所』とやらを、お前は知ってるのか?」
「ううん、知らない。当然だけど人魚の肉っていうのもすっかり調理されてたしね」
「手掛かりはナシか。そういや中央情報局員二人は何で殺られたんだ?」
「あーた、本当に資料読んでないでしょ。彼らは中央情報局第四課員で僕らと同じく、バディで人魚の密輸グループを追ってたんだよ。ただ彼らはテラ本星内で探ってた」
「第四課、組織犯罪対策課だっけか? でもそれってマフィア専門課だろ」
頷いてハイファは潮風に舞う長い髪を五月蠅そうに払う。それでも吹き乱されるのに閉口して「もう、いいや」と宣言すると銀の留め金を出して髪を束ね、カチンと留めた。
「仮にも人身売買、マフィア絡みだと思って彼らは目を付けたんだよ」
けれど彼らの予想は的中しなかったようだ。だが第三課のIT・AI課の力を借りてテラ本星に着く宙艦を片端から調べ上げ、このコリス星系から各星系を巡りつつやってきた貨物便を探し当てることに成功した。だがそこまでで運が尽きたらしい。
宙港から彼らは追ったが結局は七分署の倉庫街で死体発見となったのである。
「本星で網を張った、ってことは人魚が本星に密輸されたのは初めてじゃねぇんだな?」
「うん、そう書いてあった。でも最初に見つけた五体の人魚は軍が押さえたときには状態が悪くて死んじゃってたんだってサ」
「そいつは気の毒だが、人魚なんか密輸してどうするんだ?」
デカ部屋でも皆が首を捻った問題をシドは再び口にする。いつの間にか資料をきっちり読んだらしいハイファは、嫌悪感を頬に浮かべて答えた。
「調教してよし、本当に食べてよし、そういうことらしいよ」
「金持ちの慰みもの、それで飽きれば食われるってのか。堪んねぇな」
「大体、人工海水で海洋性人種を飼うっていうのが間違いみたい。あんまり保たないんだよ」
ということは、もう本星では巨大水槽を広間にしつらえた者がいるのだろう。シドは苦々しい思いで胸が悪くなる。楽園の方舟の如き世界で、いったいそいつらは正気なのかと疑った。
「高額クレジットで買って保たないの知ってて飼うんだもん」
「食ってでも元を取りたいってか? 信じられねぇ思考回路だな」
「それこそ八百比丘尼の伝説を信じてるのかもね」
「不老不死か……ふざけてやがるぜ」
結局、手掛かりはない。先に人魚の死体を押さえた軍も密輸グループを取り逃がしている。今は再生槽に沈んでいる倉庫での銃撃犯たちが復活して吐くのを待つしかないということか。
「でも銃撃犯が復活するのを待ってたら、次の機捜課・警務課合コンに間に合わねぇな」
「えっ、それ重要?」
「少なくともマイナス方向じゃねぇだろ。くそう、見てろ、必ず密輸グループを挙げてやる」
「そうですか。頑張ってストラ……もとい、証拠を掴もうね」
未だに諦め悪く完全ヘテロ属性を言い張り、『七分署内・抱かれたい男ランキング』でハイファとトップタイを獲得した愛し人を合コンという危険な場に出席させるか否かはともかくとして、やる気になってくれているのは有難いと思うしかない。
チラリと端正な横顔を見た途端に大欠伸をされ、更には零れかけたヨダレを袖でごしごしと拭う愛し人の自意識のなさに、ハイファは頭を振って溜息をついた。
◇◇◇◇
思っていたより時間が掛かり、トキアの港に着いたのは現地時間で十八時を過ぎていた。テラ標準時では十時半すぎ、さすがにハイファも欠伸を噛み殺しながら歩み板を渡る。
「お前、トキアは初めてか?」
「ううん、前もここに泊まったし。でも同じ宿じゃアレだから今度は違う宿を探したいな」
イカモノ料理を出されそうだと言いたいらしい。シドもハイファの意見に同意して、港町を散策しつつ宿を探すことにした。陽はゆっくりと傾き始めていて、軽く吹きつけてくる潮風とともに肌が焦げるような暑さは感じなくなっている。
港はさほど大きくないが、白を基調とした漁船らしい船が数十隻も並んでいるのは、なかなかに景気のいい風景だ。今は殆ど人の気配がないが朝早くが勝負なのだろう。機会があれば一斉に漁に出て行くのを見てみたいとシドは思いながら港から街へと針路を取った。
「おっ、車があるぞ。タイヤっつーか、車輪がついてやがる」
「本当だ。わあ、五月蠅いね」
石畳の上をかなりの騒音で以て、まるで人類最初のフォードの如き自動車はガラガラと通過していった。見渡すとそういった自動車は点々と駐められていて、カルチャーダウンといってもテラ本星のAD世紀中世もかくや、といったところまではダウンさせていないようだ。
そう思っていると二頭立ての馬車が走っていたりして、シドは戸惑う。
トキアの街に入ると混沌具合はもっと酷くなった。野菜を満載した荷車を女性と子供が牽いているかと思えば、化石燃料のスタンドで男が自動車に燃料補給している。一方で牛が数十頭も通りを横切ったかと思えば、通りが交差した広場で一輪車の道化師が曲芸を披露していた。
石畳にイーゼルを立てた老画家が真剣に羽根ペンを動かしている。道にまでオープンカフェのテーブルが出され、人々が茶を愉しんでいる。飼い主がいないのか犬だけが走っている。
「何か、こう、平和ではあるよな」
「僕らは何処でも異分子みたいだけどね」
セイレーナ島の役人がやはりスタンダードだったようで、歩きながら見かける男は吊りズボン、女はロングスカートだった。シドとハイファは彼らから一様に好奇の目を向けられる。
「まあ、誰かに訊かれたら『イラドの町からきた』とでも言えばいいから」
「他にも街があるのか?」
「当然でしょ。大陸はひとつ、海沿い随一の街ってことでこのトキアにきたけど、他に海沿いにも、内陸部にだって沢山村や町があるんだから。化石燃料も採掘してるんだしサ」
「そういやそうだな。『イラドの町』か、了解了解」
「それと特殊な環境をもうひとつ。ここは王政で貴族政治だから」
「へえ、そいつがカルチャーダウンの理由なのか?」
そこでハイファは立ち止まった。道化師がこちらを向いて芝居がかった礼をする。対してハイファも優雅に礼をしてみせた。どんな貴族より高貴な礼と微笑みに道化師は一瞬固まる。
「ううん、知らない。当然だけど人魚の肉っていうのもすっかり調理されてたしね」
「手掛かりはナシか。そういや中央情報局員二人は何で殺られたんだ?」
「あーた、本当に資料読んでないでしょ。彼らは中央情報局第四課員で僕らと同じく、バディで人魚の密輸グループを追ってたんだよ。ただ彼らはテラ本星内で探ってた」
「第四課、組織犯罪対策課だっけか? でもそれってマフィア専門課だろ」
頷いてハイファは潮風に舞う長い髪を五月蠅そうに払う。それでも吹き乱されるのに閉口して「もう、いいや」と宣言すると銀の留め金を出して髪を束ね、カチンと留めた。
「仮にも人身売買、マフィア絡みだと思って彼らは目を付けたんだよ」
けれど彼らの予想は的中しなかったようだ。だが第三課のIT・AI課の力を借りてテラ本星に着く宙艦を片端から調べ上げ、このコリス星系から各星系を巡りつつやってきた貨物便を探し当てることに成功した。だがそこまでで運が尽きたらしい。
宙港から彼らは追ったが結局は七分署の倉庫街で死体発見となったのである。
「本星で網を張った、ってことは人魚が本星に密輸されたのは初めてじゃねぇんだな?」
「うん、そう書いてあった。でも最初に見つけた五体の人魚は軍が押さえたときには状態が悪くて死んじゃってたんだってサ」
「そいつは気の毒だが、人魚なんか密輸してどうするんだ?」
デカ部屋でも皆が首を捻った問題をシドは再び口にする。いつの間にか資料をきっちり読んだらしいハイファは、嫌悪感を頬に浮かべて答えた。
「調教してよし、本当に食べてよし、そういうことらしいよ」
「金持ちの慰みもの、それで飽きれば食われるってのか。堪んねぇな」
「大体、人工海水で海洋性人種を飼うっていうのが間違いみたい。あんまり保たないんだよ」
ということは、もう本星では巨大水槽を広間にしつらえた者がいるのだろう。シドは苦々しい思いで胸が悪くなる。楽園の方舟の如き世界で、いったいそいつらは正気なのかと疑った。
「高額クレジットで買って保たないの知ってて飼うんだもん」
「食ってでも元を取りたいってか? 信じられねぇ思考回路だな」
「それこそ八百比丘尼の伝説を信じてるのかもね」
「不老不死か……ふざけてやがるぜ」
結局、手掛かりはない。先に人魚の死体を押さえた軍も密輸グループを取り逃がしている。今は再生槽に沈んでいる倉庫での銃撃犯たちが復活して吐くのを待つしかないということか。
「でも銃撃犯が復活するのを待ってたら、次の機捜課・警務課合コンに間に合わねぇな」
「えっ、それ重要?」
「少なくともマイナス方向じゃねぇだろ。くそう、見てろ、必ず密輸グループを挙げてやる」
「そうですか。頑張ってストラ……もとい、証拠を掴もうね」
未だに諦め悪く完全ヘテロ属性を言い張り、『七分署内・抱かれたい男ランキング』でハイファとトップタイを獲得した愛し人を合コンという危険な場に出席させるか否かはともかくとして、やる気になってくれているのは有難いと思うしかない。
チラリと端正な横顔を見た途端に大欠伸をされ、更には零れかけたヨダレを袖でごしごしと拭う愛し人の自意識のなさに、ハイファは頭を振って溜息をついた。
◇◇◇◇
思っていたより時間が掛かり、トキアの港に着いたのは現地時間で十八時を過ぎていた。テラ標準時では十時半すぎ、さすがにハイファも欠伸を噛み殺しながら歩み板を渡る。
「お前、トキアは初めてか?」
「ううん、前もここに泊まったし。でも同じ宿じゃアレだから今度は違う宿を探したいな」
イカモノ料理を出されそうだと言いたいらしい。シドもハイファの意見に同意して、港町を散策しつつ宿を探すことにした。陽はゆっくりと傾き始めていて、軽く吹きつけてくる潮風とともに肌が焦げるような暑さは感じなくなっている。
港はさほど大きくないが、白を基調とした漁船らしい船が数十隻も並んでいるのは、なかなかに景気のいい風景だ。今は殆ど人の気配がないが朝早くが勝負なのだろう。機会があれば一斉に漁に出て行くのを見てみたいとシドは思いながら港から街へと針路を取った。
「おっ、車があるぞ。タイヤっつーか、車輪がついてやがる」
「本当だ。わあ、五月蠅いね」
石畳の上をかなりの騒音で以て、まるで人類最初のフォードの如き自動車はガラガラと通過していった。見渡すとそういった自動車は点々と駐められていて、カルチャーダウンといってもテラ本星のAD世紀中世もかくや、といったところまではダウンさせていないようだ。
そう思っていると二頭立ての馬車が走っていたりして、シドは戸惑う。
トキアの街に入ると混沌具合はもっと酷くなった。野菜を満載した荷車を女性と子供が牽いているかと思えば、化石燃料のスタンドで男が自動車に燃料補給している。一方で牛が数十頭も通りを横切ったかと思えば、通りが交差した広場で一輪車の道化師が曲芸を披露していた。
石畳にイーゼルを立てた老画家が真剣に羽根ペンを動かしている。道にまでオープンカフェのテーブルが出され、人々が茶を愉しんでいる。飼い主がいないのか犬だけが走っている。
「何か、こう、平和ではあるよな」
「僕らは何処でも異分子みたいだけどね」
セイレーナ島の役人がやはりスタンダードだったようで、歩きながら見かける男は吊りズボン、女はロングスカートだった。シドとハイファは彼らから一様に好奇の目を向けられる。
「まあ、誰かに訊かれたら『イラドの町からきた』とでも言えばいいから」
「他にも街があるのか?」
「当然でしょ。大陸はひとつ、海沿い随一の街ってことでこのトキアにきたけど、他に海沿いにも、内陸部にだって沢山村や町があるんだから。化石燃料も採掘してるんだしサ」
「そういやそうだな。『イラドの町』か、了解了解」
「それと特殊な環境をもうひとつ。ここは王政で貴族政治だから」
「へえ、そいつがカルチャーダウンの理由なのか?」
そこでハイファは立ち止まった。道化師がこちらを向いて芝居がかった礼をする。対してハイファも優雅に礼をしてみせた。どんな貴族より高貴な礼と微笑みに道化師は一瞬固まる。
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