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第16話
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まもなくガクンと振動が起こって乗客の兵士たちが荷物を手に立ち上がった。どうやら宙港に着いたらしい。シドはショルダーバッグを担いだハイファに手を差し伸べる。嬉しそうにハイファはその手を掴んだ。カリム三尉も同行し、エアロックを抜けて外に出る。
外は立ち眩みするほど眩しかった。おまけにかなり暑い。
宙港面は現地調達の材料で作られたらしい白っぽい砂利を固めたブロック張りで、照り返しに目の底が痛いくらいである。目を眇めてシドたちは先を行く兵士たちのあとを追った。宙港施設はすぐに分かった。いかにも軍らしくカネの掛からないテラ連邦規格のユニット建築が、まるで積み木のように重なっていたからだ。それが二ヶ所ある。
宙港は直径百メートルもないくらいの広場で、ど真ん中に停泊した連絡艇からユニット建築まで皆がてくてくと歩いた。途中からシドたちは兵士とは別行動だ。カリム三尉につれられて、もうひとつの積み木まで足を運ぶ。
「こちらの建物がコリス星系政府の役所です。このセイレーナ島から出るには、ここで許可を得なければなりません。行きましょう」
割と無造作にカリム三尉はリモータチェッカもないオートドアをセンサ感知して開けた。
中は意外に普通のオフィス、いや、かなり古臭い事務所になっていて、その場の全員が振り向きシドたち三人を眺めた。男が五人に女が五人、二十の目が降り注いて少々居心地が悪い。
男は皆、ワークシャツのような上衣に吊りズボンを身に着けていた。女は皆、男らとさほどデザインの変わらないシャツにロングスカートを着用だ。これも意外に普通だった。
彼らを眺めたままの二人の代わりにカリム三尉が声を発する。
「セイレーナ島の外に出たいのですが」
「三人とも?」
「いいえ、こちらのお二人です」
「……そう」
と、代表らしい中年女性が木材で出来たカウンターに出てきて、
「じゃあ、まずは環境税の二十万クレジットを支払って。一人二十万よ」
連邦標準語が通じるのに安堵しつつも、シドは女性の居丈高な物言いに僅かに腹を立て始めていた。それに開口一番でカネの請求とは何てがめつい星なんだと思う。自分の腹は痛まないがハイファが素直に四十万クレジットものカネをやり取りするのを見てムッとした。
「じゃあ、この誓約書を読んで条項をチェック、それからサインして」
木製のカウンター上に端末が置かれ、ホロディスプレイが像を結ぶ。それでシドは何だか化かされたような気分になったが思い直した。カルチャーダウンしているとはいえ、ここは他星の同胞たちの存在も知る、星系政府の最高機密とでも云える場所なのだ。男女十名の全員が高度文明人の象徴ともいえるリモータを嵌めている。
女性の目に急かされてディスプレイの文字を追った。すると条項に『わたしは高度文明圏の特異的な品物は持ち込みません』とあり、途端に心配になった。第一に思ったのが煙草とライター、第二でやっとレールガンを思い出したのは、シドらしいと云えるだろう。
だがシドの心配を察知したハイファが小声で囁いた。
「気に入らない条項はチェックを外して」
「それで通るのかよ?」
「通すの。条項によって何万クレジットって風にね」
「くそう、まだふんだくる気かよ」
それでもチェックを外したのは先の条項のみ、それをハイファに見せて検閲を受けてから、ホロ画面に指でサインする。それをじっと眺めていた女性が指示すると男性五人が立ち上がった。嫌な予感がした直後には案の定、男らに隣室へと連れ込まれそうになる。
「何を持ち込まれるか分からないからな、身体検査は必要なんだ」
「ちょ、待てよ! 幾ら何でもやりすぎだろ!」
シドは自分が身ぐるみ剥がされるのは――腹は立つが――どうでもよかった。だがハイファまでが他人に引っぺがされるとなると話は別である。それだけは絶対にユルセナイ。
ハイファの前に立ちはだかり威嚇する傍らで腕を組んだ女ボスが口を開いた。
「何もかもをまとめて、一人百万クレジット。それで通関はクリアよ、どう?」
「ふざけんなよ、このババア……むぐ!」
にこやかにハイファがシドの失礼な口を塞ぐ。神をも堕とす微笑みで言った。
「一人三十万。だめかな?」
「八十よ」
「三十五」
「話にならないわ。七十」
「四十。これでダメなら僕らは第二宙港に回る。それでもいいのかなあ?」
「……仕方ないわね、四十五万で手を打つわ」
手を打つどころか頭を撃ち抜いてやりたい思いで、だがシドはハイファの目で宥められ押し黙る。決してケチな訳ではないが、遵法者の端くれとして人の足元を見たやり方が気に食わないのだ。九十万クレジットをリモータリンクで支払う相棒に恨めしい目を向けた。
「シド、貴方のおカネじゃないんだし、そもそも貴方は二、三百万くらい軽いでしょ?」
「ふん、そうだな。テラ連邦直轄銀行の預金一ヶ月分の利息でも充分おつりがくるぜ」
それを聞いて女ボスが悔しげな顔をする。ハッタリではなく本当だ。
これでもシドは財産家なのだ。以前に別室任務で潜入した他星でテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚が見事に一等前後賞に大ストライクし、億単位のカネを手にしてしまったのである。その平刑事には夢のような巨額は殆ど手つかずで日々子供を生みながらテラ連邦直轄銀行で眠っていた。
それでも刑事を辞めないのは天職だからという他ない。
カネを払い、それで終わりかと思えば男が一人カウンターに出てきて言った。
「あんたたち、ここじゃ電子マネーのクレジットは通用しないよ」
「あっ、そうだった。現地通貨のフラドを買わなきゃ」
ここの事情を多少は知るハイファが代表してクレジットをフラドに替える。一クレジットが一フラドという分かりやすいレートで、何事かがあっても対応できるよう思い切って百万クレジットを両替した。ここで持ち歩くには大した金額らしく、シドとハイファが札とコインをポケットに突っ込んだのを全員が呆然として見守った。
外は立ち眩みするほど眩しかった。おまけにかなり暑い。
宙港面は現地調達の材料で作られたらしい白っぽい砂利を固めたブロック張りで、照り返しに目の底が痛いくらいである。目を眇めてシドたちは先を行く兵士たちのあとを追った。宙港施設はすぐに分かった。いかにも軍らしくカネの掛からないテラ連邦規格のユニット建築が、まるで積み木のように重なっていたからだ。それが二ヶ所ある。
宙港は直径百メートルもないくらいの広場で、ど真ん中に停泊した連絡艇からユニット建築まで皆がてくてくと歩いた。途中からシドたちは兵士とは別行動だ。カリム三尉につれられて、もうひとつの積み木まで足を運ぶ。
「こちらの建物がコリス星系政府の役所です。このセイレーナ島から出るには、ここで許可を得なければなりません。行きましょう」
割と無造作にカリム三尉はリモータチェッカもないオートドアをセンサ感知して開けた。
中は意外に普通のオフィス、いや、かなり古臭い事務所になっていて、その場の全員が振り向きシドたち三人を眺めた。男が五人に女が五人、二十の目が降り注いて少々居心地が悪い。
男は皆、ワークシャツのような上衣に吊りズボンを身に着けていた。女は皆、男らとさほどデザインの変わらないシャツにロングスカートを着用だ。これも意外に普通だった。
彼らを眺めたままの二人の代わりにカリム三尉が声を発する。
「セイレーナ島の外に出たいのですが」
「三人とも?」
「いいえ、こちらのお二人です」
「……そう」
と、代表らしい中年女性が木材で出来たカウンターに出てきて、
「じゃあ、まずは環境税の二十万クレジットを支払って。一人二十万よ」
連邦標準語が通じるのに安堵しつつも、シドは女性の居丈高な物言いに僅かに腹を立て始めていた。それに開口一番でカネの請求とは何てがめつい星なんだと思う。自分の腹は痛まないがハイファが素直に四十万クレジットものカネをやり取りするのを見てムッとした。
「じゃあ、この誓約書を読んで条項をチェック、それからサインして」
木製のカウンター上に端末が置かれ、ホロディスプレイが像を結ぶ。それでシドは何だか化かされたような気分になったが思い直した。カルチャーダウンしているとはいえ、ここは他星の同胞たちの存在も知る、星系政府の最高機密とでも云える場所なのだ。男女十名の全員が高度文明人の象徴ともいえるリモータを嵌めている。
女性の目に急かされてディスプレイの文字を追った。すると条項に『わたしは高度文明圏の特異的な品物は持ち込みません』とあり、途端に心配になった。第一に思ったのが煙草とライター、第二でやっとレールガンを思い出したのは、シドらしいと云えるだろう。
だがシドの心配を察知したハイファが小声で囁いた。
「気に入らない条項はチェックを外して」
「それで通るのかよ?」
「通すの。条項によって何万クレジットって風にね」
「くそう、まだふんだくる気かよ」
それでもチェックを外したのは先の条項のみ、それをハイファに見せて検閲を受けてから、ホロ画面に指でサインする。それをじっと眺めていた女性が指示すると男性五人が立ち上がった。嫌な予感がした直後には案の定、男らに隣室へと連れ込まれそうになる。
「何を持ち込まれるか分からないからな、身体検査は必要なんだ」
「ちょ、待てよ! 幾ら何でもやりすぎだろ!」
シドは自分が身ぐるみ剥がされるのは――腹は立つが――どうでもよかった。だがハイファまでが他人に引っぺがされるとなると話は別である。それだけは絶対にユルセナイ。
ハイファの前に立ちはだかり威嚇する傍らで腕を組んだ女ボスが口を開いた。
「何もかもをまとめて、一人百万クレジット。それで通関はクリアよ、どう?」
「ふざけんなよ、このババア……むぐ!」
にこやかにハイファがシドの失礼な口を塞ぐ。神をも堕とす微笑みで言った。
「一人三十万。だめかな?」
「八十よ」
「三十五」
「話にならないわ。七十」
「四十。これでダメなら僕らは第二宙港に回る。それでもいいのかなあ?」
「……仕方ないわね、四十五万で手を打つわ」
手を打つどころか頭を撃ち抜いてやりたい思いで、だがシドはハイファの目で宥められ押し黙る。決してケチな訳ではないが、遵法者の端くれとして人の足元を見たやり方が気に食わないのだ。九十万クレジットをリモータリンクで支払う相棒に恨めしい目を向けた。
「シド、貴方のおカネじゃないんだし、そもそも貴方は二、三百万くらい軽いでしょ?」
「ふん、そうだな。テラ連邦直轄銀行の預金一ヶ月分の利息でも充分おつりがくるぜ」
それを聞いて女ボスが悔しげな顔をする。ハッタリではなく本当だ。
これでもシドは財産家なのだ。以前に別室任務で潜入した他星でテラ連邦直轄銀行発行の宝クジ三枚が見事に一等前後賞に大ストライクし、億単位のカネを手にしてしまったのである。その平刑事には夢のような巨額は殆ど手つかずで日々子供を生みながらテラ連邦直轄銀行で眠っていた。
それでも刑事を辞めないのは天職だからという他ない。
カネを払い、それで終わりかと思えば男が一人カウンターに出てきて言った。
「あんたたち、ここじゃ電子マネーのクレジットは通用しないよ」
「あっ、そうだった。現地通貨のフラドを買わなきゃ」
ここの事情を多少は知るハイファが代表してクレジットをフラドに替える。一クレジットが一フラドという分かりやすいレートで、何事かがあっても対応できるよう思い切って百万クレジットを両替した。ここで持ち歩くには大した金額らしく、シドとハイファが札とコインをポケットに突っ込んだのを全員が呆然として見守った。
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