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第10話
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「はあっ。僕はもうシドしかダメだから」
「すまん、過去のことまで」
「ううん、貴方には悪いけど、嫉妬されるくらいの方が嬉しいよ」
「そうか」
「でも僕だって嫉妬するんだからね。大体、来る者拒まずで女の人を七人も八人も取っ替え引っ替え――」
「さてと、帰って準備でもするか」
雲行きの怪しい話題にシドは率先して立ち上がり、ゴミの空ボトルを抱えて靴を履いた。逸らされて不満かつ、七年の片想い期間を思い出して陰鬱な顔をしたハイファがついてくる。
そ知らぬフリでシドはゴミをダストシュートに投げ入れ、階段を駆け上ってデカ部屋に戻るとヴィンティス課長に武器庫の解錠を申し出た。
「フレシェット弾でもロケット砲弾でも持っていくといい、今回はタイタン一分署での武器取り扱い『研修』だからな」
「ンなモン、何処にあるんですか」
言いつつ、なるほど今回の隠蔽はそういうことかと納得する。だが周囲は生温かい笑みを浮かべてやり取りを見ていた。またシドたちだけに与えられた特別勤務にキナ臭いものを感じているのである。そんな中で今、降ってきた別室任務を既に承知しているヴィンティス課長の笑顔は本物、いつも哀しみを湛えているブルーアイは澄み切っていた。
イヴェントストライカを何処でもいいからよそに追いやり、いない間に命の洗濯をするというのがこの課長である。鬼畜な上司を睨んでおいて、シドとハイファは武器庫に入った。
雑毛布の上で二人並んでそれぞれの愛銃を分解する。完全にバラバラにはしないフィールドストリッピングという簡易分解だ。シドはレールガン内部の絶縁体や電磁石の摩耗度合いをマイクロメータで測って、納得するとフレシェット弾を満タンに装填した。
一方のハイファはニトロソルベントを染み込ませた布で銃口通しをし、パーツにガンオイルを吹き付けてはスラッグという金属屑や硝煙を拭ってゆく。こちらも納得すると十秒と掛からぬ見事な手捌きで元通りに組み上げた。
三百発入りの予備弾の小箱をシドは対衝撃ジャケットのポケットに突っ込む。ハイファの九ミリパラは交戦規定違反モノ、ここにはないので帰ってからだ。
デカ部屋に戻ると各星系政府法務局共通の武器所持許可申請書を書いてFAX形式の捜査戦術コンに流す。そうして気付くと人員の動向を示すデジタルボードのシドとハイファの名前の欄には、既に『研修』と入力されていた。ヴィンティス課長が嬉々として操作したものと思われる。シドは一秒でも早く帰って命の洗濯板を叩き割ってやろうと心に誓った。
「くそう、ナニが居酒屋『穂足』だ、ふざけやがって!」
呆れたことにヴィンティス課長と別室長ユアン=ガードナーは飲み友達なのだ。鬼畜上司たちが夜な夜な呑み場で部下たちを地獄に蹴り落とす相談をしていると思うと、これには毎回はらわたの煮えくりかえる思いを抑えられないシドだった。
「シド、それはいいから書類、少しでも減らしておかなきゃ」
「そいつがあったか。でもあとは始末書二枚、楽勝だぜ」
「僕もあと始末書だけだよ。さっさと書いて帰らなきゃタマが待ってるし」
そこでマイヤー警部補が涼しい声で宣言する。
「皆さん、十七時半です。定時になりました。深夜番に挨拶して帰りましょう」
聞いて二人は少々焦りだした。デジタルボードの『在署』を『自宅』に入力し直した者からデカ部屋を去り、あっという間にフロア内はスカスカとなる。
いち早く慣れた書式を埋めたシドが三十枚にも及ぶ紙切れを捜査戦術コンに食わせ始めた。同時にリモータには他星系や宙艦内でも通用する武器所持許可証が流れ込んでくる。ハイファもやってきて大量の紙切れを食わせ終えると、もう十八時半近くになっていた。
幹部で仲良く深夜番のケヴィン警部とヨシノ警部に頭を下げ、帰ろうとするとナカムラと話を弾ませていたマイヤー警部補がにこやかに二人に申し出た。
「『研修』ご苦労様ですね。宙港まで緊急機でお送りしましょうか?」
「あー、今から帰って……結構遅くなっちまうと思いますが」
「構いませんよ、私も今日はヒマですので」
先輩の申し出に恐縮しながらも、有難く差し伸べられた手を取ることにする。
「では、準備ができましたら発振して下さい。サーヴィスで屋上に着けますので」
「すんません、恩に着ます」
二人は急いでデカ部屋を出た。署から右方向に七、八百メートルの場所に二人の自室のある単身者用官舎ビルは建っていた。だが外には出ずにエレベーターに乗る。ストライクしているヒマがないので三十九階からスカイチューブを利用する手だ。
内部がスライドロードになったこれは官舎まで直結していた。繋がるビル内に職籍があるか住んでいるかしないと利用不可のこれを使えば不用意なストライクは避けられる。故にいつもヴィンティス課長が『使え』と口を酸っぱくしているのだが、自らの足を使うことにこだわるシドは今日のようなことでもないと殆ど使いたがらない。
「でも良かったよね、緊急機だと楽だもん」
「だからって他星の土産を持って帰る訳にもいかねぇしな」
「いいんじゃない、きっとマイヤー警部補の彼氏さんが夜勤でヒマなんだよ」
管内のセントラル・リドリー病院の外科医と付き合っているという噂なのだ。
「お前、本当にそういうのが好きなんだな」
「シドは嫌いなの?」
「いや、面白ければ何でもいい。ネタにされるばかりじゃ不公平だしな」
「やっぱりあーたも機捜課の人間だよねえ」
スライドロードで運ばれ、着いた所でリモータチェッカをクリアする。マイクロ波でIDを受けたビルの受動警戒システムが瞬時に二人をX‐RAYサーチ、本人確認をしてからやっと開いたオートドアをすり抜けてビルを移った。銃は勿論登録済みだ。
仰々しいまでのセキュリティは仕方ない、住んでいるのは平刑事だけではないのだ。
エレベーターで上がって五十一階へ。廊下を突き当たりまで歩くと右のドアがシド、左のドアがハイファの自室だ。ここで一旦左右に分かれる。シドはリモータでロックを外しドアを開けた。玄関に入るなりオスの三毛猫が「ニャーン」と出迎える。今日は機嫌がいいらしい。
「おう、タマ。番猫ご苦労」
「すまん、過去のことまで」
「ううん、貴方には悪いけど、嫉妬されるくらいの方が嬉しいよ」
「そうか」
「でも僕だって嫉妬するんだからね。大体、来る者拒まずで女の人を七人も八人も取っ替え引っ替え――」
「さてと、帰って準備でもするか」
雲行きの怪しい話題にシドは率先して立ち上がり、ゴミの空ボトルを抱えて靴を履いた。逸らされて不満かつ、七年の片想い期間を思い出して陰鬱な顔をしたハイファがついてくる。
そ知らぬフリでシドはゴミをダストシュートに投げ入れ、階段を駆け上ってデカ部屋に戻るとヴィンティス課長に武器庫の解錠を申し出た。
「フレシェット弾でもロケット砲弾でも持っていくといい、今回はタイタン一分署での武器取り扱い『研修』だからな」
「ンなモン、何処にあるんですか」
言いつつ、なるほど今回の隠蔽はそういうことかと納得する。だが周囲は生温かい笑みを浮かべてやり取りを見ていた。またシドたちだけに与えられた特別勤務にキナ臭いものを感じているのである。そんな中で今、降ってきた別室任務を既に承知しているヴィンティス課長の笑顔は本物、いつも哀しみを湛えているブルーアイは澄み切っていた。
イヴェントストライカを何処でもいいからよそに追いやり、いない間に命の洗濯をするというのがこの課長である。鬼畜な上司を睨んでおいて、シドとハイファは武器庫に入った。
雑毛布の上で二人並んでそれぞれの愛銃を分解する。完全にバラバラにはしないフィールドストリッピングという簡易分解だ。シドはレールガン内部の絶縁体や電磁石の摩耗度合いをマイクロメータで測って、納得するとフレシェット弾を満タンに装填した。
一方のハイファはニトロソルベントを染み込ませた布で銃口通しをし、パーツにガンオイルを吹き付けてはスラッグという金属屑や硝煙を拭ってゆく。こちらも納得すると十秒と掛からぬ見事な手捌きで元通りに組み上げた。
三百発入りの予備弾の小箱をシドは対衝撃ジャケットのポケットに突っ込む。ハイファの九ミリパラは交戦規定違反モノ、ここにはないので帰ってからだ。
デカ部屋に戻ると各星系政府法務局共通の武器所持許可申請書を書いてFAX形式の捜査戦術コンに流す。そうして気付くと人員の動向を示すデジタルボードのシドとハイファの名前の欄には、既に『研修』と入力されていた。ヴィンティス課長が嬉々として操作したものと思われる。シドは一秒でも早く帰って命の洗濯板を叩き割ってやろうと心に誓った。
「くそう、ナニが居酒屋『穂足』だ、ふざけやがって!」
呆れたことにヴィンティス課長と別室長ユアン=ガードナーは飲み友達なのだ。鬼畜上司たちが夜な夜な呑み場で部下たちを地獄に蹴り落とす相談をしていると思うと、これには毎回はらわたの煮えくりかえる思いを抑えられないシドだった。
「シド、それはいいから書類、少しでも減らしておかなきゃ」
「そいつがあったか。でもあとは始末書二枚、楽勝だぜ」
「僕もあと始末書だけだよ。さっさと書いて帰らなきゃタマが待ってるし」
そこでマイヤー警部補が涼しい声で宣言する。
「皆さん、十七時半です。定時になりました。深夜番に挨拶して帰りましょう」
聞いて二人は少々焦りだした。デジタルボードの『在署』を『自宅』に入力し直した者からデカ部屋を去り、あっという間にフロア内はスカスカとなる。
いち早く慣れた書式を埋めたシドが三十枚にも及ぶ紙切れを捜査戦術コンに食わせ始めた。同時にリモータには他星系や宙艦内でも通用する武器所持許可証が流れ込んでくる。ハイファもやってきて大量の紙切れを食わせ終えると、もう十八時半近くになっていた。
幹部で仲良く深夜番のケヴィン警部とヨシノ警部に頭を下げ、帰ろうとするとナカムラと話を弾ませていたマイヤー警部補がにこやかに二人に申し出た。
「『研修』ご苦労様ですね。宙港まで緊急機でお送りしましょうか?」
「あー、今から帰って……結構遅くなっちまうと思いますが」
「構いませんよ、私も今日はヒマですので」
先輩の申し出に恐縮しながらも、有難く差し伸べられた手を取ることにする。
「では、準備ができましたら発振して下さい。サーヴィスで屋上に着けますので」
「すんません、恩に着ます」
二人は急いでデカ部屋を出た。署から右方向に七、八百メートルの場所に二人の自室のある単身者用官舎ビルは建っていた。だが外には出ずにエレベーターに乗る。ストライクしているヒマがないので三十九階からスカイチューブを利用する手だ。
内部がスライドロードになったこれは官舎まで直結していた。繋がるビル内に職籍があるか住んでいるかしないと利用不可のこれを使えば不用意なストライクは避けられる。故にいつもヴィンティス課長が『使え』と口を酸っぱくしているのだが、自らの足を使うことにこだわるシドは今日のようなことでもないと殆ど使いたがらない。
「でも良かったよね、緊急機だと楽だもん」
「だからって他星の土産を持って帰る訳にもいかねぇしな」
「いいんじゃない、きっとマイヤー警部補の彼氏さんが夜勤でヒマなんだよ」
管内のセントラル・リドリー病院の外科医と付き合っているという噂なのだ。
「お前、本当にそういうのが好きなんだな」
「シドは嫌いなの?」
「いや、面白ければ何でもいい。ネタにされるばかりじゃ不公平だしな」
「やっぱりあーたも機捜課の人間だよねえ」
スライドロードで運ばれ、着いた所でリモータチェッカをクリアする。マイクロ波でIDを受けたビルの受動警戒システムが瞬時に二人をX‐RAYサーチ、本人確認をしてからやっと開いたオートドアをすり抜けてビルを移った。銃は勿論登録済みだ。
仰々しいまでのセキュリティは仕方ない、住んでいるのは平刑事だけではないのだ。
エレベーターで上がって五十一階へ。廊下を突き当たりまで歩くと右のドアがシド、左のドアがハイファの自室だ。ここで一旦左右に分かれる。シドはリモータでロックを外しドアを開けた。玄関に入るなりオスの三毛猫が「ニャーン」と出迎える。今日は機嫌がいいらしい。
「おう、タマ。番猫ご苦労」
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