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第22話
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「どうする、シド?」
「ふん。鬱陶しくその辺をブンブン飛び回らなきゃ、それでいい」
「本当にいいの?」
「ああ」
確かにこれだけ怯えていれば本当に強盗だったとしても、ものの数ではない。
「でもこの際だし、腕の一本くらい撃ち落としておいた方がいいんじゃないかな?」
気軽な口調で言われ、男の一人がふらりと座り込んだ。貧血を起こしたらしい。もう一人が駆け寄って助け起こすのを見てシドとハイファはするりと銃を仕舞った。
「ここで流血沙汰も後始末が面倒だしな」
「それは言えるね。ツマラナイものを撃って地元惑星警察と関わるのも厄介だし」
二人から目で「行け」と言われた男らは、何もない所でつまずき何度も転びながら、よたよたとまるで二人三脚のような風情でエレベーターの方へと去っていった。
二人は何事もなかったかのように二〇一五号室に戻り、コーヒー&煙草タイムだ。
「けど本当に何者だったのかなあ?」
「あれはあれで叩いても吐きそうにはなかったしな。でも何か感じなかったか?」
「何かって?」
「何処かで嗅いだ覚えのある匂いがしたんだが……」
「お酒……ってほど飲んでなかったよね。そう、クスリか何かの匂いかも」
「クスリ、なあ。クスリ……ああ、こいつだ」
ソファに置いていたショルダーバッグから筒を取り出してフタを取る。顔を近づけると独特のクスリ臭さが匂った。ハイファもロウテーブル越しに匂いを嗅ぐ。
「本当だ、この匂い……昔々の油絵は寿命が三百年から五百年しかなかったんだよ。キャンバス地は麻だったから、百年くらいしか保たなかったしね」
「キャンバスが百年なのに五百年もどうやって保たせてたんだ?」
「『洗い』って呼ばれるコーティングのし直しを約十年に一度、『修復』って呼ばれる寿命を迎えたキャンバスから新しいキャンバスに載せ替える作業を約百年に一度、的確に行うことで油絵を保たせたんだって。でもリオ=エッジワースの時代も含めて今は画材もコーティングも発達したからね、何千年も保つ筈。この匂いはその特殊なコーティングの匂いだよ」
「へえ、エマも言ってたコーティング剤か。じゃあ、あいつらは絵描きかよ?」
飲料ディスペンサーから紙コップにコーヒーを注ぎながらハイファ、
「絵描きじゃなくても修復・管理業者かも知れないし」
「そうか、そうだな。ところでハイファ、もっぺん抱かせねぇか?」
「だめです」
「まあ、そう言わずに――」
◇◇◇◇
翌朝は少々遅く、九時頃になってシドとハイファはエマの部屋をノックした。
「おはよう。待たせちゃってごめんね、寝坊しちゃった」
「ううん、いいの。わたしもゆっくり眠れたわ」
お互いにショルダーバッグも持参、そのままチェックアウトできる態勢で通路に出る。シドがさりげなくハイファの腰に腕を回していることにエマは勿論気付いたであろうが、慎ましやかに何も言及しないでいてくれた。
「上のカフェテリアでいいかな?」
賛同を得て最上階に上がる。カフェテリアは遅い朝食を愉しむ人々でまだ賑わっていた。シド、ハイファ、エマの順でカウンター席に腰掛け、トーストやサラダに卵料理などのセットメニューを注文する。注文した品はすぐに出され、食べながら本日のスケジュール確認だ。
「ガイラの街は何処だってか?」
「地図上では約二千五百キロ南だよ」
「直行BELなら一時間か。割とすぐだな」
「たぶん屋上の停機場から定期BELが出てると思うわ」
食事を終えるとシドが二本煙草を灰にするのを待ち、カフェテリアを出て最上階にもあるフロントでチェックアウトをした。リゾート地というのを考慮すると、料金は高くなかった。
ついでにフロントでハイファが訊いてみる。
「ガイラの街に行く定期BELは何時に出るんですか?」
「十時半発ですね。チケットはここでも販売しておりますが」
ということで三人分のチケットを買い、屋上に上がった。屋上面にはまだ乗り込むべき定期BELは到着しておらず、幾人かの客がベンチで所在なさげに座っていた。
屋上は透明な風よけドームに覆われていたが、夜の日なのでこれといって何が見える訳でもない。屋上面を照らすライトで星もあまり見えはしなかった。ただこの星には第二惑星エターナにはなかった銀緑の月がひとつ輝いている。
「おい、あの月は何ていうんだ?」
「シーダ、だと思ったわ、確か」
そう言うとエマは手洗いに立った。それを目で追いながらエアカーテンで仕切られた喫煙専用ベンチに腰掛けたシドは周囲の客の目を盗み、傍に座ったハイファにソフトキス。
「こんな所で大胆なんだから」
「いいじゃねぇか。それよりハイファお前、躰は大丈夫か?」
「もう平気だよ。それより貴方の方が全治二週間の重傷なんだからね」
「激しい運動しても平気だって知ってんだろ」
「そんなことばっかり。自重してよね、もう!」
怒ったフリをしても怒りではなく頬に上った血は誤魔化せず、ハイファはそっぽを向く。そんな仕草がいちいち愛しくも嬉しく、シドはポーカーフェイスの目に微笑みを浮かべる。
やがてエマが帰ってくると同時に風よけドームが開き始めた。
その頃には意外なまでの客がベンチに座りきれないほど集まっていた。星系内では名だたるラクリモライト採掘場への観光というのは結構人気のコースらしい。
飛来したのは大型BELでローゼンバーグの紋章とロゴが描かれていた。
「ふん。鬱陶しくその辺をブンブン飛び回らなきゃ、それでいい」
「本当にいいの?」
「ああ」
確かにこれだけ怯えていれば本当に強盗だったとしても、ものの数ではない。
「でもこの際だし、腕の一本くらい撃ち落としておいた方がいいんじゃないかな?」
気軽な口調で言われ、男の一人がふらりと座り込んだ。貧血を起こしたらしい。もう一人が駆け寄って助け起こすのを見てシドとハイファはするりと銃を仕舞った。
「ここで流血沙汰も後始末が面倒だしな」
「それは言えるね。ツマラナイものを撃って地元惑星警察と関わるのも厄介だし」
二人から目で「行け」と言われた男らは、何もない所でつまずき何度も転びながら、よたよたとまるで二人三脚のような風情でエレベーターの方へと去っていった。
二人は何事もなかったかのように二〇一五号室に戻り、コーヒー&煙草タイムだ。
「けど本当に何者だったのかなあ?」
「あれはあれで叩いても吐きそうにはなかったしな。でも何か感じなかったか?」
「何かって?」
「何処かで嗅いだ覚えのある匂いがしたんだが……」
「お酒……ってほど飲んでなかったよね。そう、クスリか何かの匂いかも」
「クスリ、なあ。クスリ……ああ、こいつだ」
ソファに置いていたショルダーバッグから筒を取り出してフタを取る。顔を近づけると独特のクスリ臭さが匂った。ハイファもロウテーブル越しに匂いを嗅ぐ。
「本当だ、この匂い……昔々の油絵は寿命が三百年から五百年しかなかったんだよ。キャンバス地は麻だったから、百年くらいしか保たなかったしね」
「キャンバスが百年なのに五百年もどうやって保たせてたんだ?」
「『洗い』って呼ばれるコーティングのし直しを約十年に一度、『修復』って呼ばれる寿命を迎えたキャンバスから新しいキャンバスに載せ替える作業を約百年に一度、的確に行うことで油絵を保たせたんだって。でもリオ=エッジワースの時代も含めて今は画材もコーティングも発達したからね、何千年も保つ筈。この匂いはその特殊なコーティングの匂いだよ」
「へえ、エマも言ってたコーティング剤か。じゃあ、あいつらは絵描きかよ?」
飲料ディスペンサーから紙コップにコーヒーを注ぎながらハイファ、
「絵描きじゃなくても修復・管理業者かも知れないし」
「そうか、そうだな。ところでハイファ、もっぺん抱かせねぇか?」
「だめです」
「まあ、そう言わずに――」
◇◇◇◇
翌朝は少々遅く、九時頃になってシドとハイファはエマの部屋をノックした。
「おはよう。待たせちゃってごめんね、寝坊しちゃった」
「ううん、いいの。わたしもゆっくり眠れたわ」
お互いにショルダーバッグも持参、そのままチェックアウトできる態勢で通路に出る。シドがさりげなくハイファの腰に腕を回していることにエマは勿論気付いたであろうが、慎ましやかに何も言及しないでいてくれた。
「上のカフェテリアでいいかな?」
賛同を得て最上階に上がる。カフェテリアは遅い朝食を愉しむ人々でまだ賑わっていた。シド、ハイファ、エマの順でカウンター席に腰掛け、トーストやサラダに卵料理などのセットメニューを注文する。注文した品はすぐに出され、食べながら本日のスケジュール確認だ。
「ガイラの街は何処だってか?」
「地図上では約二千五百キロ南だよ」
「直行BELなら一時間か。割とすぐだな」
「たぶん屋上の停機場から定期BELが出てると思うわ」
食事を終えるとシドが二本煙草を灰にするのを待ち、カフェテリアを出て最上階にもあるフロントでチェックアウトをした。リゾート地というのを考慮すると、料金は高くなかった。
ついでにフロントでハイファが訊いてみる。
「ガイラの街に行く定期BELは何時に出るんですか?」
「十時半発ですね。チケットはここでも販売しておりますが」
ということで三人分のチケットを買い、屋上に上がった。屋上面にはまだ乗り込むべき定期BELは到着しておらず、幾人かの客がベンチで所在なさげに座っていた。
屋上は透明な風よけドームに覆われていたが、夜の日なのでこれといって何が見える訳でもない。屋上面を照らすライトで星もあまり見えはしなかった。ただこの星には第二惑星エターナにはなかった銀緑の月がひとつ輝いている。
「おい、あの月は何ていうんだ?」
「シーダ、だと思ったわ、確か」
そう言うとエマは手洗いに立った。それを目で追いながらエアカーテンで仕切られた喫煙専用ベンチに腰掛けたシドは周囲の客の目を盗み、傍に座ったハイファにソフトキス。
「こんな所で大胆なんだから」
「いいじゃねぇか。それよりハイファお前、躰は大丈夫か?」
「もう平気だよ。それより貴方の方が全治二週間の重傷なんだからね」
「激しい運動しても平気だって知ってんだろ」
「そんなことばっかり。自重してよね、もう!」
怒ったフリをしても怒りではなく頬に上った血は誤魔化せず、ハイファはそっぽを向く。そんな仕草がいちいち愛しくも嬉しく、シドはポーカーフェイスの目に微笑みを浮かべる。
やがてエマが帰ってくると同時に風よけドームが開き始めた。
その頃には意外なまでの客がベンチに座りきれないほど集まっていた。星系内では名だたるラクリモライト採掘場への観光というのは結構人気のコースらしい。
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