希望の果実~楽園17~

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
17 / 38

第17話

しおりを挟む
「あーあ、これでBEL窃盗だけじゃなくて、下手すればローゼンバーグの当主誘拐だよ」
「仕方ねぇだろ、あのまま置いといて殺させる訳にはいかねぇだろうが」

「まさか調別だって本当にローゼンバーグの当主を殺しはしないだろうから、幾らでも生き延びる方策はあると思うけどね。それこそイゾルデ大伯母様とやらにでも泣きつくとかサ」
「お前、よっぽどエマをつれてきたのが気に食わねぇんだな」

「当たり前じゃない。調別のエージェント相手に僕らだけだって生き残れるかどうか分からないのに、貴方そんなに余裕のフリして誰かを助けようなんて、いつか後悔するからね……んんっ!」

 民間機のパイロット席である右席から身を乗り出したシドに、いきなり口づけられてハイファは息を詰まらせた。歯列をこじ開けて入り込んできた温かな舌に思考の回転が止まる。
 幾らも経たないうちに口内をねぶり回しては、唾液を要求するシドに応えてしまっていた。

「んっ……ぅうん……ん……はぁん」
「くそう、色っぽいな……二人だけならこのままホテルにでも入って押し倒してぇんだが」

「ふん、だ。二人だけじゃなくしたのは自分でしょ、今更そんな美味しいこと言っても無駄ですよーだ。ところで何処に飛んで行けばいいんですか?」
「それは後ろの客とも相談しねぇと……エマ、生きてるか?」

 素早くハイファがタリアの都市上空を旋回するようオートパイロットをセットして振り向くと、エマは後部座席で身を起こしていた。

 シドが調別などという、ある意味信じがたいモノを省いて『刺客があんたと絵を狙って襲ってきた』などと説明すると、エマはおっとりしていても幾度かの死の危険を乗り越えてきたということか、割と簡単に我が身に降り掛かったことを理解したようだった。

「そう。助けてくれてありがとう。でもシド、貴方は撃たれたんじゃなかったの?」
「いや、大丈夫だ。それより何処に行きたいか希望はあるのか?」
「ちょっとすぐには思いつかないわ」
「そうか。じゃあ、取り敢えずこの星を出ようぜ」

 聞いていたハイファもその意見には賛成だった。このエターナにいれば嫌でも調別との戦争になってしまう。そしてエマという存在を背負い続ける限り、ローゼンバーグが支配すると言っても過言でないこの星では「ここにいます」と喚き続けるのと同義だからだ。

「時間との勝負だね。で、何処の星に行くのサ?」

 そこでエマが首を傾げて訊いた。

「何処でもいいのかしら?」
「可能範囲ならウチのパイロットが善処する」

 何を勝手にと思ったが、ハイファは口に出さず。

「そうね……じゃあ、わたし、ラクリモライトを掘ってみたいわ」

 友達の家に押しかけるようにのんびり言われ、シドとハイファは呆気にとられる。
 ラクリモライトは長年のダイアモンドの地位を奪った石だ。虹色の輝きは汎銀河中の女性の視線を奪って離さない。手に入れたいという女性はごまんといるだろう。

「だからって何でそこで宝石掘りなんだ?」
「わたし、宝飾デザイナーなんてしているけれど、原石そのままっていうのは殆ど見たことがないの。欲しい訳じゃない、ただ原石の美しさをこの目で確かめるのが夢だったのよ」

「ふうん、そうか。ならパライバ星系にでも行くか」
「シドっ! ふざけるのもいい加減にしてよね!」

 パライバ星系は各種の宝石が採れることで有名な星系、美しい海もあり隠れたリゾート地でもあったが、それはともかく狙われている身でありながら、そんな大旅行など有り得ない。

 とうとう吼えたハイファにエマがふんわりと笑う。

「そんな遠くまで行かなくても、このユトリア星系にだってラクリモライトの産地はあるわ。第三惑星グリーナになら、小さいけれど採掘場があるの」
「へえ、第三惑星グリーナか。灯台もと暗しってこともあるしさ、そこなら一週間くらい身を隠すこともできそうじゃねぇか?」
「わあ、本当につれて行ってくれるの? 嬉しい!」

 盛り上がる二人にハイファは苛つきながらオートパイロットの座標を指定し直し、BELのノーズをタリア第二宙港に向けた。第一宙港にしなかったのは僅かなりとも調別エージェントの目を欺けるかという思いからである。
 そしてこれまでの経過をごく短い文章に脳内でまとめると、リモータ操作しダイレクトワープ通信で別室に送信した。

 電波も光と同じ速さでしかない以上、通常の星系間通信は宙艦で運ばれる。ワープの分だけ光よりも速いからだ。そうして通信は通常航行とワープ数回を経て届く。だが通常航行の分、ラグタイムが生じるのは当然である。
 しかしダイレクトワープ通信は亜空間レピータを使用するため直接相手に届く。ラグタイムが生じないのだ。

 けれど亜空間にレピータを設置・維持する技術は難度が高く、そのため資本主義社会のテラ連邦圏でダイレクトワープ通信は、非常にコストが掛かる通信方法として知られている。故に伝統ある耐乏軍人のハイファは毎回容量を小さくしようと奮闘するハメになるのだ。

 それでも今はムカついてる分、少々長くなってしまった気がしていた。
 だが仕方ない。早急に室長から調別に圧力を掛けて貰わねばならないからだ。まさか本当に一週間も調別エージェントとサバイバルゲームなどやってはいられない。

 あとはリモータ検索でタリア第二宙港からの第三惑星グリーナ便を見つけ出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基
SF
◆感情付加/不可/負荷/犠牲無き最適解が欲しいか/我は鏡ぞ/貴様が作った◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全36話] 双子惑星の片方に小惑星が衝突し死の星になった。だが本当はもうひとつの惑星にその災厄は訪れる筈だった。命運を分けたのは『巨大テラ連邦の利』を追求した特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスの最適解。家族をコンピュータの言いなりに殺されたと知った男は復讐心を抱き、テラに挑む。――途方もない数の犠牲者が出ると知りながら。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

木星は飴玉/みるくティー味~楽園24~

志賀雅基
キャラ文芸
◆エレベーターのワイアが切れた/激突までジョークをひとつ御傾聴あれ◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart24[全27話] テラ連邦議会ビルに爆弾が仕掛けられた。テラ本星セントラルエリアの住民の避難は現実的でなく事実は秘匿され、唯一爆弾を解除可能な中和液の入手が最優先となる。その頃シドとハイファは惑星警察刑事として他星系に出張中、そこで中和液を託された。リミットは二日と数時間。タイトルほど甘くないイヴェントが次々と。果たして間に合うのか!? ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基
キャラ文芸
◆死んだアヒルになる気はないが/その瞬間すら愉しんで/俺は笑ってゆくだろう◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全40話] 刑事の職務中にシドとハイファのバディが見つけた死体は別室員だった。死体のバディは行方不明で、更には機密資料と兵器のサンプルを持ち出した為に手配が掛かり、二人に捕らえるよう別室任務が下る。逮捕に当たってはデッド・オア・アライヴ、その生死を問わず……容疑者はハイファの元バディであり、それ以上の関係にあった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Diamond cut diamond~楽園3~

志賀雅基
キャラ文芸
◆ダイヤはダイヤでしかカットできない(ベルギーの諺)/しのぎを削る好勝負(英)◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart3[全36話] 二人は海と宝石が名物の星系に初プライヴェート旅行。だが宝石泥棒事件に巻き込まれ、更に船でクルージング中にクルージングミサイルが飛来。ミサイルの中身は別室任務なる悲劇だった。げんなりしつつ指示通りテラ連邦軍に入隊するが上司はロマンスグレイでもラテンの心を持つ男。お蔭でシドが貞操の危機に!?  ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

セイレーン~楽園27~

志賀雅基
キャラ文芸
◆貴方は彼女を忘れるだけでいいから//そう、か//次は後ろから撃つから◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart27[全43話] 怪しい男らと銃撃戦をしたシドとハイファは駆け付けた同僚らと共に巨大水槽の中の海洋性人種、つまり人魚を見た。だが現場は軍に押さえられ惑星警察は案件を取り上げられる。そこでシドとハイファに降りた別室命令は他星系での人魚の横流し阻止。現地に飛んだ二人だがシドは偶然管理されていない自由な人魚と出会ってしまい――。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

NP~楽園13~

志賀雅基
SF
◆憂いを封印した筈の/制御室の鍵は朽ち/カナンにシステムエラーが鳴り響く◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart13[全39話] 脳が異常活性し死に至る違法ドラッグが広まり始めた。シドとハイファは流通ルートを追い、土星の衛星タイタンでヒントを掴んでテラフォーミングされたばかりの惑星へ。そこでは未だテラ人が住んでいない筈の地に先住民が暮らし、狩りの如く殲滅対象にされた挙げ句、絶滅の危機に瀕してなお戦っていた。彼らが生存競争に挑んだ理由は? ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この手を伸ばし掴んだものは/幸も不幸も僕のもの/貴方だけには分けたげる◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart18[全41話] ホシとの銃撃戦でシドが怪我を負い入院中、他星から旅行中のマフィアのドン夫妻が隣室で死んだ。翌日訪れたマフィアの代貸からシドとハイファは死んだドン夫妻の替え玉を演じてくれと頼み込まれる。確かに二人はドン夫妻に似ていたが何やら訳アリらしい。同時に降ってきた別室任務はそのマフィアの星系で議員連続死の真相を探ることだった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

処理中です...