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第57話
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「囮の件、受けようと思うんだけど」
翌日、遅くなってから第二憲兵小隊の事務室でハイファが口火を切った。
あれからハイファは起きるに起きられず、夕食と今日の朝食もシドがPXで買ってきたもので済ませ、昼食になってやっとシドに支えられて食堂に歩いて行けるようになったのだ。
回復するなり言い出したのだが、それでもシドは僅かに不機嫌だった。
「そいつは有難いな、ここのところ事態が膠着状態でね」
応えたのはロイだった。ボスはいないが、ここでの皆を自然とまとめる立場にあるらしい。
「で、具体的にはどうするってか?」
「取り敢えず、あんたらには今晩からアリミアの都市を歩いて貰う」
「本当に囮ってことだな。バックアップは?」
「勿論万全にして、狙ってくる奴らを俺たちが拉致る」
「拉致って拷問でもするってか?」
ロイがニヤリと笑い、ハイファが解説した。
「貴方を治療したあの女医先生、拷問専門官だってことで基地内では有名なんだってサ」
ハイファが怯える訳だった。それはともかく今晩からの囮作戦だ。
「無闇に歩いても釣れないかも知れないぜ?」
「それはそうなんだが、いい手があれば募集する」
十数名の似非憲兵隊員が考えを巡らせる。そこでシドが真っ先に挙手した。
「俺たちはシュレーダー・ディー・バンク社長にカチコミを掛ける」
全員が、何よりハイファがドン引きした。そんなことは聞いていなかったのだ。
「ちょ、シド、貴方正気なの?」
「すまん、社長じゃ拙いか?」
「当たり前じゃない!」
「じゃあ、会長にしておくか」
誰もが唖然としてシドを見つめている。だがシドはシリアスだった。
「下っ端ばっかり相手にしてちゃ、いつまで経っても本ボシは釣れないぜ?」
「シド……貴方、飽きたんだね」
「ったり前だろ、いい加減にうんざりだ。さっさと終わらせて俺は本星に帰る」
「総攻撃が予想される、具体案を練ろう」
強みは特命の存在がバレていないという点だ。しかしカチコミ、つまり殴り込みともなれば秘密裏の拉致作戦とは違い、一度しか使えない手だということでもあった。存在が割れればシュレーダー・ディー・バンク社は何を以てしても特命を排除に掛かるだろう。
「SDBの会長宅は何処なんだ?」
「SDB本社ビル群からさほど離れていない、アリミア中央の一等地だ。八十五階タワーマンションの八十四階と最上階、プラス、ペントハウスを自宅としている」
「じゃあ社長は?」
「リーランとの境目の郊外に大邸宅があるが、社から遠いという理由で本人は殆どアリミアのウィンザーホテルに投宿しているな」
「ウィンザーか。テラ連邦でも大御所チェーン、最高級クラスだな……会長にしておこうぜ、ホテルの客に被害が出ると拙い」
攻めやすいのはホテルだと分かっていたが、これには皆が同意した。急いでハイファが端末で検索し、シュレーダー会長宅をホロディスプレイに映し出した。
「ここ、この八十四階から上が全部会長宅だよ」
「へえ。幾らガードが張りついてても、上空からBELで乗り込めば制圧はいけるだろ」
「屋上にビームファランクスが設置されてても、か?」
「……マジかよ?」
「もっと言えば屋上には豪華個人BELの他に、ミサイルポッドと二十ミリバルカン砲を抱いた攻撃BELが待機しているそうだ」
「何だ、それ。民間人が、ンなモン持ってていいのかよ?」
「このフラナスでSDBは一国家にも値する力がある。許可など幾らでも下りるさ」
「ロイ、あんたらに空戦能力は?」
「冗談じゃない、これでも俺の今の本職はパン屋だぞ?」
そこでソファに転がっていた男が二人、ムクリと起き上がる。それはシドとハイファを助け出してくれたBELのパイロットとコ・パイロットだった。
「そいつの相手は俺たちがしてやる、この基地から攻撃BELを分捕れたら、だがな」
「盗むのならハイファに任せてくれ、上手くやる」
「人聞きの悪い言い方をしないでよね」
ハイファの抗議は誰からも黙殺され、話は進められる。
「だからって攻撃BELとファランクスを相手に、大人数で一気に突入は無理だ」
「一階か、スカイチューブかモノレールか、ともかく下からのアタックが主力ってことだな」
「じゃあサ、誰でもいいから八十三階の部屋をキープしてよ。それならギリギリまでセキュリティに弾かれないで済むんじゃないかな?」
「誰がそんな高い買い物をするんだ?」
「特命の『上』はそんなにシブいの?」
皆が溜息を洩らしつつ首を横に振った。いずこも同じ耐乏官品らしい。
「別室長のユアン=ガードナーの野郎に買わせろよ、あの野郎にも現場の苦労を分からせろ」
「仕方ないなあ、別室と掛け合うから待ってて」
ダイレクトワープ通信での交渉は何度か繰り返され、別室戦術コンが不動産会社のデータを改竄するという方向で話はまとまったらしかった。
「絶対に買わない辺りが貧乏臭いな」
「仕方ないでしょ。何なら貴方が買えばいいじゃない、お金持ってるんだから」
「本当に住む訳じゃねぇんだぞ、誰が買うもんか」
「それはいいが、これで全員を来訪者登録すれば八十三階まではフリーパスってことか」
ロイがそう言い、皆の顔が明るくなる。
「で、八十四、八十五、ペントハウスの何処に会長の寝室があるかだよね」
「寝込みを襲うとなると、それが問題だな」
「少しでも当たりを付けないと」
と、ハイファは立ち上げたままの端末にリモータから引き出したリードを繋ぐと、不動産屋のホームページを呼び出した。モデルハウスのページに移動、コンテンツの管理権限者のフリをして上階層へと上ってゆく。そうして五分と経たないうちにセキュリティを綺麗に破り、SDB会長宅の見取り図を手に入れていた。
唖然としていた皆が見取り図を前に「おお~っ!」と声を上げる。
「ほら、寝室は八十五階に二ヶ所だよ。どっちに会長が寝てるかは不明だけど」
「両方一気に制圧すればいい。目的地が分かってるんだ、人数を割ってもいけるだろう」
急に勢いづいたロイが力強く言い、それにハイファは首を傾げて訊いた。
「動かせるのは何人くらい?」
「今のところは十六人だ」
「十六かあ。制圧の基本、四名一組で四組、プラス、僕らだね。何とかなるかも」
そこで耳をかっぽじっていたシドが口を開いた。
「んで、会長も『任せきり』だったらどうするんだ?」
全員が口をアーと開けてシドをぼんやりと見た。ハイファが溜息をつく。
「カチコミを言い出したのは貴方なんだからね、ならどうしろって言うのサ?」
「いや、すまん、忘れてくれ」
忘れられるワケがなく、皆は真剣に社長も拉致る計画を立て始める。
「じゃあ、先に退勤時の社長の身柄を押さえる、それでいいな?」
「それしかないな。確かウィンザーホテルに着く寸前に、近道で裏通りに入る筈だ」
「そこを狙おう。決行はいつにする?」
「もう今日は無理だな、社長の退勤に間に合わない」
真剣に討議する人々にハイファが口を挟んだ。
「実際、星系政府にSDBが喧嘩を売って、社長会長が知らない訳はないと思うけど」
それで少し冷静となった皆の前でシドが大声を出す。
「なら明日だ、明日。明日で全部終わらせようぜ。ふあーあ」
本当に飽きたらしいシドが大欠伸をかまし、滲んだ涙と零れかけたヨダレまで対衝撃ジャケットの袖でごしごし拭いた。それを皆が見て何となく溜息を洩らす。素材は極上だが、あまりの自意識のなさに皆は毒気を抜かれたらしい。
まだ武器の入手――といっても基地の武器庫からのチョロまかしだが――などで話し合う彼らを尻目にシドはハイファを促し、さりげなく細い躰を支えて与えられた自室へと戻った。
戻るなりハイファは端末を起動し、ホロディスプレイに二人の男を映し出して見せる。
「何だ、悪そうな奴らだな」
「貴方の先入観はともかく、これがシュレーダー・ディー・バンク社のダーレン=ブルック社長とサイラス=ベンサム会長だよ。覚えておいてよね」
ダーレン=ブルックはシルバーグレイの髪に茶色い目の壮年でやや小柄、サイラス=ベンサムは禿げ上がった黒い目の、老年ながら巨漢だった。
「こいつらを叩いて吐かせれば、俺たちは帰れるって訳だな」
「まあね。ダリア素子は蔓延しちゃってるし、暫くは大騒ぎだろうけど」
「誰が騒ごうが知ったこっちゃねぇよ、俺はさっさと帰る。それだけだ」
翌日、遅くなってから第二憲兵小隊の事務室でハイファが口火を切った。
あれからハイファは起きるに起きられず、夕食と今日の朝食もシドがPXで買ってきたもので済ませ、昼食になってやっとシドに支えられて食堂に歩いて行けるようになったのだ。
回復するなり言い出したのだが、それでもシドは僅かに不機嫌だった。
「そいつは有難いな、ここのところ事態が膠着状態でね」
応えたのはロイだった。ボスはいないが、ここでの皆を自然とまとめる立場にあるらしい。
「で、具体的にはどうするってか?」
「取り敢えず、あんたらには今晩からアリミアの都市を歩いて貰う」
「本当に囮ってことだな。バックアップは?」
「勿論万全にして、狙ってくる奴らを俺たちが拉致る」
「拉致って拷問でもするってか?」
ロイがニヤリと笑い、ハイファが解説した。
「貴方を治療したあの女医先生、拷問専門官だってことで基地内では有名なんだってサ」
ハイファが怯える訳だった。それはともかく今晩からの囮作戦だ。
「無闇に歩いても釣れないかも知れないぜ?」
「それはそうなんだが、いい手があれば募集する」
十数名の似非憲兵隊員が考えを巡らせる。そこでシドが真っ先に挙手した。
「俺たちはシュレーダー・ディー・バンク社長にカチコミを掛ける」
全員が、何よりハイファがドン引きした。そんなことは聞いていなかったのだ。
「ちょ、シド、貴方正気なの?」
「すまん、社長じゃ拙いか?」
「当たり前じゃない!」
「じゃあ、会長にしておくか」
誰もが唖然としてシドを見つめている。だがシドはシリアスだった。
「下っ端ばっかり相手にしてちゃ、いつまで経っても本ボシは釣れないぜ?」
「シド……貴方、飽きたんだね」
「ったり前だろ、いい加減にうんざりだ。さっさと終わらせて俺は本星に帰る」
「総攻撃が予想される、具体案を練ろう」
強みは特命の存在がバレていないという点だ。しかしカチコミ、つまり殴り込みともなれば秘密裏の拉致作戦とは違い、一度しか使えない手だということでもあった。存在が割れればシュレーダー・ディー・バンク社は何を以てしても特命を排除に掛かるだろう。
「SDBの会長宅は何処なんだ?」
「SDB本社ビル群からさほど離れていない、アリミア中央の一等地だ。八十五階タワーマンションの八十四階と最上階、プラス、ペントハウスを自宅としている」
「じゃあ社長は?」
「リーランとの境目の郊外に大邸宅があるが、社から遠いという理由で本人は殆どアリミアのウィンザーホテルに投宿しているな」
「ウィンザーか。テラ連邦でも大御所チェーン、最高級クラスだな……会長にしておこうぜ、ホテルの客に被害が出ると拙い」
攻めやすいのはホテルだと分かっていたが、これには皆が同意した。急いでハイファが端末で検索し、シュレーダー会長宅をホロディスプレイに映し出した。
「ここ、この八十四階から上が全部会長宅だよ」
「へえ。幾らガードが張りついてても、上空からBELで乗り込めば制圧はいけるだろ」
「屋上にビームファランクスが設置されてても、か?」
「……マジかよ?」
「もっと言えば屋上には豪華個人BELの他に、ミサイルポッドと二十ミリバルカン砲を抱いた攻撃BELが待機しているそうだ」
「何だ、それ。民間人が、ンなモン持ってていいのかよ?」
「このフラナスでSDBは一国家にも値する力がある。許可など幾らでも下りるさ」
「ロイ、あんたらに空戦能力は?」
「冗談じゃない、これでも俺の今の本職はパン屋だぞ?」
そこでソファに転がっていた男が二人、ムクリと起き上がる。それはシドとハイファを助け出してくれたBELのパイロットとコ・パイロットだった。
「そいつの相手は俺たちがしてやる、この基地から攻撃BELを分捕れたら、だがな」
「盗むのならハイファに任せてくれ、上手くやる」
「人聞きの悪い言い方をしないでよね」
ハイファの抗議は誰からも黙殺され、話は進められる。
「だからって攻撃BELとファランクスを相手に、大人数で一気に突入は無理だ」
「一階か、スカイチューブかモノレールか、ともかく下からのアタックが主力ってことだな」
「じゃあサ、誰でもいいから八十三階の部屋をキープしてよ。それならギリギリまでセキュリティに弾かれないで済むんじゃないかな?」
「誰がそんな高い買い物をするんだ?」
「特命の『上』はそんなにシブいの?」
皆が溜息を洩らしつつ首を横に振った。いずこも同じ耐乏官品らしい。
「別室長のユアン=ガードナーの野郎に買わせろよ、あの野郎にも現場の苦労を分からせろ」
「仕方ないなあ、別室と掛け合うから待ってて」
ダイレクトワープ通信での交渉は何度か繰り返され、別室戦術コンが不動産会社のデータを改竄するという方向で話はまとまったらしかった。
「絶対に買わない辺りが貧乏臭いな」
「仕方ないでしょ。何なら貴方が買えばいいじゃない、お金持ってるんだから」
「本当に住む訳じゃねぇんだぞ、誰が買うもんか」
「それはいいが、これで全員を来訪者登録すれば八十三階まではフリーパスってことか」
ロイがそう言い、皆の顔が明るくなる。
「で、八十四、八十五、ペントハウスの何処に会長の寝室があるかだよね」
「寝込みを襲うとなると、それが問題だな」
「少しでも当たりを付けないと」
と、ハイファは立ち上げたままの端末にリモータから引き出したリードを繋ぐと、不動産屋のホームページを呼び出した。モデルハウスのページに移動、コンテンツの管理権限者のフリをして上階層へと上ってゆく。そうして五分と経たないうちにセキュリティを綺麗に破り、SDB会長宅の見取り図を手に入れていた。
唖然としていた皆が見取り図を前に「おお~っ!」と声を上げる。
「ほら、寝室は八十五階に二ヶ所だよ。どっちに会長が寝てるかは不明だけど」
「両方一気に制圧すればいい。目的地が分かってるんだ、人数を割ってもいけるだろう」
急に勢いづいたロイが力強く言い、それにハイファは首を傾げて訊いた。
「動かせるのは何人くらい?」
「今のところは十六人だ」
「十六かあ。制圧の基本、四名一組で四組、プラス、僕らだね。何とかなるかも」
そこで耳をかっぽじっていたシドが口を開いた。
「んで、会長も『任せきり』だったらどうするんだ?」
全員が口をアーと開けてシドをぼんやりと見た。ハイファが溜息をつく。
「カチコミを言い出したのは貴方なんだからね、ならどうしろって言うのサ?」
「いや、すまん、忘れてくれ」
忘れられるワケがなく、皆は真剣に社長も拉致る計画を立て始める。
「じゃあ、先に退勤時の社長の身柄を押さえる、それでいいな?」
「それしかないな。確かウィンザーホテルに着く寸前に、近道で裏通りに入る筈だ」
「そこを狙おう。決行はいつにする?」
「もう今日は無理だな、社長の退勤に間に合わない」
真剣に討議する人々にハイファが口を挟んだ。
「実際、星系政府にSDBが喧嘩を売って、社長会長が知らない訳はないと思うけど」
それで少し冷静となった皆の前でシドが大声を出す。
「なら明日だ、明日。明日で全部終わらせようぜ。ふあーあ」
本当に飽きたらしいシドが大欠伸をかまし、滲んだ涙と零れかけたヨダレまで対衝撃ジャケットの袖でごしごし拭いた。それを皆が見て何となく溜息を洩らす。素材は極上だが、あまりの自意識のなさに皆は毒気を抜かれたらしい。
まだ武器の入手――といっても基地の武器庫からのチョロまかしだが――などで話し合う彼らを尻目にシドはハイファを促し、さりげなく細い躰を支えて与えられた自室へと戻った。
戻るなりハイファは端末を起動し、ホロディスプレイに二人の男を映し出して見せる。
「何だ、悪そうな奴らだな」
「貴方の先入観はともかく、これがシュレーダー・ディー・バンク社のダーレン=ブルック社長とサイラス=ベンサム会長だよ。覚えておいてよね」
ダーレン=ブルックはシルバーグレイの髪に茶色い目の壮年でやや小柄、サイラス=ベンサムは禿げ上がった黒い目の、老年ながら巨漢だった。
「こいつらを叩いて吐かせれば、俺たちは帰れるって訳だな」
「まあね。ダリア素子は蔓延しちゃってるし、暫くは大騒ぎだろうけど」
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