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第23話

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「キミたちにやって貰うのは悪いがひとことで言って雑用だ。各研究室から上がってくる書類運び、仕分け。来客の対応と私が出掛ける際の出先との調整。その時々でどちらにやって貰うか決める。昼食時以外は通常どちらかだけでも隣の秘書室に詰めて貰いたい。一七三〇ヒトナナサンマル時に私は研究所ラボ外の官舎に帰るので基本的に課業外は自由だ。質問は?」

「今のところ、ありません」
「自分もです」

 ハイファに倣って答えたシドは直立不動のまま多機能デスクの向こうに立つ、オリビン=グロッシュラー陸将補のグレイの髪を見つめた。

 元々のグレイではなく黒髪に白髪が混ざったグレイだ。瞳も灰色。白髪は多いが、それほど歳を取っているようには見えない。テラ標準歴で四十代半ばくらいだろう。いわゆるロマンスグレイといった風だ。

 なかなかの男前で物腰は紳士的、とてもジプサム駐屯地でモルガナ=オーレナイ曹長が言っていたような所業に及ぶようには思えなかった。

 だがそれが手なのかも知れないとシドは心を引き締める。オーレナイ曹長も『見た目に騙されるな』と有難い忠告をしてくれた。

 何があってもハイファだけは護らなければならない。これまでの任務でハイファばかりをつらい目に遭わせてしまってきた、この自分がついているというのに……。

 後悔している場合ではない。護ると決めたからにはロマンスグレイの奥に隠された毒牙からも護るのだ。ハイファのミテクレではチョロいと思われる可能性大である。

「――ということでワカミヤ二尉にファサルート二尉。個室以外の全てに通用するマスターキィロックコードを流すので、まずはラボ内の何処に何があるのかを見学してきてくれたまえ。それを把握しないと仕事にならないからね。用があれば発振する」

 別室資料で所内配置図は見ていたが実際に仕事をするとなれば話は別である。二人はリモータリンクでマスターキィコードを流して貰うと敬礼して所長室を出た。

 相も変わらずシドが下げている巨大レールガンを新しい上司はチラチラと見ていたようだったが、これといって咎められずに済んだのは幸いだった。

 テラ連邦軍が統括するここスピネル鉱物研究所は、今朝までいたジプサム駐屯地と五百キロほど離れてはいるが惑星スピネル上の同緯度辺りにある。故に気候の変動もあまり感じず負担に思うことはなかった。

 惑星内でも最も都市化が進んだエリアの郊外、高台の緑も多い場所に研究所ラボは建っている。シドとハイファはこのラボ内にそれぞれ個室を与えられた。十二階建ての十一階の部屋で横並びのそれぞれシングルだった。

 一階から十階がラボ及び関連施設で十一、十二階が所員の居住区画と云えば大したことはなさそうだが、実際には二次元的に巨大な非常にどっしりとした質量感のある建築物なのだ。
 途轍もなく広い。配置図がなければ冗談でなく迷子になりそうだなとシドは思う。ちなみに二人の主な職場となる所長室は十階にあった。

 事務専門の制服組と研究員の白衣組の両方を合わせて約六千名がここで勤務している。じつにジプサム駐屯地の総員より多かった。制服組は無論軍人だが白衣組は軍人の他に技官と呼ばれる軍属の者がいて、半々くらいの比率で混ざっているらしい。

 などと予備知識を仕入れたがシドにとっては殆どどうでもいいことばかり、頭にあるのはハイファを護ること、それだけだった。
 既に任務すら半ばどうでもよくなっている。一方で正式な別室員は新たな展開への意欲が湧いているようだ。

「さてと。何処から行く?」
「順当に下って行けばいいんじゃねぇか?」
「OK。じゃあ、行こ」

 クリーム色したファイバ張りの広い廊下を歩き出す。肩を並べて十数メートル、まずは目についたリモータチェッカに交互にリモータを翳した。

 ただ通路からドアを眺めるだけでなく、これから暫し付き合う人間たちと繋ぎをとっておこうという作戦だ。任務でこの鉱物研に潜入させられたからには鉱物研の中に【情報漏洩】に関わっている者がいるとみるのが妥当である。別室員は基本に忠実にその一歩を踏み出すつもりらしかった。

 自分はハイファの護衛と決めたシドは機械的に倣う。ただひたすら眠たく『腹が減りそうだな』と思った。

◇◇◇◇

 ――そして三時間後。

「ちゃんと全部見ようと思ったら一日仕事かも」
「案外真面目だな、お前。別に全部見なくてもギウダとラクリモライト、あの研究室のある九階さえ押さえてればいいだろ。本気で一生、秘書やる訳じゃねぇんだから」
「まあ、そうだよね。用ができたらその都度、配置図見るしかないよ」

 所長室と同じ十階の食堂で二人は昼食を摂っていた。

 偶数階に食堂、奇数階に喫茶室という、これは分かりやすい配置だった。

 ここパライバ星系では数え切れないほどの種類の鉱物が産出される。それらひとつひとつにそれぞれの可能性を求めて研究室が作られ、日々実験が行われているのだ。重要度に比して部屋の大小はあれど、何処から書類が上がってくるかは分からない。

 ここまで入り組んでいるのを実際に目にして秘書官が二人も必要とされているのをシドは納得した。今までは各研究室の人間が走り回っていたらしい。知ったことではないが自分たちが任務完了で去ったらどうするんだと余計な心配までしそうになる。

 それほどラボ内は入り組んだ、広大なラビュリントスだった。

 何とか四階まで回った頃に昼となり二人はこの先一番使いそうな十階の食堂に上がって食事にしたのだ。セルフサーヴィスの食堂は八分の入りで、二人はなるべく静かな隅のテーブルに陣取っていた。
 同じ長テーブルでは斜め向かいに女性職員が一人で食事をしているだけ、お陰でジプサム駐屯地でのように騒がれることもない。

 コーンスープを上品にスプーンですくってハイファが低い声を出した。

「シド。もしかしてあーた、もう飽きちゃってない?」
「飽きたんじゃねぇ、うんざりしてるんだ」
「あ、喫煙ルームが少なくて遠いから、ふて腐れてるんでしょ」
「うるせぇな、お前はメシどきに仕事の話はしねぇ主義だろうが」

 これは相当苛ついてるぞとハイファは思う。
 何かの肉の唐揚げをフォークで突き刺しながらシドが不機嫌な声のまま言った。

「ハイファ、お前の頭のずっと向こうに所長サンがいるぜ」
「ふうん。手の掛からなそうな人ではあるよね、階級の割には偉ぶってないし」

 振り返りもしないハイファにシドは首を傾げた。

「所長の階級、将補ってのは相当偉いのか?」
「まあね。惑星警察に喩えれば一番偉い警視総監の一個下、警視監くらいかも」

 メインディッシュに添えられたサラダを上品に食しながら、そうハイファはサラリと云ってのけたが、シドたち平刑事にとって警視監と云えば雲上人である。

「だあーっ! 俺、軍人で士官のフリなんか何処まで出来るか自信ねぇからな」
「じゃあうんざりしてるヒマはないよ。ここの人たちと早く仲良くならなくちゃ」
「お友達になって、『はい、わたしが情報を流しました』って言わせるってか?」
「それが出来ればベスト」
「そんなに簡単にいくかっつーの」
「いかせなきゃだよ。でも必要以上に仲良くなるのは御法度だからね」
「ンなこと心配してんじゃねぇよ、俺はお前だけだって言ったろ。そもそも俺はタラし方なんか知らねぇし。そういうのはお前の専売特許、全面的に任せるさ」

 そう言ってライスをかき込み始めるシドにハイファは優しい目を向けた。

「分かってないなあ」
「んぐ……何がだ?」
「いいよ、分かんなきゃそれで。でも僕とこうなるまでの誰かさんはタラし方も知らないクセに七人も八人も途切れなく彼女がいたんだよね……」

 自分の言葉でハイファは陰鬱に沈み込む。
 シドは残りのメシに逃避した。
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