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第17話

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 コンソールのレバーを握り締めた航海長に船長は鋭い声で操船命令を下す。

「ミジップ!」
「ミジップ、サー」

 中央ミジップの指令で船はようやく元の姿勢を取り戻した。

「さっきまで他船のライトが……まただ! ポート、いや、ハード・ポート!」
「ハード・ポート、サー!」

 なるほど、かなり近い位置に何かが発光しているのをシドとハイファも目に映す。暗い海の上、中空に浮かんでいるそれは、この船とは相対位置を保っているようにも見えた。

「レーダーは?」
「反応なし。ジャミングというよりマスキングでもかけられているようです」

 と、シドの問いに船長が答えた途端、その光が動いた。速い。

 月明かりだけの海面には比較対象物がないので難しいが、たぶん十メートル前後の距離を保ったまま光はこの船の右舷を回り込むように飛来し、ひゅるひゅると音を立てて左舷を飛び去る。

「ねえ……見た?」
「見えた……かも知れん」
「私も見えたような気が……」

 ここにいる皆、視力は抜群に良い。シドとハイファは勿論のこと、この船舶のブリッジ要員らも視力が悪くては仕事にならないだろう。
 故に飛来物をここにいる全員が目視確認した訳だが、それでもそいつが何だったのかを口にするのはやや憚られた。誰もが自身のプライドを護ろうと無言の押し付け合いをしていた。

 暫しの沈黙に耐えられなくなったのか船長がおもむろに口を開く。

「あー、ゴホン。あれはミサイル……ではないでしょうかね」

 さすが偉そうな制服を着ているだけのことはあった。
 その勇気を二人は賞賛した。

「原因も分かったところで、僕たちはこれで」
「俺たちはあと二十分のクルージングを愉しんできます。じゃ!」

 非常に爽やかに言って、とっとと去るつもりだった。だがオイちょっと待て、待ってくれコラと服を掴まれ、襟首を引っ張られて二人はその場に留められた。

「だからって、どうしろって言うんだよ俺たちに!」
「それに当てる気なら、とっくに命中してると思うんだよね」
「それでも何故私のシップが狙われるんですかっ!? 何とかして下さいよ」

 泣きそうな顔をして船長は二人に縋らんばかりに懇願する。

「うーん……シドはあれ、撃ち落とせる?」
「爆発の影響半径どのくらいかも分かんねぇのに、ンな危ねぇことができるかよ」
「だよねえ、どんな弾頭積んでるかも分かんないし。でも僕の銃じゃ風で弾が流れるし、シドのマックスパワーならって思ったんだけど、やっぱり無理かあ」

 発光しつつミサイルは船の周りを二周、三周と回っている。

「何だか迷子になってるみたいじゃない?」
「迷子なあ。この船に何か特殊なモンでも積まれてるのか?」
「さあ? シーカー情報が何なのかも不明だしね」

 シーカーとは標的を捉えるセンサのことだ。通常のセンサ対象は敵機の動力源から発せられる熱源、いわゆる赤外線だったり、特定場所の座標だったりする。

 そのセンサの対象物になり得るものがこの船にはある筈で……。

「……ねえ、シド。あのサ」
「言うな、目を瞑れ。俺は耳も塞ぐぞ」
「『見ざる聞かざる』でも口は減らないクセに。まあ僕も目を瞑りたいとこだけど」
「何ならやっぱり撃ち落としてもいい」
「うーん。とにかく放っておく訳にはいかないし、まずは確かめようよ」
「で、結局アレは何なんだ?」

 言いつつ窓外目の前を通過する一メートルほどの長さのミサイルをシドは見送る。

「たぶん軍通衛星MCSに搭載の非常用大気圏突入型巡航クルージングミサイルだと思う」

 苦いものを噛んだようなシドと同様にハイファもうんざりといった顔つきである。

「仕方ないね。一旦見るだけ見てみようよ。九割方、爆発はしないから」
「リゾート満喫中の俺たちの心にはメガトン級の爆弾だぜ」
「ここじゃあ窓、突き破ってきそうだから外に行こ」

 状況を読めない船長に向かってハイファはぺこりと頭を下げる。

「どうもすみませんでした。宅配便が届いたみたいなので船尾甲板をお借りします」

 曖昧な微笑みと鉄壁のポーカーフェイスで誤魔化して二人はブリッジを辞した。船尾に向かうべく甲板に降りたシドには海風が少し冷たくなっていた。嫌な予感が的中する確信めいたモノがあり、血の気が引いているせいかも知れないとシドは思う。

「トレーサーシステムも切っちゃったから明確な対象を定められなかったんだね」
「なあ、放っとこうぜ」
「アレがホテルの部屋の中を飛び回るのを想像してみてよ」
「くそう……」
「じゃあスリーカウントで別室システム立ち上げるよ。……三、二、一、ポチッと」

 同時に二人はリモータ操作し、本来の機能をブートした。

 ひゅーんと飛んできたミサイルが急減速して一瞬、滞空してから力尽きたように二人の足許に転がった。そしてカチャリと音を立て、直径十五センチくらいの筒の腹に三辺の切れ目が入ったのち、ブーンと電子音を発しながらフタが持ち上がる。

 一応、爆発しなかったことに僅かな安堵を得て、ハイファは開いたフタの中を探った。客室からのライトに照らされているので手許に不自由はない。

 出てきたのは五センチ掛ける二センチくらいのスティック状ケースが一個だった。IDコード照射をしなければ開かない仕組みのそれに、ハイファがリモータでマイクロ波を送る。だがそれだけでは開かず、シドがしぶしぶ同様の処置をした。キャップが外れる。

 ケースの中には外部メモリのMB――メディアブロック――が四つ入っていた。吹けば飛ぶような一片五ミリのキューブは色分けされ、一人に二個ずつだと分かる。

「どうする、今見る勇気、ある?」
「お前が決めろよ、別室員」
「じゃあ見ようよ。あとで慌てるのも嫌だからね」

 二つのMBをリモータの外部メモリセクタに挿入してファイルを開く。小さな画面に現れた緑色の文字を読み取った。

【中央情報局発:パライバ星系第三惑星アジュル第四惑星スピネルにおいて産出されるギウダ及びラクリモライトについて。一、同鉱物の密輸出疑惑解明。二、同鉱物研究情報の漏洩阻止。以上に従事せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】

「チクショウ、また俺もか。おまけに何なんだ、この雲を掴むような勝算もねぇ任務内容は。別室長ユアン=ガードナーのオッサンはどうかしちまったんじゃねぇのか」
「うーん、またも無茶振りを……」
「たった二人で惑星二つを探れってか? ふざけやがって!」
「でもヒントくらいは書いてある筈。ほら、もう一個の方に資料も入ってるし」
「へえ、何だって?」

 巡航ミサイルを蹴飛ばし始めたシドは、既に自分で読むのも放棄している。

「ええと、大筋ではね、【第四惑星スピネルの鉱物研究所に潜入するにあたり、スピネルのテラ連邦軍ジプサム駐屯地に本星中央情報局からの転属者として一時配置、のちに研究所に出向】ってことは……シド! 貴方とうとう軍人だよっ!」

 ミサイルを蹴る足を止め、対衝撃ジャケットのポケットに両手を突っ込んだ格好でシドはバディに醒めた視線を送った。黒い目で射竦められてハイファは固まったが笑顔は変わらない。

「……ハイファ」
「何か、シド?」
「この状況で何でそんなに嬉しそうなのか、訊いてもいいか?」
「えっ、嬉しそうに見えちゃった? だって今度は貴方の軍服姿が見られる……」

 思わずシドはハイファの金髪頭をペシリとはたく。

「アホっ、コスプレ萌えしてる場合か!? 俺たちは! 今! 休暇中なんだぞ! 俺との初プライヴェート旅行だって力説してたのはお前じゃねぇのかっ! もういい、このMB捨てようぜ。ミサイルと一緒に海の藻屑、鱶の餌だぜ」
「無駄だよ、もう。僕らがファイルを開いたことは別室に向けてフィードバックされてるし、イコール、命令受領として処理されてる筈なんだから」
「くそう、これならシージャックの方がどれだけマシだったか……」
「シド、スピネルの駐屯地に赴任は明後日だから。休暇、予定通りのチェックアウトでいいんだから。そんなに泣かないで」

 そっとハイファはシドの頭を抱いた。柔らかな黒髪を撫でられながらシドはハイファの胸で肩を震わせる。だがガバリと顔を上げた切れ長の目は泣いていなかった。
 血走り据わった危ない目で宙を睨むと吼える。

「チクショウ! あの別室長ユアン=ガードナーの野郎と、絶対一枚噛んでやがるヴィンティス課長の野郎、人の幸せを叩き壊す絶妙なタイミングでこんなモン送ってきやがって! 俺は軍人でもスパイでもねぇ、刑事だぞ!」
「たまには職業を変えてみるのも面白いんじゃないかな?」
「何処が面白いんだ! 大体ナイトクルージングにクルージングミサイルなんてのは駄洒落のつもりかっ! あああ、こんなモン要らねぇ、外して捨ててやる!」

 何が鳴り出そうとシドには関係ない、捨てて忘れてしまえばそこまでの別室リモータをこれまでシドは外さなかった。理由は危険な別室任務にハイファ独りを送り出すことができなくなってしまったからだ。

 惚れた弱みで『一生、どんなものでも一緒に見ていく』と誓ったのだ。有言・無言含めて己で決めたことは護り抜く男である。
 だが今は波打ち際の砂の城のごとく幸せが崩れ去り、頭に血が上りきっていた。

「わああ、外しちゃだめ! リモータなしじゃホテルにも入れなくなっちゃう!」
「じゃあ、せめてこのミサイルだけでも破壊して――」
「それも再推進できる、一基二億は下らないんだから」

 二億と聞き蹴り止めたのはしがない官品根性、代わりに矛先をハイファに向ける。

「そういやここへの旅行プラン、別室の先輩から聞いたとか言ってたよな?」
「その時点で乗せられてたって? うーん、確かに否定できないかも。面目ない」
「ふん、上手く担がれやがって」 

 吐き捨てたシドは申し訳なさそうに俯いたハイファを突然抱き竦めていた。衆目構わず口づける。何の騒ぎかと注目された中で荒々しく舌を絡ませきつく吸い上げた。

 ハイファの膝が頽れそうになるまで攻め立ててからようやく離し、耳許に囁く。

「お前も同罪だ。今日明日は寝かせねぇからな、覚悟してろよ」
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