Human Rights[人権]~楽園6~

志賀雅基

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第42話

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 ドン・レスターの奥のスツールに二人は並んで腰掛けシドはジントニックを、ハイファはドライマティーニを注文する。
 ユリアン=レスターは嘆息した。

「大した度胸だよ、兄さんたちは」
「別に後ろ暗くもないんでな」
「なら、何故逃げた?」
「撃たれりゃ誰でも逃げると思うのは俺たちだけか?」

「十五人中、助かったのは四人だけだ」
「仕掛けたのはあんただ。マフィアにはマフィア流の返事をすることに決めてる」
「へっ、そうかい。だが今日はここから出て行けると思うなよ」

 リモータの音声をオープンにでもしていたのか、蛇男が薄気味の悪い嗤いを見せたかと思うと、次の瞬間シドの持っていたロンググラスが爆発的に壊れた。

 瞬時にハイファはドン・レスターの襟首を掴みその場に伏せる。同時にレスターの顎の下にテミスコピーの銃口をねじ込んでいた。
 シドはカジノとバーを隔てる壁から顔を出したマフィアの手下のうち、グラスを割った男の銃を撃ち壊す。一緒にトリガに掛かった指を吹き飛ばされ男は呻いてしゃがみ込んだ。

 間髪入れず、シドが大喝する。

「動くな! ドンの頭が吹き飛ぶぜ!」

 そこで口を開いたハイファは心外とでも言った声を出した。

「えっ、吹き飛ばさないよ。そんなに親切じゃない、一生不自由にさせてあげる」
「だそうだ。格好つけて一人で飲んでるからだぜ」
「あんたらこそ無事で済むと思ってるのかい?」

 余裕を見せつつドン・レスターが僅かに動かした左手首をハイファが撃つ。九ミリパラが超至近距離でスタンレーザー搭載型リモータごと手首を貫通し左手があらぬ方向に折れ曲がった。それでも呻き声のひとつも洩らさないのはさすがと云えようか。

 だがドンが撃たれ頭に血が上った手下らは銃を降ろすどころか闇雲に撃ち始めた。

 壁から顔を出しては次々に銃弾を撃ち込んでくる手下にシドは速射で三発を叩き込んでからレスターを確保したハイファの前に這い出る。左腕で頭と顔を庇ったシドの掩蔽物は左側にある大型スピーカと対衝撃ジャケットだけだ。

 スピーカの陰に這い込む三人を追って飛来した一発がドン・レスターの右耳を掠めて初めてマフィアのドンは呻く。だがハイファは銃口は食い込ませたまま身動きを許さない。伏せたまま手下にフレシェット弾を見舞いつつシドはドン・レスターに持ち掛ける。

「今ここで二度と俺たちを追わない、狙わないことを手下に宣言しろ。そうすれば解放してやる。早くしねぇと時間の問題だぜ、手下に撃たれて穴だらけになるのは」
「宣言したってお前さんらがそれを信用する馬鹿にも見えないんだがな」

 耳から思わぬ大量出血をしてドン・レスターの顔色は悪い。

「ふん。命令を聞かない手下に囲まれて幸せ者だな」
「勘違いするな、ファミリーの矜持さ」
「なら、じわじわ穴開けられて死ねよ、手下は俺たちが全て殺っといてやる」

 時折弾がめり込む音のする大型スピーカの陰から、シドは喋りながらも容赦なくレールガンをマックスパワーでぶちかます。たった一発のフレシェット弾で三人の腹を貫通し、四人目を倒して止まった。二発、三発と続けざまに撃つ。

 付近の手下が総動員されたのだろう、数十人、いや、百人ばかりが狭い所に集まっているのだ、いい的である。殆ど照準せずとも一射で数人ずつが斃れてゆく。
 だからといって暢気にはしていられない、掩蔽物の大型スピーカはネズミが食い散らかしたチーズの如く穴が開き、脆くなり始めていたからだ。

 そのときハイファが気付いて振り向きざまに発砲する。
 壁の後ろから回り込んできた手下が血飛沫を上げて吹っ飛んだ。Tの字となった建物の壁とバーの背後の壁の間は、幸い一人ずつしか覗けないくらい狭い。
 が、次々と銃口を突き出されてこちらも忙しくなる。

 絶え間なく撃ちながらシドはドン・レスターに肘鉄を食らわせた。

「傷は浅い方がいいんじゃねぇか?」
「くっ、ここでテメェらを逃したら赤っ恥だぜ……撃て、撃てっ!」
「いい覚悟してるじゃねぇか。ファミリー全員斬りになっても文句は言うなよ」

 三桁もの連射が可能な巨大レールガンから放たれたフレシェット弾は有効射程が五百メートルという驚異的なパワーで手下どもの腹を引き裂いていく。
 だが何せ敵の数が多い。途中で連射モードに切り替えて男たちを何度も薙いだ。強烈な反動を押さえ込むこと数秒で、あっという間に半死体の山が築かれる。

 マックスパワーのフルオートを食らい手下は半分以下に減っていた。しかしドンがこちらの人質になっていることを忘れたのか、頭に血が上った三下らはドン・レスターにもお構いなしでスピーカに実弾を撃ち込み始めていた。この分では本当にドンも穴だらけだ。

 デカく頑丈なスピーカが食い散らされたチーズを通り越しスポンジのようになった頃、対衝撃ジャケットを着た我が身でシドはハイファを庇いつつ、カウントしていたハイファのテミスコピーがフルロード・スペアなしとなったのを知る。
 マガジンに予備弾をロードするヒマなどある訳がない。

「ちょ、多すぎ、どうするのサ! 貴方が気分で出てくるから!」
「愚痴ってる場合かよっ、いいから弾をバラ撒け!」
「弾がなくなったら噛みつけとでも言うの!?」
「こんな煮ても焼いても食えねぇ野郎、食あたりは必至だがな!」

 バカなことを叫び合いながらも銃弾での殴り合いは続いていた。
 
 だがハイファだけでなくシドもそうそうフルオートでは保たない状態、ちょっとコレは甘かったか……と思い始めた頃、カジノ入り口の扉が「バーン!」と開いて数十人の男たちがなだれ込んできた。  

 気配で察知したのは大量の人員、敵の増援はさすがにヤバいとシドが思ったのも束の間、その男たちの先頭には腹にキリリとさらしを巻いて匕首を挿し、渋い大島紬の着流しの袖から出した手には三十八口径という新神源次郎が立っていたのであった。

「やいやい、てめぇら、ウチの客人に鉛弾のプレゼントたあどういうことでェ。兄さんらに銃口向けるはこの新神源次郎に向けるも同じこと。落とし前キッチリつけさせて貰いやしょうか。こんなゲスに命張るこたねぇが野郎ども、怯むんじゃねぇぞ!」

 それからはあっという間に乱戦になってしまい、そしてカジノの客が通報したのか、あっという間に地元惑星警察が到着した。

 更には、あっという間にアラガミファミリーはちりぢりになって逃げ、シドとハイファも勿論それに倣ったのだった。
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