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第33話

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 リモータのリードを出しコンソールに繋ぐとハイファはコードを打ち込んで発信する。折り返し返答がなされ、この機以外全ての機の離陸が一時停止となったのを告げられた。

「何だか却っていいターゲットになった気がするなあ」

 それを言っても始まらない。ハイファは機を宙港面から遠ざけつつ最大出力で高度をとるべくオートパイロットを弄る。趣味人でもなく手動操縦の仕方など知らない。

「RPG、来たっ!」

 一撃目は何とかクリア、だが次弾飛来。ロケット弾はBELの右水平尾翼の一部を掠め近接信管を作動させた。急上昇するBELの腹の数メートル下で起爆し爆風が襲う。完全G制御だがさすがにロケット弾は想定外らしく追いつかず機体が波打つ。 

「わあ、危なかった!」
「機体モニタは……尾翼が少し欠けて、反重力装置はフェイルセーフ側に損傷か」
「メインで何とか飛べそうだね」
「大陸に渡る途中、海で落っこちるのは勘弁だぜ」
「言わないでよ、ストライクしそうだから。それより貴方の怪我!」

 高度を取りマッハ二以上で飛ぶBELは今のところ安定飛行していた。

 一息つく間もなくハイファはBELの所定位置に必ず載せてあるファーストエイドキットを出してきて問答無用でシドの上衣を引き剥がす。
 すると対衝撃ジャケット着用とはいえ四十五口径弾を繰り返し食らった左上腕が大きな血腫になり腫れ上がっていた。
 
 消炎スプレーを吹きつけながらハイファは見た目の酷さに顔色を悪くする。

「筋繊維もやられてそうだね。血も自然吸収を待つより抜いた方が楽かもだけど、そしたらワープできなくなっちゃうし……」
「や、これで充分だ」

 シド本人はしれっとしているが、ワープを念頭に置かねばならないので予想よりできることがあまりに少なすぎて、ハイファは顔色を悪くしたまま萎れた。

「血腫、潰さないように気を付けてね」
「分かってる。けど失敗したな、腹減ってきたぜ」
「言われてみればそうかも。第五生体研まで約三時間もあるよ」
「ロンを狙ってる奴らの勘が良ければ、生体研でも待ち伏せされてるかもな」
「そっちはもうお腹一杯だけどね」

 パイロット席に座ったシドの腹が鳴り、コ・パイロット席のハイファが天を仰ぐ。そこに後部座席からロンが顔を出した。大きな箱を抱えている。

「あのう、これが積んでありましたよ」

 箱の中身はレンタルBELが遭難したときのために、積んでおくことを法で定められている非常糧食だった。腹を空かせた二人は途端に笑顔になる。

「お、でかしたロン」

 既に座標をセットした第五生体研究所までの三時間どうせやることもないのだ。ここはゆっくり恒星百令が昇るのを眺めながら三人で食事タイムを愉しむことにする。

「この会社の製品って結構美味しいので有名なんだよ」
「これを剥がせば熱いコーヒーなんですね」
「こっちもヒモ引いたらメシとおかずが温まるのか」

「私はこのピラフとクラムチャウダーにします」
「へえ、この生姜焼きはマジで旨いじゃねぇか」
「うん。こっちの唐揚げも結構いい培養肉使ってるよ」

 定員八名の小型BELに三名、好きなものを選んで温かい食事を摂った。非常糧食でもバラエティに富んだ品揃えで高額のBELをレンタルしただけのことはあった。
 コーヒーの紙コップを片手にシドは煙草を咥えながらロンに訊いた。

「なあ、あんたがエーベルハルト=フォスに拾われたのってハルマなのか?」
「ええ、ZOOで狩られる前に」
「ふうん。マジであんたも修羅場をくぐってきたんだな」
「確かにあの時は覚悟しましたねえ。覚悟しても怖かったですけど」

 それは当然だろうが実際に目にしてきたシドたちには、こうしてロンが生きているのが不思議に思えた。

「だろうな。しかしそれならフォス議員はあの狩りを知っててテラ連邦にも黙ってるんだよな? もしかしてフォス議員も狩りの参加者だったのか?」
「いえ、他の議員の狩りの見学をしていたみたいでした。まあ狩りの存在自体は知っていることになりますね。走らされる前に私は買われたんですよ。結構なクレジットを払って貰って、そのあとすぐに記憶のデフラグも受けさせてくれたんです」

「なるほどな……恩を感じて整形までしたのか?」
「恩は感じています。でも整形して影武者になったのは私の意思です」

 相変わらずのんびりした口調ながら、ロンは確かに己の意思でそう言った。

「人間なんかに何でそこまで尽くせる?」
「『人間なんか』なんて言わないで下さい。私はその『人間なんか』に作られ、こうやって『人間なんか』に助けて貰わないと生きていけないんです」
「そうだな、すまん。侮辱した。許してくれ」

 酷い目に遭えば恨み、酷い目に遭わせ返したくなるのが人間だ。だがそれでは恨みの連鎖は断ち切れない。断ち切れずにいつも何処かで戦争をやらかしているのが人間ならば、もしかして人間にすら恩義を感じるロンたちは人間よりも進化した存在なんじゃないかとシドは思った。

 それともこれはロン個人のお人好しともいえる性格故なのだろうか。

 ともあれ見学という形であってもマフィアに渡りをつけて狩りに行ったフォス議員は、生き証人であるロンを第三者、それも別室なんぞに奪われる訳にはいかない筈だ絶対に。
 客として見学・参加したのが違法かどうかはともかく、テラ連邦議会議員として有権者に知られるのは致命的なことと云えるだろう。

 幾らテラ連邦御禁制物であっても人の形をしたものを撃ち殺して愉しむ趣向が有権者たちに『ゴミの廃棄のお手伝い』と理解されるとは思えない。

「あのさ、変装しても追っかけてくる奴らはロンの行き先を知ってる。つまりフォス議員本人の差し金じゃねぇのか?」
「確かにそれなら先回りしてシャトル便に乗ってた理由もつくよね」
「BELごと墜としてロンまで殺ろうとした理由もだ」

 もし予想通りなら敵は自分たち狙いのレスターファミリーと、ロンを影武者と知りエーベルハルト法廃案のため利用せんと追うマフィアと、エーベルハルト=フォスが雇った刺客との三つ巴だ。賑やかだが頂けない。

 だがこうなった上は仕方がない。休めるときに躰を休めておこうと三人はシートに深く腰掛けた。マッハ二で飛ぶBELの中は羽毛を詰めたように静か、皆でうとうとする。三時間近く何事も起こらなかった。だが突然の警告音が三人を叩き起こす。

 コンソールに飛びついたハイファが機体モニタに異常を発見した。

「右水平尾翼が脱落寸前、機速を下げるよ」
「あと百二十キロ、行けそうか?」
「どうだろ。機速を半分に落としてマッハ一、約六分持つかな……」

 願い虚しく機体はガタつき始めた。更に機速を緩め降下させるも機体モニタ上で片方の尾翼が消える。コーションランプが点灯、警告音が鳴り響く。G制御装置が間に合わないほどの揺れ。全員が座席で対ショック姿勢。
 急激に速度と高度を下げた機体はスタビライザをフル作動させながらも地面に腹を擦り、ザザーッと何かに突っ込んで止まった。

「生きてるか?」
「何とかね」
「はあ、大丈夫です」

 BELのモニタは飛行不能を示していて手当たり次第にシドとハイファがコンソールを操作するも再始動は叶わなかった。つまり第五生体研までの残りの過程は何らかの代替手段を得なければならないのだ。

 どうやら機は柔らかい地面に突っ込んだようで、街中での墜落でなくて良かったと思ったのも束の間、シドはパイロット席側のドアを開けてみて大きな溜息をついた。

 外には燦々と、というよりもギラギラと照りつける恒星百令の他には砂、また砂の丘しか見えなかったのだ。
 いわゆる砂漠というヤツである。
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