Human Rights[人権]~楽園6~

志賀雅基

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第32話

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「向こうは武器所持許可証も持ってねぇんだ、ここでそうそう撃ってはこねぇだろ」
「向こうで銃なんて手に入るのかな?」
「ビャクレイⅢだけがマフィアパラダイスとは限らねぇぞ」

「Ⅲより小さめですが、マフィアが仕切る歓楽街も各大陸にありますよ」
「嬉しい情報、感謝する」
「Ⅲみたいに上品じゃないですがね」

 シドとハイファは揃って宙艦の天井を仰ぐ。

「あー、鉛玉とレーザーの雨が見えるよー」
「最低限、私設秘書狙いマフィアにロンは殺されねぇだろ」
「だからってロン拉致組と、僕ら狙いのレスター組の区別もつかないんだよ?」
「俺は差別主義者じゃねぇからな。殺られる前に全部殺るまでだ」

 先程のⅢ第一宙港は死体の山で大騒ぎだろう。Ⅴの第一宙港でも死体の山を築けば自分たちはヒットマンとして名を上げるかも知れない。

「じゃあⅤに着いたら第一宙港から個人BEL、チャーターしようぜ」
「なら少なくとも、乗り換え停機場でのドンパチは避けられるね」
「よし、そうと決まれば通信だ」

 そこでロンが焦ったように止めにかかる。

「BELのチャーターなんて、とんでもないクレジットが掛かりますよ?」
「そんなに俺たちが貧乏に見えるのか? 何処ぞの箱テン野郎とは違うんだよ」

 大きく出たシドだったが一方でハイファがしみったれた発言で台無しにした。

「チャーターはいいけどまだワープ前、ダイレクトワープ通信なんかヤダよ。任務外だから経費でも落ちないのに、アブク銭が余ってる人がやってよね」

 亜空間レピータを使用するダイレクトワープ通信は非常にコストが掛かる。それも費用は別室持ちではなく私用だ。カネはあるが伝統ある耐乏軍人は抵抗があるのだ。

 その顔を軽く睨んでからシドは回線を開く。宙港サーヴィスセンターを通してレンタル会社と交渉し、宙港面と隣接するBEL専用駐機場エプロンに個人BELをスタッフなし、いわゆるドライで着けるように借り受けた。降艦して駆け込めば銃撃は最小限で済むだろう。

 勿論、個人BELレンタルは保険料も込みで馬鹿高い。が、ハイファの言う通りドン・レスターに数千万を支払っても余りあるアブク銭がある。

 ふいに躰が分子レヴェルまで崩壊し流れ出すような感覚。ショートワープだ。

「ふう。あと二十分、マフィアも向こうに連絡してるんだろうね」
「インターバル戦だな。だがBELに乗っちまえば三時間だ、上品でないマフィアがなるべく少ないことを祈ろうぜ」

 そう言ってシドは目を瞑る。居眠りして過ごすほど残り時間は多くない。

「ちょっと、どうしたのシド? もしかして何処か痛む?」
「いや、大したことはねぇよ」
「そんな顔色して、大丈夫なんて言わせないからね」

「あとでな。個人BELのファーストエイドキットに期待する」
「やっぱり怪我したんだね? ねえ、ショートワープは平気だったの?」
「平気、平気。じゃなきゃ幾ら俺でも博打が過ぎるぜ」

 軽口を叩いて安堵させようと試みたがショートワープの作用か、四十五口径を三発被弾した左上腕が熱を持って痛みだしていた。心配顔に笑って見せる。 

「出血はねぇから心配するな。今はそれどころじゃねぇ、分かるよな?」

 そう言って更に言い募ろうとしたハイファの口を閉じさせた。最低でも艦内の七人を躱して宙港隅のBELエプロンに辿り着かねばならないのだ。

「もう着くぞ、そんな顔するな。やられたのは左、撃つ分には支障はねぇよ」

 だが対衝撃ジャケットのシドはいつも前衛だ。何でもないようなポーカーフェイスで火線の前に自らを晒す。ハイファが悲愴な表情をするのも無理はなかった。

 宙艦内にアナウンスが響き、ビャクレイⅤの第一宙港に着艦したことを告げる。続いて乗り継ぎ便や宙港内を移動するリムジンコイルの案内が流れた。エアロックが開放され、客たちはめいめい手荷物を持って立ち上がり、列を成して外に出始める。

 可能なら最後尾が安全だが、後方には明らかにスジ者らしき男らが四人いる。囲まれるのは危ないので一般客の列にシドたちは紛れ込んだ。前方の三人は先に降りている。何処で仕掛けてくるのか分からない。

 降艦したそこはロビーフロアではなく幸い宙港面、外は夜明け前の薄暗さだった。

 エアロック前には無人のリムジンコイルが数台待機していた。宙港メインビル行きが大型三台、BEL専用エプロン行きが中型一台だ。
 本来ならばBEL専用エプロン行きの中型コイルに乗るべきだが、シドはハイファたちに目で合図、宙港メインビル行きの大型コイルの前で乗り込む一般客に揉まれながら待つ。

 定期BELならメインビルの屋上発、それに乗ると踏んだ先の三人は既に大型コイルに乗っている。残りの四人は一般客の列、最後尾で様子を窺っていた。

 催促のアナウンスが数台のコイルから発せられ大型コイルのドアが四人の男とシドたちを残して閉まる。残るは中型コイルのみ、そちらに四人の男らが乗り込んだのを確認してシドは叫んだ。

「ハイファ、ロン、走れっ!」

 自らも中型コイルにまともに背を向け、BEL専用エプロンに向かって走り出す。
 距離はせいぜい五、六百メートル、それにライトで照らされているとはいえ夜である。コイル内で背に銃を突き付けられるより、自力で走り銃弾を躱した方が生存確率は高い。

 それでも座席から立ち、慌てて降車した男らは衆目構わず撃ってきた。だがその頃にはシドたちは二百メートルばかり先を走っていてハンドガンで動くターゲットを撃っても当たる筈もない距離だった。

 シドたちの行き先を知った男らは、慌てて再び中型コイルに乗り込もうとする。走り出せばコイルの方が勿論、速い。だがコイルは無人プログラム機動で、時刻を過ぎて人間を乗せない。
 仕方なく走って追いかけるも既に多数のBELが居並ぶエリアに入ったシドたちがどのBELに乗ったのかは判別不能だろう。

 中型コイルが歯噛みする男らを追い越してゆく。

 片やシドたちはレンタルしたBELのシリアルナンバを難なく発見した。リモータに流されていたキィコードでドアロックを解除し三人は急いで乗り込む。

「他のBELが離陸するまで待つ?」
「どうせ暫くは管制誘導だ、紛れた方がいいだろ」
「じゃあ適当にフライトプラン出しとくから、シドとロンは後ろにでも隠れてて」

 一発も発砲せずに済んだのはシドの機転と僥倖、ハイファは一刻も早く飛び立ってシドの怪我を確かめたい気持ちを何とか抑えつけ宙港管制にフライトプランを出す。

 届け出た行き先は第五生体研究所ではなく大陸のふちにあるという鉱山の街だ。何処でどうやって探り出されるか分からない。ここまできて敵を騙せるとは思えないが保険は掛けておくに限る。

 更にハイファはレンタルしたBELの自動帰着システム、いわゆるRTB――リターン・トゥ・ベース――プログラムを改変し、借り受けた一定時間が経ってもBEL会社に勝手に帰らないように航法コンを弄った。
 これでこのBELは何処まででも飛べる。シドの名で借りているのに、もうBEL泥棒などという感覚は麻痺していた。

 数分もしないうちに付近のBELがぽつぽつと離陸し始めた。同じ艦で着いた客たちだろう。宙港エリアから数キロ圏内は管制塔から発せられる誘導波によるオートパイロットだ。そのあとも余程の趣味人でもない限りオート、座標指定で飛ばすのが普通だった。

 フライトプラン通り順番待ちしながら、ふわりと飛び立つ隣の中型BELを三人は眺める。そこで目のいいシドとハイファは白煙の尾を引いて何かが飛来してきたのに気付いた。次の瞬間、上昇し始めていた隣のBELが尾翼部分から炎と煙を噴く。

 そのまま斜めに落下してゆき、だだっ広い宙港面へと墜落、炎上した。
 中から人が這い出すのが見える。

「ちょっ、あれって――」
「――RPGって、戦場かよ、ここは?」

 ハンドガンやサブマシンガンどころかRPG、歩兵用携帯式ロケット砲まで持ち出すなどとは思ってもみず、上品でないマフィアにシドとハイファは呆れる。

 だが宙港面でのBEL炎上事故はともかくRPGまでぶちかますバカがいることを知らないここの管制は、離陸許可要請を出したBELを全機飛ばす気らしい。三人が乗った小型BELにも離陸許可が降りた。

「避けようにも管制制御だからね、祈るしかないよ」
「別室コマンドで『内容は公開できない緊急任務』ってアレ出したらどうなんだ?」
「ああ、そういうのもあったね。だけどどっちがマシかは分かんないよ?」
「タダで撃たれるよりいいだろ。RPGの有効射程は?」
「二百から五百メートル程度……そっか、管制任せより高度とった方がいいかも」
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