Human Rights[人権]~楽園6~

志賀雅基

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第13話

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 お互いに目を覚ました原因は分かっていた。

 だが起きてみたら夕暮れだったという事実に二人して呆れ、もぞもぞと起き出すと、飲料ディスペンサーでシドが紙コップふたつにコーヒーを淹れる。
 咥え煙草で紙コップひとつをハイファに手渡した。

「よく寝たよね」
「やっぱり無理したツケは何処かで支払うハメになるんだな」
「学習してくれて結構なことです。お腹も空いたし、すっかり昼夜逆転だよ」
「昼夜逆転しようが本星に帰ればどうせワープラグ、時差ぼけも一日二日で解消なんだがな。本当なら、さ」

「そうだね。本当なら、今からだってパライバ星系までなら帰ってもいいのにね」
「本当ならこれから宙港に向かう準備をだな……」
「本当なら……ねえ。いい加減に逃げるの、ナシにしない?」
「俺はこいつごと、ナシにしてぇよ」

 シドは左手首を振った。
 目覚めたのはリモータに発振が入ったからである。

 その発振パターンは紛れもなくテラ連邦軍中央情報局第二部別室からのもの、タイムラグのある通常通信とは違い、遠い遠いテラ本星から使用料のバカ高い亜空間レピータを経由するダイレクトワープ通信で送られ届いた、つまりは別室任務という訳だった。

「毎度毎度貴方はそうやってゴネるけど、結局は任務に就くことになるんだから」
「そうは言うが俺は刑事だ、軍に志願した覚えはねぇもんよ。それに今回は完全に課長の野郎まで絡んでやがる。可愛い部下を売るようなマネを――」
「はいはい、分かったから指令を見ましょうね~」

 あっさりとハイファがリモータを操作するのを見て、シドもムッとしつつ倣った。


【中央情報局発:百令星系第三惑星ビャクレイⅢにて行方不明となったエーベルハルト=フォス・テラ連邦議会議員の私設秘書ロン=ベイカーを捜索・保護しテラ本星に同行・帰還せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】


「って、最近TVにこいつ、エーベルハルト=フォスって奴はよく出てるよな。今日、BELでも視たぜ?」

 確かに定期BELの中で視たホロTVでは、次の通常議会で提出される公営カジノ法、通称エーベルハルト法の認可法案がどうとかの論戦があり、茶色い髪に灰色の瞳の、テラ連邦議会議員にしては若手の男が映っていた。

「ああ、あの議員の私設秘書捜索かあ」
「惑星一個に俺たち二人で当たれってか? 別室長ユアン=ガードナーの野郎、本当に任務を遂行させる気があるのかよ。チクショウ、バカにしやがって」
「まあまあ、お腹が空いて余計に腹が立ってるんでしょ」
「俺をメシで釣るな。大体こんな無茶振りされて、お前は腹が立たねぇのかよ?」

 これほどまでにシドが別室任務を嫌うのにも訳がある。

 別室とは中央情報局の指揮下にあるような体裁を取っているが、その内情は巨大テラ連邦の意を直接受けて動く影の集団である。
 その存在目的は常にテラ連邦の利、目的を達するためには非合法的手段であってもためらいなく執り、その過程において実働部員をすり潰すことも辞さない。

 それもテラの平和を守るには致し方ないことではあるのだろう。

 だがそれがハイファにまで及ぶとなれば別だ。最初に組んだ任務でハイファはあわや死にかけ、次はファサルートコーポレーションの本社社長に祭り上げられ……と、部下の命をすり減らしプライヴェートにまで踏み込み利用させてまで『巨大テラ連邦の利のために』なるなら使い潰すのだ。

 ハイファ曰く『誰でも別室員になれる訳じゃない』という。それなら貴重な別室員の使いようというものがあるだろうとシドは義憤に駆られているのだ、半分は。
 許せない残りの半分は勿論、命まで危うくなる別室任務に勝手に組み込まれ無給でボランティアの如く自分が使われることへの私憤だ。

 そういった何もかもに腹が立つのは当然、シドは司法警察職員なのだ。人を助けたくて刑事になったというのに、別室任務に巻き込まれたからと言って無用な人殺しなどしたくはない。
 けれど命の取り合いになったら取られる前に取るのはやぶさかではなかった。
  
 自分の命だけでなくハイファの命だって勿論、捨て置けない。

 それでも嫌々ながら強制ボランティアを蹴飛ばさず、別室員ハイファス=ファサルートに付き合うのは、互いに互いを一生涯のバディとして、どんなものでも一緒に見ていくと誓ったからだ。惚れた弱みである。

「くそう、資料なんかあとだ、あと。メシ食いに行こうぜ」

 ハイファは「やっぱりご飯だ」という笑みを見られないよう俯いて着替え始めた。
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