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第11話
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一時間をまた気怠い思いで過ごし、百令星系ビャクレイⅢに着いて第一宙港を出た途端に、シドは周囲の建物の脈絡のなさに呆れた。
螺旋形や塔の上に皿が載ったような、かなりスペースを無駄にした異様な形のビル群の間に、テラ本星でも郊外で見受けられるような昔ながらの邸宅が建っている。
「ちょっと吃驚したでしょ? あの変な形のビルも個人宅なんだよ」
「あのサイケデリックな絵がウケる訳が分かった気がするぜ」
「星系政府中枢エリアはずっと向こうにあるんだよ、BELで三十分ってとこ。ここではお貴族サマの利便性が何より優先されるから、宙港近くの一等地は彼らのもの」
テラ本星から離れると、何処もここもカネ持ちのやることは同じらしい。
「だろうな。んで、マフィアの横行する歓楽街はどうなってるんだ?」
「貴方心配しすぎだって。彼らが仕切る歓楽街もBELで三十分くらい離れてるよ。このエリアの皆さんは洩れなく個人BEL、持ってるから」
眺めるに、確かに上空には個人BELがハエのようにブンブン飛び回っていた。
「他大陸はビャクレイⅣ、Ⅴと同じで穴掘りか」
「そうだね。でも言ったと思うけど、確立された手順とテクノロジィで、鉱夫たる労働者層の給与や生活レヴェルも決して低くないんだよ」
「ふうん――」
上空を救急機が飛びすぎてゆくのを眺めながらシドは何となくハイファに訊いた。
「で、お前の別室時代のここでの任務って、いったい何だったんだ?」
「他星系から流れてきた過激思想の女闘士を……って、いいじゃない、そんなこと」
シドとしては、上手くいっている辺境星系の何処に別室が目を付けるような瑕疵があったのか知りたかっただけなのだが、どうやらそれはハイファの琴線に触れるモノだったらしい。お陰で微妙にハイファは機嫌を損ねてしまった。
そんなハイファと想像を巡らせるシドは無人コイルタクシーに乗り込んで、別室資料にあったリーンヘルム=バッハマンの私邸を座標指定した。
ご機嫌斜めのハイファには当たらず障らずで、シドはお貴族サマの奇っ怪な屋敷群を眺め続ける。眺め続けながらもハイファの「過激思想の女闘士を……」の続きを記憶から掘り起こす作業を続行していた。
シドと今のような仲になる前のハイファはひたすら明るく軽く、任務が終わるたびに極秘の筈の任務内容をシドに面白おかしく語って聞かせていた。
本当に面白くなど思っていないことくらいシドは理解し、重たすぎるものを僅かでも一緒に背負ったのちに忘れてやれればいいと考えていたが、はっきり云って今はハイファの何もかもが気になった。
過去を掘り起こして責めたいのとは違うが、自分の知らないハイファを誰かが知っているというのが落ち着かないのだ。結局は嫉妬と独占欲で済ませられる感情なのだが。
ともあれ十分ほどでタクシーは停止し接地した。経費でクレジット精算し降りる。
着いたリーンヘルムの屋敷はテラ本星でも郊外にあるような、至極普通の屋敷だった。自社の看板が刺さっていたり、アダムスキー型UFOを模していたりすることもなく、勿論シドたち平刑事には縁のない規模のバカでかい建築物ではあったが、少なくとも玄関がどれかで悩むこともなかった。
降りてすぐ目線の高さまで積まれた天然石の塀が途切れ、大きな青銅の門扉が目に入った。門扉の傍に御用口のような扉がしつらえてあったので、そちらのインターフォンに向かって声を掛け、リモータチェッカに二人は交互に左手首を翳す。
何もやましいことがある訳でなし正門から堂々と入ればいいのだが、歓迎されないのは分かっているので、せめて自力で開きそうな方を選んだまでだった。
青銅のドデカい門を開けるのは二人の力を持ってしても、ヤドカリが犬小屋を背負うくらいの不可能事に思えたのだ。女性の声で応答があったのち少々待たされる。
数十秒後、御用口でなく青銅の門がオートで重々しく開いた。入るとすぐにAD世紀のゴルフカートのような乗り物が待機していた。
乗れということらしい。
人の歩調よりやや速いくらいのスピードで二人の乗ったカートは走り、蔓薔薇のアーチや整備された芝生、大きな温室数棟に池に掛かった石橋や石灯籠までを観せられて、ようやく大邸宅の天然木一枚板の大扉の前に着いた。
カートから二人が降りるなり、重々しい扉は内側からあっさり開く。
紺色のドレスに白いヘッドドレスのメイドがずらりと左右に五人ずつ並んで出迎えた。まるでクローンのような彼女たちのうち一人が手の仕草だけで自己主張し先に立って案内してくれる。毛足の長い絨毯を疲れを溜めた平刑事二人はズルズル歩いた。
案内されたのはサロンだった。屋敷に比して狭いのはごく親しい者しか呼ばないか密談にでも使うかだ。狭いといってもデカ部屋の半分くらいはある。
それにしても内装は豪華絢爛・満艦飾でただただ派手だ。
センスはない。
出された紅茶の香りは良かったので、緩く膨らませた風船の如きソファに埋もれてしまわないようムダに腹筋を使いながら二人はカップを手にして待った。
ここでずいぶん待たされ紅茶がカップの底で輪を描き乾いた頃になって、ようやく屋敷の主であるリーンへルム=バッハマンは現れた。
驚いたことに捜査三課の資料ポラで見覚えた運び屋のドゥガルド=カズとギスラン=ベルトラムまでが一緒だった。
運び屋たちを背後に立たせておいてリーンへルム=バッハマンは老いた身をせかせかと動かしシドたちの向かいに腰掛ける。そしておもむろに切り出した。
「五百万クレジットでどうじゃ?」
「……」
「舐めるなということか。なら十倍、五千万で手を打たんかの?」
「……」
「じゃあ一億じゃ。薄給刑事には縁のないカネだろうて。これ以上は上げん、頷くなら今のウチじゃぞ。それにほら、この二人もオマケにつけよう」
酷い雇い主もあったものだ。だが大人しくテラ本星まで連行され、諸々の厄介事をクリアし帰った暁にはそれなりの約束事がなされているのかも知れない。けれど収監されてみて刑期が意外に長かったら、ジジイになってどうすんだともシドは思った。
それにしてもいきなりの買収話にはシドもハイファも少々驚いた。しかしシドはカネに困っていない。そうでなくとも買収なんぞに耳を貸すタイプではないのだ。
ハイファはハイファで、じつはテラ連邦でも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション、通称FCの会長御曹司である。
一時は社長にまで祭り上げられたものの、何とか重責を背負うことは免れ、だが血族の結束も固い社において、今以て名ばかりとはいえ代表取締役専務などという肩書きを持たされているのだ。故にこちらも困っていない。
じっと互いに見つめ合ったのち、シドが溜息混じりに口火を切る。
「……あのなあジイさんよ。ラグランジュの闇オクで手に入れた二枚の絵と石、見逃す訳には行かねぇんだよ。単なる闇オク品ならともかく盗品だしな。素直に返した方がいいぜ、太陽系広域惑星警察にも、テラ連邦軍中央情報局第二部別室としても」
いい加減に腹筋が限界に近くなり、さっさと別室というワイルドカードを晒した。
途端に顔色を蒼白にしたリーンヘルム老はメイドを呼びつけ新しい紅茶を入れさせた。運び屋二人にはブツを持ってくるように言いつける。先程よりも更に香りの良い紅茶が運ばれ、おまけに茶菓子というには豪華なケーキも付いた。
そんな狂騒を眺めるのにも腹筋を鍛えるのにも飽きて二人は席を立つ。
同行を断った運び屋二人には、どうしてもというなら勝手に出頭しろと言い置いて丁重に包まれた合計七億クレジットを手にしたシドとハイファは早々にリーンヘルム邸を辞した。
螺旋形や塔の上に皿が載ったような、かなりスペースを無駄にした異様な形のビル群の間に、テラ本星でも郊外で見受けられるような昔ながらの邸宅が建っている。
「ちょっと吃驚したでしょ? あの変な形のビルも個人宅なんだよ」
「あのサイケデリックな絵がウケる訳が分かった気がするぜ」
「星系政府中枢エリアはずっと向こうにあるんだよ、BELで三十分ってとこ。ここではお貴族サマの利便性が何より優先されるから、宙港近くの一等地は彼らのもの」
テラ本星から離れると、何処もここもカネ持ちのやることは同じらしい。
「だろうな。んで、マフィアの横行する歓楽街はどうなってるんだ?」
「貴方心配しすぎだって。彼らが仕切る歓楽街もBELで三十分くらい離れてるよ。このエリアの皆さんは洩れなく個人BEL、持ってるから」
眺めるに、確かに上空には個人BELがハエのようにブンブン飛び回っていた。
「他大陸はビャクレイⅣ、Ⅴと同じで穴掘りか」
「そうだね。でも言ったと思うけど、確立された手順とテクノロジィで、鉱夫たる労働者層の給与や生活レヴェルも決して低くないんだよ」
「ふうん――」
上空を救急機が飛びすぎてゆくのを眺めながらシドは何となくハイファに訊いた。
「で、お前の別室時代のここでの任務って、いったい何だったんだ?」
「他星系から流れてきた過激思想の女闘士を……って、いいじゃない、そんなこと」
シドとしては、上手くいっている辺境星系の何処に別室が目を付けるような瑕疵があったのか知りたかっただけなのだが、どうやらそれはハイファの琴線に触れるモノだったらしい。お陰で微妙にハイファは機嫌を損ねてしまった。
そんなハイファと想像を巡らせるシドは無人コイルタクシーに乗り込んで、別室資料にあったリーンヘルム=バッハマンの私邸を座標指定した。
ご機嫌斜めのハイファには当たらず障らずで、シドはお貴族サマの奇っ怪な屋敷群を眺め続ける。眺め続けながらもハイファの「過激思想の女闘士を……」の続きを記憶から掘り起こす作業を続行していた。
シドと今のような仲になる前のハイファはひたすら明るく軽く、任務が終わるたびに極秘の筈の任務内容をシドに面白おかしく語って聞かせていた。
本当に面白くなど思っていないことくらいシドは理解し、重たすぎるものを僅かでも一緒に背負ったのちに忘れてやれればいいと考えていたが、はっきり云って今はハイファの何もかもが気になった。
過去を掘り起こして責めたいのとは違うが、自分の知らないハイファを誰かが知っているというのが落ち着かないのだ。結局は嫉妬と独占欲で済ませられる感情なのだが。
ともあれ十分ほどでタクシーは停止し接地した。経費でクレジット精算し降りる。
着いたリーンヘルムの屋敷はテラ本星でも郊外にあるような、至極普通の屋敷だった。自社の看板が刺さっていたり、アダムスキー型UFOを模していたりすることもなく、勿論シドたち平刑事には縁のない規模のバカでかい建築物ではあったが、少なくとも玄関がどれかで悩むこともなかった。
降りてすぐ目線の高さまで積まれた天然石の塀が途切れ、大きな青銅の門扉が目に入った。門扉の傍に御用口のような扉がしつらえてあったので、そちらのインターフォンに向かって声を掛け、リモータチェッカに二人は交互に左手首を翳す。
何もやましいことがある訳でなし正門から堂々と入ればいいのだが、歓迎されないのは分かっているので、せめて自力で開きそうな方を選んだまでだった。
青銅のドデカい門を開けるのは二人の力を持ってしても、ヤドカリが犬小屋を背負うくらいの不可能事に思えたのだ。女性の声で応答があったのち少々待たされる。
数十秒後、御用口でなく青銅の門がオートで重々しく開いた。入るとすぐにAD世紀のゴルフカートのような乗り物が待機していた。
乗れということらしい。
人の歩調よりやや速いくらいのスピードで二人の乗ったカートは走り、蔓薔薇のアーチや整備された芝生、大きな温室数棟に池に掛かった石橋や石灯籠までを観せられて、ようやく大邸宅の天然木一枚板の大扉の前に着いた。
カートから二人が降りるなり、重々しい扉は内側からあっさり開く。
紺色のドレスに白いヘッドドレスのメイドがずらりと左右に五人ずつ並んで出迎えた。まるでクローンのような彼女たちのうち一人が手の仕草だけで自己主張し先に立って案内してくれる。毛足の長い絨毯を疲れを溜めた平刑事二人はズルズル歩いた。
案内されたのはサロンだった。屋敷に比して狭いのはごく親しい者しか呼ばないか密談にでも使うかだ。狭いといってもデカ部屋の半分くらいはある。
それにしても内装は豪華絢爛・満艦飾でただただ派手だ。
センスはない。
出された紅茶の香りは良かったので、緩く膨らませた風船の如きソファに埋もれてしまわないようムダに腹筋を使いながら二人はカップを手にして待った。
ここでずいぶん待たされ紅茶がカップの底で輪を描き乾いた頃になって、ようやく屋敷の主であるリーンへルム=バッハマンは現れた。
驚いたことに捜査三課の資料ポラで見覚えた運び屋のドゥガルド=カズとギスラン=ベルトラムまでが一緒だった。
運び屋たちを背後に立たせておいてリーンへルム=バッハマンは老いた身をせかせかと動かしシドたちの向かいに腰掛ける。そしておもむろに切り出した。
「五百万クレジットでどうじゃ?」
「……」
「舐めるなということか。なら十倍、五千万で手を打たんかの?」
「……」
「じゃあ一億じゃ。薄給刑事には縁のないカネだろうて。これ以上は上げん、頷くなら今のウチじゃぞ。それにほら、この二人もオマケにつけよう」
酷い雇い主もあったものだ。だが大人しくテラ本星まで連行され、諸々の厄介事をクリアし帰った暁にはそれなりの約束事がなされているのかも知れない。けれど収監されてみて刑期が意外に長かったら、ジジイになってどうすんだともシドは思った。
それにしてもいきなりの買収話にはシドもハイファも少々驚いた。しかしシドはカネに困っていない。そうでなくとも買収なんぞに耳を貸すタイプではないのだ。
ハイファはハイファで、じつはテラ連邦でも有数のエネルギー関連会社ファサルートコーポレーション、通称FCの会長御曹司である。
一時は社長にまで祭り上げられたものの、何とか重責を背負うことは免れ、だが血族の結束も固い社において、今以て名ばかりとはいえ代表取締役専務などという肩書きを持たされているのだ。故にこちらも困っていない。
じっと互いに見つめ合ったのち、シドが溜息混じりに口火を切る。
「……あのなあジイさんよ。ラグランジュの闇オクで手に入れた二枚の絵と石、見逃す訳には行かねぇんだよ。単なる闇オク品ならともかく盗品だしな。素直に返した方がいいぜ、太陽系広域惑星警察にも、テラ連邦軍中央情報局第二部別室としても」
いい加減に腹筋が限界に近くなり、さっさと別室というワイルドカードを晒した。
途端に顔色を蒼白にしたリーンヘルム老はメイドを呼びつけ新しい紅茶を入れさせた。運び屋二人にはブツを持ってくるように言いつける。先程よりも更に香りの良い紅茶が運ばれ、おまけに茶菓子というには豪華なケーキも付いた。
そんな狂騒を眺めるのにも腹筋を鍛えるのにも飽きて二人は席を立つ。
同行を断った運び屋二人には、どうしてもというなら勝手に出頭しろと言い置いて丁重に包まれた合計七億クレジットを手にしたシドとハイファは早々にリーンヘルム邸を辞した。
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