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第19話

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「酷い顔色してるわよ、シド」

 オードリーに言われるまでもない、鏡で見てきたのだ。

「居室まで送ってあげるわ」
「帰るだけだ、別にいい。女性は別の階だろ」
「わたしたちは三十階、途中だもの。ほら、ゆっくりでいいから行くわよ」

 かくして女性二人の同伴をハイファに見られ、ハイファはアルカイックスマイルでオードリーとシェリーを見送った。
 オートドアが閉まるなりハイファはシドを抱き締め、制服のままベッドに押しやる。

「どうしちゃったの、顔色真っ青だよ。こんなに冷たい汗かいて」
「さあな。悪いモンでも食ったか……」
「同じモノしか食べてないのに、貴方に当たって僕に当たらない訳、ないでしょ」
「何気に酷い言い種のような気もするが、頷くしかねぇだろうな」

 ベッドに横になるとハイファが制服のウェストベルトを緩め、ボタンを外した。タイを抜かれ、襟元のボタンも外されると随分楽になる。マグカップに水を汲んできたハイファが冷水を口に含み、シドに口移しで流し込んだ。

「ん、サンキュ」
「で、貧血なんかじゃないよね。何がどうしたって?」
「たぶん補習の映像だ。上手く説明するのは難しいんだが……脳に無理矢理割り込んでくるような気がした」

「でもシド以外の誰もおかしくはならなかったんだよね?」
「最初から通しで見れば大丈夫ってか、完全に掛かったのかも知れん。俺は途中だった」
「掛かった、つまり催眠映像ってこと?」

「ああ。昔ながらのサブリミナル的なものか、もっと高度なシロモノかは分からんが」
「ふうん。今までの暴力行為に走った人が補習を受けてるか、調べてみるよ」

 まだシドを気遣って、たびたび振り向きながらも端末に向かったハイファはすぐに答えを弾き出した。

「アラン=ローゼンベルグ、フェリクス=バーレ、エルター=コリントその他、パレードでの銃撃の三人も、今日のパウル=アドラーも、全員、補習を三回以上受けてる。おまけに言えば自殺したジョアン=マーロンも、彼らに付き合って三回補習に出てるよ」

 横になったままでシドは訊く。

「刷り込まれた可能性はあると思うか?」
「充分あるんじゃない? やっと彼らの共通点が見つかったってとこだね」
「でもそれでいくと、ジョアンが自殺したときには、まだ銀堂はここにいなかった」

「自殺っていうのは映像とは別モノなんじゃない?」
「無関係だと決めつけるには早いぜ。……おっと、銀堂が起きたか訊いてくるか」

 起き上がろうとしたシドをハイファが止めた。

「それくらい僕が訊いてくるから。それに明日は休日だよ、話す時間くらいあるって」
「なら、ついでに灰皿、頼む」
「はいはい」

 だが成果はなかったようで、灰皿を手にすぐに戻ってくる。

「銀堂は起きるなり特外でタイタンに帰っちゃったんだって。帰りは明日の夜以降」
「タイミングの悪い奴だな」
「仕方ないよ。殆どの人が特外で出払ってるもん。僕らも一応、普通外出の届けはしておいたから。明日の八時から夜中の零時までにここに戻ればいいんだよ」

「だからって出歩いてちゃ、任務も進まねぇだろうが」
「そりゃそうだけど、少しは息抜きもしなきゃ」
「シャバの空気を吸いに行くってか」

 それもいいかとシドは思い直す。七分署管内をうろつかなければ問題はないだろう。

「たまには張り込んで、何処かのティーラウンジにでも行ってみるか?」
「えっ、本当に? 貴方からティータイムのお誘いなんて」
「ガラじゃねぇってか?」
「そんなこと言ってないじゃない。仕事抜きのデートなんてすっごく嬉しいかも」

「茶の一杯でそこまで喜ばれると、俺が釣った魚にエサをやらない男みたいじゃねぇか」
「沢山貰ってるよ。でも嬉しい。今晩は早く寝なくちゃ」
「子供の遠足じゃねぇんだから」

 気分の悪さも薄らいでシドはラフなTシャツと戦闘ズボンに着替えた。日付が変わろうとする頃、シドはハイファを抱き締めて眠りに就く。

◇◇◇◇

 私服を身に着けたシドは巨大レールガンを右腰のヒップホルスタに差し込み、大腿部のバンドを締めた。裾が長めの対衝撃ジャケットを羽織ればそれほど目立たず、警衛所などは別室カスタムメイドリモータでクリアできる。休日で人の気配も薄い筈だ。

「昨日もこいつだったらパウルにラスト二発、撃たせなかったんだがな」
「まあ、あの二発で銀堂のサイキレヴェルも知れたんだし、いいじゃない」
「結果オーライってか」

「まあね。どうせ執銃もバレたことだし、何ならそれも登録しておこうか?」
「その方が助かる。やっぱりこの重さ、この感触だぜ」

 居室を出るとリモータでロックし、二人は廊下を歩く。休日の今日はかき入れ時とばかりに、掃除のオバチャンがオートクリーナーではなく掃除機をうぃんうぃん掛けていた。

 だが二人に気付くと手を休め、「むふふ」と笑う。

「ご苦労様です」

 労いの声を掛けたハイファにオバチャンがニタリとした。

「美人二人のカップル、眼福だよ。今期の候補生は男も女もお盛んだねえ」
「へえ、そうなんですか?」
「教官の居室や、学校長室にまで忍んでいく女もいるんだよ。若いときは大胆なものさ」

「ふうん、いったい誰がそんな――」
「ユーリー、趣味悪いぜ。行くぞ」
「あっ、待ってよ」

 エレベーターで一階に降りてエントランスから外に出ると天気は上々、散歩気分でゆっくりと警衛所まで二人は歩いた。警衛所をクリアして正門を出ると、脇に何台も停められている無人コイルタクシーの一台に乗り込む。

「で、リクエストは何処だって?」
「八分署管内で連邦議会議事堂の近く、メイフェアホテル」

 座標指定して走り出すとシドがポツリと訊いた。

「サンドル=ベイル学校長って、独身だったか?」
「確か随分前に奥さんをBELの事故で亡くしてる筈……やっぱり気になるんでしょ?」
「そりゃあ、クライヴの親父だしな」

「疑心暗鬼になるくらいなら、オバチャンからもっと話を訊けば良かったのに」
「まあなあ……んで、学生に手を付けたらどうなるんだ?」
「誉められた話じゃないのは確かだけど、両方ともいい大人だからね」

「火遊びも自己責任か」
「騒ぎにさえならなけりゃ、そういうことじゃないのかな」
「ふうん。あの学校長が、なあ」
「信じるの?」
「どうだかなあ……」

 にわかに信じがたい話ではあった。学校長とは一度しか会っていないが、軍人そのものを体現したような印象だった。息子にまでそれを要求する男のやることではない。それも学校長室という職場での行為ともなれば、バレたら自己責任云々というレヴェルで収まらないだろう。

「ところでメイフェアホテルには、このなりで大丈夫なのか?」

 シドは言わずと知れた対衝撃ジャケット、ハイファはソフトスーツだがノータイだ。

「六十五階、最上階に行くエレベーターは専用のがあるからドレスコードは平気だよ」
「で、最上階でお茶か」
「うん。少し前に流行った和テイストのお茶が愉しめるってTVでやってたから」
「和風か、いいなそれも」

 メイフェアホテルはテラ連邦議会議事堂を取り囲むビル群の中にあった。シドが心配したように、議員たちや星系外からの賓客も利用する、かなり格式の高いホテルだ。
 ワンブロック離れた辺りでタクシーを接地させ、歩くことにした。

「やっぱり外はいいよな」
「もっと歩きたいだろうけど、お茶は約束だからね」
「へいへい」
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