上 下
12 / 37

第12話

しおりを挟む
「情報科のユーリーたちは、中央情報局の何処に所属しているんだ?」

 銀堂の問いにハイファが慎重に答えた。

「第六課だよ」
「対テロリスト課か」
「よく知ってるね。ところで銀堂、貴方は?」

「タイタン基地、輸送科。基地司令付きのドライバーで、やっと交代要員がみつかったんで入校できた」
「ふうん、忙しいんだね」

 土星の衛星タイタンには太陽系のハブ宙港があり、第一から第七までの大規模宙港のどれかを経なければ、太陽系には出入りができないシステムになっていた。あまたのテラ系星系を束ねるテラ連邦議会、そのお膝元であるテラ本星の、いわば最後の砦という訳だ。

 本星から二十分でショートワープ、更に二十分の計四十分で辿り着くそこでは、巨大タイタン基地を母港とするテラの護り女神・タイタン第二艦隊が睨みを利かせている。

 ちなみに攻撃の雄・第一艦隊は火星の衛星フォボスを母港としていた。

「タイタンって、自転周期が約十六日だよね。八日も夜が続いて昼間も薄暗いって、大変そう」

 何度も行ったことがあるので分かり切っているが、ここは中央情報局員でも新人らしさをアピールするため、ハイファはちょっとしたブラフをかける。銀堂は食べつつ器用に答えた。

「もう慣れた。だが、ここで毎朝有難味を感じるのも確かだ」
「そっか。……じゃあ、お先に」

 食べ終えたシドとハイファはトレイを手にして立ち上がった。食器を返却すると食堂の隣のPXと呼ばれる売店に寄って、マグカップやチューブ入りのインスタントコーヒー、ティッシュなどの細々としたものを購入する。
 二十七階の二七〇二号室に戻ると、シドはデスクの椅子に前後逆に腰掛けて早速煙草を咥え火を点けた。紫煙を吐きながらリモータを操作する。

「今日の残りの予定は二十時四十五分に日夕にっせき点呼、二十一時から二十三時まで自習、二十三時に消灯。……自習? 自習を強要したら自習じゃねぇだろ」

 洗ったポットで湯を沸かしながらハイファが笑う。

「内容までは問われないけど、端末を使った時間は記録されて、この幹候課程での成績にあとあと響くことになるんだよ。まあ、僕らは成績なんて関係ないけどね」
「ふうん。それで、何だって銀堂は懐に呑んでたんだ?」

 チラリとハイファがシドを見た。

「あ、やっぱり気が付いてた?」
「まあな」
「僕たちと同じく執銃してたよね。レーザーか旧式実包かは分からないけど」

「分からねぇのは、俺たちに何故訊いてこなかったのか、だ」
「向こうはこっちに気付かなかったとか」

 インスタントコーヒーを淹れたマグカップをシドに手渡す。

「ンな訳、ねぇだろ。あの目だぞ」
「確かにね。タイタン基地、輸送科かあ」
「単なるドライバーには見えねぇし、大体ドライバーが入校に銃、持ち込むか?」

「ドライバーで代打が見つからないっていうのも変だよね。でも銃に関しては、実際には登録済みなら持ち込み不可じゃない、貴方のは目立つから外して貰ってるけどね」
「持ってていいのか?」

「まあね。今回は一応、僕のと貴方に貸したのは別室戦術コン経由で軍に登録したよ。ただ見せびらかすモノでもないし、はっきり言って不必要。使わない以上は単なる私物扱い、そして私物はなるべく持ち込まない規則」
「暗に『持ち込むな』って意味だよな」

「不文律だね。それに戦況下でもないから個人が執銃するような部署は限られてる」
「余程の厄介事を想定でもしていない限りは持ち込まない、か」

「そうだね。射撃訓練だって制式小銃のサディM18ライフルと、レーザーハンドガンのロデスM350をそのときだけ貸与されるから、私物なんか要らないし」
「ガンマニアのヲタには見えなかったよな」

 頷いたハイファはデスク上のホロ端末に目をやった。

「銀堂の諸元、調べてみるよ。どうせ部内幹候生全員をチェックする気でいたし」
「自習課題ができて良かったじゃねぇか」
「貴方もボロを出さないように適当にやってよね」

「じつはもう、本日の自習課題は決めてあるんだ」
「えっ、嘘? 貴方が自発的にそんな……」

 煙草とコーヒーを交互に口に運ぶポーカーフェイスをハイファは見つめる。

「心底、意外そうに言うんじゃねぇよ。『AD世紀の幻のプラモシリーズ』、当時に於いても実機が製作されなかった幻の戦闘機、F‐108レイピアの図面をリモータに入れてきたんだ。こいつを別室戦術コンに3D化させてXB‐70ヴァルキリーと一緒に――」
「はいはい、訊いた僕が馬鹿でした」

 熱く語り出すと長いので、ハイファは軽く流してコーヒーを飲み干す。そのあと交代でリフレッシャを浴び、オリーブドラブのTシャツに戦闘服のズボンというラフな格好に着替えた。

「この余った時間、みんな何やってんだ?」

 ダートレスから出した洗濯物をハイファが畳む一方で、適当に乾かしてクシャクシャの黒髪を撫でつけながら、相変わらずの咥え煙草でシドは至極ヒマそうだ。

「妻帯者は殆ど特外で帰っちゃうし、残留人員は本当なら半強制のクラブ活動なんかがあるんだよ。編入者の僕らに誘いはこないみたいで嬉しい限りだけど。他には自主的に体力練成でグラウンド走ったり、ジム使ったり」
「へえ、軍人さんは勤勉だな」

「試験前には消灯延長して、寝る間も惜しんでみんな勉強するし」
「いい点とって、何か特典でもあるのか?」
「血税で食べてるんです。って言うか、士官に任官してからの出世のスピードに、ここでの成績がダイレクトに影響するんだよ」

「それでガツガツするのか」
「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』なんて歌われて、警察呼ぶより自分が警官になった方が早いって、四年いれば箔と階級がついてくるのに二年で切り上げて任官、自ら出世コース外れたイヴェントストライカには分からないでしょ」

 紫煙混じりの溜息をついたシドはベッドに腰掛けたハイファを睨んだ。

「そいつを歌うな、言うなって。大体、お前はどうなんだよ?」
「十六歳で幹部候補生って記録的なんだよ。士官は最低でも十八歳以上っていう決まりがあるから、お蔭で普通は半年の幹部課程に二年も居させられたけど」

「ふうん。でもその割に六年かけて二尉ってのはパッとしねぇ気がするんだが」
「まあね。僕は射撃ができれば何でも良かったから」

 ハンドガンではシドに勝ちを譲ったハイファだが、ライフルなどの長モノではシドはとてもハイファに敵わない。幹候修了から別室にスカウトされるまでの二年間スナイパーをやっていたほどで、その腕は減衰しない大口径レーザーならば三キロという超長距離射程を誇る。

「さてと。そろそろ日夕にっせき点呼だよ」

 ここでの点呼は何も皆がぞろぞろ並ぶ訳ではない。部屋に備え付けの生体ID認証のボタンを押すだけだ。当直室ではそれで残留人員が把握できる。

「さてと。それじゃあ名簿のハッキングから始めますか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基
SF
◆感情付加/不可/負荷/犠牲無き最適解が欲しいか/我は鏡ぞ/貴様が作った◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全36話] 双子惑星の片方に小惑星が衝突し死の星になった。だが本当はもうひとつの惑星にその災厄は訪れる筈だった。命運を分けたのは『巨大テラ連邦の利』を追求した特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスの最適解。家族をコンピュータの言いなりに殺されたと知った男は復讐心を抱き、テラに挑む。――途方もない数の犠牲者が出ると知りながら。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

サクラメント[赦しの秘跡]~楽園15~

志賀雅基
SF
◆アサガオの種が視る夢/1ペタバイトの情報で得た秘跡/続きを俺は抹消する◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員Part15[全48話] 上流階級のみに出回っていた違法ドラッグが広まり始めた。シドとハイファは製造元の星系へ。その製薬会社でシドは六歳の時に宙艦事故で死んだ家族が電脳世界で生きているのを見る。彼らを収めたメディアをアンドロイドに載せる計画だがテラでアンドロイドは製作禁止物。何を以て人とするか。法は、倫理は、そしてシドの答えは……? ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基
SF
◆誰より愉快に/真剣に遊んだ/悔いはないか/在った筈の明日を夢想しないか◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員Part12[全36話] 大昔にテラを旅立った世代交代艦が戻ってきた。だが艦内は未知のウイルスで全滅しており別の恒星へ投げ込み処理することに。その責を担い艦と運命を共にするのは寿命も残り数日の航空宇宙監視局長であるアンドロイド。そこに造られたばかりのアンドロイドを次期局長としてシドとハイファが連れて行くと……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この手を伸ばし掴んだものは/幸も不幸も僕のもの/貴方だけには分けたげる◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart18[全41話] ホシとの銃撃戦でシドが怪我を負い入院中、他星から旅行中のマフィアのドン夫妻が隣室で死んだ。翌日訪れたマフィアの代貸からシドとハイファは死んだドン夫妻の替え玉を演じてくれと頼み込まれる。確かに二人はドン夫妻に似ていたが何やら訳アリらしい。同時に降ってきた別室任務はそのマフィアの星系で議員連続死の真相を探ることだった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

セイレーン~楽園27~

志賀雅基
キャラ文芸
◆貴方は彼女を忘れるだけでいいから//そう、か//次は後ろから撃つから◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart27[全43話] 怪しい男らと銃撃戦をしたシドとハイファは駆け付けた同僚らと共に巨大水槽の中の海洋性人種、つまり人魚を見た。だが現場は軍に押さえられ惑星警察は案件を取り上げられる。そこでシドとハイファに降りた別室命令は他星系での人魚の横流し阻止。現地に飛んだ二人だがシドは偶然管理されていない自由な人魚と出会ってしまい――。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

高貴なる義務の果て~楽園19~

志賀雅基
キャラ文芸
◆「ところでコソ泥とは何かね?」(そこからかよ……)◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart19 [全96話] 爆破事件と銃撃に立て続けに巻き込まれたシドとハイファにサド軍医。危うく被害を免れるが部屋に戻ればコソ泥が飼い猫タマに食われかけ。情けでコソ泥に飯を食わせ署に連行するも、コソ泥を他星系へ護送するハメに。コソ泥はまさかの王族で着いたらいきなり戴冠式!? ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

カレンダー・ガール

空川億里
SF
 月の地下都市にあるネオ・アキバ。そこではビースト・ハントと呼ばれるゲーム大会が盛んで、太陽系中で人気を集めていた。  優秀なビースト・ハンターの九石陽翔(くいし はると)は、やはりビースト・ハンターとして活躍する月城瀬麗音(つきしろ せれね)と恋に落ちる。  が、瀬麗音には意外な秘密が隠されていた……。

処理中です...