代わりはいない。だから

志賀雅基

文字の大きさ
上 下
13 / 13

第13話(最終話)

しおりを挟む
 誰にでも瑕疵はあるものだなとコウは思いながら病院から五分で官舎に辿り着く。

 だからといって物覚えが極端に悪い訳でも、決定的な馬鹿でもなさそうで、丁寧に説明しながら案内した道は結城も覚えたらしかった。

 官舎は十八階建てのビル、これも他星系の警察ではヒーロー扱いされている者への配慮か、それとも報奨人事の特典か、結城の自室は十二階のコウの自室の隣だった。隣だったが結城がリモータでロック解除した部屋には何もなかった。備え付けの家具以外には本当に何もない。

「もしかして、身ひとつで来たんですか?」
「躰があれば充分だろう」

「とか言って、迷子になるから買い物にも行けないんでしょう?」
「う……チャレンジはしたんだ、だからメシ屋は一軒発見した。お蔭で食えてる」

 呆れてコウは頭を振った。仕方なく自分の部屋のロックを解くとキィロックコードを結城のリモータにも移植してやる。ついでに何処から救援要請が入っても迎えに行けるようリモータIDも改めて交換した。

 自室に結城を招き入れ、靴を脱がせ手を洗わせておいてコウはコーヒーメーカをセットする。
 冷蔵庫を開けて暫し考え、食材の仕入れと結城の最低限の着替えの購入を至上課題として頭に留め置き、リビングに突っ立って灰皿を目で探す男を眺め、溜息をついた。

◇◇◇◇
 
 人間は必ずいつか死ぬ。
 それがいつになるか誰にも分からないけれど、今このときを思い切り生きれば、次の瞬間に気象制御装置ウェザコントローラが降ってきても……やっぱり後悔するだろうなあとコウは思いながら、自分を抱き枕にしている結城の寝顔を超至近距離で眺める。この男を残してなんか死んだ日には、心配で堪らない。

 取り憑いてやるしかないだろうとまで思う。

 昨日は至上課題を達成してこの部屋に戻るまでに何と五時間も要したのだ。たびたび行方不明になる結城を探し歩いたコウはくたくただった。くたくたでも家事能力が一切ないと知れた結城が見守る中で二人分の夕食にパスタとスープにサラダをこしらえ、くたくたでも久しぶりの二人はリフレッシャまで一緒に浴びて、アレをナニしてしまった。

 そうして二人ともコウのベッドで眠ってしまったのである。

 目の前にぶら下がった蒼炎色のピアスが激しく揺れていたのを思い出しつつ眺めていると結城がパチリと目を開いた。どうやら既にこの星の自転周期に身体も慣れたらしく、抱き枕の任を解かれてコウがリモータを見ると丁度七時だ。

「おはようございます。早起きですね」
「ん、ああ、ここは定時が九時半か」
「自転周期が少し長いですから……あっ、んんっ!」

 朝っぱらから力ずくでキスを奪われ、コウは必死の抵抗で魔の手から逃れた。ベッドを滑り降りてみて、自分の躰が健康な男子にふさわしい朝の変化を遂げていることに気づき、慌てて結城から毛布を奪い取り自分の身に巻き付け怒鳴る。

「何するんですかっ!」
「ナニをして俺は出勤する。で、課長にあんたの『バディ承諾』を報告。どうだ?」
「どうだじゃないです。僕も色々あって有休も残り少ないですし、休めません!」

「そんなことを言って課長にまた『バディは要らない』だの『僕は飯屋じゃない』だの文句をつけて俺をドラール星系に追い返すつもりじゃないのか?」
「そんな小細工しなくても、もう結城さん、貴方を放っておける訳、ないじゃないですか!」

 思わずコウは叫んでいた。この結城という男がここまでデカく成長したのは奇跡的な現象だった。放っておけば大都市で野垂れ死ぬタイプの人間だと、昨日からこちらで解りきっていた。

 そして自分はもうこの男の腕の中を、象牙色の滑らかな肌を逃げ場にしてしまったという自覚があった。嬉しそうに破顔した男を見ると自分も嬉しくて何処までも甘やかしてしまう、ダメ人間製造機に自分がなりかけているのも自覚していたが。

 とにかく結城をさっさとバスルームに押し込み自分はパジャマを着直して窓の遮光ブラインドを全て上げる。部屋いっぱいに恒星リマライの日差しを取り込んだ。それでもウェザコントローラ情報をチェックすると十五時からは雨、所属する機捜第二班の勤務は在署番だ。

 厄介な同報が入らないことを祈りながらキッチンで冷蔵庫から朝食の食材を出す。
 再生槽で眠り続けるバディを忘れられはしない。たぶん一生、背負ってゆく。それは結城も同じだろう。だが今すぐ乗り越えなければならない事ではないのを、結城が教えてくれた。

 結城がコウの肩の傷痕を消したのは何故なのか、もう訊く必要はない。

「それでも、マゾが二人かあ……」
「何か言ったか、コウ?」
「貴方、昨日買ったパジャマはどうしたんですかっ!」
「ああ、寝室の何処かに落ちてる筈だが」
「いつまでもぶらぶらさせてないで、とっとと着て下さい!」

◇◇◇◇
 
 そうして出勤したデカ部屋ではキャリアらしく陰で策を弄した課長にニヤリとされたのち、コウが止めるのも聞かずにローカル・ルール満載のシノギを削るカードゲームに混ざった結城はカモにされ、早々と本日の深夜番まで背負うことになった。勿論バディとしてコウも深夜番だ。

 十六時過ぎ、宝飾店に強盗タタキが入ったと同報が入り在署番がBELの格納庫に走る。

 コウも走った。格納庫ではなく腐女子の巣窟として名高い警務課に飛び込もうとした結城を追って。

                            
                                了
                         
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

記憶の彼方で愛してる

志賀雅基
SF
◆いつからか/僕の中に誰かいる//温もりの残滓/俺は失くしちゃいないのに◆ 〔ディアプラスBL小説大賞第三次選考通過作〕[全11話] 所轄署の刑事課強行犯係の刑事である真由機が朝起きると見知らぬ女性と寝ていた。何処で拾ったのか知れぬ女性が目覚めて喋るとじつは男。毛布の下を見てもやはり男。愕然としつつ出勤すると45ACP弾で射殺された男性発見の報が入る。アパートに戻っても謎な男は居座っていたが、そいつの持ち物と思しき45ACP弾使用拳銃をマユキは発見してしまい当然の疑いが芽生えた。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【エブリスタ・ノベルアップ+に掲載】

エイリアンコップ~楽園14~

志賀雅基
SF
◆……ナメクジの犯人(ホシ)はナメクジなんだろうなあ。◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart14[全51話] 七分署機捜課にあらゆる意味で驚異の新人がきて教育係に任命されたシドは四苦八苦。一方バディのハイファは涼しい他人顔。プライヴェートでは飼い猫タマが散歩中に出くわした半死体から出てきたネバネバ生物を食べてしまう。そして翌朝、人語を喋り始めた。タマに憑依した巨大ナメクジは自分を異星の刑事と主張、ホシを追って来たので捕縛に手を貸せと言う。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

コラテラルダメージ~楽園11~

志賀雅基
SF
◆感情付加/不可/負荷/犠牲無き最適解が欲しいか/我は鏡ぞ/貴様が作った◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全36話] 双子惑星の片方に小惑星が衝突し死の星になった。だが本当はもうひとつの惑星にその災厄は訪れる筈だった。命運を分けたのは『巨大テラ連邦の利』を追求した特殊戦略コンピュータ・SSCⅡテンダネスの最適解。家族をコンピュータの言いなりに殺されたと知った男は復讐心を抱き、テラに挑む。――途方もない数の犠牲者が出ると知りながら。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

Human Rights[人権]~楽園6~

志賀雅基
SF
◆ロボット三原則+α/④ロボットは自己が破壊される際は全感情・感覚回路を遮断せねばならない◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員バディシリーズPart6[全44話+SS] テラ連邦では御禁制物のヒューマノイドにAI搭載、いわゆるアンドロイドの暴走事件発生。偶然捜査で訪問中の星系で二人は別室任務を受け、テラ連邦議会議員の影武者アンドロイドを保護した。人と何ら変わらぬアンドロイドの彼に『人間性』を見た二人は彼を廃棄させまいと奮闘するが……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

この手を伸ばせば~楽園18~

志賀雅基
キャラ文芸
◆この手を伸ばし掴んだものは/幸も不幸も僕のもの/貴方だけには分けたげる◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart18[全41話] ホシとの銃撃戦でシドが怪我を負い入院中、他星から旅行中のマフィアのドン夫妻が隣室で死んだ。翌日訪れたマフィアの代貸からシドとハイファは死んだドン夫妻の替え玉を演じてくれと頼み込まれる。確かに二人はドン夫妻に似ていたが何やら訳アリらしい。同時に降ってきた別室任務はそのマフィアの星系で議員連続死の真相を探ることだった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...