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第12話
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「ここは十一階から二十階まで病院ですが、全てのフロアが脳に補助的メカを埋めても再生しなかった人々を収容する施設になっています。もうこれ以上は治療の甲斐もない、現代医療の力を以てしても目覚めない、沢山の夢や希望を持っていた筈だけど何ひとつ叶わなくなった人々……病院とは名ばかり、高度医療の副産物で却って儲けてるなんて言う人もいますよ」
「……そうか。肉体だけでも生きていて欲しいと思う人間だっているんだがな」
「こいつ、書類だって言わなきゃいつまでも書かずに溜め込んで。『彼女ができた』って報告の翌週にはもう僕を付き合わせてヤケ酒でした。終いには僕を『彼女代わりだ』とか言い出してデカ部屋で大騒ぎになって。でも憎めない奴で。目茶苦茶だったけれど、捜査となれば周囲が驚くほどの勘のキレをみせて。お陰で金星を挙げて総監賞も二度、一緒に貰いました」
「できる奴だったんだな」
「ええ。でも……あと何年か、何十年か、こいつの家族が望む限り、こいつはここで眠り続けるんですよ、脳波から云えば夢すら見ずに。家族が望んでも維持するための莫大なカネが無くなったら処分です。僕はこいつが処分されないよう監視の意味もあって会いに来る」
「監視の意味で会いに来て、どうするんだ、コウ?」
「どうするって……分かりませんけど」
「現代の臓器移植は全て培養臓器を使う。だからこんな言い方は厳しいかも知れんが大昔と違い、あんたのバディは他人の躰の中でも生きることができん。だが同時に真っ当に殉職扱いされる筈だ。そんなヒーローだからってあんたはこの先、何十年もバディに縋って生きる気なのか?」
「僕が、縋る……?」
すみれ色の瞳が怒気を孕んで結城を見上げる。何処か言い当てられていた気がしたのでコウは余計に視線に力を込めた。それを真っ直ぐ受け止めて結城はコウのバディに目を移す。
「『この男がこうなったのは自分のせい、だから今の自分は罰を受けている』、そうして己を貶め、低評価に甘んじているのは楽なことじゃないのか?」
「それは……そこまで言う権利が貴方にあるんですか!」
「まあ、少し冷静に聞け。論理では分かっていても罪の意識を消すのは難しい。だからもっとシンプルに考えろ。ここに眠っている元バディは今のあんたを見て嬉しがるか? 逆にコウ、ここに浸かっているのがあんたなら、今のあんたのようなバディを見てどう思う?」
「それ、は……あいつ、淋しがりで――」
言い訳にもならなかった。初めから分かり切っていた。淋しかったのは自分だ。
「こいつがあんたの誇るバディだったなら、コウ、あんたもこいつの誇る刑事でいることだ。こいつを逃げ場にするんじゃない」
言い置くと結城はくるりと踵を返す。歩いてゆく長身をコウは追った。
出口と反対側に向かった結城のジャケットの裾を掴んで引き留め、本来の出口へとコウは引っ張ってゆく。廊下に出るとすぐに喫煙室のプレートを見つけ、結城はさっさと入室して煙草を咥え火を点けた。盛大に紫煙を吐いて黒い目に笑みを浮かべる。
「依存物質が旨い。企業戦略に嵌められた哀れな依存症患者だが、まあ、誰にだって頼るモノはあるってことだ」
「僕から頼るモノを取り上げておいて酷いですね」
「だから俺がいるだろう?」
「他星系のヒーローが、どうしてですか?」
「まだ言わんと解らんのか。あのな、何度も言うのは幾ら俺でも恥ずかしいから良く聞いてくれ。パライバ星系と水資源のSP、二回の銃撃戦で思った。コウ、あんたに背中を預けたい」
「は? それだけ?」
「『それだけ?』は酷すぎるな。じゃあどう言えば通じるんだ? いい加減にクサい科白を言わせないでくれと、とっくに言った筈なんだが……」
黒い目は笑っていたが、その奥にあるものは真剣だった。
そしてコウも結城が欲しかった。背を、命を預けるに値するバディとしても、何もかもを忘れて身を任せられる相手としても――。
けれど一度失った衝撃が、忘れられない恐怖がコウを素直に頷かせない。
「結城さん。貴方はどうやってバディを失くしたショックを乗り越えたんですか?」
「まだ乗り越え中。それこそ一生かけて達成可能かどうかも分からん。あのテロ予告を知って俺のバディは職務でもないのに近くにいたというだけで駆けつけた。一人でも多く避難させようとしたのか……それは俺の勝手な想像だ。そしてあいつ自身は跡形もなく吹っ飛んだ。血肉の欠片すら見つけてやれず名簿上で『推定』殉職扱いだ。信じられない馬鹿だろう?」
「そんなことは……」
「いや、本当に馬鹿馬鹿しいくらいのお人好しでな。よく刑事が務まるもんだと本人交えて皆で笑ったのが昨日のことみたいで……っと、ロクなアドバイスもできない上に、結局は俺も吐き出さずにはいられない程度には弱い訳だ。余計なことを聞かせたな、すまん」
「いえ。いつかは訊かずにいられなかったと思います。僕こそデリカシーに欠けていました、すみません。でも、あの、結城さんももっと話してくれていいですよ?」
「ならそうするか。生傷のうちは舐めるのも治療になるらしいからな」
「そのワイルドな治療法はドラールのおまじないですか? そろそろ帰りましょう」
促されて煙草二本分の煙をチャージした男は喫煙室から出ると、率先してエレベーターとは反対側に行こうとしコウに留められた。エレベーターを降りても放っておくと確信的な歩みで反対方向へと向かってしまう。二分の一の確率をここまで外す人間も珍しい。
「結城さん。面白くないですから躰を張ったギャグに挑まないでいいですよ?」
「ジョークじゃないから笑わなくていい。方向音痴なんだ」
「方向音痴? リモータにマップくらいダウンロードしてないんですか?」
「ある。宙港端末で落としたのと各交通機関の路線図、その他各出版社のマップを重ねて水も漏らさない鉄壁のマップが俺のリモータのメモリの大部分を食っている」
「はあ……」
「それでも六分署に今朝着く筈があの時間になって課長に睨まれたんだ。それも宙港からじゃない、歩いて十分だっていう官舎の部屋を朝、出たんだ」
「……そうか。肉体だけでも生きていて欲しいと思う人間だっているんだがな」
「こいつ、書類だって言わなきゃいつまでも書かずに溜め込んで。『彼女ができた』って報告の翌週にはもう僕を付き合わせてヤケ酒でした。終いには僕を『彼女代わりだ』とか言い出してデカ部屋で大騒ぎになって。でも憎めない奴で。目茶苦茶だったけれど、捜査となれば周囲が驚くほどの勘のキレをみせて。お陰で金星を挙げて総監賞も二度、一緒に貰いました」
「できる奴だったんだな」
「ええ。でも……あと何年か、何十年か、こいつの家族が望む限り、こいつはここで眠り続けるんですよ、脳波から云えば夢すら見ずに。家族が望んでも維持するための莫大なカネが無くなったら処分です。僕はこいつが処分されないよう監視の意味もあって会いに来る」
「監視の意味で会いに来て、どうするんだ、コウ?」
「どうするって……分かりませんけど」
「現代の臓器移植は全て培養臓器を使う。だからこんな言い方は厳しいかも知れんが大昔と違い、あんたのバディは他人の躰の中でも生きることができん。だが同時に真っ当に殉職扱いされる筈だ。そんなヒーローだからってあんたはこの先、何十年もバディに縋って生きる気なのか?」
「僕が、縋る……?」
すみれ色の瞳が怒気を孕んで結城を見上げる。何処か言い当てられていた気がしたのでコウは余計に視線に力を込めた。それを真っ直ぐ受け止めて結城はコウのバディに目を移す。
「『この男がこうなったのは自分のせい、だから今の自分は罰を受けている』、そうして己を貶め、低評価に甘んじているのは楽なことじゃないのか?」
「それは……そこまで言う権利が貴方にあるんですか!」
「まあ、少し冷静に聞け。論理では分かっていても罪の意識を消すのは難しい。だからもっとシンプルに考えろ。ここに眠っている元バディは今のあんたを見て嬉しがるか? 逆にコウ、ここに浸かっているのがあんたなら、今のあんたのようなバディを見てどう思う?」
「それ、は……あいつ、淋しがりで――」
言い訳にもならなかった。初めから分かり切っていた。淋しかったのは自分だ。
「こいつがあんたの誇るバディだったなら、コウ、あんたもこいつの誇る刑事でいることだ。こいつを逃げ場にするんじゃない」
言い置くと結城はくるりと踵を返す。歩いてゆく長身をコウは追った。
出口と反対側に向かった結城のジャケットの裾を掴んで引き留め、本来の出口へとコウは引っ張ってゆく。廊下に出るとすぐに喫煙室のプレートを見つけ、結城はさっさと入室して煙草を咥え火を点けた。盛大に紫煙を吐いて黒い目に笑みを浮かべる。
「依存物質が旨い。企業戦略に嵌められた哀れな依存症患者だが、まあ、誰にだって頼るモノはあるってことだ」
「僕から頼るモノを取り上げておいて酷いですね」
「だから俺がいるだろう?」
「他星系のヒーローが、どうしてですか?」
「まだ言わんと解らんのか。あのな、何度も言うのは幾ら俺でも恥ずかしいから良く聞いてくれ。パライバ星系と水資源のSP、二回の銃撃戦で思った。コウ、あんたに背中を預けたい」
「は? それだけ?」
「『それだけ?』は酷すぎるな。じゃあどう言えば通じるんだ? いい加減にクサい科白を言わせないでくれと、とっくに言った筈なんだが……」
黒い目は笑っていたが、その奥にあるものは真剣だった。
そしてコウも結城が欲しかった。背を、命を預けるに値するバディとしても、何もかもを忘れて身を任せられる相手としても――。
けれど一度失った衝撃が、忘れられない恐怖がコウを素直に頷かせない。
「結城さん。貴方はどうやってバディを失くしたショックを乗り越えたんですか?」
「まだ乗り越え中。それこそ一生かけて達成可能かどうかも分からん。あのテロ予告を知って俺のバディは職務でもないのに近くにいたというだけで駆けつけた。一人でも多く避難させようとしたのか……それは俺の勝手な想像だ。そしてあいつ自身は跡形もなく吹っ飛んだ。血肉の欠片すら見つけてやれず名簿上で『推定』殉職扱いだ。信じられない馬鹿だろう?」
「そんなことは……」
「いや、本当に馬鹿馬鹿しいくらいのお人好しでな。よく刑事が務まるもんだと本人交えて皆で笑ったのが昨日のことみたいで……っと、ロクなアドバイスもできない上に、結局は俺も吐き出さずにはいられない程度には弱い訳だ。余計なことを聞かせたな、すまん」
「いえ。いつかは訊かずにいられなかったと思います。僕こそデリカシーに欠けていました、すみません。でも、あの、結城さんももっと話してくれていいですよ?」
「ならそうするか。生傷のうちは舐めるのも治療になるらしいからな」
「そのワイルドな治療法はドラールのおまじないですか? そろそろ帰りましょう」
促されて煙草二本分の煙をチャージした男は喫煙室から出ると、率先してエレベーターとは反対側に行こうとしコウに留められた。エレベーターを降りても放っておくと確信的な歩みで反対方向へと向かってしまう。二分の一の確率をここまで外す人間も珍しい。
「結城さん。面白くないですから躰を張ったギャグに挑まないでいいですよ?」
「ジョークじゃないから笑わなくていい。方向音痴なんだ」
「方向音痴? リモータにマップくらいダウンロードしてないんですか?」
「ある。宙港端末で落としたのと各交通機関の路線図、その他各出版社のマップを重ねて水も漏らさない鉄壁のマップが俺のリモータのメモリの大部分を食っている」
「はあ……」
「それでも六分署に今朝着く筈があの時間になって課長に睨まれたんだ。それも宙港からじゃない、歩いて十分だっていう官舎の部屋を朝、出たんだ」
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