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第1話
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隣の男のピアスにコウが気づいたのは土星の衛星タイタンの第五宙港を出航してから一回目のワープをした直後だった。蒼炎色の石が艶やかな黒髪の間で揺れている。
窓際のシートに腰掛けて真っ直ぐ前を向いている男の耳は右側しか見えなかったが左耳に同じものは着けていないことを通路側のシートに座ったコウは知っていた。
細長い菱形のピアスはドラール星系人の成人の証しだ。
それで少しコウは緊張する。コウ自身はリマライ星系人、同じ地球連邦加盟星系とはいえ、今現在ドラールとリマライは中間のワープアウト地点で発見された惑星の水資源を巡って対立状態にあるからだ。軍人でも政府要人でもない自分には殆ど関係ないことだが、人に依っては悪感情を持つ程度にホットな状況となっている。
何となく蒼炎色の石を眺めながら、タイタンの宙港を利用したということは、この男も母なるテラ本星からの帰りだろうと推測した。ドラールもリマライも太陽系までワープ六回という辺境星系である。はるばるやってきて帰路に就いた男をコウはさりげなく観察した。
濃いグレイのスーツ。妙に姿勢が良く、コウよりかなり目線が高い。袖口から覗く左手首に嵌めた輪っか、高度文明圏に暮らす者なら必要不可欠なマルチコミュニケータで携帯コン、財布でもあるリモータは、素っ気ないまでの銀色だ。
片道だけでも一日では済まない大移動なのに、いっそ潔く手荷物もないらしい。
そして締めているタイはソリッドのブラックで、これだけが何となく浮いている。
やや緊張しつつもそうやってコウが隣の男を観察してしまったのは職業病とも云えた。コウはリマライ星系の星系首都マイネで広域惑星警察の刑事をしているのだ。
職業上の癖と単なる興味、あとは僅かな警戒心からドラール星系人を窺う。
男の横顔は非常に整っていた。無表情の黒い目と相まって冷たい人形を思わせるほどだ。触っても体温がないんじゃないかと思っていると、ふいに男がこちらを向く。
感情の色のない黒い目に見返され、コウは興味のないフリをして「失礼」と短く詫びると目を逸らした。だが男の視線が自分の左手辺りに落とされているのを感じる。男と同様に利き手でない左手首のリモータはドレスシャツの袖から覗いていた。
メタルブルーをしたこれがリマライ星系人のスタンダードな公務員の支給品だと見破るのは容易い。
「あんたはサツカン……それも刑事か?」
意外にも男から話しかけられて、その低音にコウは頷いた。しかし官品リモータひとつでどうして刑事だと見破られたのかと思えば、男はすぐに答えをくれる。
「俺も刑事だ。ドラールの首都サラガで捜一、警部補だ」
「僕は……リマライの第三惑星ミントで機捜、巡査部長です」
捜一は捜査一課、機捜は機動捜査課だ。捜一は殺しや強盗などの凶悪事件を、機捜はその初動捜査を専門とするセクションだ。馴染んだ同業者の匂いを察したらしい。
「なるほど……結城だ」
一瞬、何を言われたのか分からなかったが、差し出された右手で名乗ったのだと気づく。珍しい響きの名だったのでピンとこなかったのだ。
「コウです。パライバ星系まで宜しくお願いします」
口の利き方も無造作だったが悪意が全く感じられないのと、同業のよしみでコウは八割方の警戒を解き、だが階級の差を意識した物言いをして結城の手を握った。すると結城は目だけで笑んで見せ、コウの瞳を見つめる。
「珍しいな。紫色、いや、すみれ色っていうのか」
「あ、この目ですか? 家族全員黒髪に茶色い目なのに、僕だけが髪も金髪で――」
出会ったばかりの人間に何だか間抜けな説明をしているぞと思いつつ、けれど表情の変化は薄いながらもいちいち頷いてくれる結城に対して一人で喋り続けてしまう。
瞳を見られるのには慣れていたが整った顔が至近距離に寄せられて妙に照れてしまったせいもあった。お陰で結城の締めた漆黒のタイの意味すらロクに考えず、口を滑らせてしまう。
「――ところで結城さんは太陽系に出張ですか?」
「いや。テラ本星セントラルエリアでの爆破テロは知っているか?」
「ええ、まさかのテラ連邦議会議事堂爆破ですから」
「たまたま里帰りしていた相棒があれに巻き込まれて死んだ。墓参りだ」
「えっ、それは……」
現場に出る刑事にとってバディは時に背を預け、命を託し合う相手だ。単に「ご愁傷様」だけでは済まない気がしてコウは言葉を失くした。謝るべきだと思ったものの思考が空転して俯いてしまう。
だがそんなコウに結城は気丈にも声色ひとつ変えず訊き返してくる。
「ところでコウ、あんたのバディも見当たらないんだが?」
「あっ、ああ……バディは入院していて、浮いた人員の僕だけが本星セントラルの七分署に捜査共助依頼で、一ヶ月ほど帳場入りしてたんです。ホシがリマライ星系人の可能性があったので」
捜査共助依頼とは他署から要請される捜査への協力、帳場とは重要案件の犯人が捕まっていない場合に立てられる捜査本部のことだ。帳場に組み入れられると文字通りに寝食を忘れさせられて昼夜関係なくホシを追うハメになる。
「そいつはご愁傷様だったな」
「あ、いえ、結城さんこそ……」
「それなら殆ど寝てないんじゃないか? 悪いことをしたな」
「そんなことないです。それにどうせパライバ星系で一泊ですから」
馬鹿げた話だが『ご愁傷様度合い』を考えて慌てたコウは笑顔を作ると結城に向けた。テラ標準歴では二十三歳のコウだが、自分の笑顔が十代にも見えることを承知している。それで大抵の相手が懐柔されることも。咄嗟に作った笑顔は硬いと自分でも分かっていたが仕方ない。
それでもこちらは二十六、七に見える結城も、また黒い目に笑みを浮かばせた。
リマライ星系は遠くタイタンからワープ六回、ワープは酔い止めを飲んでも人体に負担をかけるので一日三回までが常識とされている。故に今日は途中のパライバ星系第三惑星アジュルで泊まりだ。
ラストのワープをこなしてコウと結城は宙艦内に流れる電波を受信し、リモータにアジュルの第一宙港時間を表示した。アジュルの自転周期、つまり一日は二十七時間四十八分十六秒で少しだけ長い。長いが丸一日空けなくても良く眠れさえすればリマライ星系便に乗れるだろうとコウは思っていた。
やがて宙艦は無事に接地し、結城に続いてショルダーバッグを担いだコウも立ち上がる。
窓際のシートに腰掛けて真っ直ぐ前を向いている男の耳は右側しか見えなかったが左耳に同じものは着けていないことを通路側のシートに座ったコウは知っていた。
細長い菱形のピアスはドラール星系人の成人の証しだ。
それで少しコウは緊張する。コウ自身はリマライ星系人、同じ地球連邦加盟星系とはいえ、今現在ドラールとリマライは中間のワープアウト地点で発見された惑星の水資源を巡って対立状態にあるからだ。軍人でも政府要人でもない自分には殆ど関係ないことだが、人に依っては悪感情を持つ程度にホットな状況となっている。
何となく蒼炎色の石を眺めながら、タイタンの宙港を利用したということは、この男も母なるテラ本星からの帰りだろうと推測した。ドラールもリマライも太陽系までワープ六回という辺境星系である。はるばるやってきて帰路に就いた男をコウはさりげなく観察した。
濃いグレイのスーツ。妙に姿勢が良く、コウよりかなり目線が高い。袖口から覗く左手首に嵌めた輪っか、高度文明圏に暮らす者なら必要不可欠なマルチコミュニケータで携帯コン、財布でもあるリモータは、素っ気ないまでの銀色だ。
片道だけでも一日では済まない大移動なのに、いっそ潔く手荷物もないらしい。
そして締めているタイはソリッドのブラックで、これだけが何となく浮いている。
やや緊張しつつもそうやってコウが隣の男を観察してしまったのは職業病とも云えた。コウはリマライ星系の星系首都マイネで広域惑星警察の刑事をしているのだ。
職業上の癖と単なる興味、あとは僅かな警戒心からドラール星系人を窺う。
男の横顔は非常に整っていた。無表情の黒い目と相まって冷たい人形を思わせるほどだ。触っても体温がないんじゃないかと思っていると、ふいに男がこちらを向く。
感情の色のない黒い目に見返され、コウは興味のないフリをして「失礼」と短く詫びると目を逸らした。だが男の視線が自分の左手辺りに落とされているのを感じる。男と同様に利き手でない左手首のリモータはドレスシャツの袖から覗いていた。
メタルブルーをしたこれがリマライ星系人のスタンダードな公務員の支給品だと見破るのは容易い。
「あんたはサツカン……それも刑事か?」
意外にも男から話しかけられて、その低音にコウは頷いた。しかし官品リモータひとつでどうして刑事だと見破られたのかと思えば、男はすぐに答えをくれる。
「俺も刑事だ。ドラールの首都サラガで捜一、警部補だ」
「僕は……リマライの第三惑星ミントで機捜、巡査部長です」
捜一は捜査一課、機捜は機動捜査課だ。捜一は殺しや強盗などの凶悪事件を、機捜はその初動捜査を専門とするセクションだ。馴染んだ同業者の匂いを察したらしい。
「なるほど……結城だ」
一瞬、何を言われたのか分からなかったが、差し出された右手で名乗ったのだと気づく。珍しい響きの名だったのでピンとこなかったのだ。
「コウです。パライバ星系まで宜しくお願いします」
口の利き方も無造作だったが悪意が全く感じられないのと、同業のよしみでコウは八割方の警戒を解き、だが階級の差を意識した物言いをして結城の手を握った。すると結城は目だけで笑んで見せ、コウの瞳を見つめる。
「珍しいな。紫色、いや、すみれ色っていうのか」
「あ、この目ですか? 家族全員黒髪に茶色い目なのに、僕だけが髪も金髪で――」
出会ったばかりの人間に何だか間抜けな説明をしているぞと思いつつ、けれど表情の変化は薄いながらもいちいち頷いてくれる結城に対して一人で喋り続けてしまう。
瞳を見られるのには慣れていたが整った顔が至近距離に寄せられて妙に照れてしまったせいもあった。お陰で結城の締めた漆黒のタイの意味すらロクに考えず、口を滑らせてしまう。
「――ところで結城さんは太陽系に出張ですか?」
「いや。テラ本星セントラルエリアでの爆破テロは知っているか?」
「ええ、まさかのテラ連邦議会議事堂爆破ですから」
「たまたま里帰りしていた相棒があれに巻き込まれて死んだ。墓参りだ」
「えっ、それは……」
現場に出る刑事にとってバディは時に背を預け、命を託し合う相手だ。単に「ご愁傷様」だけでは済まない気がしてコウは言葉を失くした。謝るべきだと思ったものの思考が空転して俯いてしまう。
だがそんなコウに結城は気丈にも声色ひとつ変えず訊き返してくる。
「ところでコウ、あんたのバディも見当たらないんだが?」
「あっ、ああ……バディは入院していて、浮いた人員の僕だけが本星セントラルの七分署に捜査共助依頼で、一ヶ月ほど帳場入りしてたんです。ホシがリマライ星系人の可能性があったので」
捜査共助依頼とは他署から要請される捜査への協力、帳場とは重要案件の犯人が捕まっていない場合に立てられる捜査本部のことだ。帳場に組み入れられると文字通りに寝食を忘れさせられて昼夜関係なくホシを追うハメになる。
「そいつはご愁傷様だったな」
「あ、いえ、結城さんこそ……」
「それなら殆ど寝てないんじゃないか? 悪いことをしたな」
「そんなことないです。それにどうせパライバ星系で一泊ですから」
馬鹿げた話だが『ご愁傷様度合い』を考えて慌てたコウは笑顔を作ると結城に向けた。テラ標準歴では二十三歳のコウだが、自分の笑顔が十代にも見えることを承知している。それで大抵の相手が懐柔されることも。咄嗟に作った笑顔は硬いと自分でも分かっていたが仕方ない。
それでもこちらは二十六、七に見える結城も、また黒い目に笑みを浮かばせた。
リマライ星系は遠くタイタンからワープ六回、ワープは酔い止めを飲んでも人体に負担をかけるので一日三回までが常識とされている。故に今日は途中のパライバ星系第三惑星アジュルで泊まりだ。
ラストのワープをこなしてコウと結城は宙艦内に流れる電波を受信し、リモータにアジュルの第一宙港時間を表示した。アジュルの自転周期、つまり一日は二十七時間四十八分十六秒で少しだけ長い。長いが丸一日空けなくても良く眠れさえすればリマライ星系便に乗れるだろうとコウは思っていた。
やがて宙艦は無事に接地し、結城に続いてショルダーバッグを担いだコウも立ち上がる。
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