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第20話

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 その様子にシドとハイファは顔を見合わせる。

「IFFは正常っつったよな」
「うん。たぶん、互いに互いが味方だって分かってて、どうしようもない状態だね」
「ずっとおかしいよな。遡れば別室命令も、だ」
「それはそうだけど、それとこれって何か関係あるのかな?」
「ないと思うのか?」
「幾ら何でも別室戦略・戦術コンにこれだけの艦隊を狂わせる力はないと思うけど」
「じゃあこいつら戦艦のコンはスタンドアローン、完全独立して自らが最上位にあるのか? それが一斉に反乱を起こしたとでも言うのかよ?」

 僅かに考えを巡らせてハイファはとんでもない事実に気づく。

「……ううん。ひとつだけ、この艦を離れていながらも動かせる、どころか常にテラ連邦内のコンというコンに繋がり続けて情報を吸い取ってるコンピュータがあるよ」
「へえ、そいつは何処にあるんだ?」
「テラ本星セントラル、中央情報局地下十階。特殊戦略コン・SSCⅡテンダネス」

 シドはハイファにまともに紫煙を吹きかけた。

「ならそれだ。リンクを切れ」

 避けきれなかったミサイルに艦のスタビライザを掠め取られ、とうとうG制御も間に合わなくなった大揺れの中でランダウ艦長にハイファが告げる。

「戦闘コンとSSCⅡテンダネスのインタラクティヴ・リンクを切って下さい!」

 訊き返すという愚を艦長は冒さなかった。ここでようやく立ち上がった艦長は情報担当幕僚幹部に命じ、ここにはない上位コンピュータとの接続を切っていく。さすがにスイッチひとつという訳にもいかないらしく、その間にも激しい火線のやり取りがなされた。

 最終的には大スクリーンにチャフというレーダー欺瞞用の銀紙の紙吹雪が舞う中、ムスタファ=ランダウ艦長自らがファイバ配線の一本を葉巻の火口で焼き切った。

「FCS、戻りました!」

 ファイアコントロールシステム、火器管制装置が正常化したのを確認、イリアスが今度は嬉し涙を流して吼えた。
 だからといって浮かれてはいられない、まだ自分たちを交えて第一艦隊と第二艦隊の三つ巴は続いている。ガチンコの戦況下であった。

「唯一正常なIFFにモールス信号を載せるってのはどうだ?」
「やってみよう」

 シドの発案を受け、艦長の指揮下で情報担当オフィサが素早く文面を練り上げた。発信して待つ。両艦隊から返ってきたのはミサイルのプレゼントだった。イリアスの腕の見せ所、自由になったFCSを操作、アンチミサイル・ミサイルを発射して叩き落とす。

「艦長、小型の連絡艇か何か借りられませんかね?」

 咥え煙草で言いだしたシドにハイファは血相を変えた。

「ちょっとシド、貴方まさか?」
「揺れない地面が恋しくねぇか?」
「そりゃあそうだけど……」
「戦艦への初搭乗記念にここは一発、宙賊演習参加もいいんじゃねぇかと思ってな」
「どうするつもりだね?」
「第一艦隊旗艦ブリッジ経由、第二艦隊旗艦ブリッジ。ナントカリンクとやらを切らせに行ってくる。援護と誘導を頼む」

 たっぷり五秒ほどシドの顔を眺めたのち、艦長は航法担当オフィサを呼んだ。

「アドレー三尉、特別任務を命ずる」

 旗艦ユキカゼの腹から吐き出され離れてみると結構心細いモノがあったが、言い出しっぺのシドは黙って火を点けない煙草を咥え続けた。

「フォボス第一艦隊の旗艦には七分もあれば着きますよ」

 連絡艇を操縦するアドレー三尉の笑顔も引き攣っている。

「気分だけでもの言うの、やめてっていつも言ってるのに。全く、もう!」

 プリプリと怒るハイファから目を逸らしシドは前面のスクリーンに映る漆黒の宇宙を眺めた。星々の間を時折レーザーやビーム集中砲火が流れてゆく。
 練習艦隊に援護された上、連絡艇自体がステルス機能を持ち、ある程度のレーザーを弾くバリア塗装をされているとはいえ、気分のいいものではない。

 それでもこの連絡艇のステルス機能は大したもので直接狙われることはなかった。

「うわ、本当に着いた……ブリッジに一番近い非常用エアロックに着けますから」

 不幸なアドレー三等宙尉の操艦で連絡艇は第一艦隊の旗艦に辿り着く。

 煙草の箱にデルタ翼をつけたような形の連絡艇、シートから移動した二人は後部エアロックに入って待機した。同じテラ連邦軍の旗艦だ、規格は合っているので接舷したエアロックのキィロックさえ解ければドアは開く。

 アドレー三尉から二人のリモータに接舷の合図。さすがにこちら側のドアを開けるときは怖かったが、完全シールドされた合図のグリーンランプが点灯するのを見て、勢いで開けた。
 飛び出したそこは第一艦隊旗艦側のエアロック、ドアがあと二枚。

「テラ連邦宙軍にどのくらい危機管理能力があるか見ものだぜ」

 シドはハイファと同時にリモータチェッカに別室カスタムメイドリモータを翳す。

 ここで開けば問題なかったのだが、非常用のオートでないドアはSSCⅡテンダネスの差し金か開かなかった。そこでシドはためらいなくロック機構とシールドされて見えない蝶番にレールガンをマックスパワーでぶちかます。重いドアを蹴り飛ばして躍り込んだ。

 真空に近い宇宙空間で当然ながら艦内は密閉・加圧されている。エア洩れ事故を防ぐために外殻に近いドアは必ず内側に開く工夫もなされていた。シドはその二枚目のドアも叩き壊し蹴り破った。通路に出ると同時に背後で非常シャッターが下りる。

 狭い通路を忙しく走り回っていた乗組員のうち、武装していた何人かの戦闘要員が侵入者の銃を見て反射的にトリガを引いた。二人は背中合わせでそれらの銃を撃ち壊してゆく。

「何で貴方はコード解読も待てないんですか、澄ました顔して気が短いんだから!」
「宙賊演習っつったろ! テメェら、退け退け!」

 沈黙した通路を二人は全速で駆け抜けた。背後を護ったシドの対衝撃ジャケットの背に何発かが着弾したが構わず走る。

「連絡艇に残ったアドレーへの手向けだ、派手にやるぞ!」
「可哀相に……って、まだ死んでないってば」

 ブリッジのロック機構も試しもせずにシドがブチ壊した。宙賊でもここまではしないであろう行状の果てにブリッジに押し入ると、スロープを降りる前に大喝する。

「広域惑星警察だ、全員両手を挙げて頭の上で組めっ!」
「シド……なんかそれ、違うよ」
「そうか? じゃあお前にここは譲るわ」
「えっ、丸投げ?」

 注がれる冷たい視線の中でハイファは身分を明らかにし、旗艦と僚艦の戦闘コンとSSCⅡテンダネスのインタラクティヴ・リンクを切るように要請した。
 処置がなされると、ここでも笑う者あり泣く者ありで、まあ、来て良かったかな、くらいにハイファも思わぬでもなかった。

 だが旗艦のハシゴ、タイタン第二艦隊に向かう際にはミサイルに追われ、旗艦ユキカゼが潰してくれたものの、着いてみれば狭い通路でこれでもかというほどの銃弾とレーザーの雨を浴び、殆ど全部をシドの対衝撃ジャケットと哀れな飲料ディスペンサーが遮ってはくれたが、いい加減にバディ解消しちゃろかと別室員は真剣に考えた。

 狭い通路で向けてくる銃だけを撃ち壊すのも難儀な作業で、腹立ち紛れにヘッドショットでも食らわそうかと思った頃にやっと銃撃が止む。

「ここの危機管理能力はBプラスってとこだな」
「暢気に評価してないで、走って!」
「分かってるって……ハイファ、前!」

 振り向きざまに撃ったハイファの残弾一、エマージェンシーリロードになる寸前でシドが二弾を腹に食らいながらガードする。お陰で一発残してのタクティカルリロードが可能となった。
 コンマ数秒とかからずマグチェンジしたハイファがシドの肩越しに二連射を放ち、ハンドガン二丁をバラバラに撃ち壊した。

 更に素手で掴みかかってきた大男の足を払ったシドはみぞおちに膝蹴り、躰を折ったところに回し蹴りを入れて沈め、勢いでまたブリッジのロックを破壊する。

 飛び込んでハイファが叫んだ。

「中央情報局の者です。今すぐ艦の戦闘コンとSSCⅡテンダネスのインタラクティヴ・リンクを切って下さい……って、やっぱりちょっと迫力ないなあ」
「だろ?」
「『だろ?』じゃないよ、せっかく制服着てるのに何の意味もなかったじゃない」
「あ。もしかして普通に入れば普通の乗組員で済んだのか?」
「今、気が付いたの? もう、信じらんない!」
「まあいいじゃねぇか、アドレーも草葉の陰で喜んでるぜ」
「だから勝手に殺すのは止しなさいってば」

 二人が喋る間に作業は進められ、情報は艦隊の僚艦にも伝わったらしかった。
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