Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第37話

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「ナフル第一基地の行状報告か?」
「そうです。アスカリド大佐には、今度は本当に中央の査察にビビッて貰いますよ」
「相手がカタギではないとはいえ、民間人殺しだからな」

「二大ファミリーの戦争も傭兵紛いの軍の加担さえなかったらここまで酷くなかったかも知れないし、RPGだの銃器類だのは軍から流れた可能性もありますしね」
「そもそも空港が軍持ちだ。武器弾薬の密輸に関わっていない筈はないだろう」

「謎だった武器の供給元も割れましたね。首都ラヴンの国際空港を経由しない他国からの密輸便もあるのかも。ヘロインの生成も他国でやってるのかも知れないですし」

 同じくドレスシャツと下着姿の霧島は椅子に前後逆に腰掛けて京哉を見上げる。

「連綿と引き継がれてきた因習にはアスカリド大佐自身も関知しない、あの軍レストランの給仕役の先任曹長しか知らんようなシステムがあるのかも知れんな」
「喩え先任曹長から事実の半分も教えられていなくても、知らないじゃあ通りませんよ。責任者は責任を取る日のために祭り上げられてるんですから」

「当然だ。長の椅子は座るものではない、背負うものだからな」
「貴方の持論というか、基幹を成す考え方ですよね、これは」
「ああ。だが釣り好きの大佐も良くてトバされ、悪くてクビということか」
「まさか一緒にご飯食べたら情が移りました?」

「いや、全然」
「何気に酷薄な人ですよね、忍さんって」
「マル被にいちいち情を移すようでは身が持たん。世の中、断罪される善人も、のさばる悪人も掃いて捨てるほどいるのだからな。それでも護るべきは護らねばならん」

 振動の止まった洗濯乾燥機から一抱えの衣服を京哉は出してきて丁寧に畳むとショルダーバッグに詰め込んだ。二人分のスーツはハンガーにかけて風通しする。

 作業が終わると霧島の前に立ち、愛しげに前髪を指先で嬲った。

「そうやって不公平を超越したみたいに言って、普段から迷うことを知らない人だけど、内心はその善人と悪人の間で揺れてる貴方が好きですよ。機捜隊長としても特別任務でも、まるで平気な涼しい顔をして、じつは全身全霊で戦っている貴方もね」

「お前の目に私はそんな風に映っているのか?」
「普段は分かりづらいですし自覚も薄そうですけどね。そろそろ寝ませんか?」
「そうだな。眠いかも知れん。ふあーあ」

 互いに腕枕と抱き枕になって毛布を被ると、三分後には二人とも眠りに落ちていた。

◇◇◇◇

 昼前になってメールが入り、その携帯の振動で起こされた。とうに予測していた二人は素早く着替えながら「きた」と思っていた。そしてそれは的中する。

 出て行くと探すまでもなくオットー=ベインがアパートの陰で立ったまま煙草を吸って待ち構えていた。二人を温度のない目で見つめ感情のこもらない口調で言った。

「昨日はご苦労だった」
「いえ、仕事ですから」

 無表情で京哉が片言英語を繰り出す。京哉と霧島をオットーは交互に見据えた。

「ところで昨日、キーファと街に降りただろう?」

 京哉にも理解できるようゆっくり発音された英語に応える前に霧島は京哉から煙草を一本貰って咥え、オイルライターで火を点けられて深々と吸い込むと紫煙を吐く。

「それがどうかしたのか?」
「まずは質問に答えろ。そのときキーファは一緒にここに戻ったか?」
「当然だろう、それが仰せつかった私たちの仕事だからな」
「戻ったのは何時頃だ?」
「さあ、夕方前なのは確かだが。で、何がどうしたのか教えて貰いたいんだがな」

 面白くもなさそうな顔でオットーは口にした。

「キーファは昨日から行方不明だ。お前さんたちの言う通りなら、一度帰って独りで抜け出したか連れ出されたかしたらしい。車は事務所の近くで見つかった」
「ふん。女の所にでもしけ込んでいるんじゃないのか?」
「心当たりは当たったがノーヒットだ」

「では、もしかしてブレガーか?」
「その線でドン・ハイラム=レアードは激昂していて手が付けられない」
「中間管理職もご苦労だな」

 オットーは剣呑なものを含んだ目で霧島を舐めるように見上げた。

「他人事じゃないのが分からないのか?」

 霧島は涼しいポーカーフェイスで諸手を挙げてみせる。

「大の大人の監督不行届を問われてもどうしようもないな。大体、出掛ける時にメールがきて送り迎えと間はガード。四六時中見張っていろとは誰も言わなかったぞ。私たちの部屋はこちらのアパートだ、屋敷の坊ちゃんの隣ではない」

 チェーンスモークしつつオットーは首を振った。

「それでもお前さんたちの仕事に手落ちがあったと取られても仕方ない。車の発見時刻から、日のあるうちにキーファがここを出た可能性が高いからな」
「昼間だったからボディガードをサボったことになり、もし夜中だったら我々は無罪放免だったのか? あんたはそういう単純な話をしに来た訳じゃないのだろう?」

「分かっているようだな。俺はもっと単純な話をしている」
「なるほど。既に私たち二人の有罪は決定済み、吊し上げを待つのみということか。冗談じゃない、鬱陶しい事になるなら契約金は返す。私たちは出て行く」

「そうはいかない。ドン・ハイラムはお怒りだ。今すぐにでも手勢を全員ブレガーに送り込もうって勢いだ。現にその方向で話がまとまりつつある」
「って、一斉攻勢するんですか?」

 片言英語というより殆ど単語の羅列で訊いた京哉に殺し屋は頷く。
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