Golden Drop~Barter.21~

志賀雅基

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第28話

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 ペイン・レス=オットー氏は二人を眺めて満足そうに頷いた。

「こっちだ、来い」

 御用口をくぐると目の前に幅の広い階段があった。玄関ホールも大階段も左右に伸びる廊下も臙脂のカーペット敷きだ。京哉の想像を裏切らず、吹き抜けとなった天井には落っこちてきたら一大事になりそうな巨大なシャンデリアが下がっていた。

「ドン・ハイラムの部屋は二階だ」

 オットーに続いて階段を上がり廊下を歩いた。大きな観音開きのドアの前には、ここでもお約束の手下たちが張り番をしている。
 オットーが合図すると一人の手下が携帯に何事か囁いたのち片側のドアを恭しく開けた。踏み入ってオットーが口を利く。

「失礼します、ドン・ハイラム。噂の二人をつれてきました」

 言葉は丁寧だが、割と無造作にオットーはハイラム=レアードに接した。

 広さは機捜の詰め所ほどもあるだろうか。ここがドンの居間兼執務室らしい。
 木目の美しいサイドボード。ブラウンの革張りソファにマーブル製ロウテーブルの応接セット。本物らしい暖炉と敷かれた毛皮のラグ。足元は幾何学模様が織り出された毛足の長い絨毯だ。天井にはシャンデリアが五つも下がっていた。

 そんな部屋の奥にはどっしりとした執務机が据えられ、就いた男の背後には窓があって中庭が見える。お蔭でこの屋敷がロの字型をしているのが分かった。

 執務机に就いた男、レアードファミリーのドン・ハイラムは息子であるキーファのイメージからは程遠かった。淋しくなった茶色い縮れ毛を整髪料で撫でつけた太った小男だ。キーファと似ているのは薄い茶色の瞳だけだった。

「ほう。思ったより随分若いじゃないか」

 声は低めで良く通り、これも似ているかと霧島は思う。

「名は何という?」
「シノブ=キリシマだ」
「キョウヤ=ナルミです」
「ふむ。せいぜい働いて欲しい。あとのことはオットーに聞いてくれ」
「では、失礼します。こっちだ」

 あっさり踵を返したオットーについて行くと階段を下り外に出てしまった。だがオットーは歩を止めず無駄のない足取りで歩いて行く。
 五つ並んだアパート風の建物の屋敷に一番近い一棟に入った。中もアパートのようで廊下にドアが並んでいる。

 手前右側にある階段を上ると廊下を一番奥まで歩いた。その角部屋のロックの掛かっていなかったドアを開ける。オットー自身は中に入らずドア口で喋った。

「お前たちの部屋はここだ。屋敷や敷地内の配置は人に訊け。食事は七時半、十二時半、十九時に並んだアパートの一番外側一階に行けば食える。携帯ナンバーとメアドを寄越せ」

 特別任務で何度か携帯をだめにしては難儀してきたので、今では直近の空港などで安物機種を調達するのが常になっていた。だが今回は航空機のトランジット等の時間もタイトと分かっていたので、一ノ瀬本部長が前もって準備してくれていた携帯を使用している。

 使い慣れないこの国の品をさも慣れた風に見せかけてオットーの要求に従うと、オットーは契約金らしい札束を幾つか投げてきた。二人は反射的に左手だけで受け取る。

「以上だ」
「って、僕らは何をしていればいいんですか?」
「味方同士で殺し合いさえしなけりゃ、それでいい。用があれば呼ぶ」
「はあ……」

 冗談ではなく、血の気が多くオツムの足りない輩がいれば起こり得ることだ。遠い敵より近場の味方が危ない。二人は気を引き締めた。

 忙しい身らしいオットーはさっさと去ってしまい、残された二人は狭い部屋を探検だ。だがシングルベッドがふたつに、デスクに椅子とTVにキャビネットがひとつずつ、シャワーブースに小容量洗濯乾燥機、洗面所とトイレという室内は十五秒で見終わってしまう。

「ここの方がよほど軍隊らしいな」

 ホテル並みだったナフル第一基地を揶揄して霧島は言い、面白くもなかったが二人は鼻で嗤った。京哉はデスクの上に灰皿を見つけて早速煙草を咥えて火を点ける。
 それを見ながら霧島は椅子に前後逆に腰掛けた。そうして今まで京哉が思いつかなかったことを訊いてくる。

「ところで京哉。軍を手引きとは具体的にどうするんだ?」
「えっ? あ、それは……どうするんでしょう?」
「そういうことは事前に決めておくものだろう。資料に載っていなかったのか?」

 他人事のように責められるのは理不尽だ。困った顔で頷きながら京哉はプリントアウトした資料をショルダーバッグから出す。
 二人で目を通し直したが、やはり何処にも軍とのコンタクトに関する記述は見当たらなかった。霧島は資料をデスクに叩きつけて怒鳴る。

「くそう、あの麻取部長の野郎、穴だらけの資料を寄越しやがって!」
「忍さん、貴方はまた言葉が乱れてきましたよ」
「だがある筈の都市もなく、資料はキモの部分が抜け落ちているんだぞ!」

 ひとしきり霧島が毒づくのを聞いてから、京哉が軌道修正する。

「もう文句はいいですから、具体的に僕らはどうするのかを決めなくちゃ」
「どうするもこうするも任務は任務だろう。軍というファクタが抜けただけだ」
「まさか僕ら二人で二大ファミリーを殲滅ってことですか? 冗談は止めて下さい」
「ならば何もせずに今から帰るのか?」
「うーん……」

 あの芥子畑まで目にした霧島が全て忘れて帰ることなどできないのは、京哉にも分かっていた。けれど義憤に駆られてこんな所で命を落としては洒落にならない。
 取り敢えず答えを出す前に時間稼ぎのつもりで京哉はTVを点けてみる。すると映る局はふたつだけで、どちらも同じ内容を放映していた。

 霧島と京哉は暫しスーツの男女が入り乱れて掴み合い、叫び、マイクの奪い合いをしている様子をじっと眺めた。

「何ですか、これ。新しいタイプの総合格闘技MMAでしょうか?」
「違うな。このキシランの国会中継だ」
「やけにアグレッシヴな国会ですね」

「現政府首脳陣と軍上層部の汚職が暴露されて混乱しているらしい」
「へえ、政府首脳と軍上層部ですか。その混乱はいつからなんでしょう?」
「十日前に国内の大手メディアがすっぱ抜いたということだ」
「なるほど、十日前ですか……十日前ねえ」

 京哉の呟きを聞きながら霧島は何となく『キシランに潜入中の麻取がまとめた』穴だらけで非常にいい加減な資料だの、作戦に噛んでくる筈のキシラン軍のやる気がまるでないように思われる理由だのに思い当たった気がしていた。

 今更説明しなくとも京哉も同様らしく複雑な表情をしている。
 当然だ、最大級の番狂わせである。

「『キシラン政府がゴーサインを出した作戦』って本部長は言ってましたよね?」
「その『ゴーサイン』を出した政府首脳も『作戦』に参加する軍上層部も、おそらくアグレッシヴに参戦中なんだろう」
「そうかも知れませんね。困ったなあ。一ノ瀬本部長にメールしてみませんか?」
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