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第18話
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許せなかったのは霧島だけではなかったらしい。女性を取り巻く一団が気付き、こちらに近づいてきたのだ。七、八人の男たちが二人の乗った車を取り囲む。障害物を目前にして霧島は車を停めざるを得ない。
男たちは京哉にも分かる程度の英語で騒ぎ立てた。
「何、見てんだよコラ!」
「ようよう、お兄チャンたちよう。ウチのお嬢様に何か用かい?」
「おめぇらなんかがお嬢様を見た日にゃ、目が潰れるぜ?」
「ウチのお嬢に色目使ってんじゃねぇぞ!」
着崩れた黒スーツの男が車を思い切り蹴り飛ばす。それが合図だったかのように男たちは次々に足を振り上げた。オンボロ車がガコガコ揺れ、ボディがベコベコ凹む音がした。
「よそ者のクセしてデカい面してんじゃねぇよ!」
灰紫で光沢のあるスーツという素敵チョイスな男が霧島の側のサイドミラーを掴むと力任せにへし折る。カランと砂の浮いた道路に投げ捨てた。
「スカした面しやがって、何とか言いやがれってんだ!」
京哉の側のサイドミラーも同じ運命を辿った。その間に他の男たちが三人掛かりで後部ドアを引き剥がそうとしていた。そこまでするか? と思った途端にバキャッと外れる。
「……風通しが良くなりましたね」
「他に何かコメントはないのか?」
「正直、申し訳ありませんでした……」
全てのドアが外されても二人はシートに行儀良く着席していた。
「この野郎、まだ詫びの一言もねぇのかよ!」
何処で仕込まれたのか男の一人が武術系の構えをし屋根にかかと落としを見舞う。
「……ネリチャギ?」
「結構、やるな……」
それでもまだ車は走れる可能性があった。だが男らが銃を手にしてボンネットに実弾をぶち込み始めるとその可能性はエンジン周りのシステムともども粉砕される。
「一般人が銃持ってる、それもフォーティーファイヴなんて大口径ですよ」
「ふん、それもグロックの四十五ACP弾使用モデルか。大層なモノをお持ちだな」
今や車はほぼシャシーのみで、骨だけの状態に近かった。着弾するたびに男らは嗤い、へたったサスペンションがふわふわと揺れる。
「お兄チャンたち、怖くてちびっちまったんじゃねぇのか?」
男が手を伸ばし車内のルームミラーをひねり折った。ポイと京哉の膝に投げる。
「けっ、今日はこのくらいにしといてやらあ!」
黒スーツ男がそう捨て科白を吐いたのを再び合図にして、男たちは銃を収めフォーメーションを組むように女性を取り巻いた。お嬢様と呼ばれた女性は口に手を当てて絶句しているようだ。何度か振り向きながらも男たちに促されて遠ざかってゆく。
「気が済んだので終了、と……」
「もう一度訊くが、他に何かコメントはないのか?」
「ここの粗大ゴミの日は何曜日でしょうね?」
「私は粗大生ゴミを出したいほど頭にきているぞ!」
そう唸ると怒りのオーラを発散させる霧島はショルダーバッグを担ぎ、車の骨から降りて大通りをずんずん歩き出す。長身の霧島に小走りながら京哉は静かに続いた。
暫く歩くと古びた看板に『バー・バッカス、食事・宿も有り』と書かれている店があった。勿論英語だったがこれくらいは京哉も読める。迷わず霧島は店内に足を踏み入れた。
ドアは胸の高さ五十センチくらいのスイングドアで、いよいよ西部劇めいている。
中は飾り気のない蛍光灯が点いていたが、相対的に暗く感じて京哉は何度か瞬きした。目が慣れてくると木材をふんだんに使った店内がはっきりしてくる。
木のテーブルが四つ。L字型になったカウンターにスツールが十二、並んでいる。客は昼間からビールを飲んでいる中年がテーブルに向かい合って二人。店の入り口近く、一番端のスツールでへべれけになっている白髪頭の初老の男が一人。
カウンターの中ではバーテンか店主か分からない中年男がグラスを磨いていた。真っ白なドレスシャツに赤いチェックのベストを着て黒い蝶タイを締めている。
霧島は真ん中辺りのスツールにドスンと座った。京哉は隣にそっと腰掛ける。
「マスター、ストレートウィスキー、ダブルで!」
いきなり霧島が英語で大声を発して京哉はギョッとした。カウンター内の中年男は霧島を静かに見返すばかりでグラスを磨く手を止めない。
本気にしていないというよりも様子を窺っている風である。霧島は急速に頭が冷め、まともな注文をするために訊いた。
「ランチ、何ができる?」
「ローストビーフのサンドがお勧めだ」
「ならばそれを二人分頼む」
「ビールは?」
「取り敢えずソフトドリンクで。運転する予定は消えたが」
やはりまだ怒っているらしい霧島の嫌味に、京哉はここでも嵐が去るのを待つ姿勢だ。一方でマスターは洗ったオレンジを二つ割りにして絞り始める。これは期待できそうだった。
調理するマスターに霧島が愚痴にならないよう訊く。
「おい、この街は銃をぶちかましても警察も来ないのか?」
「警察はいませんが保安官、シェリフならいますよ。そこに」
目顔で指したのは端のスツールでグラスを握って酔いどれている初老男だった。
「わしが……ヒック……パイク=ノーマン、この街の……ヒック……シェリフだ」
「たった一人の、車の駐車違反とガキの万引きしか捕まえない、ね」
揶揄されても何処吹く風でパイク=ノーマン氏はグラスを掲げて見せ、再びカウンターに突っ伏した。霧島は呆れて溜息をつく。
「なるほど。それでチンピラどもが危ないオモチャを持ってのさばっている訳だな」
「お客さんたち、よそから来てもうやられたんですか?」
「車一台、完全におしゃかだ。何だ、そっちの方にも腹が立ってきたぞ」
「やっぱり忍さんってネチこい上に土鍋性格ですよね。腹立てるの、遅いですよ」
「女と見るとしっぽを振る誰かに余計に腹が立って忘れていただけだ」
粗大生ゴミにされないよう京哉は心して口を噤んだ。
男たちは京哉にも分かる程度の英語で騒ぎ立てた。
「何、見てんだよコラ!」
「ようよう、お兄チャンたちよう。ウチのお嬢様に何か用かい?」
「おめぇらなんかがお嬢様を見た日にゃ、目が潰れるぜ?」
「ウチのお嬢に色目使ってんじゃねぇぞ!」
着崩れた黒スーツの男が車を思い切り蹴り飛ばす。それが合図だったかのように男たちは次々に足を振り上げた。オンボロ車がガコガコ揺れ、ボディがベコベコ凹む音がした。
「よそ者のクセしてデカい面してんじゃねぇよ!」
灰紫で光沢のあるスーツという素敵チョイスな男が霧島の側のサイドミラーを掴むと力任せにへし折る。カランと砂の浮いた道路に投げ捨てた。
「スカした面しやがって、何とか言いやがれってんだ!」
京哉の側のサイドミラーも同じ運命を辿った。その間に他の男たちが三人掛かりで後部ドアを引き剥がそうとしていた。そこまでするか? と思った途端にバキャッと外れる。
「……風通しが良くなりましたね」
「他に何かコメントはないのか?」
「正直、申し訳ありませんでした……」
全てのドアが外されても二人はシートに行儀良く着席していた。
「この野郎、まだ詫びの一言もねぇのかよ!」
何処で仕込まれたのか男の一人が武術系の構えをし屋根にかかと落としを見舞う。
「……ネリチャギ?」
「結構、やるな……」
それでもまだ車は走れる可能性があった。だが男らが銃を手にしてボンネットに実弾をぶち込み始めるとその可能性はエンジン周りのシステムともども粉砕される。
「一般人が銃持ってる、それもフォーティーファイヴなんて大口径ですよ」
「ふん、それもグロックの四十五ACP弾使用モデルか。大層なモノをお持ちだな」
今や車はほぼシャシーのみで、骨だけの状態に近かった。着弾するたびに男らは嗤い、へたったサスペンションがふわふわと揺れる。
「お兄チャンたち、怖くてちびっちまったんじゃねぇのか?」
男が手を伸ばし車内のルームミラーをひねり折った。ポイと京哉の膝に投げる。
「けっ、今日はこのくらいにしといてやらあ!」
黒スーツ男がそう捨て科白を吐いたのを再び合図にして、男たちは銃を収めフォーメーションを組むように女性を取り巻いた。お嬢様と呼ばれた女性は口に手を当てて絶句しているようだ。何度か振り向きながらも男たちに促されて遠ざかってゆく。
「気が済んだので終了、と……」
「もう一度訊くが、他に何かコメントはないのか?」
「ここの粗大ゴミの日は何曜日でしょうね?」
「私は粗大生ゴミを出したいほど頭にきているぞ!」
そう唸ると怒りのオーラを発散させる霧島はショルダーバッグを担ぎ、車の骨から降りて大通りをずんずん歩き出す。長身の霧島に小走りながら京哉は静かに続いた。
暫く歩くと古びた看板に『バー・バッカス、食事・宿も有り』と書かれている店があった。勿論英語だったがこれくらいは京哉も読める。迷わず霧島は店内に足を踏み入れた。
ドアは胸の高さ五十センチくらいのスイングドアで、いよいよ西部劇めいている。
中は飾り気のない蛍光灯が点いていたが、相対的に暗く感じて京哉は何度か瞬きした。目が慣れてくると木材をふんだんに使った店内がはっきりしてくる。
木のテーブルが四つ。L字型になったカウンターにスツールが十二、並んでいる。客は昼間からビールを飲んでいる中年がテーブルに向かい合って二人。店の入り口近く、一番端のスツールでへべれけになっている白髪頭の初老の男が一人。
カウンターの中ではバーテンか店主か分からない中年男がグラスを磨いていた。真っ白なドレスシャツに赤いチェックのベストを着て黒い蝶タイを締めている。
霧島は真ん中辺りのスツールにドスンと座った。京哉は隣にそっと腰掛ける。
「マスター、ストレートウィスキー、ダブルで!」
いきなり霧島が英語で大声を発して京哉はギョッとした。カウンター内の中年男は霧島を静かに見返すばかりでグラスを磨く手を止めない。
本気にしていないというよりも様子を窺っている風である。霧島は急速に頭が冷め、まともな注文をするために訊いた。
「ランチ、何ができる?」
「ローストビーフのサンドがお勧めだ」
「ならばそれを二人分頼む」
「ビールは?」
「取り敢えずソフトドリンクで。運転する予定は消えたが」
やはりまだ怒っているらしい霧島の嫌味に、京哉はここでも嵐が去るのを待つ姿勢だ。一方でマスターは洗ったオレンジを二つ割りにして絞り始める。これは期待できそうだった。
調理するマスターに霧島が愚痴にならないよう訊く。
「おい、この街は銃をぶちかましても警察も来ないのか?」
「警察はいませんが保安官、シェリフならいますよ。そこに」
目顔で指したのは端のスツールでグラスを握って酔いどれている初老男だった。
「わしが……ヒック……パイク=ノーマン、この街の……ヒック……シェリフだ」
「たった一人の、車の駐車違反とガキの万引きしか捕まえない、ね」
揶揄されても何処吹く風でパイク=ノーマン氏はグラスを掲げて見せ、再びカウンターに突っ伏した。霧島は呆れて溜息をつく。
「なるほど。それでチンピラどもが危ないオモチャを持ってのさばっている訳だな」
「お客さんたち、よそから来てもうやられたんですか?」
「車一台、完全におしゃかだ。何だ、そっちの方にも腹が立ってきたぞ」
「やっぱり忍さんってネチこい上に土鍋性格ですよね。腹立てるの、遅いですよ」
「女と見るとしっぽを振る誰かに余計に腹が立って忘れていただけだ」
粗大生ゴミにされないよう京哉は心して口を噤んだ。
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