俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

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第20話・「自己満足の何が悪い!」と叫んだ日〈画像解説付属〉

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『これって意外と脚だの目玉だのが歯の隙間に挟まって、いつまでも口の中が海老出汁風味なんだよなあ』

 下らない事を考えながら水槽裏で大量死していた乾燥ヤマトヌマエビを思い出す。



「あ、大和さんじゃないですか!」

 その店員に声を掛けられて大和はビクリとした。声の低さで初めて女性でなく男性店員と気付く。髪を後ろで縛っているのと、こういった場所には女性が多いという先入観から、まさかそれが金魚屋の彼だとは思いも寄らなかったのだ。

 驚きの再会に大和は咄嗟に意味のある言葉が出て来ず、

「ヤマトヌマエビもこんな風に煎餅にしたら食えるのかな?」

 と、すっとぼけたことを口走ってしまう。だが頬に血が昇るのを止められなくて、勘の悪くない女性陣を中心としたチーム員たちは、向かい合う男二人を見比べると煎餅の包みの入った紙袋を青年から奪い、大和と支払いを置いて去ってしまった。

「あのう、仕事中じゃないんですか?」 
「いや、仕事中だが……あれからどうしてた?」
「あー、入院してた爺ちゃんが死んで、店も閉めたんでバイト三昧ですよ」

「それはご愁傷様だったなあ。でも何で連絡くらい――」
「――すんません! あの店を爺ちゃんが残してくれたんですけど、相続税とか全然考えてくれてなくて。一時は住む所も無くて転々として、携帯も解約しちゃって。新しいアドレス、これです」

 そらで覚えていたらしい大和の携帯のアドレスを打ち込んだ青年が、ふわりと微笑むと同時に大和の携帯が震えた。

「じゃあ、今は何処に住んでいるんだ?」
「ええと、まだバンドの仲間の部屋とか、漫画喫茶とか。履歴書は金魚屋の住所なんで内密で」
「内密なのはいいが、屋号は本当に『金魚屋』だったのか?」

「ええ。じいちゃんが綺麗な魚は全部『金の魚だ』って言い張って。そんなじいちゃんの店、継いでやりたかったんですが、治療費とか溜まってたのと相殺したら僕の住む所すらなくなる始末で、仕方ないです」
「大変だったんだなあ――」

 そこで大和の中に湧いた提案は突拍子もないものだったが、本人は何ら疑問も抱かず言い放つ。

「なら、今日から帰る家は俺の家にするといい」
「え、あ……はあ!?」
「だから俺の家に住めばいいだろう。母もいるが気にするような人間じゃない。あんたも下宿するくらいに思えばいい。平屋で古いが部屋は余っているぞ」

「そんな、そこまで迷惑かけられません」
「俺はあんたが好きだ。だから近くにいたい。下心はあるが、迷惑じゃない」

 二人ともに喋っているうちに徐々に声が大きくなってしまい、夕方の混み合う前のデパ地下に大和の声は高い所から非常に良く響いた。

 そうでなくても若きリーダーの見張りとして残ったチームメンバーである中年の女性社員は、大和の大胆な告白を聞き逃しはしない。何でもっと色気が出せないのよ、などと思いつつ監視続行する。

 そんなことより一番戸惑ったのは金魚屋の彼だろう。しかしその青年も白い頬を紅潮させ、照れて大和の顔をまともに見られずにいるようだ。

「……もし、もしも邪魔でなければ、お願いしてもいいですか?」
「いいに決まっている。帰りは?」
「もう上がりですけど……あの、僕、伸ばすに助けると書いて伸助しんすけっていうんです。それと凄く言いづらいんですけど、苗字が大和なんで」
「ああ……」

 妙に納得したところで大和は何となくプー助ならぬ伸助に訊いてみた。

「あのプー助を海に放した夜のあと、すぐお爺様は亡くなられたのか?」
「は? プー助って、大事にしてたハリセンボン、放流しちゃったんですか?」

 暫し妙な間が空いて、大和はしげしげと伸助の顔を見つめた。――頭を振る。

「この近所に家電屋はあるか?」
「丁度、昨日オープンしたのが一軒ありますけど」
「それなら帰りに大型炊飯器を買おう。何処で待ち合わせがいい?」

「って、本気なんですか?」
「今更、何を言っているんだ。もう伸助、あんたは俺の水槽に飛び込んだんだぞ、自分から。自覚してくれ」
「何です、それ。僕を水槽の雑魚と一緒にしないで下さい」

 それは精一杯の伸助の虚勢でもあり、本音でもあったのだろう。大和は真剣に伸助を見つめ、自身にも誓うかの如く口にした。

「俺の水槽でピカピカに生きてる雑魚たちは世界一幸せな雑魚で『金の魚』だと断言できる。一度はカニも逃げ出して海に還ろうとしたんだから、自己満足なのかも知れない。だが自己満足の何が悪い!? カニは二度と逃げ出さなくなったぞ!」

「……カニ」

「そうだ。カニは俺が作った最高の水槽をついの棲家に決めたんだ。伸助、あんたはそいつらより大物だから責任重大、それでも俺は俺に作れる全力の最高で、あんたをもっと幸せにする気でいるぞ。自己満足できるまで何処までもだ。文句あるか!」

 殺し文句のつもりで言い放った大和だったが、伸介も男の意地なのか食いついた。

「あります! 僕だって飼われてばかりじゃ嫌です。大和さんと最高の水槽を作りたいです!」
「そうか、そうだな。二人共、互いに最高の金の魚でいられるよう、最高の住処を一緒に作るぞ」
「はいっ!」



                            了
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