20 / 20
第20話・「自己満足の何が悪い!」と叫んだ日〈画像解説付属〉
しおりを挟む
『これって意外と脚だの目玉だのが歯の隙間に挟まって、いつまでも口の中が海老出汁風味なんだよなあ』
下らない事を考えながら水槽裏で大量死していた乾燥ヤマトヌマエビを思い出す。
「あ、大和さんじゃないですか!」
その店員に声を掛けられて大和はビクリとした。声の低さで初めて女性でなく男性店員と気付く。髪を後ろで縛っているのと、こういった場所には女性が多いという先入観から、まさかそれが金魚屋の彼だとは思いも寄らなかったのだ。
驚きの再会に大和は咄嗟に意味のある言葉が出て来ず、
「ヤマトヌマエビもこんな風に煎餅にしたら食えるのかな?」
と、すっとぼけたことを口走ってしまう。だが頬に血が昇るのを止められなくて、勘の悪くない女性陣を中心としたチーム員たちは、向かい合う男二人を見比べると煎餅の包みの入った紙袋を青年から奪い、大和と支払いを置いて去ってしまった。
「あのう、仕事中じゃないんですか?」
「いや、仕事中だが……あれからどうしてた?」
「あー、入院してた爺ちゃんが死んで、店も閉めたんでバイト三昧ですよ」
「それはご愁傷様だったなあ。でも何で連絡くらい――」
「――すんません! あの店を爺ちゃんが残してくれたんですけど、相続税とか全然考えてくれてなくて。一時は住む所も無くて転々として、携帯も解約しちゃって。新しいアドレス、これです」
そらで覚えていたらしい大和の携帯のアドレスを打ち込んだ青年が、ふわりと微笑むと同時に大和の携帯が震えた。
「じゃあ、今は何処に住んでいるんだ?」
「ええと、まだバンドの仲間の部屋とか、漫画喫茶とか。履歴書は金魚屋の住所なんで内密で」
「内密なのはいいが、屋号は本当に『金魚屋』だったのか?」
「ええ。じいちゃんが綺麗な魚は全部『金の魚だ』って言い張って。そんなじいちゃんの店、継いでやりたかったんですが、治療費とか溜まってたのと相殺したら僕の住む所すらなくなる始末で、仕方ないです」
「大変だったんだなあ――」
そこで大和の中に湧いた提案は突拍子もないものだったが、本人は何ら疑問も抱かず言い放つ。
「なら、今日から帰る家は俺の家にするといい」
「え、あ……はあ!?」
「だから俺の家に住めばいいだろう。母もいるが気にするような人間じゃない。あんたも下宿するくらいに思えばいい。平屋で古いが部屋は余っているぞ」
「そんな、そこまで迷惑かけられません」
「俺はあんたが好きだ。だから近くにいたい。下心はあるが、迷惑じゃない」
二人ともに喋っているうちに徐々に声が大きくなってしまい、夕方の混み合う前のデパ地下に大和の声は高い所から非常に良く響いた。
そうでなくても若きリーダーの見張りとして残ったチームメンバーである中年の女性社員は、大和の大胆な告白を聞き逃しはしない。何でもっと色気が出せないのよ、などと思いつつ監視続行する。
そんなことより一番戸惑ったのは金魚屋の彼だろう。しかしその青年も白い頬を紅潮させ、照れて大和の顔をまともに見られずにいるようだ。
「……もし、もしも邪魔でなければ、お願いしてもいいですか?」
「いいに決まっている。帰りは?」
「もう上がりですけど……あの、僕、伸ばすに助けると書いて伸助っていうんです。それと凄く言いづらいんですけど、苗字が大和なんで」
「ああ……」
妙に納得したところで大和は何となくプー助ならぬ伸助に訊いてみた。
「あのプー助を海に放した夜のあと、すぐお爺様は亡くなられたのか?」
「は? プー助って、大事にしてたハリセンボン、放流しちゃったんですか?」
暫し妙な間が空いて、大和はしげしげと伸助の顔を見つめた。――頭を振る。
「この近所に家電屋はあるか?」
「丁度、昨日オープンしたのが一軒ありますけど」
「それなら帰りに大型炊飯器を買おう。何処で待ち合わせがいい?」
「って、本気なんですか?」
「今更、何を言っているんだ。もう伸助、あんたは俺の水槽に飛び込んだんだぞ、自分から。自覚してくれ」
「何です、それ。僕を水槽の雑魚と一緒にしないで下さい」
それは精一杯の伸助の虚勢でもあり、本音でもあったのだろう。大和は真剣に伸助を見つめ、自身にも誓うかの如く口にした。
「俺の水槽でピカピカに生きてる雑魚たちは世界一幸せな雑魚で『金の魚』だと断言できる。一度はカニも逃げ出して海に還ろうとしたんだから、自己満足なのかも知れない。だが自己満足の何が悪い!? カニは二度と逃げ出さなくなったぞ!」
「……カニ」
「そうだ。カニは俺が作った最高の水槽を終の棲家に決めたんだ。伸助、あんたはそいつらより大物だから責任重大、それでも俺は俺に作れる全力の最高で、あんたをもっと幸せにする気でいるぞ。自己満足できるまで何処までもだ。文句あるか!」
殺し文句のつもりで言い放った大和だったが、伸介も男の意地なのか食いついた。
「あります! 僕だって飼われてばかりじゃ嫌です。大和さんと最高の水槽を作りたいです!」
「そうか、そうだな。二人共、互いに最高の金の魚でいられるよう、最高の住処を一緒に作るぞ」
「はいっ!」
了
下らない事を考えながら水槽裏で大量死していた乾燥ヤマトヌマエビを思い出す。
「あ、大和さんじゃないですか!」
その店員に声を掛けられて大和はビクリとした。声の低さで初めて女性でなく男性店員と気付く。髪を後ろで縛っているのと、こういった場所には女性が多いという先入観から、まさかそれが金魚屋の彼だとは思いも寄らなかったのだ。
驚きの再会に大和は咄嗟に意味のある言葉が出て来ず、
「ヤマトヌマエビもこんな風に煎餅にしたら食えるのかな?」
と、すっとぼけたことを口走ってしまう。だが頬に血が昇るのを止められなくて、勘の悪くない女性陣を中心としたチーム員たちは、向かい合う男二人を見比べると煎餅の包みの入った紙袋を青年から奪い、大和と支払いを置いて去ってしまった。
「あのう、仕事中じゃないんですか?」
「いや、仕事中だが……あれからどうしてた?」
「あー、入院してた爺ちゃんが死んで、店も閉めたんでバイト三昧ですよ」
「それはご愁傷様だったなあ。でも何で連絡くらい――」
「――すんません! あの店を爺ちゃんが残してくれたんですけど、相続税とか全然考えてくれてなくて。一時は住む所も無くて転々として、携帯も解約しちゃって。新しいアドレス、これです」
そらで覚えていたらしい大和の携帯のアドレスを打ち込んだ青年が、ふわりと微笑むと同時に大和の携帯が震えた。
「じゃあ、今は何処に住んでいるんだ?」
「ええと、まだバンドの仲間の部屋とか、漫画喫茶とか。履歴書は金魚屋の住所なんで内密で」
「内密なのはいいが、屋号は本当に『金魚屋』だったのか?」
「ええ。じいちゃんが綺麗な魚は全部『金の魚だ』って言い張って。そんなじいちゃんの店、継いでやりたかったんですが、治療費とか溜まってたのと相殺したら僕の住む所すらなくなる始末で、仕方ないです」
「大変だったんだなあ――」
そこで大和の中に湧いた提案は突拍子もないものだったが、本人は何ら疑問も抱かず言い放つ。
「なら、今日から帰る家は俺の家にするといい」
「え、あ……はあ!?」
「だから俺の家に住めばいいだろう。母もいるが気にするような人間じゃない。あんたも下宿するくらいに思えばいい。平屋で古いが部屋は余っているぞ」
「そんな、そこまで迷惑かけられません」
「俺はあんたが好きだ。だから近くにいたい。下心はあるが、迷惑じゃない」
二人ともに喋っているうちに徐々に声が大きくなってしまい、夕方の混み合う前のデパ地下に大和の声は高い所から非常に良く響いた。
そうでなくても若きリーダーの見張りとして残ったチームメンバーである中年の女性社員は、大和の大胆な告白を聞き逃しはしない。何でもっと色気が出せないのよ、などと思いつつ監視続行する。
そんなことより一番戸惑ったのは金魚屋の彼だろう。しかしその青年も白い頬を紅潮させ、照れて大和の顔をまともに見られずにいるようだ。
「……もし、もしも邪魔でなければ、お願いしてもいいですか?」
「いいに決まっている。帰りは?」
「もう上がりですけど……あの、僕、伸ばすに助けると書いて伸助っていうんです。それと凄く言いづらいんですけど、苗字が大和なんで」
「ああ……」
妙に納得したところで大和は何となくプー助ならぬ伸助に訊いてみた。
「あのプー助を海に放した夜のあと、すぐお爺様は亡くなられたのか?」
「は? プー助って、大事にしてたハリセンボン、放流しちゃったんですか?」
暫し妙な間が空いて、大和はしげしげと伸助の顔を見つめた。――頭を振る。
「この近所に家電屋はあるか?」
「丁度、昨日オープンしたのが一軒ありますけど」
「それなら帰りに大型炊飯器を買おう。何処で待ち合わせがいい?」
「って、本気なんですか?」
「今更、何を言っているんだ。もう伸助、あんたは俺の水槽に飛び込んだんだぞ、自分から。自覚してくれ」
「何です、それ。僕を水槽の雑魚と一緒にしないで下さい」
それは精一杯の伸助の虚勢でもあり、本音でもあったのだろう。大和は真剣に伸助を見つめ、自身にも誓うかの如く口にした。
「俺の水槽でピカピカに生きてる雑魚たちは世界一幸せな雑魚で『金の魚』だと断言できる。一度はカニも逃げ出して海に還ろうとしたんだから、自己満足なのかも知れない。だが自己満足の何が悪い!? カニは二度と逃げ出さなくなったぞ!」
「……カニ」
「そうだ。カニは俺が作った最高の水槽を終の棲家に決めたんだ。伸助、あんたはそいつらより大物だから責任重大、それでも俺は俺に作れる全力の最高で、あんたをもっと幸せにする気でいるぞ。自己満足できるまで何処までもだ。文句あるか!」
殺し文句のつもりで言い放った大和だったが、伸介も男の意地なのか食いついた。
「あります! 僕だって飼われてばかりじゃ嫌です。大和さんと最高の水槽を作りたいです!」
「そうか、そうだな。二人共、互いに最高の金の魚でいられるよう、最高の住処を一緒に作るぞ」
「はいっ!」
了
3
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
