俺の何気ない日常が少し重くなった。

志賀雅基

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第17話・次の休前日

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 金曜の夕方は結構忙しい。休日前に月曜日の仕事の段取りまでしておいて、せめて僅かでも心を軽くして来週一週間の勤労に臨みたいのが人情というものだからだ。

 それは大和だって同じで、デスク上だけでなく週明け一発目で手を付けるつもりの見積書の資料を揃えたり、だが何という気もない顔を作って隣のデスクの同僚と、口先だけで休みの予定を喋ってみたりする。

 そんな時だった、大和の携帯に電話が架かったのは。

「何、母さん。帰りの買い物ならメールで――」
「――違うの。あんたのプーちゃんだけど、泳ぎ方が変なのよ」

「え……病気っぽいの? 色は? って、生きてるよね!?」
「生きてるから連絡したのよ。早く帰ってくれる?」
「そりゃあ。見ててくれよな、危なそうならまた連絡してくれる?」

 了解を得るなり電話を切って、何はともあれデスクだけは体裁を整えると、タイムカードを誰よりも早く打刻してフロアを飛び出した。途端にぶつかりそうになった夜勤の掃除会社のおばちゃんにも、ロクな返事が出来なかった。
 頭の中では、あの自慢の美しく優雅でなお、大和だけに懐いて水を吹き、今朝まで餌をねだってはちゃんと食べていた姿が蘇る。

 何が拙かった!? 昨日の水替えもいつも通りで変じゃなかった筈だ。餌もクリルとアサリの剥き身……そういえば昨日、甘エビの刺身をやったら喜んでいたけれど、あれが良くなかったのか?

 車に駆け込み発車寸前に母からの第二報で「斜めに泳いでガラス面にぶつかっている」との痛々しい様子がありありと伝えられて、大和は、他人から見れば『たった一匹の雑魚』のために、涙で歪みそうになるのを必死で堪えて今は運転に集中した。

 そうしながら途中で考える。これまでにも水棲生物を長く家で飼ってきて、魚の様子が急変したら殆ど助けてやることができないのを大和自身、知っていた。動物園ではないのだ、人間張りに手術など出来る大きさではない。

 勿論、水棲生物にも特有の病気があり、そうなってしまった場合には水の塩分濃度を高めたり、メチレンブルーなる薬液を入れたりと、対処法もあるにはあるが、母の言う通りなら、おそらくプー助は――。

 あの金魚屋の青年に訊いてみたらどうだろう? しかし金魚屋は殆ど店を閉めていて、青年も木曜の朝に海岸通りで拾うのが恒例となっているだけである。
 捉まるかどうかすら分からない人物を探し求めてふらふらするよりも、大和は何より生きたプー助に会いたくて堪らなかった。
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