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第22話

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 既に支社長の送迎車はビルの車寄せに停められていると聞き、四人は慌ただしく動く。

 二十一階で香坂と小田切が社員証を受け取ると、地下駐車場に置いてある防弾の黒塗りに乗り込んで地上に出た。車寄せで待っていた支社長の送迎車も黒塗りで霧島がパッシングし合図すると支社長車は走り出す。霧島は車をその背後につけた。

 ピカピカに磨かれた黒塗り二台が連なっていると何処かの組幹部が移動しているようにも見える。お蔭で帰宅ラッシュが始まった道路も意外なくらい走りやすかった。
 前方の黒塗りのリアウィンドウを透かし見ながら京哉が香坂に訊いた。

「魚住支社長の自宅って何処なんですか?」
「白藤市内の郊外にある賃貸マンション。都内の自宅に家族を置いて単身赴任だ」
「ふうん。企業戦士は大変ですよね。野坂室長も拘束時間が長そうだし」
「あの蛇野郎にまで京哉くんは同情するのかい?」

 今日の仕事が相当気に食わなかったらしい小田切の言葉に京哉も頷く。

「冷たそうなのは確かだし、好きになれないタイプですけどね」
「だが見ている限りは有能だったぞ。冷たく見えるのはプライドが高いからだろう」

 運転しながら野坂の援護射撃をした霧島に京哉はつまらない思いを抱いた。そんなことで嫉妬はしないが、単に自分の味方をしてくれないのが面白くなかったのだ。

 黒塗り二台は白藤市駅の高架をくぐり東口側の混雑を抜けてビルの谷間を走っていた。一番混み合う場所をクリアしたので一路郊外へ向かうだけかと思っていると、先行していた黒塗りがひょいと左折して飲食店の多い繁華街へと入ってゆく。

「あ、そっか。マンションの部屋にこの人数で押しかける訳にはいきませんよね」
「何処か席を確保できる店にでも入るらしいな」
「僕が知る限りでは『松葉庵まつばあん』が魚住支社長の行きつけだ」
「松葉庵ねえ、和食屋かい。飾りみたいな肴より腹一杯食いたいなあ」

 どうでもいい小田切の意見を聞きながら皆が前方に目を凝らした。京哉にも店名だけでは何処にあるのか分からない。先行車について行くのみだ。
 まもなく先行車は立体駐車場に入り二階に二台分の空きスペースを見つけて駐車した。その専属ドライバーにも劣らないステアリング捌きで霧島も隣に黒塗りを駐める。全員が降車した。

 支社長と野坂にドライバー、霧島に京哉と小田切に香坂という七人で駐車場を出ると盛り場を少々歩く。そうして七、八階建てのビルを支社長は指し示した。京哉が見上げるとビルの角には様々な電子看板が灯っていて、中に『松葉庵』の控えめな看板もあった。

 ビルに入るとエレベーターで五階に上がる。扉が開くと目前が『松葉庵』だった。

「五階が全て『松葉庵』なんですね」
「大した景気の良さだな」
「ってゆうか、ものすごく高そうな造りかも」
「私たちが支払う訳ではないから構わん。どうせ経費で落ちるんだろう」

 京哉と霧島の囁き合いを聞きつけて魚住支社長が笑う。

「ここは支社として賓客をもてなすのに良く使っている店でね。懇意にしているから急な予約でも部屋の都合をつけてくれるんだ。勿論支払いは経費で落ちるから心配は要らないよ」

 喋る間に野坂が店の従業員と口を利き、女将を呼んでいた。出てきた女将は魚住支社長を見ると上品にお辞儀をして来店を喜んで見せる。そして案内されたのは正面入り口から入ったレストランではなく横手にあった引き戸の玄関だった。

 玄関口には小石が敷き詰められ、小さな石灯篭が火を灯して手水鉢の水面に明かりを映していた。 

 三和土で七人は靴を脱いだ。飴色に磨き込まれた廊下を歩く。ビルのワンフロア全てを使っているだけに内部は広く、『楓』や『萩』といった名の座敷が左右に並び、どれもから人の笑いや歓談する声が洩れてくる。
 そんな人の気配を聞きながら女将に案内された部屋の表札を京哉が見ると『松風』と筆文字で書かれていた。

 ふすまを開けられると青々とした畳のイグサが香った。京哉は広間を覗いて少々驚く。そこには既に脚付きの膳がずらりと並べられ、その膳の前にスーツの男たちが座していたからだ。男たちの中から恰幅のいい人事部長の大釜氏が手を振って見せた。

「やあ、ご苦労様です支社長。皆も入って、座った座った!」

 どうやら香坂堂白藤支社の部長級ばかりが集まっていると察した京哉たちは魚住支社長に目を向けた。魚住支社長は悪戯っぽく笑って手振りで皆を広間に上がらせる。

「今日はきみたちの歓迎会、そう言ったら我も我もと集まってしまってね」

 確かに霧島カンパニー次期本社社長の噂も名高い上にメディアにも何度も露出した霧島がいるのだ。おまけに次男坊とはいえ将来の役員を約束された香坂堂本社社長の御曹司までが一緒となれば、是非とも自分の人脈に加えたいと思うのも企業人として当然だろう。

 膳の前の座布団に京哉・霧島・香坂・小田切の順に腰を下ろした。仲居が料理の載った器を運んでくる。ビールや熱燗が揃うと向かいから部長たちがビール瓶を手にして四人のグラスに酌をしに来た。このパターンだと自分が運転手だと心得て京哉はウーロン茶だ。

「では、若い四人の将来の成功を祈念して乾杯!」

 魚住支社長の音頭で皆が唱和しグラスを掲げて口を付けた。支社長は朗らかに『四人』と言ったが部長たちの目的から自分は外れていると知っている京哉はウーロン茶をひとくち飲み、あとは旨い料理をぱくつくのみだ。
 その間に霧島と香坂は絶え間なく酌をされている。だが霧島が酔ったのを見たことはないので京哉は心配していない。

 しかし部長たちの声もだんだん大きくなってきて場が騒がしくなってくると、ターゲットが霧島と香坂の持つ背後関係から、それぞれの見た目にシフトし始めた。

「いやいや、これほど見ていて目に心地良い四人というのも珍しいですなあ」
「見事という他、ありませんな」
「鳴海くんなど、いっそ色っぽいくらいじゃないですかね」
「今晩、誘ってみたらどうです。女より世話が要らない分、愉しめるかも知れませんよ?」

 立場的に香坂を弄る訳にいかないのは皆が承知していて、粘っこい視線は京哉に集中していた。京哉としては面白くもなかったが、所詮は呑み場の戯言である。
 冗談とセクハラやパワハラの区別がつきづらい年代の部長たちを咎める気などさらさらなく本気でどうでいいのですました顔で天ぷらを齧っていた。
 天つゆがおいしい。
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