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第21話
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メンチカツを頬張り咀嚼して呑み込んだ霧島は、これだけはと思い京哉に確認する。
「私はお前を信じている。だが小田切と二人きりになって、もし奴に不埒な真似をされそうになったらそのときは……分かっているな?」
「はい。ちゃんと銃は持ってますし、僕は撃ち負けませんから」
ぼそぼそと喋りながらも腹が減っていた京哉は超速で定食を残さず食べ終えた。その時には既に霧島も食後のほうじ茶のおかわりを貰っている。京哉が煙草を吸う間に霧島は考えた。
自分たちはヘロインと銃器密輸なる巨悪を暴くための捜査にきた筈である。それなのにどうして秋波だ、タラシだという問題になっているのか謎だった。
思考が伝わったのか、ふいに京哉が軌道修正する。
「ホシはもう二度も香坂警視を狙っています。つまり香坂警視はとっくに敵、香坂警視とつるんでる僕らも同じく敵だとホシは知っているんですよね?」
「ああ。誰が狙われてもおかしくはない、いつ頭上から銃弾が降ってくるか、そちらの方が必然という状況だ。それでも本庁のハムで香坂堂本社社長御曹司である香坂怜は狙われる筆頭だろう。香坂が消されるような事態になったら私たちも一旦退くことになる上、捜査続行は不透明になるからな」
「香坂堂本社の思惑はともかくとして、香坂警視は囮ってことですか?」
霧島は頷く。香坂堂より、この場合は警視庁の意向だ。通常なら表には出ない公安の、それもキャリアである香坂警視を投入した辺り、本気度の高さが窺える。
「まあな。世襲制の社において次男は将来の役員だが実質スペアとも云える立場だと言わざるを得ん。だからこそ香坂怜はある程度自由でサツカンにもなれたのだろうし今回のように危険を承知で香坂堂コーポレーションのために使われている」
「何だか気の毒かも。でも、それなら唯一の跡継ぎである貴方はどうなんですか?」
「私か? 私は私の好きにするだけだ。いちいち誰かの了承など取らん」
立場としては一人息子の霧島の方が窮屈な筈だが、縛るしがらみを無視し飄々としている。
「まあ、止めて留まる人じゃないですもんね」
「お前に言われたくないが。それより香坂は誰かが常に同行し警戒する必要がある」
「なるほど。じゃあ戻りますか」
今週の食事当番の京哉が千三百六十円を支払い外に出た。秘書室に戻ると小田切と香坂は戻っていた。幸恵が淹れてくれた緑茶を飲んで京哉が煙草を吸うとチャイムが鳴る。午後の仕事の始まりだった。
午後も京哉と小田切はビル内を駆け回って過ごした。根性でバインダーの書類全てにサインと捺印を貰い、指示通りに秘書室手前にある総務部に書類を渡す。時刻は十六時半で意気揚々と秘書室に戻ると野坂が眼鏡の奥の冷たい目を振り向けて言った。
「遅かったですね。まさか手分けせず二人一緒に回っていた訳でもないでしょう?」
京哉と小田切は顔を見合わせてから、野坂と目を合わせないようデスクに就いた。煙草を吸いつつ霧島と香坂の作業を眺める。相変わらず香坂は霧島に異常接近だ。しかし昼休みの京哉の指摘を受けて霧島側がサラリと躱しているように見受けられた。
支社長室は来客が帰ったばかりらしく、トレイに空のカップを載せた幸恵が内部ドアから出てきた。京哉たちを認めるとパッと顔を明るくして声を掛けてくれる。
「お客さまから頂いたカステラを切ったんですけど、食べませんか?」
「食う、食う。駆け回りすぎて腹減ったよ」
「じゃあ、お願いします」
コーヒー付きでカステラを二切れずつ出して貰い、京哉と小田切は早速頂いた。
「あー、これは旨いなあ」
「ここのカステラは美味しいので評判なんです」
「ん、美味しい。ザラメの甘さが沁みますね」
「京哉くん、世界で一番旨い紙ってこれだと思わないかい?」
「紙に『美味しさランキング』があるなんて初耳ですよ」
「そうかい? この旨い紙をこうして丸めて噛むと甘い汁が……」
「いい大人なんですから小田切さん。まさか砂糖の足りない頃に生まれたんじゃないですよね?」
あっという間に食い尽くした二人の勢いプラス、小田切の行動をジョークと取った幸恵が笑い出しながら追加の一切れを出してくれる。これも胃に収めてしまうとコーヒーを飲みつつ京哉はヒマ故にまた煙草を吸った。けれどその一本を吸い終えないうちに野坂が皆に告げる。
「そろそろ支社長の帰宅時間ですので、宜しいでしょうか」
皆で並び退勤する支社長を見送る儀式があるらしい。そこで廊下の支社長室正面ドア前で待った。野坂一人が支社長室に入って行き、支社長と一緒に出てくる。
「お疲れさまでした」
「「「「お疲れさまでした」」」」
幸恵に倣い四人もお辞儀した。頷いた支社長は自宅まで同行する野坂と共に去ろうとして、思いついたように足を止める。金縁眼鏡の奥で微笑むと新人秘書たちに声を掛けた。
「どうかな、仮とはいえ入社祝いに一杯やらんかね?」
訊かれて皆が霧島を見た。見られた霧島は迷わず誘いに乗る。
「この人数がお邪魔でなければご相伴に与ります」
何処に密輸のヒントが隠れているか知れない。それに支社の方針も左右可能な魚住支社長は疑わしき人物のトップともいえた。ここで断る手はない。
「私はお前を信じている。だが小田切と二人きりになって、もし奴に不埒な真似をされそうになったらそのときは……分かっているな?」
「はい。ちゃんと銃は持ってますし、僕は撃ち負けませんから」
ぼそぼそと喋りながらも腹が減っていた京哉は超速で定食を残さず食べ終えた。その時には既に霧島も食後のほうじ茶のおかわりを貰っている。京哉が煙草を吸う間に霧島は考えた。
自分たちはヘロインと銃器密輸なる巨悪を暴くための捜査にきた筈である。それなのにどうして秋波だ、タラシだという問題になっているのか謎だった。
思考が伝わったのか、ふいに京哉が軌道修正する。
「ホシはもう二度も香坂警視を狙っています。つまり香坂警視はとっくに敵、香坂警視とつるんでる僕らも同じく敵だとホシは知っているんですよね?」
「ああ。誰が狙われてもおかしくはない、いつ頭上から銃弾が降ってくるか、そちらの方が必然という状況だ。それでも本庁のハムで香坂堂本社社長御曹司である香坂怜は狙われる筆頭だろう。香坂が消されるような事態になったら私たちも一旦退くことになる上、捜査続行は不透明になるからな」
「香坂堂本社の思惑はともかくとして、香坂警視は囮ってことですか?」
霧島は頷く。香坂堂より、この場合は警視庁の意向だ。通常なら表には出ない公安の、それもキャリアである香坂警視を投入した辺り、本気度の高さが窺える。
「まあな。世襲制の社において次男は将来の役員だが実質スペアとも云える立場だと言わざるを得ん。だからこそ香坂怜はある程度自由でサツカンにもなれたのだろうし今回のように危険を承知で香坂堂コーポレーションのために使われている」
「何だか気の毒かも。でも、それなら唯一の跡継ぎである貴方はどうなんですか?」
「私か? 私は私の好きにするだけだ。いちいち誰かの了承など取らん」
立場としては一人息子の霧島の方が窮屈な筈だが、縛るしがらみを無視し飄々としている。
「まあ、止めて留まる人じゃないですもんね」
「お前に言われたくないが。それより香坂は誰かが常に同行し警戒する必要がある」
「なるほど。じゃあ戻りますか」
今週の食事当番の京哉が千三百六十円を支払い外に出た。秘書室に戻ると小田切と香坂は戻っていた。幸恵が淹れてくれた緑茶を飲んで京哉が煙草を吸うとチャイムが鳴る。午後の仕事の始まりだった。
午後も京哉と小田切はビル内を駆け回って過ごした。根性でバインダーの書類全てにサインと捺印を貰い、指示通りに秘書室手前にある総務部に書類を渡す。時刻は十六時半で意気揚々と秘書室に戻ると野坂が眼鏡の奥の冷たい目を振り向けて言った。
「遅かったですね。まさか手分けせず二人一緒に回っていた訳でもないでしょう?」
京哉と小田切は顔を見合わせてから、野坂と目を合わせないようデスクに就いた。煙草を吸いつつ霧島と香坂の作業を眺める。相変わらず香坂は霧島に異常接近だ。しかし昼休みの京哉の指摘を受けて霧島側がサラリと躱しているように見受けられた。
支社長室は来客が帰ったばかりらしく、トレイに空のカップを載せた幸恵が内部ドアから出てきた。京哉たちを認めるとパッと顔を明るくして声を掛けてくれる。
「お客さまから頂いたカステラを切ったんですけど、食べませんか?」
「食う、食う。駆け回りすぎて腹減ったよ」
「じゃあ、お願いします」
コーヒー付きでカステラを二切れずつ出して貰い、京哉と小田切は早速頂いた。
「あー、これは旨いなあ」
「ここのカステラは美味しいので評判なんです」
「ん、美味しい。ザラメの甘さが沁みますね」
「京哉くん、世界で一番旨い紙ってこれだと思わないかい?」
「紙に『美味しさランキング』があるなんて初耳ですよ」
「そうかい? この旨い紙をこうして丸めて噛むと甘い汁が……」
「いい大人なんですから小田切さん。まさか砂糖の足りない頃に生まれたんじゃないですよね?」
あっという間に食い尽くした二人の勢いプラス、小田切の行動をジョークと取った幸恵が笑い出しながら追加の一切れを出してくれる。これも胃に収めてしまうとコーヒーを飲みつつ京哉はヒマ故にまた煙草を吸った。けれどその一本を吸い終えないうちに野坂が皆に告げる。
「そろそろ支社長の帰宅時間ですので、宜しいでしょうか」
皆で並び退勤する支社長を見送る儀式があるらしい。そこで廊下の支社長室正面ドア前で待った。野坂一人が支社長室に入って行き、支社長と一緒に出てくる。
「お疲れさまでした」
「「「「お疲れさまでした」」」」
幸恵に倣い四人もお辞儀した。頷いた支社長は自宅まで同行する野坂と共に去ろうとして、思いついたように足を止める。金縁眼鏡の奥で微笑むと新人秘書たちに声を掛けた。
「どうかな、仮とはいえ入社祝いに一杯やらんかね?」
訊かれて皆が霧島を見た。見られた霧島は迷わず誘いに乗る。
「この人数がお邪魔でなければご相伴に与ります」
何処に密輸のヒントが隠れているか知れない。それに支社の方針も左右可能な魚住支社長は疑わしき人物のトップともいえた。ここで断る手はない。
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