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第8話
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目で問われたリョウが抑えた声を出す。
「もう時空移動したからね。今は一昨日の夜、精確には昨日の午前二時過ぎだよ」
「時空移動……じゃあ射殺事件発生時をこの目で見られるってことか!」
「しっ、大声出さないでって言ってるでしょ」
「ん、あ、すまん」
「それと、もうひとつ。くれぐれも手を出さないで。黙って見るだけだからね」
念を押されたがマユキは胸中で『事と次第に依るぜ』と思っていた。もしリョウの言うことが全てハッタリでなく事実ならば、今から自分が見る光景は放置できるような事柄ではない筈なのだから。
しかし今はおくびにも出さず頷いておいてリョウの行動に倣う。
二人はB‐3倉庫の正面の壁に張り付いた。角まできて倉庫と倉庫の間、死体が転がっていた辺りを窺う。そこには既に二人分の人影があった。
密やかな声でリョウが状況を解説してくれた。
「黒いコートの男はマユキ、貴方の子孫の派閥を根から潰そうとする政治家の私設秘書。もう片方は秘書からカネを受け取って動く、暗殺専門のタイムトラベラーだよ」
「ってことは、まさか……もしかして未来の大災厄の大元である俺を狙って奴らはきたってことなのか?」
「まあ、そういうことになるね。でもこの先、彼らはカネの額面で折り合いがつかずに争い始める……昼間に本部で調べてきたんだよ」
覗いているとリョウの言った通り、男二人の影が小突き合いを始めた。そしてとうとう黒コートの男が懐から銃を抜き出しトリガを引く。だがマユキが予想した撃発音はせず、白い光条が宙を薙いだ。にわかに現実とは思えないが得物はレーザーを発射するハンドガンらしい。
そこまで見取って飛び出そうとしたマユキをリョウが押し留める。
「手を出さない約束だよ!」
「ざけんな、約束なんかした覚えはねぇよ!」
「だめだよ、過去は変えられないんだってば!」
「ンなこと言ってる場合かよっ! 片方は四十五口径のホシなんだぞ!」
「だからお願い、大声出さないで。ここで過去を変えれば未来がどう変容するか分からないんだよ?」
「けど、今そこで人が死ぬんだぞ、指を咥えて見てられっかよ!」
こちらも揉み合いになった。そこでマユキの手にしていたフラッシュライトが落ちる。意外に大きい音がした。二人はハッとし身を凍らせる。だが遅かった。撃発音が響く。B‐3倉庫の角がチュインと音を立てて火花を散らした。
反射的にマユキは腹のシグ・ザウエルP226を抜く。既にリョウも未来の物らしい銃を手にしている。その間にもマユキたちの潜む角を続けざまに四十五口径弾が襲い、レーザーが倉庫の壁を融かした。
「白崎警察署だ、銃を捨てろ!」
塗料のツンとする臭いを嗅ぎつつマユキは大喝する。同時に威嚇の二射を放った。思わず片手で撃ったが予測していたほどの強烈な反動はない。これならいけると考えたのも束の間、レーザーに黒髪を焦がされ慌てて頭を引っ込める。
過去への干渉に迷っていたらしいリョウも腹を括ったかマユキの肩越しに初弾を撃ち出した。怖じずに再びマユキも撃つ。しかし敵の火線が強く、決め手とならない。
「リョウ、俺が出る。援護してくれ」
「僕が出るから、貴方が援護に――」
「お前の残弾は四、俺はまだ八だ。俺が出る」
「……分かったよ。カウントお願い」
「よし。三、二、一、行くぞ!」
飛び出したマユキは身を低くして滑るように走った。コートを掠めるようにして援護の四十五口径が敵を抑える。撃ち込んで撃たせない間が勝負、暗殺者に対し二射発砲。的の大きな腹に九ミリパラのダブルタップを叩き込む。暗殺者は尻餅をつくようにして転がった。
飛び出してまだ二秒足らず、マユキは黒コートに銃口を向ける。レーザーガンを撃ち壊し、ジャスティスショットを狙って右肩を照準。だがそのとき倒した筈の暗殺者が意外なまでに滑らかな動きで上体を起こす。
マユキは目を疑った。暗殺者が背後にスリングで吊り隠し持っていたのは紛れもなくサブマシンガンだったのだ。構えたその本格的兵器の銃口がマユキに向けられる。
防弾のアーマーベストでも着ていたんだろうと暢気に思っている自分は拙いんじゃないか、そんなことを考えながら、マユキはサブマシンガンが吼えるのを聞く。酷く熱いものを腹に叩き付けられたように感じた次の瞬間、避けきれもしないのに自然な動きでふらふらと後退していた。次には衝撃に耐え切れず腰を落とす。
それでもなお執拗にサブマシンガンはマユキを狙った。身を起こしかけた胸にも被弾、夜目にも黒く血飛沫を上げて吹っ飛ばされたマユキは護岸から海に落ちた。
「マユキ……マユキっ!」
敵の目がマユキの消えた海に向いている隙に、リョウは黒コートの男の眉間に残弾の一発を見舞う。男は棒きれのように斃れた。暗殺者のサブマシンガンの狙いがリョウに移る。けれどリョウは全く己の身を護る素振りも見せず、ふらりと倉庫の陰から歩き出した。
無表情の目から滂沱と涙を流しながら歩み出てきたリョウの異様さに、サブマシンガンの唸りが僅かに途切れる。その刹那、リョウは地を蹴ってマユキが落としたシグを手にしていた。血でぬめるグリップを握り、敵を狙う。残弾は五発、二発が減る。更に二射。
サブマシンガンが狙いを大きく逸らして空に発射される。幾らもせずに撃ち尽くして静けさが戻った。リョウは手足に被弾して藻掻く暗殺者に近づくと、その眉間にシグの銃口を押しつける。九ミリパラのラスト一発を発射。
海際まで駆け寄って海面を覗き込む。多数の丸太が浮いて擦れ、みしみしと軋みを上げる海の何処にもマユキの姿は見えない。巨大な丸太に挟まれでもしたら圧死は免れないだろう。
だがリョウはシグを投げ捨てると、ためらうことなく真冬の海に飛び込んだ。
「もう時空移動したからね。今は一昨日の夜、精確には昨日の午前二時過ぎだよ」
「時空移動……じゃあ射殺事件発生時をこの目で見られるってことか!」
「しっ、大声出さないでって言ってるでしょ」
「ん、あ、すまん」
「それと、もうひとつ。くれぐれも手を出さないで。黙って見るだけだからね」
念を押されたがマユキは胸中で『事と次第に依るぜ』と思っていた。もしリョウの言うことが全てハッタリでなく事実ならば、今から自分が見る光景は放置できるような事柄ではない筈なのだから。
しかし今はおくびにも出さず頷いておいてリョウの行動に倣う。
二人はB‐3倉庫の正面の壁に張り付いた。角まできて倉庫と倉庫の間、死体が転がっていた辺りを窺う。そこには既に二人分の人影があった。
密やかな声でリョウが状況を解説してくれた。
「黒いコートの男はマユキ、貴方の子孫の派閥を根から潰そうとする政治家の私設秘書。もう片方は秘書からカネを受け取って動く、暗殺専門のタイムトラベラーだよ」
「ってことは、まさか……もしかして未来の大災厄の大元である俺を狙って奴らはきたってことなのか?」
「まあ、そういうことになるね。でもこの先、彼らはカネの額面で折り合いがつかずに争い始める……昼間に本部で調べてきたんだよ」
覗いているとリョウの言った通り、男二人の影が小突き合いを始めた。そしてとうとう黒コートの男が懐から銃を抜き出しトリガを引く。だがマユキが予想した撃発音はせず、白い光条が宙を薙いだ。にわかに現実とは思えないが得物はレーザーを発射するハンドガンらしい。
そこまで見取って飛び出そうとしたマユキをリョウが押し留める。
「手を出さない約束だよ!」
「ざけんな、約束なんかした覚えはねぇよ!」
「だめだよ、過去は変えられないんだってば!」
「ンなこと言ってる場合かよっ! 片方は四十五口径のホシなんだぞ!」
「だからお願い、大声出さないで。ここで過去を変えれば未来がどう変容するか分からないんだよ?」
「けど、今そこで人が死ぬんだぞ、指を咥えて見てられっかよ!」
こちらも揉み合いになった。そこでマユキの手にしていたフラッシュライトが落ちる。意外に大きい音がした。二人はハッとし身を凍らせる。だが遅かった。撃発音が響く。B‐3倉庫の角がチュインと音を立てて火花を散らした。
反射的にマユキは腹のシグ・ザウエルP226を抜く。既にリョウも未来の物らしい銃を手にしている。その間にもマユキたちの潜む角を続けざまに四十五口径弾が襲い、レーザーが倉庫の壁を融かした。
「白崎警察署だ、銃を捨てろ!」
塗料のツンとする臭いを嗅ぎつつマユキは大喝する。同時に威嚇の二射を放った。思わず片手で撃ったが予測していたほどの強烈な反動はない。これならいけると考えたのも束の間、レーザーに黒髪を焦がされ慌てて頭を引っ込める。
過去への干渉に迷っていたらしいリョウも腹を括ったかマユキの肩越しに初弾を撃ち出した。怖じずに再びマユキも撃つ。しかし敵の火線が強く、決め手とならない。
「リョウ、俺が出る。援護してくれ」
「僕が出るから、貴方が援護に――」
「お前の残弾は四、俺はまだ八だ。俺が出る」
「……分かったよ。カウントお願い」
「よし。三、二、一、行くぞ!」
飛び出したマユキは身を低くして滑るように走った。コートを掠めるようにして援護の四十五口径が敵を抑える。撃ち込んで撃たせない間が勝負、暗殺者に対し二射発砲。的の大きな腹に九ミリパラのダブルタップを叩き込む。暗殺者は尻餅をつくようにして転がった。
飛び出してまだ二秒足らず、マユキは黒コートに銃口を向ける。レーザーガンを撃ち壊し、ジャスティスショットを狙って右肩を照準。だがそのとき倒した筈の暗殺者が意外なまでに滑らかな動きで上体を起こす。
マユキは目を疑った。暗殺者が背後にスリングで吊り隠し持っていたのは紛れもなくサブマシンガンだったのだ。構えたその本格的兵器の銃口がマユキに向けられる。
防弾のアーマーベストでも着ていたんだろうと暢気に思っている自分は拙いんじゃないか、そんなことを考えながら、マユキはサブマシンガンが吼えるのを聞く。酷く熱いものを腹に叩き付けられたように感じた次の瞬間、避けきれもしないのに自然な動きでふらふらと後退していた。次には衝撃に耐え切れず腰を落とす。
それでもなお執拗にサブマシンガンはマユキを狙った。身を起こしかけた胸にも被弾、夜目にも黒く血飛沫を上げて吹っ飛ばされたマユキは護岸から海に落ちた。
「マユキ……マユキっ!」
敵の目がマユキの消えた海に向いている隙に、リョウは黒コートの男の眉間に残弾の一発を見舞う。男は棒きれのように斃れた。暗殺者のサブマシンガンの狙いがリョウに移る。けれどリョウは全く己の身を護る素振りも見せず、ふらりと倉庫の陰から歩き出した。
無表情の目から滂沱と涙を流しながら歩み出てきたリョウの異様さに、サブマシンガンの唸りが僅かに途切れる。その刹那、リョウは地を蹴ってマユキが落としたシグを手にしていた。血でぬめるグリップを握り、敵を狙う。残弾は五発、二発が減る。更に二射。
サブマシンガンが狙いを大きく逸らして空に発射される。幾らもせずに撃ち尽くして静けさが戻った。リョウは手足に被弾して藻掻く暗殺者に近づくと、その眉間にシグの銃口を押しつける。九ミリパラのラスト一発を発射。
海際まで駆け寄って海面を覗き込む。多数の丸太が浮いて擦れ、みしみしと軋みを上げる海の何処にもマユキの姿は見えない。巨大な丸太に挟まれでもしたら圧死は免れないだろう。
だがリョウはシグを投げ捨てると、ためらうことなく真冬の海に飛び込んだ。
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