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第1話
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「ううう、くそう、眩しいってんだよ!」
適当に閉じたカーテンの隙間から日差しが入り込み、マユキの顔を直撃していた。片腕で目をガードしながらベッドサイドのライティングチェストを見る。そこに置いた目覚まし時計は七時半を示していた。
もう起きなければ拙い。
真冬の寒い朝、毛布の暖かさにたっぷりと未練を残しながらも脳は煙草を欲し始めていて、仕方なくベッドから滑り降りようとし、鈍くもそこで気づく。
自分の躰に腕が巻き付いていた。それだけではなくマユキの胸に寄り添うようにして白い顔があり、目を瞑って寝息を立てている。おまけにマユキも白い顔の主も、互いに何も身に着けていないのが感触で知れた。素肌同士が密着し、非常に心地良い。
だが心地良さに浸っている場合ではない。
(何処でこんなの引っかけてきたかな、俺?)
昨夜は仕事が一段落した祝いに同僚たちと飲んだのだ。しかし三軒目のスナックで酔い潰れた同僚の一人をタクシーに乗せてお開きにしたあと、このアパートに帰ってきてシャワーを浴び、ベッドにダイヴしたところまで、記憶は鮮明に残っている。なのにこれはいったいどういうことなのだろうか。
すやすやと眠る白い顔に見覚えはない。
歳はマユキより少し下、二十一、二と思われた。胸に触れている髪はショートというには長めだ。染めているのか脱色か知れないが、多少色素が薄い。肌も透けるような白さで、化粧もしていないにも関わらず、非常に面立ちは整っていた。長いまつげが日差しに影を作っている。
こんな美人とナニをやらかしておいて何も覚えていないとは勿体なくも残念至極、などと思ったのはごく当たり前の男の本能だ。
と、見つめていた女がふいにまぶたを開く。これも色素の薄い透明感のある瞳が覗いた。
「ん……おはよ。わあ、こっちは寒ーい!」
それを聞いてマユキは愕然とする。女性にしては声が低かったからだ。恐る恐る毛布を持ち上げて確認する。自分は勿論、女の下半身にも男の象徴がくっついていた。それも見事に朝にふさわしい変貌を遂げている。
「……マジかよ?」
自分の下半身から、いや、顔から血の気が引いてゆく音まで聞こえたような気がした。そして次には身を起こすと巻き付いたままだった男の腕を叩き落とす。
「何するのサ、痛いじゃない!」
「ナニもクソもねぇ、出て行け!」
「昨日あれだけ激しくしといて、出て行けるとでも思ってるの?」
「って……まさか立てねぇのか?」
頷く男にマユキは眩暈を覚えた。男相手に自分がソコまでやらかしたなどとは、信じがたいだけでなく半ば恐怖まで感じる。夢であってくれと願い、幾度か目を擦るも男は消えない。
ふと時計を見ると八時近かった。職場の定時は八時半だ。
慌ててベッドから降りるとバスルームに駆け込む。頭から熱いシャワーを浴びて出ると干しっ放しのバスタオルで適当に拭き、また寝室に戻ってクローゼットの下段から衣服を引っ張り出した。
なるべくベッドの方を見ないようにしながら下着を身に着け、ジーンズと綿のシャツを着る。ベルトの上から腰道具の着いた帯革を締めると煙草か朝食か迷った。
結局、煙草を咥えて使い捨てライターで火を点けると、リビングで沸いていたポットの湯でインスタントコーヒーを淹れる。ここでも少し迷った挙げ句にマグカップをふたつ出した。
咥え煙草でマグカップを手に寝室に戻ると、ライティングチェストにカップひとつを置く。
「おい、俺は仕事に出るからな。動けるようになったら出てってくれ」
「ふうん、名前も訊かずに追い出すんだ?」
毛布から白い腕を出し、男は少し長めの前髪をかき上げた。そのしどけない仕草はやはり美女もかくやと思わせる。コレを誰が男と思うだろうか。だがこの上ない証拠を目の当たりにしたマユキは暗澹たる気分で煙草とマグカップとを交互に口に運ぶ。
カップに手を伸ばした男の左手首には、幅の広い腕時計のようなモノが嵌っていて、ガンブルーのそれと細腕の対比が妙にマユキの目に焼き付いた。
「……俺は高村真由機、マユキでいい。あんたは?」
「リョウ、向坂涼だよ」
「ふん、そうか」
訊きたいことは他にも転がっていたが怖くて訊けず、煙草を灰皿で消してコーヒーを飲み尽くすと、ダッフルコートのポケットから鍵を取り出し、毛布の上に投げた。
「これで鍵、掛けといてくれ。あとはポストに放り込んでおいてくれればいい」
「貴方は元気にお仕事、でも僕の仕事はどうしてくれるのかなあ?」
これはやんわりとした脅迫、新手の恐喝じゃないのかと思いつつ、ここで相手のペースに乗せられては思う壺だとマユキはリョウを睨みつける。
「知ったことか! 合意の上……だったんだろ?」
「合意の上、ねえ……まあ、いいか。今日は本部に戻らなくても」
「本部……?」
「うん。時空警察の刑事なんだよ、これでも」
「ふうん、俺も刑事だが……って、時空警察?」
思わず目を瞬かせてマユキはリョウをまじまじと見た。名前も知らない男についてくるだけあって、少々痛々しいタイプなのかと思ったのだ。
「あ、今、アタマ疑ったでしょ? 時空警察はマユキ、貴方が将来において発生させる禍根を断つために僕を派遣したんだよ。今を決心点としてこの宇宙の未来を編み直すためにね」
「禍根……未来を編み直し……?」
「そう。貴方の作る子供の子孫は未来で政治派閥の頂点にまで駆け上る。いわば政府代表だね。その国だけが生み出した技術が超兵器を造り出し、そのオーバーテクノロジーが暴走して宇宙規模の大災厄を引き起こすんだよ」
「……」
「そしてこの宇宙だけじゃない、隣り合わせの別次元宇宙にも大災厄は及ぶ。宇宙はまるでサカナ採りの『タモ』みたいに編み込まれていてね、一部が破れると上下左右で接した他の宇宙にも影響し、何れ多次元宇宙は全ての層が一番下の結び目で解けて破綻を来す。それを――」
「――もういい、黙ってくれ」
本当に厄介なモノを拾ってしまったようで、またも眩暈に襲われたマユキだったが、自分の嵌めた腕時計に現実へと引き戻される。現在時、八時二十八分。
「ヤバい、マジで遅刻だ! 鍵だけ頼む!」
「ねえ、僕、お腹空いたんだけど……」
暢気な口調に憤然としながらも、キッチンから食パンの袋を取ってくるとベッドの方に放り投げ、マユキは男を振り向きもせずに玄関へと急いだ。靴を履いてダッシュする。
適当に閉じたカーテンの隙間から日差しが入り込み、マユキの顔を直撃していた。片腕で目をガードしながらベッドサイドのライティングチェストを見る。そこに置いた目覚まし時計は七時半を示していた。
もう起きなければ拙い。
真冬の寒い朝、毛布の暖かさにたっぷりと未練を残しながらも脳は煙草を欲し始めていて、仕方なくベッドから滑り降りようとし、鈍くもそこで気づく。
自分の躰に腕が巻き付いていた。それだけではなくマユキの胸に寄り添うようにして白い顔があり、目を瞑って寝息を立てている。おまけにマユキも白い顔の主も、互いに何も身に着けていないのが感触で知れた。素肌同士が密着し、非常に心地良い。
だが心地良さに浸っている場合ではない。
(何処でこんなの引っかけてきたかな、俺?)
昨夜は仕事が一段落した祝いに同僚たちと飲んだのだ。しかし三軒目のスナックで酔い潰れた同僚の一人をタクシーに乗せてお開きにしたあと、このアパートに帰ってきてシャワーを浴び、ベッドにダイヴしたところまで、記憶は鮮明に残っている。なのにこれはいったいどういうことなのだろうか。
すやすやと眠る白い顔に見覚えはない。
歳はマユキより少し下、二十一、二と思われた。胸に触れている髪はショートというには長めだ。染めているのか脱色か知れないが、多少色素が薄い。肌も透けるような白さで、化粧もしていないにも関わらず、非常に面立ちは整っていた。長いまつげが日差しに影を作っている。
こんな美人とナニをやらかしておいて何も覚えていないとは勿体なくも残念至極、などと思ったのはごく当たり前の男の本能だ。
と、見つめていた女がふいにまぶたを開く。これも色素の薄い透明感のある瞳が覗いた。
「ん……おはよ。わあ、こっちは寒ーい!」
それを聞いてマユキは愕然とする。女性にしては声が低かったからだ。恐る恐る毛布を持ち上げて確認する。自分は勿論、女の下半身にも男の象徴がくっついていた。それも見事に朝にふさわしい変貌を遂げている。
「……マジかよ?」
自分の下半身から、いや、顔から血の気が引いてゆく音まで聞こえたような気がした。そして次には身を起こすと巻き付いたままだった男の腕を叩き落とす。
「何するのサ、痛いじゃない!」
「ナニもクソもねぇ、出て行け!」
「昨日あれだけ激しくしといて、出て行けるとでも思ってるの?」
「って……まさか立てねぇのか?」
頷く男にマユキは眩暈を覚えた。男相手に自分がソコまでやらかしたなどとは、信じがたいだけでなく半ば恐怖まで感じる。夢であってくれと願い、幾度か目を擦るも男は消えない。
ふと時計を見ると八時近かった。職場の定時は八時半だ。
慌ててベッドから降りるとバスルームに駆け込む。頭から熱いシャワーを浴びて出ると干しっ放しのバスタオルで適当に拭き、また寝室に戻ってクローゼットの下段から衣服を引っ張り出した。
なるべくベッドの方を見ないようにしながら下着を身に着け、ジーンズと綿のシャツを着る。ベルトの上から腰道具の着いた帯革を締めると煙草か朝食か迷った。
結局、煙草を咥えて使い捨てライターで火を点けると、リビングで沸いていたポットの湯でインスタントコーヒーを淹れる。ここでも少し迷った挙げ句にマグカップをふたつ出した。
咥え煙草でマグカップを手に寝室に戻ると、ライティングチェストにカップひとつを置く。
「おい、俺は仕事に出るからな。動けるようになったら出てってくれ」
「ふうん、名前も訊かずに追い出すんだ?」
毛布から白い腕を出し、男は少し長めの前髪をかき上げた。そのしどけない仕草はやはり美女もかくやと思わせる。コレを誰が男と思うだろうか。だがこの上ない証拠を目の当たりにしたマユキは暗澹たる気分で煙草とマグカップとを交互に口に運ぶ。
カップに手を伸ばした男の左手首には、幅の広い腕時計のようなモノが嵌っていて、ガンブルーのそれと細腕の対比が妙にマユキの目に焼き付いた。
「……俺は高村真由機、マユキでいい。あんたは?」
「リョウ、向坂涼だよ」
「ふん、そうか」
訊きたいことは他にも転がっていたが怖くて訊けず、煙草を灰皿で消してコーヒーを飲み尽くすと、ダッフルコートのポケットから鍵を取り出し、毛布の上に投げた。
「これで鍵、掛けといてくれ。あとはポストに放り込んでおいてくれればいい」
「貴方は元気にお仕事、でも僕の仕事はどうしてくれるのかなあ?」
これはやんわりとした脅迫、新手の恐喝じゃないのかと思いつつ、ここで相手のペースに乗せられては思う壺だとマユキはリョウを睨みつける。
「知ったことか! 合意の上……だったんだろ?」
「合意の上、ねえ……まあ、いいか。今日は本部に戻らなくても」
「本部……?」
「うん。時空警察の刑事なんだよ、これでも」
「ふうん、俺も刑事だが……って、時空警察?」
思わず目を瞬かせてマユキはリョウをまじまじと見た。名前も知らない男についてくるだけあって、少々痛々しいタイプなのかと思ったのだ。
「あ、今、アタマ疑ったでしょ? 時空警察はマユキ、貴方が将来において発生させる禍根を断つために僕を派遣したんだよ。今を決心点としてこの宇宙の未来を編み直すためにね」
「禍根……未来を編み直し……?」
「そう。貴方の作る子供の子孫は未来で政治派閥の頂点にまで駆け上る。いわば政府代表だね。その国だけが生み出した技術が超兵器を造り出し、そのオーバーテクノロジーが暴走して宇宙規模の大災厄を引き起こすんだよ」
「……」
「そしてこの宇宙だけじゃない、隣り合わせの別次元宇宙にも大災厄は及ぶ。宇宙はまるでサカナ採りの『タモ』みたいに編み込まれていてね、一部が破れると上下左右で接した他の宇宙にも影響し、何れ多次元宇宙は全ての層が一番下の結び目で解けて破綻を来す。それを――」
「――もういい、黙ってくれ」
本当に厄介なモノを拾ってしまったようで、またも眩暈に襲われたマユキだったが、自分の嵌めた腕時計に現実へと引き戻される。現在時、八時二十八分。
「ヤバい、マジで遅刻だ! 鍵だけ頼む!」
「ねえ、僕、お腹空いたんだけど……」
暢気な口調に憤然としながらも、キッチンから食パンの袋を取ってくるとベッドの方に放り投げ、マユキは男を振り向きもせずに玄関へと急いだ。靴を履いてダッシュする。
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